―(4)―【改訂】
二回目の教会訪問は翌週の朝。といっても貴族の朝は庶民の朝よりは大分遅い。九時の鐘をとうに過ぎた頃、前回同様アインと侍女を引き連れた私は木の扉を潜る。
ひんやりとした空気が頬を撫で、薄暗い室内が私達を出迎えた。次いで左右の椅子の間、祭壇への通路に此方へ背を向けて立つシスター服の人物に気付く。
彼女がゆっくりと振り返る。
年の頃は四、五十代。人の良さそうな、恰幅のいい女性だ。
「あらまあ、礼拝ですか」
「いいえ。今日お伺いすると伝えたファリフィスの者です。神父をお呼びしていただけますか?」
「ファリフィスの。し、失礼致しました。いいい、いま呼んできますので少々お待ちください」
ケイトの答えを聞いて、シスターが慌ただしく出ていく。この分では今日はちゃんと会えそうだ。
ほどなくして彼女が戻ってくる。だがそこに呼びに行った神父の姿はない。まさかまたアクシデントにでも巻き込まれたのか。そう思考していると、息を切らせた彼女が申し訳ありませんと謝罪する。
「ししし、神父は現在、階段の修理をしておりまして」
「何故いま。いえ、そんなもの専門の業者に頼めばいいのでは。運営費は出ている筈ですよね」
アインの指摘に、シスターは苦笑いを返す。恐らく呼べるものなら呼びたいのだろう。
「アイン。そのような言い方は宜しくないわ。シスター、その作業はどのくらいかかりそうなの」
「はっ、はい。本人はもう少しだと」
「そう。シスター。宜しければ孤児院の中を見せて頂くことは可能かしら」
「孤児院を、ですか」
「ええ。ただ待つのも退屈ですし。それに孤児院へも伺いたいという旨も手紙に書いておりましたので。ああ、それとケイト」
一回目の時と同じくバケットを手渡す。
瞬間、シスターの唇が柔らかな弧を描く。今回も手土産攻撃は通用したようだ。
そのまま彼女案内の元、私達は教会の裏にある孤児院へ向かった。
趣のある玄関扉を通ると、玄関兼居間のような空間に十人前後の子供達が思い思いに寛いでいるのが目に入る。その中にガルムとハリスの姿はないも、皆アインと変わらないか若干下の年代の少年少々だ。
「皆、昨日話していたお客様よ」
「クッキーの貴族様!」
そう言って女の子が私達を指差す。
ある意味では間違ってはいないが、まあ嫌悪の色がないだけいいか。
「これ。失礼でしょう!……申し訳ありません。私共の教育が行き届いてないばかりに」
「そうね。今回は不問と致しますが、次はありません。アインもそれで構わない」
「はい。構いません」
だが一応、釘をさしておく。
なあなあで許してしまった場合、彼等がこれでいいのだと学習するからだ。そしてそれは今後彼等の生き方を左右してしまう事に他ならない。本決まりでないとはいえ、私の生徒が礼儀知らずなど到底看過できない。
案の定、子供達は偉そうと不満を表明してきたが、此方が噛み砕いて説明してあげるときちんと態度を改めてくれた。
「ところでシスター。十五人と聞いていたのですが何人か姿が見えないのですが」
「ガルムにーちゃんとハリスならおつかいに言ってる、ます!」
活発そうな男の子が声をあげる。
聞けば私達をもてなす為、前日の夜に保冷庫にある茶葉を取りに行ったのだが、その際、階段が壊れて茶葉が駄目になってしまったからだという。
そういう事情なら神父が急遽修繕に乗り出すのも頷ける。
「お嬢様方、立ち話もなんですからひとまず「ただいまー」
修道女が案内を再開しようとした矢先、私達の後方の扉が勢いよく開く。
振り向くと、先程使いに出ていたハリスがそこにいた。彼は手に茶葉を入れただろう小袋を握りしめ、私達の存在に気付くと、少々驚いた様子でクッキーのねーちゃんとその弟と口にした。
「ハッ、ハリス!!」
シスターの顔色が青を通り越して白に変わる。私も苦言を呈した後にまさかの二回目が来るとは思わなかった。
気まずい空気が流れる中――
「ハリス。お前、釣り渡されるまで先行くなってあれほど言っただろうが!」
同じく買い出しに出ていたガルムが帰還。
先週の大人っぽさはどこへやら、今の彼はこめかみに青筋をたて、年相応の顔で、怒りを爆発させていた。
だが、それも一時の事だ。
私達を視界に入れ、彼の体が石のように固まる。青ざめるシスター、沈黙する子供達、ばつの悪そうなハリス。なんだろう、このカオス具合。
「二人とも、お久しぶりですね」
取り敢えずこの状況を打破する為、ガルムに挨拶する。
すると、彼はハッとした様子で石化から回復した。そして羞恥からか、頬を赤らめ、素早く頭を垂れる。
「お、お久しぶりです。すみません。お見苦しいところを」
「それよりボク達は何時まで立ち話を続けなくてはならないのですか?」
私とガルムの視線を塞ぐように、アインが前に立つ。相変わらずの敵対心である。
「あ、ええ、はい。申し訳ありません。いまご案内致します。ガルム、お茶の準備を。ハリスは神父様へお客様を院へ通したと伝えてきてちょうだい」
「わ、分かりました!。ほら、行くぞハリス!」
「いたたた。わかったわかったよガルムにーちゃん」
一通り案内をしてもらい、私達一行は食堂に通された。
広さは屋敷のそれよりはずっと狭く、足の高さの合わないダイニングテーブルと、それを囲むように沢山傷痕のついた椅子が何十脚と置かれている。
私とアインは勧められるままにその椅子に腰をおろす。入り口にて成り行きを見守っているのだろう子供達の視線が居心地悪く感じるが、気にしないでおく。
「以上が私共の院です。如何でしたでしょうか。何かご不明な点などは」
「シスター。そう身構えないでください」
「あの。粗茶ですが、どうぞ」
対面する形で座した私達の前に、ガルムがそれぞれティーカップを置く。
会釈して、目の前に置かれたカップに手を伸ばす。
中身は濃い目の紅い紅茶だ。
アインと同じタイミングで、口をつける。一拍、私とアインの表情筋が凍った。
渋い。いや、いっそ罰ゲームだと思えるほど味が悪かった。茶葉の品質か、抽出温度か、或いは蒸らし時間によるものか。とにかく酷い。
「ど、どうかなさいましたか。お二人とも」
まだ飲み物に手を出していない彼女が、眼尻を下げる。
飲めば分かるよ。とは、流石に言えなかった。私は何事もなかったように振る舞い、カップをソーサーに戻す。
アインも私に倣い、定位置に置いた。
「ところでシスター。例の話、子供達には」
「え、ええ。伝えております……あの一つだけお訊きしても宜しいでしょうか」
「どうぞ」
「なぜファリフィスのお嬢様がそのような事を」
「手紙にも書いてあったのだけれど。まあ一番は私がやりたいから、かしらね」
アインが将来納める街を少しでも良い方向へ持っていくために。
にっこりと笑いかけると、同じタイミングで入り口、子供達の方から可愛らしい腹の虫が耳に届いた。
「ガルム兄ちゃん。僕、お腹空いた」
「ラース。今はお客様の前だから、もう少し我慢しような」
ガルムに窘められ、ラースと呼ばれた男の子は渋々といった感じで、頷く。
まだお昼にしては早いが、おやつの時間には遅いくらいといったところだろうか。育ち盛りの子供には辛い頃合いかもしれない。
「シスター。出来れば子供達ともお話をしたいと思っているのだけど、構わないかしら。クッキーでも摘まみながら、とか」
「宜しいのですか?」
スマイルを作り、肯定の意を示す。
「ありがとうございます。皆、来なさい。おやつにしましょう。ガルム、悪いけれど皆にクッキーを配ってあげて」
「わかりました」
二人のやり取りが終わるや否や、子供達が喜びの声をあげて、席につく。
お菓子の力はやはり偉大である。
左隣に座った五歳くらいの女の子を見る。彼女は、ガルムが配布するクッキーを今か今かと目を輝かせて、待機していた。
「クッキー大好きなのね」
「うん!……あっ」
「ふふっ。私もね、クッキー好きなの。美味しいわよね」
私からの声かけに驚いていた女の子だが、同じものが好きと分かると可愛らしい笑顔を見せてくれる。
それを皮切りに、他の子供達が此方に会話を投げる。悪くない流れだ。そのまま何処まで勉強が出来るか探りを入れてみる。
「まぁ、では皆でギルドでお仕事をしているの。偉いわね」
「うん。お仕事頑張るとね、達成金のいちわりだったかな、自分のお金に出来るの」
「そうなの。じゃあ貴方達は計算出来るの?」
私の問いに、別の女の子が首を振った。
「ううん。私達、計算できないから、ガルムお兄ちゃんに全部渡して、そこから自分の分を貰ってるの」
「……え」
まさかのワンオペ。
これ、ガルムが巣立つ或いは倒れたりした場合、回らない可能性が極めて高い。
「おねーさん。どうしたの」
「えっと。ガルムさんがお一人でやってるのよね。すごく大変じゃない?」
「うん。だから私達、アンジュ様のお手紙すごく嬉しかった、です」
少女に続けと他の子供達から俺も私もと声があがる。どうやらほぼ全員、勉強には意欲的なようだ。
私は心の中でガッツポーズを決めた。
「じゃあ皆は、私の授業を受けたいという事でいいのかしら」
「はい!」
「うん!」
「あー!! なんでクッキー食べてるんだよ」
いい感じで話が纏まりかけていた最中、神父への伝達に出ていたハリスの絶叫が室内に響き渡った。
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