―(2)―【改訂】
「お嬢様?」
「!……なんでもないわ。そう、神父様はいらっしゃらないのね」
胸中で大型ハリケーンを展開させながら、私は平静を装う。
冒険者ガルム。
亡き父の跡を継ぎ、高ランク冒険者を目指す青年。責任感が強く、義理堅さから周囲の人望は厚い。
それが付属の解説書、キャラクターの頁にあった彼のプロフィールだ。
しかし何故彼がここに。
選択制ヒロイン三人分アインルート、ハッピー、ノーマル、バッドの合計九つのエンディングでは、何れもガルムは登場していなかった。となると残る可能性はガルム側のシナリオ……なのだが、生憎アインルートしか攻略していない私では正否のほどはわからない。
舌打ちしたい衝動を抑え、私達は教会内に足を踏み入れる。
等間隔に並んだ長椅子が左右に二列、天井はそれなりに高く、中央奥には創世神ガイアを模した彫像が一体安置されていた。
なんというか寺社仏閣に近い、神聖な空気を感じる。
私は勧められるままに長椅子に腰をおろす。ひとまずガルムの事は後回しにして、本来の目的に集中しよう。
「あの。貴族の方とお見受け致しますが、皆様方はどちらの」
「人に名を尋ねる時は、まず自分から名乗るのが礼儀ではないのですか」
ガルムの問いに、アインがむっと愁眉を寄せる。
「なんだよ、お前えらそーに、ムグッ」
「失礼致しました。俺はこの教会でお世話になっておりますガルムと申します。此方はハリス。俺と同じ境遇の者です」
彼は素早くハリスの口を塞ぎ、恭しく頭を下げる。
「本日、お約束していたファリフィス家の者です。此方はご息女のアンジュ様とご子息のアイン様です」
侍女の紹介にガルムは、ああ!と閃く。次いで申し訳なさそうに眉で八の字を作った。聞けば神父と修道女は今朝方、ギルドへ治療に出掛けたとのこと。
マギカ・マグナでは風邪や病は医者の領分で、それ以外のモンスターから受けた状態異常回復は教会と決まっている。
「ギルドって、何があったんです?」
「冒険者の方がモンスターから状態異常攻撃を受けたそうです。容体については分かりませんが、お仲間の方が大層慌ててましたので軽くはないのかもしれません」
「いつ戻られるかは?」
「すみません。そこまでは」
「だそうです。お姉様」
「そう。では後日出直すしかないわね」
「えっ」
途端、ガルムとハリスが目を丸くする。
きっと怒鳴り散らされると予想していたのだろう。
「……怒らねーの?」
「ハリス!」
「あら、怒った方が良かった?」
「ヤダ!」
「ふふっ。素直ね」
「ハリスがすみません。神父様には必ず伝えます」
「気にしていないわ。それより他に人は居ないの?」
教会内を見渡すが、二人以外の人の気配はない。文のやり取りではそれなりに孤児がいるような記述があったが、院の方だろうか。
「申し訳ありません。当教会は神父様と一人のシスター、他は俺達を含めて十五人ほど在籍しているのですが、他の者は生憎出払っておりまして」
「ああ、いえ。責めているわけではないわ。人の気配がしなかったから気になっただけよ」
孤児が十五人。なかなかの大所帯だ。
遊びに出ているのかと訊くと、ハリスが仕事に出ていると教えてくれる。
「その年で仕事、ですか?」
「なんだよ。兄ちゃん達、知らないのか」
「ハリス」
「じゃなかった。知らないんですか。孤児はギルドへ行ってクエストを受ける決まりなんだ、です」
「クエスト?」
「ええ。まあクエストと言っても街の雑用です。俺達の生活費と、将来院を巣立っても困らないようにと神父様のご配慮なんです」
私は成程と相槌を打つ。
教会と孤児院の主な運営費は市民の納めた血税、寄付、それと治療費から捻出されている。十五いや十七人で食べていくには足りないのだろう。
「偉いのね。いつもしているの」
もし毎日だとしたらまた違うプランを考えねばならない。一応お父様と神父には神様への感謝と奉仕したいという建前で会いに行くと話を通してある。だが彼等の生活の邪魔をしてまでやりたくはない。
「いえ、人によりますが大体は週の三日ほどです。教会の手伝いや鐘つきもありますから」
つまりは、三日クエスト二日教会の雑事で残りはお休みというシフトということ。
週一半日授業なら出来なくはない。
「ああ、長々とごめんなさいね。そうだわ。ケイト、あれを」
侍女が一歩前に出て、ガルムにバスケットを渡す。
「これは?」
「我が家で焼いたクッキーです。皆様で食べてください」
「クッキー!!」
「やめろ、ハリス。すみません」
「いいえ。喜んでもらえたようで嬉しいわ」
「ありがと。アンジュ様、アイン様」
まだ少し警戒の色があったハリスが、クッキーを目にして、私達の見方をがらりと変えた。前世でも手土産は人間関係を深める手段として、囁かれていたが、ここでも手土産はなかなか有効らしい。
礼拝してもいいかと、尋ねればハリスは率先して案内してくれる。その変わりようにケイトが小刻みに肩を震わせる。
「ハリスが、すみません」
「いいえ。素直な良い子ですね。きゃっ」
「危ない!」
「アンジュお姉様!」
微笑んで、ハリスを追おうとしたその時、私の足が何も無いところで躓く。
思っていた以上に足の筋肉が落ちていたようだ。ぐらりと傾いた私をガルムが支えてくれる。
掃除でもしていたのだろう。
鼻に汗の香りが入る。
「アンジュお姉様。大丈夫ですか」
ガルムに抱きつく形となった私を、アインが引き剥がす。そうして私を抱えたまま、まるで小さな子犬が威嚇するように、ガルムをきっと見据える。
だからなぜ君はガルムを敵視する?
「大丈夫よ。ガルムさんもありがとう。助かりましたわ」
「い、いえ。俺もすみません。いまちょっと汗臭くなってて」
「そう? 大して気にならなかったわ」
前世の満員電車で味わった柔軟剤、整髪剤、香水、腋臭、匂いの暴力に比べれば天と地、寧ろ良い方の部類だ。
私の言葉に、ガルムの頬が朱に染まる。
「では、アインも一緒にお祈りしましょうか」
御像の前に膝をつき、両手を胸の前で握る。祈るのはアインの健康と、研究者達来んな!もし来たらさっさと帰れ!の二つのみ。
念入りに祈りを捧げておく。
「お嬢様、そろそろ」
「もうそんな時間なのね。分かりました。名残惜しいけれど今日は帰りましょう。ガルムさん、お邪魔いたしました」
「いいえ。此方こそお約束をしていたのに申し訳ありません」
丁寧に頭を下げて、表に止めた馬車へと足を向ける。私は、アインが先に乗り込むのを確認し、見送りに出てくれたガルム達へ振り返った。
「今日は本当にありがとう。それとごめんなさいね。あの子、アインは普段はとても良い子なのですが、あまり同年代の子と接する機会がなかったらしくて。少し失礼な態度をとってしまいました」
「ううん! 気にしてないよ! また来てね。アンジュねーちゃん」
「は、ハリス」
「そう言ってくれると嬉しいわ。またアインを連れてくる時があったら是非あの子とも仲良くしてあげてくださいね」
ハリスが任せてと胸を張る。
やはり手土産の効果は絶大だ。
あとはアインを引っ張りだして、ガルムと親友とまではいかなくても、友好的な関係を築いてもらおう。
将来、困った時にギルドとのコネクションがあるとないとでは大違いだし、何より敵に回してアインに被害が及ぶのだけは、何としても避けたい。
「ガルムさんも宜しくお願いしますね」
「はっはい」
「アンジュお姉様」
馬車から顔を出したアインが呼ぶ。
今行くと声をかけて、馬車に乗り込むと、彼は不機嫌そうにアイツと何を話してたのと、追及する。君は独占欲の高い恋人か。いやまあ嬉しいけれども。
「大した事ではないわ。アインこそ、どうしたの。ガルムさんと会ってから妙に不機嫌みたいだけど」
「何でもないです」
「……そう。もし何かあったら直ぐに教えてね」
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