―(3)―【改訂】
号泣が収まったのち、アインには今までの経緯と私の病状について知らせた。
アイン本人の要望もさることながら、私のシナリオガン無視行動により、本来彼が享受すべき知識が今回は軽く触れる程度しか持ち得ていないと判明した為だった。
余命宣告、突然の読書週間、魔法行使、マジックアミュレット、作成後の昏睡。
出来るだけ分かりやすく、且つ簡潔に彼に伝える。そして全てを語り終え、私はアインを仰ぐ。
彼は泣き腫らした目を大きく見開き、唇を戦慄かせていた。
無理もない。ほぼ何も知らされず信じて送り出した姉がその日の内に帰還し、二日間の仮死状態。それも最期の我儘だったとあれば驚いて当然である。
てっきりアインは知っているものとばかり思っていたのでこれは失態だった。
「そっそれでお姉様はこれからはもう大丈夫なのですか」
「分からないわ。お医者様も首を傾げていらっしゃるし、でも魔力を出した所為かしら。いま凄く身体が軽いの」
「良かった……」
「アイン!?」
安心して気が抜けたのだろう、アインの体が後ろに傾く。お父様が受け止めてくれたが、今度は此方が肝を冷やした。
「大丈夫。気を失っただけだ。アインを部屋に」
「かしこまりました」
「……ところでお父様。何故アインに伝えていなかったのですか」
横目でメイドがアインを受け取ったのを確認し、お父様に問うた。
「すまない。伝えようとは思ったが、お前達の仲睦まじい様子を見ていたらどうにも言い出し辛くてな」
「ああ、いえ。責めているわけではないのです……あ」
私のお腹の虫が小さく声をあげる。
そういえば水しか口にしていなかった。
「あぅ……すみません」
「ハハハ。二日も飲まず食わずだったんだ。ああ、ちょうど来たか」
お父様の言葉通り、食事を用意しにいった侍女がお盆を持って帰還する。磨きあげられた銀の皿に、スープボウルが一つ乗せられていた。
受けとると皮膚を通して、ほんのりとした温かさが感じられる。
中身は豆と野菜の具沢山スープだ。
この領地の特産品である扇カボチャと鬼の角に似た角豆、他野菜を柔らかく煮込んだ、私の主食である。
スプーンで掬い、口に運ぶ。
「美味しいかい?」
「はい。とても。お父様、家の料理人は本当に腕がいいですわ」
野菜の旨味が口一杯に広がり、自然と笑みが溢れる。二日ぶりの食事はとても美味しかった。
「そうか。あとで彼等にも伝えておこう。では私はアインを連れていくよ。アンジュもそれを食べたら、少し休みなさい」
「はい。お父様」
「良い子だ。あとで先生を呼んでこよう」
お父様の退室を見届けて、私はまた食事を再開する。
本当に料理人達には頭があがらない。
私が今まで風邪一つ引かずに済んだのは、薬と彼等のこうした気配りと配慮があったからなのだろう。いつか自分で直接お礼を伝えたいものだ。
黙々と食べ進め、ボウルの中身が半分ほど減った頃、私はふと手を止める。
脳裏に浮かぶのはアインの泣き顔。
結果的にとはいえ、私が彼を傷つけてしまった。その事実がどうしようもなく、心を重くする。
「お嬢様。いかがなさいました」
言いながらメイドが傍に寄る。
体調を崩したと考えたのだろう。見上げた顔には心から私を気遣う色が映っていた。
「ああ、いえ、体調は大丈夫よ。少し落ち、いえ、アインの事について考えていたの。結果的に仲間外れのような形になって、泣かせてしまったから」
「左様でございますか。大丈夫ですよ。聡明なアインお坊っちゃまの事です。きっとお嬢様の気持ちを理解してくださいますよ」
「そう、だといいのだけれど。あの子に嫌われたら私……駄目ね、弱ってる時は嫌な事ばかり考えてしまうわ」
「お嬢様」
この話は、もうやめよう。
アインには明日、謝ればいい。
それに心を込めて作られた食事をナーバスな気持ちで食すのは料理人にも悪い。私は、かちゃりと音を立てて、もう一度スープに口をつける。
うん、やっぱり美味しい。
こんなに温かな気持ちにさせてくれるのだから、せめて前向きに明るいことを思い浮かべた方がいい。
そう思考を切り替えると、私の鼓膜が小さな鐘の音を拾う。
「あらっ、今の音は」
「あれは九時を報せる教会の鐘でございます。お嬢様」
ああ、と頷く。
この世界には前世のように腕時計や壁掛け時計はない。携帯しているのは職人か一部の金持ちやコレクター、王族のみ。あとは、ほぼ三時間毎に鳴らされる教会の鐘で時刻を知る。
「教会? 何処にあるの?」
「此処からですと西ですね。教会はミサを行ったり孤児を受け入れている場所でございます」
「孤児を?」
「はい。裏手に孤児院が併設されておりまして、そこでは様々な理由で身寄りのない子供達の面倒をみているのです。生前、奥様も慰問として足繁く通っておりました」
お母様は意外と子供好きだったらしい。
彼女から生前のお母様の話を聞きながら、スープを口にいれる。
瞬間、私の脳内に閃光が走った。
明るく前向きなこと。
こ れ だ 。
アインのお嫁さん探しの下地として、私が亡きお母様の意志を引き継ぎ、教会もとい孤児院を慰問に訪ねる。
病と闘いながら母の意志を継ぐ娘。
ファリフィス家のイメージアップとして悪くない。
「……行ってみたいわね」
「お、お嬢様!?」
「あらっ。流石の私もこれから行きたいなんて非常識なことは言わないわよ。こんな時間に訪問したら教会の方々にご迷惑をかけてしまうことくらい理解していてよ」
私は心の中でにんまりと笑う。
この慰問にはまだ続きがあった。
マギカ・マグナでは、孤児をはじめ平民の識字率、計算能力は、あまり宜しくない。
なので前世で義務教育を修了させた私が、教師の真似事、否、孤児達に教育を施す。上手くいけば孤児達に学がつく。即ち彼等が将来、院を巣立つ時、選択肢の幅が広がるということだ。教会も送り出した子供達を悲惨な人生に歩ませなくて済む。正に三方Win-Winといえる関係だ。
ただ問題があるとすれば――
「でも、お父様の説得が難しそうね」
寿命を越えたとはいえ、暫くは様子見だろう。せめてアインとヒロインが出会う前、いや10歳で学園に通うまでは着手したいところだが、幾つかアプローチを考えておかなくては。
私が笑顔の裏でそう画策していると知らず、母親の思い出の地に行きたいと解釈したメイドは複雑そうな表情を浮かべる。
「そうでございますね。けれど旦那様もそれだけお嬢様の事を案じていらっしゃるのですよ」
「もちろん分かっていてよ」
物わかりのいい振りをして、私は話を切り上げる。いまお父様の耳に入れるわけにはいかない。もし主治医と共闘されたら突破の目が狭まってしまう。私は自分から難易度を上げにいくほどマゾではないのだ。
「ご馳走さま。これ下げてくれる。それから少し休みます」
「かしこまりました。いまお薬をお持ちします」
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