第4話、二人目の攻略キャラクター。【改訂】
七日を過ぎた頃。
私は自分なりに魔力充溢病との付き合い方を確立させた。まあ確立といっても魔力放出後、二日休眠四日間稼働―但し活動出来るのは半日―という正直微妙な成果だ。
主治医の診察を受けながら今後について思考していると、目の前の人物が低く唸る。
彼の名はガレット。領地一の腕と評されるファリフィス家お抱えドクターだ。
ガレットは利き手に愛用のチェストピースを掴んだまま、眉を寄せた。
「マジックアミュレットを作成する事で、余命を脱した、いや今まで何らかの形で魔力放出を試みた者はいたが全て失敗に終わっていたはず。だとしたらこれはあまりに特異な」
「おい、分析は一先ずあとにして診察の結果を教えてくれ」
私の傍らに立ったお父様に促され、ガレットはハッと我に返る。
「失礼。取り乱しました。そうですね、結論から申し上げますと以前より若干心音の乱れはありますが充分安定値かと」
「なるほど」
ただ完治かどうかまでは自分の技術、知識では判断出来ない。当分は様子を見て、データを取ったのち王都の医師会に一報を入れると彼は話す。
「それが妥当だろうな。だがガレット、アンジュが作成したマジックアミュレットについては悪いがまだ伏せておいてくれ」
「心得ております。流石に私も助手も患者を売るような真似は致しません」
一部不穏なワードが飛び交う中、私は二人の話にじっと耳を傾ける。
要約すると、王都の医師会にヤベー奴いるから報告書は義理を通してぼかして書くね!ということらしい。
やがて話が纏まったのか、ガレット達は診察道具を片付けて帰っていった。
私は侍女に、肌蹴た胸元を直してもらい、お父様を仰ぎ見る。
彼は私の視線に気付くと膝を折り、目線を合わせた。
「大丈夫だ。アンジュが心配するような事は何も無い」
「……ありがとうございます。お父様」
ならせめて私の居ない所でガレットと密談して欲しかった。喉元まで出かかった言葉を押し込み、私は微笑を作る。
同時に今後のプラン修正も練り始める。
お父様は、ああ言って下さったが、間違いなく何時かはそのヤベー奴とやらの耳に入るだろう。人の口に戸は立てられない。
更にこの世界の魔力充溢病というのは、特効薬、明確な対抗策もなく、不治の病として認定されている。そこへ最高級マジックアミュレットを継続して作る私の登場だ。金の亡者が集るのも容易に想像出来た。
彼等を如何にしてやりこめるか。
私は脳味噌をフル回転させる。
幸い、時間的猶予があるのが救いだ。
報告書の精査、派遣調査員の選抜、根回し、研究費調達、王への許可、貴族同士の小競り合い、護衛の選抜と遠征費などなど全ての足並みが揃うまで軽く見積もっても半年から一年は、かかるだろう。
それまでに何らかの手を打たなければ。
ガレット医師に虚偽の記載を頼むのは、明るみに出た時のリスクを考えて候補から外す。となると残るは私の方で上手く騙し、特例とさせ、生産量をコントロールした上で横槍を入れられないよう、お父様としっかりとした流通経路を作る。これがベストだろう。
相談しようと唇を動かそうとした刹那、部屋の扉から小さくノック音がする。
「あ、あの今いいですか」
来訪者はマイスウィートエンジェル、アインだ。
私の中の天秤が一瞬にして傾く。
お父様には後で手紙を出しておこう。
「ええ、大丈夫よ」
私の返事にアインは花が咲いたように笑って、近付いてくる。その手には我が家の庭で育てた薔薇が数輪握られていた。
本日のログインボーナス、違った。私へのプレゼントである。
初めての休眠事件から、医者に何か言われたのだろう。あれから毎日花を贈ってくれるようになったのだ。
「お姉様、今日のお花です」
「まぁ。ありがとう。とても嬉しいわ」
受け取った薔薇は丁寧に棘がとられ、摘んでからそう時間が経っていないのか、花弁は瑞々しく、色も鮮やかだ。
侍女に活けるよう指示を出し、アインに向き直る。
「お姉様。あの、診察結果は」
「良く分からないけど特に問題ないそうよ。ただ相変わらず極力安静にしなさいですって」
えっとアインの顔に困惑が広がり、彼はお父様に答えを求めた。
「経過観察いや今のところ、安定しているそうだ」
「治った、わけではないのですか?」
「そのようよ」
「そんな……」
「そうだ。快気祝いがまだだったな」
空気を変えようと、お父様がぽんと手を叩く。
「アンジュ、何か欲しい物や食べたい物はあるかい?」
「欲しい物、ですか」
一考してみるが、これといったものはない。けれど断るわけにもいかず、日用品でも頼もうかとした時、私の頭に天啓が降り立つ。
「お父様、物でなくとも宜しいですか?」
「物ではない? 構わんが、流石に叶えられる願いか」
「はい! それはですね」
***********
街中を、一台の馬車が進んでいく。
以前使用した六人乗りの馬車だ。
車内には私とケイト、アインの三人が座っている。お父様にアイン同伴の元ならと教会への慰問許可をもらい、次の周に出掛ける事が出来た。
私は窓から外の様子を窺う。
住民達が物珍しげに此方を眺め、また通りすぎていく。
買い物の途中なのか、片手に籠をもった中年の女性、棒を剣に見立てちゃんばらをしていた幼い子供達、店番のおじいさん。様々な人が私達を見ていた。
前世でも注目されるのには慣れていなかった所為か、少々気恥ずかしい。対するアインは、私との初めての外出が嬉しいのか終始ニッコニコだ。
「ケイト。教会は、まだかしら」
「もうすぐですよ、お嬢様」
「大丈夫ですよ、お姉様。教会は逃げませんから」
「いえ、そういうことではなくて。まあいいわ」
西に進むこと暫し、ようやく目当ての建物がみえてくる。教会というからそれなりに大きなものを連想していたのだが、期待よりは一回り小さいものだった。
馬車を降りて上を見上げる。
風化により灰色に染まった壁、高い位置にかけられた大きな鐘。かなりの年季物だ。
「ここが」
「ええ。奥様が生前訪れた場所にございます」
ケイトが中に入ろうと、入り口に近付いたその時、木製の扉が、ぎぃという鈍い音をたてて開かれる。
中から顔を出したのはアインと同じくらいの年の、質素な服を着た男の子だった。
彼は、突然の訪問者に数秒固まると、怪訝そうな顔で問いかける。
「……アンタ達、何しに来たんだよ」
「え」
「こらっ。何してんだ、ハリス!」
奥の方から、また別の少年の声。
「だって、兄ちゃん!」
「だってじゃない。すみません。こいつ、まだ子供で」
「うわぁ!」
内部から駆け寄ってきた少年が、ハリスと呼んだ彼の頭を無理矢理下げさせる。
背格好から年の頃は私と同じか少し上。この領地に多い茶髪を短く刈り込んだ、大人っぽい雰囲気の男の子だ。
はて。何処かで見たことあるような。
少年に何となく既視感を覚えていると、彼は申し訳なさそうに私達を見、礼拝に来たのかと訪ねる。
「はい。神父様はいらっしゃいますか」
「すみません。いま神父様は出掛けていて」
「あーもう。痛いよ。ガルム兄ちゃん」
「うるさいぞ、ハリス。お客様の前だ。ちゃんとしろ」
「はーい。分かったよ兄ちゃん」
瞬間、驚きで私の心臓が止まりそうになった。
なぜ彼が此処に。
「あの、俺になにか?」
「アンジュお姉様?」
ガルムと呼ばれた彼とアインが、私に目線をやるが、正直いまの私には答える余裕はなかった。
炎のガルム。
間違いない。まだ幼くはあるが、彼はマギカ・マグナの攻略キャラクターの一人。頼れる兄貴枠のイケメン冒険者、炎のガルムだった。
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