第十二話 だいげきせん
「ジャパリホテルの向こう側の海から、たくさんのセルリアンがやってきました!」
戦いの幕開けを告げたのは、何の因果か平和の使者とも呼ばれる鳩でした。そのリョコウバトの言葉に、博士と助手は顔を見合わせ強く頷き合います。指示を出そうと口を開きかけ、その優れた聴力が聞き慣れぬ、しかして聞いた事のある音を捉えました。その音はあっという間に大きくなり、目のようにライトを光らせた、猛スピードで飛ばすジャパリバスが姿を現しました。
「博士さん、助手さん!」
「セルリアンがたくさん出たって、ボスが!」
図書館の隣に止まったそのバスから、慌てた様子でかばんとサーバルがまろび出てきます。パーク中の同形機と通信できるラッキービーストが、セルリアン大量発生の報を知らせたのです。
「ちょうどいいところに来たのです」
「ラッキービースト、パークのフレンズに危険は知らせたですね?」
「モチロンダヨ」
「なら――――」
何かを言いかけた博士の耳がぴくりと動き、瞳が道の向こう側に向けられます。月明かりに照らされた土煙が見る間に大きくなり、それはとあるフレンズの姿をとりました。
「――――かったのだぁー!」
いつでもどこでも全力投球、流しの芸人アライグマです。彼女は図書館に飛び込むと、その勢いのまま博士と助手に詰め寄りました。
「分かったのだ! アライさんは天才なのだー!」
「相変わらず騒がしい奴なのです」
「
「見つからなかったのだ!」
自信満々に胸を張るアライグマに、博士と助手は冷たい目を向けます。
「ちょっとでもコイツに期待した我々が愚かだったのです」
「今は芸人に構っている暇はないのです、我々は忙しいので」
二人は
「まあまあ、ちょっとでいいから話だけでも聞いてやってよー。今が緊急事態だってのは分かってるけどさ、それでも聞いた方がいいよー」
「む……。お前がそう言うなら」
「フェネックに免じて聞いてやるです。とっとと言うのです」
二人が上から目線なのはいつもの事なので気にも留めず、アライグマは話し始めます。
「アライさんは四神を探して、パーク中を走り回ったのだ!」
「見つからなかったけどねー」
「そう! 見つからなかったのだ! だからアライさんは考えて考えて、分かったのだー!」
博士と助手は無言ですが、さっさと続きを言えとその表情が何よりも雄弁に物語っています。そんな無言の圧力をものともせず、アライグマは食い気味の前傾姿勢で告げました。
「前に見つけた四神は火山の近くにあったのだ! だからきっと、今探してる四神は海の中にあるのだー!」
その言葉を聞いた二人は、思わず鉄面皮を崩して目を見開きます。
「……うかつです。いくら忙しかったとはいえ、その可能性に気付かなかったとは」
「かばんが『火山が海に沈んだ』と言った時に気付くべきだったです」
「えーと、どういうことー?」
過程がいくつかすっ飛ばされた言葉に、サーバルが小首をかしげます。まるで独り言のように、博士と助手が口を開きました。
「昔は火山は地上にあったと言うです」
「その火山にフィルターが張られていたとするならば、四神もまた地上にあったはず」
「つまり、火山が海に沈んだ時に四神も一緒に沈んだのです」
「かばんから聞いた沈んだ火山の位置と、今回の原因になっている火山の位置は同じです」
「こうしてはいられないです」
博士は足元のラッキービーストをむんずと掴んで持ち上げます。アワワと慌てるその様を気にもかけず、彼女は声を張り上げました。
「ラッキービースト、ホテルの近くにいる海のフレンズに通信をつなぐです!」
◆ ◆ ◆ ◆
水と空の界面から、青白い月光が差し込む夜の海のその中で。イルカとアシカのフレンズが、空を飛ぶように海を泳いでおりました。
「まったくもー、博士もフレンズ使い荒いよねぇ。こんな状況で四神? を探せなんてさぁ」
「仕方ありません、パークの危機ですから」
差し込む光はいっそ幻想的ですらありますが、眼下を埋め尽くすのはそれとは正反対の修羅場です。ゆらめく光に照らし出されるのは、いびつで歪んだ一つ目の集団。海の底から湧き上がる、暗灰色のセルリアンの大群です。
「ボスもつれてけ、って言われたからつれて来たけど、大丈夫なのかな?」
「完全防水ダカラ問題ナイヨ」
「私達は、その四神とやらを見た事がありませんしね。ボスが知っているのなら心強いですよ」
「そりゃそうだけど……そもそも、ホントにあるの?」
「管轄外ダカラ確カナ事ハ言エナイケド、可能性ハ高イネ」
いまいち明瞭さを欠くその返答に、イルカの眉間に皺が寄ります。しかしここで言っても仕方ないと思い直したのか、大きく息を吐きました。
「……ま、やるしかないかー」
「あ、あの……私もがんばるから!」
後ろからかけられた声に、イルカとアシカの体がびくりと震えます。その震えを理性で抑え込んで振り向いた先に見えたのは、白と黒の少女でした。
ゴスロリ風の白黒ワンピースに、これまた白と黒のショートヘア。前髪は長すぎて顔の半分ほども隠していますが、隙間から瞳の青い光が覗いています。スカートからは太く黒い尻尾とヒレが伸び、海獣である事を示していました。『鯨偶蹄目 クジラ類 マイルカ科 シャチ属 “シャチ” Orcinus orca』のフレンズです。
「う、うん、そうだねがんばろう!」
「そ、そうですね頑張りましょう!」
「えへへ……」
イルカとアシカの声は僅かに震えていますが、無理もありません。海の食物連鎖の頂点に位置するシャチは、二人にとってこれ以上ないほどの天敵なのです。もちろんフレンズと化した今では襲われる事はないのですが、それでもやはり本能は抑えがたいもののようでした。
「うわ、来た来た!」
セルリアンの一つ目がぎょろりと動いて三人を捉え、我先にと浮上してきます。イルカとアシカは本能を振り払いセルリアンに向き直りますが、二人をかばうようにシャチが前へと出ました。
「だいじょうぶ……私に任せて」
シャチが頭を突き出し、きぃんという高音が走り抜けたかと思うと、セルリアンが色とりどりのキューブとなって砕け散ります。虹色の粒子が消え去るとそこには、もはや何も残っていませんでした。
一部のクジラ類は超音波を発してエコーロケーション*1を行う事が出来ますが、シャチのそれはより強力で攻撃的です。超音波を当てる事で対象をマヒさせる事が出来る*2のです。
とはいえ元の動物には、溶岩が元となったセルリアンを破壊するほどの力はありません。フレンズ化に伴い、出力が大幅に上昇しているようです。ひょっとしたら、キャビテーション*3が起こっているのかもしれません。
「……よし」
瞬く間にセルリアンを掃討したシャチは、片手で小さくガッツポーズをします。それは容姿と相まって可愛らしいと言えるものでしたが、彼女を後ろから見つめるイルカとアシカの顔は、少しばかりひきつっていました。
◆ ◆ ◆ ◆
ジャパリホテルのすぐそばの、夜の砂浜。次々に海から湧き出るセルリアンに、フレンズ達が対峙していました。
「はぁっ!」
丸耳が特徴的な少女が、熊手――掃除用具ではなく、巨大な熊の手が棒の先端についた
それもそのはず。彼女は、『ネコ目 クマ科 クマ属 “ヒグマ” Ursus arctos』のフレンズ。日本最大の陸棲動物のその
「ああもう、キリがないですね!」
赤い棒でセルリアンを砕きながら、金色の少女がぼやきます。中華っぽいレオタードに如意棒っぽい棒に
彼女は『サル目 オナガザル科 シシバナザル属 “キンシコウ” Rhinopithecus roxellana』のフレンズ。キンシコウは孫悟空のモデルという説があります(ただし現在では否定されている)が、その影響をもろに受けているようです。
「うぅ~、オーダーきついですよぉ~」
パラボラアンテナのような大きく丸い耳をした少女が、少しばかり涙目で、それでも的確に弱点の石を狙って爪で砕いています。『ネコ目 イヌ科 リカオン属 “リカオン” Lycaon pictus』のフレンズです。
リカオンは時速60㎞で数十分も走れる持久力を持ち、イヌ科なので嗅覚も優れています。その特長はフレンズ化してさらに強化されているため、普段は斥候や追跡を主に行っています。その際に培われた観察力は、石の場所が分かりにくいセルリアン相手に遺憾なく発揮されているようでした。
ヒグマ、キンシコウ、リカオン。この三名は“セルリアンハンター”であり、セルリアンを倒す事を
「す、すごいですね……さすがはハンター……」
「これ、俺が石の場所を見なくても問題なかったよなあ……」
「そ、そんな事ないです! きっと役に立つ時が来ますよ!」
オオミミギツネ、ハブ、ブタの、ジャパリホテル従業員フレンズです。たまたま近くに来ていたハンター達に戦闘を任せ、されども逃げるのも気が引けるので、こうして遠くから見ているのです。一応背後からの奇襲を警戒するという名目もあるので、遊んでいる訳ではありません。
「……ん? あれは……」
「おいおい、ちょっとヤバイんじゃねえのか……?」
「あわわ……」
三人の視線の先で、海が盛り上がりました。3mはあろうかという、一際大きなセルリアンが現れたのです。ハンター達はそれを撃破しようとしますが、周りの小さなセルリアンが邪魔で思うように近づけません。
「アレを通すな!」
「分かってますけど!」
「荷が重いですよぉ!」
とその時、オオミミギツネの耳がぴくりと動きます。どこかで聞き覚えのあるその音の正体を彼女が思い出す前に、道の向こうから目のような光が姿を現しました。
「うわぁ、セルリアンがたくさんだねー」
「あそこ! ヒグマさん達じゃないですか!?」
「おっきなセルリアンがいるのだー!?」
「だいじょうぶ、まかせて!」
サーバル、かばん、アライグマ、フェネックの四人がジャパリバスを飛ばし、図書館から駆け付けたのです。バスからサーバルが、車のスピードを利用して跳躍します。彼女は夜の空を駆け、狙いたがわず巨大セルリアンの上に着地しました。
「い、いしはどこー!?」
「分かってて乗ったんじゃないんですか!?」
しかし飛んだまではよかったのですが、そこから先はノープランだったようです。キンシコウが思わず突っ込みを入れます。見かねたハブが声を張り上げました。
「石はお前の左斜め下だ!!」
セルリアンの石は、他の場所よりほんの少しだけ温度が高いのです。ハブはピット器官でその差を読み取り、サーバルに指示を出したのです。
「――あ、あった! えーい!!」
サーバルが腕を振り下ろすと、セルリアンはぱっかーんと色とりどりのキューブとなって消滅しました。足場が消えた彼女はすたんと波打ち際に着地し、海水がぱしゃりと撥ねます。いつの間にか周囲のセルリアンを
「サーバル、お前戻って来てたのか!」
「久しぶりです!」
「うん、ひさしぶりだねー!」
旧交を温めあうハンターとサーバルのところに、バスから降りたアライグマもやってきました。腰に手を当て胸を張り、これ以上ないドヤ顔で。
「この天才のアライさんが来たからにはもう安心なのだー!」
「調子に乗ってるだけだから気にしなくていいよー」
「フェネック!?」
相方にばっさり斬り捨てられアライグマは涙目です。そんな彼女に、ヒグマが容赦なく追撃をかけました。
「そうか帰れ。今は漫才に付き合っている暇はない」
「ひどいのだー!?」
「『ここは危険だから早く離れろ』って言ってるんですよ。ヒグマさんは素直じゃないですから」
キンシコウが含み笑いを漏らします。ヒグマはそれをごまかすように咳払いをすると、今度はかばんに顔を向けました。
「かばん、あのばすとやらには何人も乗れるのだろう?」
「は、はい、そうです」
「ならば皆を乗せて逃げろ。ここは私たちハンターだけでいい」
「さっきのでぜんぶ倒したんじゃないのー?」
「いや、今は波が途切れているだけだ。もうすぐ次が――」
「来ました!」
話に入らず周囲を警戒していたリカオンが、海をにらみながら声を上げます。皆がそちらに視線を向けると、海面が不気味に黒く盛り上がり、セルリアンが続々と姿を現しているのが見えました。
「これで分かっただろう、早く行け! 邪魔だ!」
「だいじょうぶ、まかせて! じゃまにはならないから!」
「お前さっきも同じこと言ってただろう! いいから――――!」
「ふっ!」
ヒグマの言葉を遮るように、キンシコウの突きが突出していたセルリアンを砕きます。彼女は目線をセルリアンから切る事なく、どこか面白そうに言ってのけました。
「ヒグマさん、もうそんな事言ってる場合じゃなさそうですよ?」
ハンターがいかに強力でも三人しかおらず、セルリアンの数は膨大です。となると打ち漏らしたセルリアンが、かばん達を追わないとも限りません。それを理解してしまったヒグマは苦々しい顔となります。
「だが……!」
「ふふん、何も心配いらないのだ! アライさんにおまかせなのだー!」
「まー、逃げるくらいなら最初からここには来ないよー。大きいのは無理だけど、小さいのならどうにかなるからさー」
「僕には戦う力はないですけど……それでも、出来る事はあるはずです!」
三人に呼応するように、オオミミギツネ達もまた隠れていた場所から飛び出しこちらに向かって来ています。それを見たヒグマは頭をかきむしると、苦々しさを隠そうともせず声を張り上げました。
「ああもう! 自分の身は自分で守れよ!」
全く揃わない七人の返事が返され、セルリアンとの戦いが再び始まりました。
◆ ◆ ◆ ◆
「はかせ、もうちょっとスピードは出せないのか!?」
首にマフラーのようなもふもふを巻き、立派な角を生やした『偶蹄目 シカ科 ヘラジカ属 “ヘラジカ” Alces alces』のフレンズが、博士を見上げて文句を言います。現場に向かうために、博士や助手をはじめとする鳥のフレンズが、飛べないフレンズを空輸中なのです。
「無茶を言うななのです。これでも全力なのです」
そして言われた方はいつも以上の仏頂面で、自身が吊り下げているヘラジカを見下ろします。こんなおもりを抱えて速度が出るはずもありません。むしろ元の動物の体重*6を考えるなら、飛べているのが奇跡です。
「ヘラジカ落ち着け。ここで言っても仕方がない」
ヘラジカを諫めるのは、掠れた金色のタテガミのような髪を持つ少女です。助手に空輸されている彼女は目を瞑って腕を組み、泰然自若といった風情を醸し出しています。しかしスカートから伸びるその尻尾はせわしなく動き、内心を如実に表していました。『ネコ目 ネコ科 ヒョウ属 “ライオン” Panthera leo』のフレンズです。
「ライオンの言う通りです。連戦になるかもしれないので、今は体力を温存するです」
「というか暴れると落としてしまうので大人しくするです」
「ぐっ……むむぅ……。分かってはいるんだ、分かっては」
今にも走り出さんとする手足を意志の力で押さえつけ、ヘラジカは不承不承頷きます。それを見ていたライオンが、どこか硬い声で問いかけました。
「連戦か……他の場所にもセルリアンが出てると聞いたが、そっちは大丈夫なのか?」
「そちらは他のフレンズに任せているです」
「ホテルの辺りが一番多いようなので、お前たちにはそちらに行ってもらうです。ハンターとかばん達はすでに行っているですが、それでも足りるか分からないです」
今回のセルリアンは海底火山から湧き出ています。であれば、様々な場所にバラけて上陸するのはむしろ当然です。それでもホテル近くが最も多いのは、単に発生源に近いからなのでしょう。
「……かばん?」
「そういえば言ってなかったですね」
「かばんとサーバルは戻って来てるですよ」
「そういう事は早く言ってくれ!」
「そうか、かばんが戻ってるのか……」
吠えるライオンとは対照的に、ヘラジカは一人うんうんと頷いています。ライオンが訝しげに顔をそちらに向けました。
「ヘラジカ?」
「ならば! 一刻も早く駆け付けねばなるまい!! はかせ、もっと速度を上げてくれ!」
「全力だと言ったばかりです」
「何を聞いていたですか」
博士と助手はジト目をヘラジカに向けますが、彼女はニヒルな顔を作って言い切りました。
「ふっ……そんな昔の事は忘れた! 私は、まっすぐ行ってセルリアンをぶっとばすだけだ!」
「絵に描いたような脳筋です」
「たまにお前がうらやましくなるです」
感情豊かな鉄面皮二人は、何とも言い難い光を瞳に湛えてヘラジカを見つめました。
◆ ◆ ◆ ◆
シャチがセルリアン相手に無双しながら海中を高速で進み、イルカとアシカがその後ろについて泳ぎます。アシカが海中でも外さない眼鏡を直しながら、ぽつりと呟きました。
「海が、だいぶ熱くなってきましたね……」
「近いって事だね。そろそろやった方がいいか」
「ですね」
三人の瞳が鈍く光り輝き、体に虹色がまとわりついて熱を遮断します。野生解放の応用です。
「ボスはどう? 行けそう?」
「短時間ナラ平気ダヨ」
ラッキービーストは砂漠でも問題なく稼働していたので、高温にはある程度耐性があるのでしょう。とは言え、水は空気の約二十倍ほども熱を通しますし、火山の温度は砂漠の比ではありません。放っておいたら、茹でラッキービーストの出来上がりです。野生解放も無限に持つ訳ではない以上、急がなければなりません。
「見えた!」
速度を上げた彼女達の目に、ついに海底火山が映りました。サンドスターが固まったのであろう虹色のキューブが連なり、木のようにそびえ立っています。ごぽごぽと沸騰する海水によって向こう側の風景が蜃気楼のように揺らめいており、夜闇よりもなお黒いサンドスター・ロウが、あとからあとから噴き出してきておりました。
「多い……!」
そして当然、セルリアンの数も
「大きいですね、しかもあんなに……」
「こりゃ骨が折れそうだ」
「待って……」
セルリアンに向けて踏み出そうとしたイルカとアシカを、シャチが手を横に出して止めます。二人は疑問の視線をシャチに向けますが、彼女はおずおずと、しかして己の意志をしっかりと込めて口を開きました。
「ここは私が何とかするから……二人は、四神を探して」
「それは……」
「私達の目的は、セルリアンを倒す事じゃない……フィルターを張って、サンドスター・ロウを抑える事。忘れちゃダメ……」
二人の返事を待たず、シャチは浮上してくるセルリアンに向かいます。おぞましく動く一つ目がシャチを捉え、暗灰色の体から伸びる触手が鞭のようにうねりました。
「……行って!」
その触手を躱し、至近距離で超音波を叩き込みながら、シャチがそぐわぬ大声を出します。残された二人の顔に、決意が浮かびました。
「……急ごう! フィルターを張れれば、あのセルリアンも弱体化するはずだよ!」
「イルカさん……。ええ、行きましょう! シャチさん、どうかご無事で!」
◆ ◆ ◆ ◆
「くっ、どれだけいるんだこいつらは……!」
ホテル近くの砂浜で、セルリアンを叩き潰すヒグマの口から、思わず愚痴が漏れ出ます。今までにない長丁場に、少し息が上がってきています。クマはどちらかと言えば瞬発型の生物で、持久力はあまりないのです。
「はっ、はっ……!」
そしてキンシコウには、その傾向が顕著に出ています。ハンターの中では元が最も小さく、持久型とも言い難いので、そのスタミナの差が現れているようです。棒を杖のようにして体を支える彼女に、リカオンが心配そうに声をかけます。
「キ、キンシコウさん、大丈夫ですか?」
「ま、まだいけます!」
リカオンは持久力があるのでまだ平気そうですが、キンシコウは言葉とは裏腹に厳しそうです。増援に来ていたヘラジカとライオンがそれを見て取り、彼女を抑えるように前に出ました。
「いや、無理はするな」
「そうそう、ここは私らに任せて少し休みなよ」
「で、でも、私はハンターで……」
「ハッ!」
ライオンが爪を一振りすると、硬いはずのセルリアンは豆腐のように真っ二つになり、キューブとなって砕け散ります。
「私らがバテたら代わりに入ってもらうからさ。今は休んでてよ」
「ライオンの言う通りだ! ここは私達に任せるがいい! ヒグマ、お前もだ!」
「…………分かりました」
「ぐっ…………分かった」
言いたい事の全てを飲み込んで、キンシコウとヒグマは引き下がります。入れ替わるようにヘラジカとライオンが、最前線に躍り出ました。
「あいつらもそろそろ着くだろう。それまでに減らしておかないとな!」
「ま、プライドの手前みっともないとこは見せらんないしね」
ヘラジカとライオンにはそれぞれ部下がいますが、そちらは陸路だったり別の場所に派遣されたりで遅れています。博士達が最大戦力、つまりこの二人の移動を最優先した結果です。調子よくセルリアンを駆逐する彼女らを見るに、その狙いは今のところ上手く行っているようでした。
そんな彼女達の後ろではかばん達が戦っています。大物はハンター達が、彼女達がわざと見逃した小物はかばん達が相手取るという、単純な作戦です。それなりに順調ではあったのですが、戦闘時間が長引いている事もあり、綻びが出始めていました。
「ちょ、ちょっちきっついね……」
「休んでいるのだフェネック!」
フェネックの息が上がり始めています。元は1~2㎏程度の体重しかない小型のキツネなので、持久力が絶対的に不足しているのです。
「フェネックさん、いったん下がってください! サーバルちゃん、あまり前に出過ぎないで!」
「うん!」
「ごめん、ね、足手まといで……」
「そんな事気にしなくていいですよ! 僕は直接戦えないですし……」
「いや、指示出して、くれるのは、助かるよー」
後方の戦線を維持出来ているのは、かばんの指示と援護によるところがかなり大きいと言えます。時折紙飛行機や石を投げ、セルリアンの気を逸らしたりもしているのです。そしてもう一つ、大きな要因がかばんの隣に存在していました。
「そいつは下だ!」
「は、はいっ!」
ハブが“石”の位置をピット器官で割り出して伝え、そこを他のフレンズが的確に破壊しているのです。そのため全体的な疲労は抑えられていますが、やはり段々と無理が生じて来ていました。
「ハァ、ハァ……」
「おい無理すんな!」
「こ、ここは、無理しなきゃいけない、わ……。私がホテルを守らないで、誰が、守るの……!」
「いいから下がってろ! このままだと死ぬぞ!」
オオミミギツネがバテ気味です。元が小動物なので、やはりスタミナが足りないのです。戦いに向いた動物でもないので、精神的な疲労も無視できません。
すなわち現状は、この場にいる十二名のうち、ヒグマ、キンシコウ、フェネック、オオミミギツネの四名が一時的に戦線離脱しているという事です。かばんとハブは戦線の要なので直接戦ってはおらず、実働要員は六名にまで落ち込んでいます。
それでも慣れやライオン・ヘラジカという武闘派の増援もあり、戦況は紙一重ながらも何とか均衡を保っていました。その、不吉さを孕んだ声が聞こえるまでは。
「――――ォォォォォオオオオオ!!!!」
「この声は……」
「まさか、ビースト!?」
「こんな時に……!」
セルリアンの湧き出る勢いが未だ止まらぬ中。さらなる脅威が、彼女達を襲おうとしていました。
――――――――――――――――――
*1 エコーロケーション
反響定位。自身が発した音の反響を聞き取り、周囲の状況を知る能力。潜水艦のアクティブソナーと同じ仕組み。コウモリ類が有名だが、人間でも訓練と才能次第で可能。
*2 超音波で対象をマヒ
クリック音という。鮭類をマヒさせた事例が確認されている。より大型のマッコウクジラは、ダイオウイカをマヒさせて捕食すると言われている。
*3 キャビテーション
液体中で圧力差により短時間に泡の発生・消滅が起きる物理現象。規模によっては金属すらも破壊する。
*4
呪文を唱えると頭を締め付ける金輪。乱暴を諫めるためにつけられたもので、飾りではない。
*5 孫悟空
七つの龍な玉の方ではなく、玄奘法師が天竺に経典を取りに行く原典の方。
*6 元の動物の体重
アフリカオオコノハズクは0.2㎏、ヘラジカは200~800㎏。
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