第3話、初めての魔法【改訂】


 剥き出しの大地を二台の馬車が走る。

 どちらも外装にファリフィス家の象徴、狼と剣のエンブレムをつけた上等な馬車を、栗色の馬が二頭で引いている。

 その周囲、いや前方と後方には武装して馬に跨がった戦士の集団がおり、辺りは物々しい空気が漂っている。

 空には黄色い太陽が浮かび、とても眩しい。とはいえ、真夏ほど暑くもない。まだ三月いやパイシーズの月に入ったばかりなので、逆に過ごしやすいほどだ。

 そんなお出掛け日和の中、一行は領地の端を目指して走る。

 なぜ外れなのかというと、私の魔法が万一街に被害を及ぼさないようにと配慮したためだ。

 そこは建物もなく、加えて牧草地に近いのでほとんど人がいない。私の体調も考えてぎりぎり遠出できる範囲だった。

 不意に馬車が、がたりと揺れる。

 だが名うての職人に作らせた箱の中は、僅かに震動が伝わる程度である。

 馬車に乗った面々は一台目に、お父様、私、その横にケイト、向いの席に屈強な男、魔法使い然とした女。もう一台には主治医と助手、それと二人の護衛が乗車していた。ちなみにどちらにもアインが居ないのは、彼は屋敷でお留守番だからだ。

 不必要な会話もなく、静まり返った車内で、私は正面の男女を見る。


「突然、不躾な問いをして申し訳ないけれど、二人はもしかして恋仲?」

「わ、私達がですか」

「ハッハッハッ。只の仕事仲間ですよ」


 動揺する女とは対称的に男が豪快に笑う。

 彼の名はハーグン。ファリフィス領の冒険者ギルドの代表で、今回お父様が直々に護衛依頼を出した一人だ。


「あら、予想が外れてしまいましたわ。もしかしてもう結婚していらして?」

「残念ながらこの見た目も相まってなかなか縁に恵まれず」


 ハーグンは気分を害した様子もなく、あっけらかんと語る。


「この間も街を歩いていましたら子供にぶつかりまして。大丈夫かと気遣ったらいきなり大泣きされて」

「ああ、そういえばそんな報告があがっていたな」


 お父様が珍しく笑い声を上げた。


「ええ。直後に子供の母親を叫びだして、誤解が解ければ今度は親の方が泡を吹いて気絶ですよ。仕方ないから診療所まで運べば、今度は又聞きで妻子を誘拐されたと父親が魔法で属性付与した包丁持って襲いかかってくるんですから。あれには本当に困りました」

「私も耳にした時は思わず笑ってしまったよ」

 

 なんだその殺伐としたコントは。


「ま、街中は案外危険がいっぱいなのね」


 家の領地は実はスラム集合体だったのか、眩暈を感じて蒼白になっていると、女性の方がそんなことはないと必死にフォローを入れてくれる。


「こんなこと月に二回あるかないかですから。それに今回は誰も死傷してません」


 違った。

 フォローにみせかけたトドメだった。

 それならこの護衛の様子も納得だ。

 この地をアインに継がせて本当に大丈夫か、私は頭を抱えた。

 刹那、静かに馬車が動きを止める。


「どうやら到着したようですね」

「そのようだ」


 数拍待つと、馬を操っていた御者が馬車の扉を開けた。魔法使い、ギルドマスター、私達の順で大地に降りる。


「お嬢様、どうぞ」

「ええ」


 差し出された手をとり、地面を踏みしめる。瞬間、柔らかな風が吹き、私の髪がばさばさと揺れる。


「……まぁ!」


 下車した私を迎えたのは一面の緑、否、草むらだった。

 青臭い植物の香り、暖かな太陽の光、大地を踏みしめる感覚。転生前は当たり前だったそれが、今は妙に心が踊る。


「綺麗ね」

「そう、でしょうか?」


 自然と漏れた呟きに、女魔法使いが首を傾げる。彼女にしてみればこんな景色、見慣れたものなのだろう。

 私は今にも詰め寄りそうなケイトを目で制し、親しみをこめた微笑を作る。


「そうね。価値観の違いだったり、見慣れてしまうとそう感じてしまうのかもしれないわね」

「……すみません。失言でした」

「いいえ。気にしなくて大丈夫よ。それより私はこれからどちらへ迎えばいいのかしら」


 お父様はいつの間にか離れ、ギルドマスターや医者、他護衛達と何やら話しこんでおり、とてもお邪魔できる雰囲気ではない。

 急な話題の転換に、彼女はハッとすると辺りを一瞥したのちもう少々お待ちくださいと告げる。


「恐らくマジックアイテムの設置に取りかかってますので」

「マジックアイテム?」

「動物と人避け、それに結界です」


 ああ、軽く頷く。

 後者は私の魔力が暴発した時の備えだろうと当たりをつけ、それ以上深くは訊かなかった。




 やがて鈍い起動音が鳴り、私とお父様、ギルドマスターと女魔法使いを中心に据えた半円形の透明な膜が覆われる。

 他の面々は結界の外で待機だ。再度起動音がなり、半円形の前を黒い膜が張られると彼等の姿が黙視できなくなる。

 私は上を見上げる。

 黒い結界に太陽の光さえ遮られた内部は、どういうわけか先程と変わらず明るい。ゲームでは見なかったマジックアイテムた。

 ぼんやり観察していると、お父様が声をかける。だが、その姿は家で見るようなラフなものではなく、まるでこれから戦場にでも赴くような重装備だった。

 銀の鎧の胸元に我が家の刻印が刻まれたことから、家の者だとかろうじて分かる。恐らく何らかの魔法効果を持った一品だろう。続けて女魔法使いがお父様に魔法を付与する。

 万が一に備えてだと私は理解しているが、この状況を第三者が見れば間違いなく貴族が娘を自ら始末しようとしていると誤解を招きそうだ。


「準備はいいか」

「はい、お父様」


 ハーグンと女が下がったのを確認し、私は足に力を入れた。

 寿命まで今日を入れて残り二日。

 失敗は許されない。


「ではまず初歩だ。視界を閉ざし、己が身に流れる魔力を感じ取る」


 指示に従い、私は目を瞑る。

 熟読した本では、魔法系統により感覚やイメージは異なると記載されていた。

 火は赤や熱い、水は青く冷たいもの、風は緑でふわふわ、地は茶色く固い、光は金色で眩い、闇は黒く不気味、だったか。

 私は青く、冷たいをひたすら探す。

 ほどなくスポットライトで照らされ、否、メッチャ光る青い冷水を肌に感じる。

 自分でいうのも何だが、自己主張が凄い。


「お父様、分かりました。これが私の魔力の流れですね」

「よし、いいぞ。次はそれを自分の躯全体に纏わせて循環、いや常に躯の外を回るよう意識してみるんだ」


 全身を巡らせる、血液のようなものだろうか。頭から足に細いチューブ巻き付けて、そこへ青い水が流れるのをイメージする。


「きゃっ!」


 静電気に似た微弱な衝撃が指先に伝う。


「大丈夫か、アンジュ!!」

「問題ありません。もう一度やります」


 中止させられる前に、再度瞼をおろす。

 チューブでは細すぎたのだ。次はホースで挑戦する。


「おおっ、上手いぞ。その調子だ」


 お父様の言う通り成功したのだろう、体感二度ほど下がったようで少し肌寒い。


「次はその状態を保たせるんだ」

「は、はい」


 これが案外難しかった。

 私の魔力の高さ故か、或いは魔力の性質か、なかなか定着してくれない。

 三回、五回、十回。

 幾度も静電気アタックを喰らい、徐々に私の呼吸が乱れ始めた頃、お父様がストップをかける。


「アンジュ、一度休もう。顔色が悪い」

「いいえ。お父様、私はまだいけます」


 主治医にドクターストップでもかけられたら堪らない。私には時間がないのだ。

 何としてでも生き延びて、彼、アインの成長と幸せを見届ける。


「アイン……」


 脳裏にアインの笑顔が過り、私は掌を強く握りしめた。

 その時だった。


「へ」

「なっ!?」


 私の胸元から、目を開けていられない程の強い光が飛び出す。だが、それも数秒の事だった。

 いったい今のは何だったのだろう、私は反射的に閉じていた瞳を開き


「!?」


 絶句した。

 視線の先は正面すぐ前。そこには、五センチはあろう綺麗な菱形の青水晶が宙に浮いていた。

 発現したそれに手を伸ばす。すると突如、目の前が暗転する。


「アンジュ!」


 お父様の声が、小さく聞こえる。

 同時に泥に呑み込まれるように意識が遠くなっていく。


「や……だ、しにたく……な」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る