―(3)―【改訂】


「アイン。お父様、長いわね」

「仕方ありませんよ、お姉様。お父様はお客様とお話中なのですから」

「分かっているわ。でも次が次だからちょっと、ね」


 隣に座していたアインが、ああっと微妙な得心の声をあげる。同時に執務室の革張りソファーが、ぎしっと音を出した。

 室内には私とアインしかおらず、その音色が嫌に大きく聞こえる。


 初回の日より二週間。

 今日は変態もといキース・バレリアとの二回目の会談だった。

 部屋主の居ない空間で私は苦笑いを溢す。

 正直どちゃくそ気が重い。理由は簡単。護衛―お目付け役とも読む―のゴルドルフ付きであったとしても、あの男が何もしでかさないとは到底思えなかったからだ。


「えっとお姉様に無礼を働いた人、でしたよね」

「ええ。噂から連想するような冷酷な雰囲気はなかったけど、違う方向へ飛び抜けた方だったわ」


 遠い目で呟く。

 あれをどうにかして、やり過ごす。

 高かったハードルが別の意味で更に距離を伸ばされて、本気で泣きたい。

 前世の経験則で分かるのだ。あの手の輩は自分が納得するまで絶対に諦めない人種。ましてキース・バレリアという男は、初対面の私に体の隅々まで調べさせてくれと宣ったヤベー奴である。

 ご飯行っとく?みたいなノリで、解剖いっとく? そうほざいても何ら不思議ではない。いや寧ろそちらの方がしっくりくる。


「大丈夫ですよ、お姉様。今日はボクがお姉様をちゃんと守りますから!」

「アイン……」

「そうだ。お姉様、彼等はどうやって魔力えっと」

「ふふっ。充溢病よ」

「魔力じゅういつ病を調べるんでしょう?」

「そう、ね。魔法鑑定や血液をとって調査するんじゃないかしら」

「血液、ですか」

「ええ。この前読んだ医学書でね、血液は情報の宝庫みたいな事が書かれていたの」

「どの本ですか。ボクも読んでみたいです!」


 アインの優しさと可愛さに、沈んでいた心が掬い上げられていく。


「じゃあ後でケイトに届けてもらうわね」


 微笑んで、私は思考を切り替える。

 そうだ。私は彼を幸せにするまで、生きなければならないのだ。こんな所で落ち込んでいる場合ではない。

 相手が納得するまで調べようとするなら、此方はどのような手段であるか、どの程度危険が伴うか。それを見極めて臨機応変に対応すればいいだけだ。

 改めて気合いを入れていると、がちゃっとドアノブを捻る音がした。


「二人とも遅くなってすまない」


 入室してきたのは、お父様だった。

 応接室での面談を終えたのだろう。彼は、若干疲れたように笑っていた。

 私達は立ち上がり、お父様の方へ体を向ける。


「お疲れ様です。お父さ……ま」

「やぁ!」


 お父様の後ろから、キース・バレリアが爽やかな声音で、顔を出す。出来ればまだ会いたくなかった。

 引き攣った口元で無理矢理笑顔を作る。

 大丈夫だ。今日もゴルドルフが体を張ってこの男の暴走を止めてくれるはず。そう考え、私はキースの助手だろう紙の束を抱えた男の次、最後尾の人物に視線を移し――絶句した。

 ゴルドルフだろうと思ったその先には、あの屈強な肉体ではなく、どちらかといえば細マッチョ系好青年がいたからだ。

 誰だ、コイツ。


「お久しぶりです、キース様。あの、お父様、そちらの方は」

「ハッ。お初にお目にかかります。自分はゴルドルフ隊長の補佐官をしておりますザリュースという者です」


 ハキハキとした声でザリュースが自己紹介する。

 ゴルドルフの部下だけあって、礼儀はきちんとしているようだ。だが、何故肝心のゴルドルフは居ないのか。此方の考えを見透かしてか、彼は申し訳なさそうに隊長はどうしても外せない所用で出ていると教えてくれる。


「私では役不足かもしれませんが、どうぞ宜しくお願い致します」

「私はアンジュです。こっちは弟の」

「アインです!」

「今日はどうぞ宜しくお願いします」

「なんだいなんだい。まるでザリュースが代表のようじゃないか」


 似たようなものだろうとザリュース、私、お父様の視線がキースへ集中する。


「こほん。立ち話もなんだ。そこのソファーに掛けてくれたまえ」


 上座にお父様、私、アインの横並びに座り、下座にキースともさい男性が腰を下ろす。ザリュースは護衛と失言ストッパーも兼ねて、キースの後ろに立った。


「では早速、アンジュ様の病気についてですが「博士。その前に自己紹介とお詫びが先でしょう」


 開始秒でダメ出しを喰らうキース。

 アインもキース・バレリアがどういう人物か、良く分かったようで呆れた目をしていた。


「ええ~……いっ! ああ、そうだ。私はキース・バレリア。王都で医学の研究をしております。こっちは助手のレイス」

「よ、よろしくお願いします」

「先日は大変申し訳ありませんでした」


 難色を示したキースだが、ザリュースが背中でも抓ったのか慌てて頭を下げた。本当に反省しているのかは怪しいが、一応謝罪した相手にこれ以上追撃は出来ない。お父様も二度はないとだけ告げて本題に入った。


「さて、すまないが仕事の話をしよう。君達は、私のアンジュにどのような事をするつもりなのかね?」


 穏やかな表情とは裏腹に、声はとても冷たい。同じタイミングで室内の温度が気持ち下がった。お父様の魔法である。

 返答次第では、生きてこの土地から帰さない。そういうものがひしひしと感じられた。

 だが、敵―約一名―は違ったようだ。


「検査方法ですね! おい、早くアレを」


 わざとか天然なのか、嬉々として持参した資料をテーブルに広げさせる。お父様もこれは予想していなかったようで、毒気が抜かれたように軽く息を吐いた。


「最初は幾つか問診を行い、新たにアンジュ様のカルテを作成します」

「待て。家の主治医が作った物を其方に送っていた筈だが」

「それでは情報が足りません。いえ。この場は医者視点ではなく、研究者視点のデータ収集が正しいですね。最低でも体温、脈拍、体重、身長、筋肉量、血液型、魔力属性、魔力発動前と発動後の状態、食事量、食の好み、趣味、睡眠時間、運動量などは欲しいです」

「そ、そんなにあって最低って」


 予想外だったのだろう。アインが、わなわなと唇を震わせる。


「あ、あの不要な事と思われるかも知れませんが、些細な物が解決の糸口になる事があるんです。不快であるのは重々承知しておりますが、どうかご協力ください」

「レイス……」


 助手の援護射撃に、キースは嬉しげに微笑む。だが本来その台詞はお前がいうべき言葉である。

 なんとも微妙な雰囲気に包まれたその時、部屋の外からドタドタという足音が耳に届く。音から察するに真っ直ぐ此方に向かっているようだ。

 数秒、読み通り執務室のドアが勢いよく開かれる。


「ザリュース! 隊長が、隊長が!!」

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