第5話、王都から来た変わり者。【改訂】


 青空教室を始めて半年。

 伸び続ける孤児達の学力とは裏腹に、病気克服いや王都の研究員躱しの決定打を思い付かず、悶々と過ごしていたある日、私とアインはお父様の執務室に呼び出された。


 ファンタジー物ではこういった場は、権力を示すためにアンティークや絵画など高級品が描写される事が多い。だがこの室内はそれらを最低限に、どちらかというと機能性を重視したデザインになっていた。


 恐らくお父様の好みだろう――と、予想をたてながら、私達は彼と対面する形でソファーに腰をおろした。

 姿勢を正し、正面のお父様に視線を向ける。すると彼は何やら複雑そうな顔で一つ息をつき、洋形封筒を間の机に置いた。


「今朝これが届いた」


 それは既に封が切られていた。


「研究者が派遣される報せ、ですか」

「そうだ」

「凄い。お姉様、何で見てないのに分かったんですか?」


 隣に座っていたアインが、不思議だと首を傾げるが、私もこれだと確信していたわけではない。ただ紙の材質、捺されている紋章、以前予測した時期からなんとなく当たりをつけただけである。


「単に思い当たる物がそれしか無かっただけよ。お父様、手紙拝見しても?」


 了解を得て、中身を覗く。

 便箋のサイズはA4。なかなか達筆な文字で近日中に研究チームを送る事、彼等に衣食住の提供、協力を惜しむなという要請、否、一方的な命令が書かれていた。

 私は文体から拒否権は無いと察する。


「お姉様。ボクにも見せてください」

「ああ、ごめんなさいね。はい。――ところでお父様、同封されていたのは、この一枚だけですか」


 まだあるでしょうと笑顔に書いて贈る。

 連絡を寄越すなら日数は勿論、滞在する人数、代表者の名前が記載されていないのは明らかにおかしい。考えられるとしたら、お父様が意図的に抜いたぐらいだ。

 暫しの沈黙が続き、お父様が諦めたように胸ポケットから折り畳んだ紙を取り出した。


「あまりお前達に伝えたくはなかったんだが……」

「お父様。私は何時か直面するよりは、事前に知らせてもらえた方がいいです」


 知っているのと知らないのでは、対処が格段に変わってくる。どのような内容でも大丈夫だと告げ、アインと共に目を通す。

 書面には先程の筆跡と同じく、研究メンバーと護衛代表について載せられていた。


 筆頭研究員の名はキース・バレリア。

 護衛代表はゴルドルフ・イズン。


 どちらも聞いたことのない名前だ。

 他もまた然り。けれどこれを何故隠す必要があったのか。私の疑問に気付いたお父様が、キースという人物が良くない噂ばかり立てる狂気的な存在だと教えてくれる。

 具体的に言うと、医学発展のためなら平気で研究員対象を死に至らしめるイカれたお人らしい。そりゃ伏せたくもなるわけだ。


「とんでもない人物じゃないですか?!」


 アインが悲鳴じみた声で叫ぶ。次いで替えてもらえないのかとお父様に詰め寄るが、お父様は緩く首を振る。


「王からの勅命だ。恐らくもう出発しているだろうし、覆すのはまず不可能だろう」

「そんな」

「そう気を落とすな。研究者達には無茶な行為や不必要な接触は控えるよう約束させるつもりだ」


 お父様の気遣いに私は笑顔で礼を言う。

 だがその顔の下、私の心はハリケーンが吹き荒れていた。

 死亡フラグをギリ回避したと思ったら、新たなイベントが発生、しかも難易度がナイトメア仕様ときた。

 正直クリア出来る気がしない。

 どう切り抜けるべきか思案していた時、私の手にアインの小さな手が重ねられる。


「大丈夫です。お姉様」

「アイン?」

「ボクもお姉様を守ります!」


 決意に満ちた深い青の瞳が、私を見つめる。瞬間、私の涙腺が爆発した。


「お、お姉様!?」

「尊……ちが、違うの。これは嬉しくて」

「――アンジュ。すまない、私に力が無いばかりにお前に辛い思いをさせてしまって」


 違う。そうじゃないんだ、お父様。

 私はいま地獄と天国を同時に味わい、且つアインの尊さにキャパオーバーしただけなんだ。そう説明したいのに、七歳の涙腺は全く戻る様子はない。

 結局今日はお開きということになった。



 * * * * 



 一週間後、私は侍女と孤児院に向かった。ちょうど授業の日でもあったが、子供達にもしかしたらこの時間が暫く無くなるかもしれないと伝える為だ。


 敷地にて、大地の黒板に書かれた算数問題に子供達が群がり、競うように解いていく。半年かけて数字の数え方、足し算引き算を習得した彼等だが、その学習意欲は私の想像を遥かに越えていた。


「アンジュ様、解けました!」

「僕も」「私も」


 一人を皮切りに、我も我もと手を上げる。

 全員、瞳に星でも宿したかのように、きらきらと輝かせていた。

 この輝きを曇らせてしまうのは、非常に心苦しい。ケイトと共に採点をしながら、どう持っていくべきか迷っていると、「遅くなりました」とガルムが庭に現れる。

 急ぎのクエストをこなしてきたか、それとも神父からのお使いの後か。彼は額に大粒の汗をつけ、忙しなく肩を上下させていた。


「おはようございます。ガルムさん。大丈夫ですか」

「はい、アンジュ様。少し頼まれ事をしてまして……あれ?」


 呼吸を整えたガルムが、きょろきょろと辺りを警戒する。アインの姿を探してだろう。相変わらず二人の仲は良くなかった。

 顔を付き合わせれば、笑顔で毒吐き。

 アインに聞いたところ、彼だけはどうにも好きになれないと聞いたので、もうガルムシナリオでアインは喧嘩相手なのだと思うことにした。

 ガルムは庭を見渡すと、茶色の瞳を私に合わせる。私は、ふふっと声を漏らした。


「アインは今日はおりません。屋敷に戻りましたら、ガルムさんが探すほど会いたがっていたと伝えておきますね」


 ガルムは意地悪な言葉に、とんでもないと否定した。


「あ、今のは決して悪い意味はなく、そう。珍しいなと思いまして」

「ええ。今日はお父様からお話があるそうで、私とケイトだけなのです」

「そうなのですか。よくお許しが出ましたね」

「あら。それでは私がお父様に信用されていないように聞こえましてよ」

「ちっちが」

「ふふっ。冗談です」


 アインとは正反対に、私とガルムの仲は悪くなかった。会話を続けていると、私の回りにいた男の子が、私のドレスを軽い引く。


「アンジュ様、早くー」

「あら、ごめんなさいね。いまやるわね。ああ、それから授業が終わったら大事な話があるの」


 ケイトにもお願いし、地面に問題に作成する。


「私が合図するまで解いたら駄目よ」


 釘を指しておかないと、彼等は我先にと動いてしまう。前に、他の子を押し退けて喧嘩になったことがあったのだ。


「はーい」

「じゃあ、じゃんけんをして勝った子から一列に並ぼうか」


 ガルムに促され、子供達はじゃんけんで順番を決めていく。ナイスフォローである。いつもはアインに任せていたので、失念していた。

 ガルムに会釈すると、彼は気にしないでと爽やかに笑った。流石攻略キャラクターの一人、幼少時もイケメンだ。

 もちろんアインの次に、だが。

 っと、またぼうっとしてしまった。

 小さく頭を降り、私は問題作成に集中する。足し算、引き算。たまに少し難易度の高いものも混ぜて、書き進めた。

 十四人で、一人二問回答できるようやっているので少々骨が折れる。


「はい、皆。一人二問ずつよ。一人でも破ったら次に持ってくるクッキーは無しだからね」


 宣言すると、子供達は高速で顔を縦に振った。


「絶対にしない」

「ボクも」

「あたしも」

「良い子ね。そうそう、中に少しだけ難しい物があるから、分からなかったら誰かに相談するのは許可します。じゃあ、スタート!」


 ぱんと手を叩くと同時に、子供達が駆けていき、順番に二つずつ選ぶ。


「アンジュ様。彼等はどうですか」


 地面に釘付けになった彼等を眺めていると、ガルムが横へ並び立った。


「どの子も学習意欲が高く、優秀です。この分では割り算掛け算にいっても苦労することはないでしょう」

「もうそこまでですか」


 私の答えにガルムの表情が驚きに歪む。

 なんでも彼は五歳の頃、死んだ冒険者の父親に触りだけ教わり、あとは一年独学で物にしたのだという。なんだこの天才。


「私としては教師もなく、一年で会得したガルムさんに驚きですわ」

「俺の場合は母を早くに亡くしましたし、父もいつ死ぬか分からない職業なので、困らないよう、けしかけられた面が強いですから」


 それでも充分優秀な人材だ。こういう人物にこそ、アインの右腕になってもらいたいが、土台無理な相談だろう。


「ということは、ガルムさんも院を出られましたら冒険者になるご予定ですか?」


 孤児院では、子供を預かる年齢は十二歳までと決められている。十二歳を迎えると彼等は大人として見なされ、一人で全てやっていきなさいと院を出されるのだ。


「その予定です。一応見習いとしてギルドには話を通しておいてもらってます」

「まぁ、それは凄い。でしたら冒険者となった暁には周辺に棲息する魔物達を退けていただけますか」

「えっと、確約は出来ませんが、努力させていただきます。俺、貴女……いえ、母の愛したこの土地が好きですから」


 よっしゃ。見習いの冒険者ゲットだぜ。

 あとは気が変わらないようガンガン仲良くなって、支援して、この地を彼のホームにしてしまおう。

 心の中で画策していたその時、微かだが、教会の方から男性二人の争うような声が耳に届く。


「だからここにいるんだろう。会わせてくれ」

「こ、困ります。お帰りください」


 一つは神父のもの。

 もう片方は初めて聞く声音だ。

 その切羽詰まったような響きに、私の脳が家庭内暴力を振るう父親が子供を迎えにきたのではないかと導き出す。

 孤児院は身寄りのない子供の他に、生活困難な家の子も預かる。可能性としては大いに有り得た。


「ガルムさん。子供達を」

「分かりました」


 彼にも聞こえていたのだろう。ガルムは直ぐに頷くと、気付かず、夢中になっている子供達を集め、施設に戻るよう告げる。

 最初はブーイングをあげた子供達だったが、私達のただならぬ雰囲気を察知すると、文句を止め、孤児院へと走った。


「アンジュ様もお早く」

「ええ。今参ります」


 子供達の避難を終えてから、私もケイトと共に施設へと足を向ける。

 三歩歩いた刹那、乱暴に扉を開け放ったような音が鳴る。反射的に発生地を辿ると、先程の男だろう声が今度は、はっきりと聞こえた。

 声の調子から察するに、歳は若い。

 三拍遅れて神父が焦ったように制止を呼び掛ける。


「もういい。自分で探すよ。まだ建物はあるからね」


 男の足音が、此方へと近付く。

 恐らく数分もしないうちにかち合うだろう。私の足では、逃げ切れない。ならば迎え撃つしかない。


「アンジュ様!」

「ガルムさんは中へ。ここは私が」


 私は領主の娘。

 民を守る義務がある。

 背筋を伸ばし、ドレスの銅とスカートの繋ぎ目に手を置き、闖入者を待つ。


「ここは、庭か」


 壁に手をついて、闖入いや男が姿を現す。

 白衣を着たぼさぼさ頭の若者だ。

 濃い茶色の髪を適当に後ろで纏め、顔に瓶底眼鏡をかけている。

 医者、だろうか。


「ああ。人がい――っ、」


 男の目が私を捉え、手足がぴたりと止まる。


「何者です。名を名乗りなさい」


 毅然とした態度で命じると、彼は神にでもあったかのように、わなわなと唇を震わせる。


「し、失礼ですが貴女様はアンジュ・ファリフィス様ですか?」

「確かに私はアンジュ・ファリフィスです。では」


 貴方は誰ですか。

 そう唱えようとしたとき、男が私との距離をつめた。私の両肩をがしりと掴み、顔を近づける。


「おっ、お嬢様!」

「痛っ。は、離しなさい」

「あああ。本物だ。本物のアンジュ嬢が息をして動いてる」


 瓶底眼鏡の奥、スミレ色の瞳が貪婪な輝きを放っていた。


「君の体、全て僕に調べさせてくれ」

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