第2話、一つの光明【改訂】
初めてのエンカウントから翌日。
約束通り、顔を見せにきてくれたアインと私は仲良くお喋りに興じていた。
庭の花、外の天気、好きな物。限られた時間の中で、沢山沢山話をした。
最初はぎこちなかった彼も、語り続けるうち、大分打ち解けてくれた。
「それでですね」
「お嬢様」
黙して控えていた私の侍女、ケイトが、声をかける。
今日の面会はおしまいという合図だ。
「もうそんな時間なのね。アイン、約束守ってくれてありがとう。とても楽しい時間だったわ」
「ボクも楽しかったです」
「ふふっ。お勉強頑張ってね」
「はい。お姉様、行ってきます」
笑顔で手を振ってくれるアインをベッドの上で見送る。アインのお勉強というのは、次期伯爵としての教育と貴族のしきたり、マナーを学ぶこと。
「はぁ。あの子がチューターに虐められていないといいのだけれど」
チューターとは男性家庭教師の事だ。
中流階級の出で、この世界では跡取りでないが、もしもの時のスペア貴族の働き口の一つとされている。
「考えすぎですよ。お嬢様」
「そうかしら。アインは我が家の大事な跡取りなのよ。何かあった後では遅いわ」
私のアニメ、ライトノベル知識では一部貴族の中にはプライドだけ高く、非道な事も喜んでやる輩がいた。
先程の話でそれとなく探りは入れてみたが、いまのところはその兆しはない。だがそれもまだの可能性だってある。
何より私はシナリオから逸れた行動をとっているのだ。何処かで帳尻を合わせにくるとも限らない。
「コホッコホッ」
侍女が慌てて、背中を擦ってくれる。
寿命まで残り28日。設定とはいえ、ポンコツな体が心底恨めしい。
水差しから水をもらい、一息つく。
「もう大丈夫よ。少し休むわ」
「かしこまりました」
目を瞑り、私は思考を整理する。
私ことアンジュ・ファリフィスの目標は、アインの幸せと成長を生きて見届けること。
その為に必要な事は三つある。
まず一つ目にして最難関の余命ブッチ。これについては食事療法、薬、トレーニング以外で取り急ぎ何か見つけること。
二つ目はお父様との関係修復。
いまのところ然程悪くはないが、ゲームではお父様は暗殺者ヒロインにアイン殺害を依頼してしまうので、それを防ぐ。まぁこれは根底にあるのが私なので、ひたすら私がアインを愛でて周りに周知させていけばいいだけだ。
三つ目はアインを理解し、支えてくれるお嫁さんの捜索である。
マギカ・マグナの世界では貴族キャラクターの中で唯一アインだけ婚約者がいない。私が立候補出来ればいいのだが、現在進行形で内臓ボロボロの私ではきっと跡継ぎを産めないだろうから却下。
優先順位としては一番二番が並行、三番は後回しといったところだろうか。
答えを出したその時。
左から冷たい風が吹き、私の頬を軽く撫でる。
「申し訳ありません、お嬢様。起こしてしまいましたか」
「いいえ。気持ちのいい風ね」
それは良かったですと侍女が微笑む。その手元を見ると、水差しの中に半透明の小さな四角、氷が水の中を泳いでいた。
私は、風を含めてそれが彼女の魔法だと察した。
マギカ・マグナの住民は必ず火、水、風、土、光、闇のどれか一つの魔力を宿すとされている。彼女の行使したのは水魔法。私と同じ属性だ。ちなみにアインは土属性。
「お嬢様。お顔をお拭きしますね」
肌触りのいい冷たいタオルが、額に当たる。
「生き返るわ。本当にケイトの魔法は便利ね」
「ありがとうございます。これだけは侍女の誰にも負けない私の自慢なんです」
「それは難しい魔法なの?」
「どうでしょう。私は物心つく頃には使えていたので断言は出来かねますが、それほど難しくはないかと」
夏に重宝されそうな魔法だ。
同属性の私にもいつか出来るだろうか。そんなことを考えていた刹那、突如私の脳内に稲妻が走る。
魔法。
どうして思い至らなかったのだろう。
器の許容量を増やすではなく、保有する魔力を使って出してしまえばいいではないか。
「……ねぇ、ケイト。私にもその魔法は使えるかしら」
「お、お嬢様。何を仰っているのですか!」
ケイトの手が、ぴたりと止まる。顔を見れば、まさに血の気が引いたという表現が相応しいほど青褪めていた。
「駄目なの?」
「だだだ、駄目に決まってます。お医者様にはくれぐれも安静にと言われているんですよ」
まぁ余命宣告しといて、魔力? 使っても大丈夫!などと宣う医者はいない。
だがこの方法以外ない。
何故か私には不思議と確信があった。
「むぅ、ケイトの意地悪。いいわ、お父様にお願いするから。紙とペンを頂戴」
「ですが」
「持ってきてくれないなら、今すぐ魔法は使うわ」
我ながら卑怯だが、形振り構ってなどいられない。半ば脅しのようなそれに、ケイトは暫く瞳を泳がせていたが、私の意志が固いと分かると、大人しく従ってくれた。
「……出来た。ケイト、これをお父様に届けてきて」
「お嬢様」
「安心して。ケイトの所為ではないと書いてあるから。私が自分で決めたの」
返事は五日後の朝だった。
私の寝室、寝台脇の椅子に腰かけたお父様は難しい顔で紙を握っていた。
五日前に私が思いの丈をこれでもかと吐き出した手紙だ。
私はベッドの上に座りながら、お父様が口火を切るのを待った。五分ほど経過すると、漸く彼の瞳に私が映る。
「読ませてもらったよ。まだまだ子供だと思っていたが、女の子の成長は早いものだ」
「あの、お父様」
「ああ。すまない。では話を戻そうか。アンジュ、ここに書かれている内容、相違ないか」
「はい。相違ございません」
文面には、最期の我儘として魔法を使用したい旨とアインとお父様の両名への感謝をありったけ綴っていた。もしもの時と人情に訴えた結果、どこに出しても遺書と判断されるそれだが、意外と効果はあったようだ。
私の答えを聞き、お父様が苦く笑う。
「意志は固いようだな」
「ええ。例えどのような危険があったとしても私はやってみたいです」
「過去にお前も同じ患者が同じ事をして亡くなったとも聞く。加えて主治医からはお前の肉体は普通の子供より弱く、例え魔法を行使出来たとしても、そのあとに大きな発作が出るだろうと言われた。それでも――いや愚問だったな」
断固譲らないと悟ったのだろう、お父様は困ったように眉を八の字に下げる。ほんの少し胸が痛んだが、今は敢えて気にしない。
「アンジュは容姿だけでなく、性格もエリスに似たな」
「お母様に、ですか」
エリス・ファリフィス。
政略結婚が珍しくない貴族間で、珍しく恋愛結婚して私を産み、亡くなった私の母親だ。
「あれも一度言い出すと頑として引かない、納得するまで動く性格だった。結婚する前も、それで何度泣かされたか」
そのまま懐かしむように、お父様の手が私の頭を撫でる。
今はじめて明かされるお母様情報。
「お父様?」
「ああ、すまない。魔法についてだったな。親としては正直とても迷った……が、ここで却下してもアンジュは勝手にするつもりだろう」
流石お父様、よく分かっている。
余命まであと三週間とちょっと。最悪、屋敷の蔵書にありそうな魔法の本でも読んで、勝手に行使も視野に入れていた。
「だからお前に三つ条件を出そう。それを呑むというのなら」
「呑みます!」
お父様の出した条件はこうだ。
一つ。ファリフィス家所有の魔法に関する本四冊を読破し、その内容を完全に理解すること。期限は一週間。
二つ。一をクリアした後に確認のため、テストを受けること。合格点は百点満点中八十点以上で合格とする。
三つ。上記二つを通過した状態で、魔法を行使する日取りはお父様が決める。
「……と、いうわけだ。ここまでで何か質問はあるかい?」
「一点だけ。お父様、三の日取りは今日から二十三日以内とお約束していただけますか」
「無論だ。アンジュも達成出来なかった時は素直に諦めると約束出来るな」
「はい。お約束します」
これで不安は消えた。
しかしお父様もよく考えたものだ。いや、お母様の奇行で慣らされたという方が正しいのか。私の希望を取り入れながら、ぎりぎりを攻めている。
仮に失敗したとしても、自分で決めたことだと説得できるように。
私は心の中でほくそ笑む。
こちとら見た目は七歳、中身は二十歳児のゲーマー兼読書家のオタクである。更に興味ある分野、推しの来歴、好きな物などとにかく推しを構成する物には異常なほど集中力と知識欲を発揮するタイプの。
こんな物、試練ですらない。
その日から、私の読書生活が始まった。
朝起きてすぐ、発作が収まってから、アインと面会後、寝る前にも本を読み、とにかく時間が許す限り、只管本を読み耽った。
たぶん前世で受験に挑んだ時よりも、本気で挑んだと思う。
そして、試験当日。
テストは口答五十、筆記五十で行われたが、合格点を遥かに超えた九十一点で余裕のクリアだった。
「さぁ、お父様。約束を守ってくださいまし」
テスト用紙を掲げ、私は鼻を鳴らす。
お父様を見上げると、私がここまでやるとは思ってなかったのだろう、彼は度肝を抜かれたように口を開き、赤丸のついた紙に釘付けになっていた。
「お父様!」
「あ、ああ。すまない、少し取り乱してしまった。分かっている。約束は約束だ。だが条件の通り、日取りは私の諸々の調整が終わるまで待っておくれ」
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