―(5)―【改訂】


「アンジュ様、こっちこっち」


 女の子に手を引かれ、私いや私達は孤児院の庭に出た。あのあと神父からの同意も得られたので、まずはお試しという形で授業をすることにしたのだ。

 アインとガルムには何故外と不思議がられたが、ただ単に教材がないから自然の物を使おうと考えただけである。

 私は区切りのない敷地を見渡す。さほど広くないスペースに雑草のない乾いた地面。その上に、小さな小石が幾つも転がっており、お世辞にも綺麗とは言い難い。例えるなら、前世の時に目にした田舎の野ざらし駐車場だろうか。

 私は足元に散らばった五円玉台の小石を十個拾い集める。

 これが今回の教材だ。

 子供達、いやケイトとアインとガルム、シスターも混じえ、数分で百個超の石の小山が建設される。


「アンジュ様。これは一体」


 頭に疑問符を浮かべたガルムが、私に問う。それもそうだろう。計算を教えると言いながら、とつぜん外で石拾い。戸惑って当たり前である。


「ああ!」

 

 アインが、そうかと手を叩く。


「これで数を数えるのですね。お姉様」

「半分正解よ。二人とも子供達にこの石を十個ずつ分配してもらえるかしら」


 教鞭を振るうに辺り、まずは彼等がどの程度数字を理解しているか知る必要があった。二人が配布する横で、私は、しゃがみ込み、地面に大きな四角を描いていく。

 それに気付いたケイトが、自分がやるからと私を止める。

 確かに、何処に誰の目があるかも分からない。お父様の耳に、いやこれからアインが背負って立つファリフィス家の評判を落とすような真似は極力控えるべきだ。

 この場はケイトに交代し、四角の中に一~十を書き、その上に数字分の石を並べていく。そうこうしていると、ガルムとアインの配布も終わったようだ。


「終わりました。お姉様」

「ありがとう。では皆さん、手持ちの石を地面に、一列に並べてくださいな」


 ケイトの書いた絵の前に立ち、子供達に一~十、数えられるところまで石をずらしてカウントしてもらう。

 結果、五以上いける子もいれば三で限界な子もいると分かった。

 なかなか教え甲斐のありそうな子供達だ。

 彼等に悄気る暇を与えないよう、手を叩いてケイトの絵に注目させる。

 数字と石。

 続いて子供達に数値の低い順から、置かれた石と同じ個数を前に出してもらう。

 今度は、お手本があるので間違えることはない。


「問題です。これは、いくつでしょう?」

「ろくー」


 目で見て、口にだして、手でやって覚えさせる。

 大人にも有効な教え方だ。ただ大人と違う点があるとすれば子供は大人ほど集中力が持続しないという事。私が前世で小耳に挟んだ話では、小学校低学年の集中力は大体十五~二十分程度だ。目の前にいる彼等の年齢を踏まえればもっと少ないだろう。

 この短い時間で、どうにか子供達に勉強は楽しいものだと思わせなくては。

 十、終点まで行き着いたのを確認し、私は次の策に出る。

 その名も、リズムで覚えよう、だ。


「じゃあ次はお歌も交えましょうか。私がこうやって手を叩いて、数字を唱えるから、その都度、皆はこの絵のどれか指をさしてちょうだい」

「はーい!」

「じゃあお手本を見せるわね」


 ぱんぱんぱんと一~十までリズムを刻む。それを数回、全員で繰り返していくと謎の楽しさが子供達の間に伝染していった。

 中には踊りを混ぜてくる猛者もいた。

 悪くない滑り出しだ。

 密かな達成感に包まれていたその時、控えめにケイトが手をあげる。

 彼女から帰還の時間だと告げられる。

 十四人の口から吐き出されるブーイング。私は苦笑し、太陽を仰ぎ見た。

 南側にて輝く球体、いつの間にか正午近くを回っていたようだ。


「こらこら、皆。アンジュ様方は、お忙しい方なのだからあまり我儘を言っては駄目よ」


 終始見守っていたシスターに注意され、子供は渋々といった表情で頷く。

 どうやら帰りを惜しんでくれるくらい、彼等の心に響いたようだ。十四人の内の一人。少女が私へと駆け寄り、次の授業は何時なのかと尋ねる。


「なるべく早く来るつもりよ。それまでいい子にしていられる?」

「良い子に。うん! 待ってる、じゃなくて待ってます」


 とびきりの笑顔。

 彼女に続けと、他の子供達も私を囲みだす。いや正確にはアインにもだ。

 彼は女の子に囲まれて、若干困ったような顔をしていた。


「おにーちゃんも、また来てくれるんだよね」

「そ、そのつもりだよ」

「やったぁ。あたし、待ってるね!」


 アインの良さが分かるとは、なかなか見所のある女の子だ。

 上機嫌で一人一人、髪を撫でて言葉を交わしていると、ガルムが歩み寄ってくる。


「今日はありがとうございます。まさかあんな勉強方があったなんて初めて知りました。貴族の皆様方は、ああいう風に習うのですか」

「いいえ。今日お披露目したものは、私個人が考えたものです。気に入っていただけるか不安でしたが、上手くいって良かったですわ」


 ガルムの茶色の瞳が、飛び出さんばかりに開かれる。

 そこまで驚愕されるような事だろうか。

 首を捻っていると、平静を取り戻した彼が、今度は緩やかに唇の端をあげた。

 笑顔。だが、見せられたそれはいつものものではなかった。年相応の、完全に身内に向けるような甘い微笑だ。

 私の胸が、どきりと弾む。


「っ、」

「本当にありがとうございます。アンジュ様」

「い、いえ。私は自分の我儘を通しただけで、大して感謝をされるような事はいたしておりません」

「お姉様。どうかしましたか?」

「あっ、あら。アイン」


 むっとした表情で、アインが私とガルムの間に割り込む。

 ひょっとして私が何かされたのだと思ったのだろうか。未だ発作とは違う動悸を抱えながら、背中越しにアインの誤解を解きに入る。


「アイン。彼はお礼を言っただけよ。ねえ、ケイト」

「はい。間違いございません」

「お姉様達は黙っていてください」

「え」

「本当ですか?」

「ええ。アンジュ様方の仰る通りです。アインお坊っちゃまも、うちの者達に勉学の機会を与えて下さり、ありがとうございました。彼等の代表としてお礼申し上げます」


 私から視線を外したガルムが、アインへと微笑んで、慇懃に頭を下げる。

 だがしかし、その顔に張り付いていたのは、さきほどの甘やかなものではなく、何処か冷たさを感じさせる笑みだった。

 何故だろう。

 彼等の間から聞こえる筈のない、バチバチという火花の音がする。


「あ、アイン」

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