第十三話 さんどすたー・ろう

「――――グアアアアァァァッ!!」


 砂浜の裏手の林から、叫び声と共にビーストが弾丸のように飛び出してきます。その先にいるのは、スタミナが切れて休んでいたフレンズです。その中でもとっさに動けたのは二名。ハンターたるヒグマとキンシコウのみでした。


「ぐっ……!」

「重っ……!?」

「ガアアアア!!」


 ビーストは紫の禍々しいオーラを立ち昇らせ、ただ力のままに二人を押し込みます。普段なら一旦引いて態勢を立て直すところですが、今はそれは不可能です。


「ひっ……!」

「うっ……」


 後ろには、とっさには動けなかったオオミミギツネとフェネックがいるのですから。『自分の身は自分で守れ』と言ったヒグマでも、ここで退くという考えは浮かびません。口では何と言っていようが、彼女達はセルリアンを討ち、フレンズを守る事を使命とするハンターなのです。


「ゴアアッ!!」

「う、ぐぅっ……!」


 熊手と棒を盾のように構え、二人はどうにかビーストの連撃をしのぎます。しかし見るからに劣勢で、すぐに押し切られてしまうだろう事は素人目でも一目瞭然でした。


 他のフレンズもそれは分かっていますが、セルリアン相手に手が離せません。ただでさえギリギリの状況です。誰か一人でも抜ければ、たやすく戦線は崩壊してしまうでしょう。かと言ってビーストを放置するのも論外です。そんな絶望的な状況の中、たった一人だけ動ける者がおりました。


「シャアアァッ!!」

「グッ!?」


 ハブです。彼女はセルリアンの石の位置を事に専念していたので、体力の消耗はほぼ皆無で、なおかつ手が空いていたのです。元の動物そのままの、高い攻撃性を剥き出しにしてビーストに噛みつきます。


「ガ、アアアアァァァッ!」

「っ!」


 ですが体重の軽さや身体能力の低さが災いし、見境なく暴れるビーストによって引き剥がされてしまいます。反射的に飛びのいた彼女に傷は見受けられませんが、フレンズ化に伴い蛇の毒は失われているため、ビーストに有効的なダメージを与える事は出来ていません。それでも、時間を稼ぐ事には成功しました。


「すまん、助かった!」

「気にすんな!」


 ヒグマが声を張り上げビーストを睨み据えますが、外見ほど余裕がある訳ではありません。ここだけ重力が増したかと思ってしまうほど体は重く、腕は鉛で脚は砂に根を張ってしまったかのようです。


 キンシコウに至ってはもっと酷く、顔は酸欠で青白くなっており、激しく喘ぐように空気をむさぼっています。杖代わりの棒がなければすでに膝を突いていたでしょう。先程の攻防はまさに、死力を尽くしたものだったのです。


 ビーストはハブを警戒したのか少し距離を置いていますが、もう一度襲われればこの三人のみではどうにもならない事は明白です。おまけにセルリアンの脅威も全く衰えていません。まさに前門のビースト後門のセルリアンであり、破滅はもうすぐそこに大口を開けていました。


「こっちです!」


 夜闇に燦然さんぜんと輝く光が、そんな未来を切り裂きました。フレンズが、ビーストが、セルリアンですらも、全ての者の意識がその光に引き付けられます。高く掲げられたかばんの手にゆらめく、赤い炎の光に。


「ヴアアァァ!!」


 理性のない分、思考と行動に間隙かんげきのないビーストが真っ先に反応します。誰かが危ないと言いかけるいとまもあらばこそ。かばんはかざす炎を、思いっきり放り投げました。海にうごめくセルリアンの方向に向けて。


 ビーストは光に惹かれ、セルリアンに向けて突っ込みます。ねじった紙にマッチで火をつけただけの簡易松明たいまつは、あっさり海に落ちて光を途絶えさせますが、それでビーストが止まる事はありません。そのまま狂ったように、手当たり次第セルリアンを破壊し始めました。


「やっぱり……!」

「なっ……!?」

「これは……!?」


 それを見たかばんはどこか納得したように、他の面々は驚きに目を見開きます。かばんはビーストのおかげで戦線に余裕が出来た事を見て取り、皆に集合をかけました。


「皆さん一旦集まってください!」


 その声に従い戦っていたフレンズが集まり、休んでいたフレンズと合流します。ヒグマ、キンシコウ、リカオン、オオミミギツネ、ハブ、ブタ、サーバル、フェネック、アライグマ、ライオン、ヘラジカ、かばん、そしてラッキービーストの、計十二名プラス一機の大人数です。


「かばん、ヤツは何故セルリアンを襲っている? 何か知っているのか?」

「フレンズは、動物かその一部にサンドスターが当たって生まれます」


 ヒグマの疑問に、かばんは一見関係なさそうな事を口にします。ヒグマのみならず皆の顔が不思議そうなものへと変わりますが、それを意に介する事なく彼女は話を続けました。


「でもビーストは、サンドスターと同時にサンドスター・ロウが当たって生まれるんだそうです」

「そうなのか?」

「サンドスター・ロウだけが当たっても何も起こりません。サンドスターとサンドスター・ロウが同時に当たるという珍しい現象が起こる事で、ビーストになってしまうんだそうです。それも、必ず起こるとは限らないとか」


「ほう……詳しいな」

「かばんちゃんは“けんきゅうじょ”で、あの子について色々しらべてたんだよ!」

「けんきゅうじょ?」

「ええと……図書館みたいなところです。ビーストについてヒトが調べた記録が残ってて、僕はそれを見てたんです」


 それを聞いたフレンズ達の表情に納得が浮かびます。


「フレンズがサンドスターを必要とするように、ビーストはサンドスター・ロウを必要とします。もう少し詳しく言うと、ビーストはサンドスター・ロウをエネルギー源にしているみたいです」

「なるほどな、だからああしてセルリアンからサンドスター・ロウを吸収してるのか」


 付け加えるならば、ここに現れたのも偶然ではないのでしょう。サンドスター・ロウを放出している海底火山に最も近く、サンドスター・ロウを満載しているセルリアンが多い場所なので、それに惹かれたものだと考えられます。


「きゅうしゅう……そんなことができるのかー?」

「で、できるからああしてセルリアンを襲ってるんじゃないでしょうか」


 ブタの言い分に、皆の視線が自然にビーストに向きます。まるで暴走する蒸気機関車のような、凄まじい勢いです。あながち間違った意見だとも思えませんでした。


「アイツがセルリアンを倒してくれるなら万々歳じゃないのか?」

「いえライオンさん、そう簡単な話ではないようなんです」


 かばんは暴れ狂うビーストを強く見つめ、言葉に力を込めました。


「ビーストの体はフレンズと大きくは変わりません。でも、さっき言ったように、サンドスター・ロウを主なエネルギー源にしてます。それが、悪影響を引き起こしてるようなんです」

「悪影響、ですか……?」


 呟くようなリカオンの言葉に、かばんは無言で頷き言葉を続けます。


「これは想像ですが……苦しいんじゃないでしょうか」

「苦しい?」

「はい。フレンズはサンドスター・ロウを吸収するようには出来ていません」


 以前かばん達が、サンドスター・ロウを放出している火山に近づいた時は、体に影響はありませんでした。危険ではありましたが、それはあくまでセルリアンによるものです。つまり、サンドスター・ロウがフレンズに直接的に影響を及ぼす事はないと思われます。


「でもビーストは、無理やりにでも吸収せざるを得ません。だから……」

「……苦しくて暴れる、か」

「オアァアアァァァァ――――!!!!」


 ビーストが一際高く吠えたてます。まるで慟哭どうこくするかのように。フレンズの間にどこか物悲しい空気が流れますが、それを完全に無視する女が一人おりました。


「で、結局どうするんだ? ぶっとばせばいいのか?」


 鹿なのに猪突猛進なフレンズ、ヘラジカです。あまりと言えばあまりな言動に、ライオンが何とも形容しがたい微妙な表情を彼女に向けました。


「ヘラジカぁ……」

「なっ、なんだその目は! 私は何もおかしなことはいってないぞ! ほっとくわけにもいかんだろう!」

「いやそうだが、そうなんだがなあ……」

「いえ、ヘラジカさんの言う通りです」


 何とも言えない雰囲気を入れ替えるように、かばんが決然として言いました。


「あのまま放ってはおけません。何とかしないと」

「方法はあるのか?」

「――――これを、使います」


 かばんが取り出したのは、小さなキューブがついた、黒いシリコン製のブレスレットでした。キューブはくすんだ虹色をしており、まるで色の抜けたサンドスターです。それを見たヒグマが不思議そうな顔を向けました。


「これは?」

「ミライさん……ヒトが研究所に残していったものです。時間がないので細かい説明は省きますが、これをあの子に接触させてサンドスターを注ぎ込めば、ビーストからフレンズに戻せる……と思います」

「おお」

「ずいぶん準備がいいな」

「念のために持ってきてたんです。ただ、あの子の体内のサンドスター・ロウが少ない状態じゃないと、多分上手くいきません。それに、実際に試した訳じゃないので……」

「よぉしわかった、この私に任せておけッ!」


 ヘラジカが自信満々に胸をドンと叩いて請け負いますが、それにかばんが慌てます。


「ちょ、ちょっと待ってください! 仕方がなかった事とはいえ、今のあの子はサンドスター・ロウをたくさん吸収して強くなってるはずです! そう簡単には……」

「だいじょうぶ!!」


 ことの難しさを言い募るかばんを、サーバルの底抜けに明るい声が止めます。彼女はそのままニカッと向日葵ひまわりの如き笑みを見せ、かばんの手を取りました。


「きっとうまくいくよ! だって、かばんちゃんが考えたんだから!」

「サーバルちゃん……」

「それに、かばんちゃんが“けんきゅうじょ”でがんばってたのは私がしってるもん! だから、こんどは私ががんばる番だよ!」


 サーバルの言葉に、場の潮目が確かに変わります。その明るさに引っ張られるように、皆がかばんのそばへと集まってゆきます。


「アイツを疲れさせて取り押さえればいいんだろ? 私に任せときなって」


「なんだかよく分からなかったけど、かばんさんが考えたことならきっと間違いはないのだ! この天才の、アライさんにおまかせなのだー!」


「私の力で、どれくらいやれるかは分かりませんが……それでも、私だって戦います! ホテルを守るのは、支配人である私の役目です!」


「いつまでもへばってはいられん……。私は、ハンターだ。相手がセルリアンだろうがビーストだろうが、やってやるさ」


 ライオンが、アライグマが、オオミミギツネが、ヒグマが。口々にかばんに向けて言葉を投げかけます。ニヤリと笑みを浮かべたハブが、ぽんとかばんの肩を叩きました。


「決まり、だな」

「皆さん……」


 ハブの後ろで、フェネック達がまっすぐかばんを見つめています。言葉を口にしなくとも、瞳が何よりも雄弁にその意思を語っています。そんな彼女達に向け、かばんは勢いよく頭を下げました。


「……ありがとうございます! 皆さんの力を、貸してください!」


 十人十色の返事が返されます。息はあんまり合っていませんでしたが、そこに込められた意思は間違いなく一致していました。


「グルルル……」


 ビーストの唸り声にはたと海を見やれば、もはやセルリアンは一体も残っておりません。イルカ達からの通信もない以上は、フィルターが張り直されたという事ではないのでしょう。おそらく、ヒグマの言っていた“波”――すなわち、セルリアン出現のによるものだと思われます。


 それはすなわち、セルリアンに気を払う必要はなくなったという事であり。同時に、ビーストの気を引くものが周囲に一切存在しなくなった、という事でもありました。


 そして、ビーストから立ち昇る紫の瘴気は、先程とは比較にならぬほど濃く禍々しくなっています。それは夜目の利かないかばんでもはっきりと分かるほどで、まるで暴虐を無理やりヒトガタに押し固めたかのような姿です。ビーストは病んだように輝く黄金の瞳をフレンズ達に向け、狂気に満ちた咆哮を上げました。


「ガルアアアァァァアアアア――――!!!!」

「来るぞ! 構えろ!!」

「皆さん、気を付けてください!!」



◆ ◆ ◆ ◆



 月光が陰り、暗さを増した海の中。シャチが目にもとまらぬほどの速度で泳ぎ回り、巨大なセルリアンと戦っていました。


「くぅっ……!」


 小さなセルリアンなら超音波で砕けますが、このサイズだと石が体内に収まってしまっている事もあり、そう簡単ではありません。それでも普段なら、何度か攻撃を仕掛ければ破壊できます。しかし今回は、サンドスター・ロウを供給する海底火山が目と鼻の先。表面を多少削ったところで、即座に回復されてしまうのです。


 結果として彼女は、まずセルリアンの表面を砕き、再生される前に石の場所を確認。しかる後に急速に接近し、隠れている石を思いっきり攻撃して体表ごと一気に砕く、という非効率かつ危険極まりない戦術をとらざるを得ない状況に陥っていました。


「多い……!」


 ですがそんな戦術がいつまでも続くはずがありません。相手が一体ならともかく、何体も存在するのです。足止めが目的である以上、必ずしも破壊する必要はないのですが、次から次へと湧き出てくるのでそんな事も言っていられません。さらに、小さなセルリアンも無視は出来ないため、時折砕いておかなければならないのです。


 向かってこないセルリアンは放置し、可能な限り効率を重視して戦っているとはいえ、それでもやはり無理が出てきています。動きは鈍り虹色は薄れ、息継ぎの回数が徐々に増えています。体力とサンドスターの底は、もうすぐそこまで見えて来ていました。


四神ししんは、一体どこに……!」


 そんなシャチを心配する気持ちを押し殺し、アシカとイルカは海底火山のふもとで転がる岩をかき分け、必死に四神を探していました。フィルターを張ってサンドスター・ロウを抑える事が、シャチへの何よりの応援になると信じて。


「……あ!」

「どうしました!?」

「これ! これが四神じゃない!?」


 イルカが地面から掘り出したのは、黒く四角い石板でした。明らかに人工物であり、自然に出来上がったものには到底見えません。ラッキービーストが目を光らせて石板をスキャンし、常と変わらぬ合成音で、しかして心なしか嬉しそうに告げました。


「ソウダヨ。ソレガ四神ダ」

「やった!」

「やりましたね、イルカさん!」


 二人は顔に喜色を浮かばせますが、すぐに気を引き締めボスに問いかけます。


「それでボス、これはどうすればいいの?」

「ココニ置イテオクンダ。後三枚アレバ、フィルターガ張レルヨ」

「手分けして探しましょう!」

「うん!」


 彼女達にもセルリアンは襲ってくるので、戦力を分けるのは本来上策とは言えません。しかし今は時間こそが重要だと判断し、二人は左右に分かれました。


「この辺りのはず……あった!」


「これ、ですね。よかった、すぐ見つかって……」


 火山を挟んで反対側で、二人が二枚目と三枚目の四神を見つけたのは、奇しくもほぼ同時の出来事でした。そのまま火山の周囲に沿って前進し、最後の一枚があるはずの場所で合流します。


「最後の一枚ですね!」

「うん、早く見つけよう!」


 しかし探せど探せど見つかりません。無情にも時間は過ぎ、焦りだけが降り積もってゆきます。とその時、フレンズの気配に惹かれたのか、群れから逸れたセルリアンが一体近づいてきました。


「邪魔!」


 しかしイルカが頭を近づけると、あっさり砕け散りました。バンドウイルカもシャチと同じように、超音波を発する事が可能なのです。もっとも本来は攻撃に使えるほど強力ではありませんが、フレンズ化に伴い、至近距離でならセルリアンを破壊出来るほどの出力となっているようでした。


「まずいよ、早く見つけないとまた寄ってくるかも」

「…………」

「アシカ?」


 何かを考えこんでいたアシカが顔を上げ、イルカをまっすぐ見つめました。


「イルカさん、あの“音”は、本来は周りの状況を探るために使うものなんですよね?」

「そうだけど……地面の中は、さすがにやったことないよ?」


 超音波で四神を探せないかという、アシカの言わんとする事を素早く読み取ったイルカですが、その答えは否定的なものにならざるを得ません。基本的に経験のない事は出来ないのは、ヒトもフレンズも同じなのです。


「でも、このまま探しても見つかるかどうか……」

「うー……そうだね、やるだけやってみる」


 イルカは頭を地面につけ、目を瞑って集中します。きぃんと音叉を弾いたような振動が響き渡り、イルカは顔をしかめて頭を上げました。


「どうですか?」

「ダメだ、よ」


 固体である地面は、液体である海水よりも格段に音を通すので、それが逆によくなかったようです。また、固体は内部で音が反響するため、それがノイズとなっているようでした。


「そうですか…………いや、でも……」

「何か考えがあるの?」

「……そうですね、このままでは手詰まりですし……。やってみましょう」


 言うと同時に、アシカは自分の鼻面を地面に突っ込みました。大真面目なのですが、それだけにとてもシュールな絵面です。いきなりの奇行にイルカが目を白黒させますが、そんな様子に構わずアシカは真剣な顔で言い放ちました。


「さあイルカさん、“音”を出してください!」

「えっ、えっと……とりあえずこの音は、アシカには聞こえないんじゃない?」


 アシカの可聴域は250~50,000ヘルツなので、最高で200,000ヘルツとも言われる、イルカの出す超音波は聞こえません。もちろんアシカに聞こえるように低い音を出す事も可能ですが、それではエコーロケーションの性能が落ちて本末転倒です。長波、即ち低い音は含まれる情報量が少ないので、エコーロケーションには不向き*1なのです。


「それは分かってます。ですが“振動”として感じ取る事は出来ます。そして私の鼻は敏感です、上手くいけば、上手くいくかもしれません」

「なるほど、やってみる価値はあるね!」


 アシカは目を閉じ鼻の感覚に集中し、イルカは地面に頭をつけ再び超音波を発します。反響する振動の中、アシカの眉がぴくりと動きました。その鋭敏な感覚で何かを感じ取ったようですが、何を感じ取ったのかは本人にしか分かりません。ですがそれでも、彼女は頭を上げると一点を指さしてみせました。


「――――あの辺りが何か違う感じがします。言葉にしづらい、ほんの僅かな差ですが」

「よし、掘ってみよう!」


 イルカは躊躇なくアシカの指した場所を掘り始めます。他に当てがないという事もありますが、それ以上にアシカを信じているのでしょう。二人揃ってもくもくと掘りますが、程なくその手は止められました。


「硬っ」 

「これは……?」


 一帯の地面は、軽石のような小石から成っています。フレンズなら、素手でも傷一つなく掘り進める事が出来る程度のものです。しかし今当たった場所は、まるで鉄の塊の如き硬さを有していました。


「ココハ、溶岩ガ固マッタ場所ノヨウダネ」

「固まった? だから違う感じがしたのでしょうか」

「なんでもいいよ、早くやろう」


 イルカの纏うサンドスターがより一層励起し、その手の虹色が輝きを増します。岩を砕いて掘り進めるつもりなのです。しかしそこで、ラッキービーストのストップが入りました。


「ココニ四神ガアルナラ、アマリ強クスルト壊レテシマウカモシレナイヨ」

「分かった、加減すればいいんだね」


 虹色が弱まると同時に腕が振り下ろされ、岩の破片が海中に舞い散ります。それを数度繰り返し、大きくなった穴からイルカが石板を取り上げました。


「あった!!」

「やりましたね!」


 おそらくですが、火山が海に沈んだ際、この一枚だけは溶岩に呑まれてしまったのでしょう。他の三枚が表層にあったのは、爆風に吹き飛ばされたのか、それとも溶岩より軽く沈むのが遅かったのか、はたまた謎物質サンドスターの働きか、それは分かりません。今重要なのは、四神が四枚揃ったという事実のみです。


「それで、この後どうすれば……」

「ココハ位置ガ悪イネ。モウ少シ後ロニ移動スルンダ」

「分かった!」


 ラッキービーストの指示に従い、二人は後ろに下がります。すると、四神に刻まれた文様が緑に光り、ぼんやりと燐光を纏いそのまま宙に浮かび上がりました。


「フィルター修復中……フィルター修復中……」


 四神から光が爆発し、格子状のフィルターとなって広がってゆきます。きらきらと輝く虹色が火口を覆いつくした時、あれほど噴出していたサンドスター・ロウは、もうどこにも見あたりませんでした。


「フィルター修復完了ヲ確認シタヨ。ヨクヤッタネ」

「やりましたね!」

「うん! あ、でも、このままで大丈夫なの? セルリアンに動かされたりしない?」

「前例カラスルト、セルリアンガ四神ヲ狙ウトハ考エニクイネ。ソレニ四神ハ、強イ力ガ加ワラナケレバ動カナイヨ」


 その言葉にアシカが四神に触れてみますが、不思議な事にびくともせず、海中に浮いたままです。これなら問題ないだろうと、一息つく暇もなく。イルカの目が、上から落ちてくる人影を捉えました。


「――――あれは!?」


 慌てて近寄り抱き留めると、ボロボロになった白黒の体が目に飛び込んできます。ゴスロリ風の服はところどころが破け、にじみ出る血が水を赤く染めていました。


「シャチさん!」

「ぅ……」


 体に纏うサンドスターは切れかけ、明滅を繰り返しています。長すぎる前髪の合間から覗く瞳がイルカに向けられ、彼女は弱々しく微笑みを見せました。


「……そっか、成功したん、だね……」

「喋っちゃダメ! 急いでサンドスターを補給しないと……!」

「イルカさんあっち! セルリアンが来てます!」


 悲鳴のようなアシカの声に向こうを見やると、セルリアンの群れが続々と迫って来ています。引き付けていたシャチが消えた事で、今度はターゲットをアシカとイルカに変更したようです。サンドスター・ロウはしっかりフィルタリングされていますが、かと言ってセルリアンが即座に消えてなくなる訳ではないのです。


「に、逃げよう!」

「そ、そうですね!」


 フィルターを張る事に成功した以上、もはやこの危険地域に居続ける理由はありません。イルカがシャチを、アシカがラッキービーストを抱え、全速力で陸地に向かいます。


 セルリアンは基本的に動きが遅く、速いものでも海獣二人の速力には敵いません。時折行く手をふさぐようにセルリアンが現れる事もありますが、彼女らは歩行者天国を行く日本人のように、すいすいとすり抜け進みます。


「……ふふ……」


 そんな海獣に抱えられるシャチは、鉛のように重く碌に動かぬ体を自覚しながら、それでも口角を吊り上げ笑みをこぼしました。


「……たおせなかったけど…………わたしたちの、かち」


 それは、やりとげたという達成感に満ちた笑みであり。同時に、海の生態系の頂点に立つ強大なハンターにふさわしい、誇りと自負が覗く凄絶な笑みでした。



◆ ◆ ◆ ◆



 月が見えなくなり、星明かりだけが照らし出す夜の砂浜。そんな海と陸の境界線で、ビーストとフレンズとセルリアンの、三つ巴の死闘は続いていました。


「ギガアアアアッ!!」


 ビーストに対峙するのは、ヒグマ、キンシコウ、リカオン、ライオン、ヘラジカという戦闘能力の高いフレンズです。数だけを見るならば、五対一という圧倒的な差です。しかしそれでもなお五人は、ビーストの暴威に押されておりました。


「くっ!」

「強いな……!」


 ヒグマ達ハンター組は元々スタミナが切れかけており、一時休んだとはいえやはり体力的に厳しいものがあります。持久力のあるリカオンが上手くカバーしていますが、それでも限界は見え隠れしていました。


「まだまだぁ!」

「オオッ!!」


 戦線を持たせているのは、主にヘラジカとライオンの力です。特にヘラジカは、限界など知った事ではないと言わんばかりに突貫をしかけ、ビーストの体力を削り取っています。ですがそれでも、決着がつく気配は未だ見えません。


「ウヴッ!!」

「またか!」

「くそ、キリがないぞ!」


 先程の、セルリアンが一時的にいなくなった時はよかったのです。楽ではありませんでしたが、それでも五人がかりで当たる事で、一時はもう一息というところまで追い込みました。しかしそれは、海から再びセルリアンが現れた事でひっくり返りました。


 ビーストはセルリアンを破壊する事で、サンドスター・ロウの補給を行い始めたのです。追いかけて阻止しようにも、セルリアンが邪魔で上手く行きません。セルリアンは、ビーストもフレンズも区別なく襲うのです。


 ビーストがセルリアンだけを襲ってくれれば多少は違ったでしょう。しかしビーストはある程度サンドスター・ロウを吸収すると、一転してフレンズに向かってくるのです。どうやら体内のサンドスター・ロウが多い時はフレンズを、少ない時はセルリアンを襲う習性を持つようでした。


「えーい!」

「ソイツは目の右側だ!」

「は、はいっ!」

「みゃー!」


 オオミミギツネ、ハブ、ブタ、サーバル、フェネック、アライグマの六人は、ビーストと直接戦える力はないため、セルリアンを減らす事に集中しています。ハブが石の場所を的確に示す事で撃破は出来ていますが、やはり小型から中型動物のフレンズ。体力の消耗もあり、戦力不足は否めません。


 結果として、消耗するばかりのフレンズに対し、ビーストは潤沢な補給を受けている形となり、さらにそこにセルリアンが加わり消耗戦の様相を呈しています。どの陣営が勝つかは分かりませんが、このままでは最初に落ちる陣営は見えています。それを理解しているかばんは、ぐっと拳を強く握りこみました。


「みんな……!」


 せめて何か、何かないかと頭を回しますが、何も思いつきません。焦燥が砂漠の太陽のようにじりじりと胸を焦がします。ラッキービーストがそんな彼女を見上げ、瞳を青く光らせ告げました。


「海ノフレンズ達ガ、フィルターヲ張ル事ニ成功シタヨ」

「ラッキーさん!」


 その通信を聞いたかばんの目が強い輝きを宿します。彼女は顔を上げると、戦っているフレンズ達に向け、決然と声を発しました。


「皆さん! イルカさん達がフィルターを張り直しました! セルリアンはもう生まれてこないはずです!」

「おお!」

「あと一息ってとこか!」


 朗報に士気が一気に上がります。セルリアンの増援がなくなるという事は、ビーストの補給がなくなるという事でもあります。そうすればかばんの策が成功して、ビーストをフレンズに戻す事も可能やもしれません。


 真っ暗だった空が、ほんの僅かに白み始めています。夜明けは、もうすぐそこまで来ていました。



――――――――――――――――――

*1 低い音はエコーロケーションに不向き

なのでどの動物でも、エコーロケーションには基本的に高い音を用いる。ただし高音は距離による減衰が大きいため、目的に応じて音の高低を上手く使い分ける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る