第九話 ぺんぎんず・ぱふぉーまんす・ぷろじぇくと
「はぁあああ…………。こんなに探しても見つからないとは……一体、どこにいるのやら……」
歩きながら大きな大きなため息をつくのは、フレンズの中でも一際目立つ少女でした。ハンチング帽に似た帽子とスカート、そして長い尻尾に、松ぼっくりのような意匠の茶色い鱗が規則的に生えています。『センザンコウ目 センザンコウ科 アフリカセンザンコウ属 “オオセンザンコウ” Manis gigantea』のフレンズです。
センザンコウ目は有鱗目とも言い、世にも珍しい『鱗を持つ哺乳類』です。その特徴はフレンズと化した今、服という形ではっきりと出ているようでした。ちなみに姿や食性はアリクイに似ていますが、全くの別種です。
「まあまあ、焦っても見つからないよセンちゃん」
そんな彼女を元気づけるのは、オオセンザンコウと似た格好をした少女です。ただしこちらは普通のプリーツスカートで、帽子やネクタイの模様も異なります。鱗模様ではなく、少し崩れた六角形が連続する、まるで甲冑や鎖帷子のような模様です。
また、肩や肘、膝に同じ模様のプロテクターを着けており、いかにも防御力が高そうに見えます。『被甲目 アルマジロ科 オオアルマジロ属 “オオアルマジロ” Priodontes maximus』のフレンズです。
「アルマーさん、そんな事を言ってたらいつまで経っても見つかりませんよ。少しは手掛かりでも見つけて来てください」
気楽そうなオオアルマジロに向け、オオセンザンコウが苦言を呈します。彼女達は探偵を自称しており、今はまさにその仕事中なのです。『ヒトを探して欲しい』というのがその内容なのですが、その対象であるかばんはパーク中を移動しているので、中々見つからないようでありました。
「手掛かりなら見つけたよ?」
「おお、やるじゃないですか! それで、その手掛かりとは?」
勢い込むオオセンザンコウに、オオアルマジロは飛び切りの笑顔で答えました。
「もうすぐこの近くのステージで、
「ライブですか! いいですね!」
“ペンギンズ・パフォーマンス・プロジェクト”、略して
「……じゃないですよ! 真面目に探してください!」
が、すぐ我に返ってツッコミを入れました。仕事中に遊んでいました、と言われるに等しい内容です。そりゃあ怒ります。ですが怒られたオオアルマジロは、きょとんとした顔を見せました。
「え、真面目に探してるよ」
「どこがですか!」
「だってさ、ライブならいっぱいフレンズが来るから、その中にいるかもしれないよ?」
「それは……」
オオセンザンコウは顎に手を当て考えます。確かに言っている事はもっともです。
もちろん、ライブを見たいだとかひょっとしたら握手できるかもだとか、そういう
「……それもそうですね! では早速行きましょう!」
「やったー! ぺぱぷぺぱぷー!」
ライブ参加を決めた二人は、意気揚々とステージのある場所へと向かいます。依頼が達成できるかもしれないのですから、これは仕事の一環なのです。
もちろん、仕事で行くんだからチケット代は経費で落ちるよね、なんて事は一切全く決して考えていません。オオセンザンコウは仕事に真面目なフレンズなのです。
◆ ◆ ◆ ◆
明るくくっきりとした光が差す、緑一色の林道。いくつかの地方を抜けたかばんとサーバルは、そんなうららかな道をバスに乗って進んでいました。
「ねえねえ、あのたくさんあるツルツルした木はなにー?」
「アレハ竹ダヨ」
サーバルが窓の外を指して尋ねます。サバンナ出身の彼女には、竹は見慣れない植物なのです。
「竹ハ木カ草カ決マッテイナインダヨ」
「そうなの?」
「木ト言ウニハ太クナラナイシ、年輪モ無イ。草ト言ウニハ硬イ。木トモ草トモ言イ難イ、例外的ナ植物ナンダ」
「ねんりんって?」
「木ヲ切ッタ時ニ見エル、丸ガ沢山重ナッタ模様ダヨ。竹ニハコレガ無クテ、中身ハ空ッポナンダ」
「へー、ふしぎだねー」
サーバルが一つ賢くなったその時。突然バスのスピードが落ち、止まってしまいました。かばんがラッキービーストに問いかけます。
「ラッキーさん、どうしたんですか?」
「前ニ何カアルヨ」
「まえ?」
二人は後部客席から運転席を通して前を見ます。そこには白黒の物体が横たわり、赤茶色がそれに取りすがっていました。
「こんなとこで寝たら危ないよ、起きてよぉ」
「ぅーん……」
「あのー……」
「ぴゃいっ!?」
バスから降りて声をかけたかばんに、赤茶色が飛び跳ねます。どうやら横たわる白黒に集中するあまり、周りの注意がおろそかになっていたようです。
「だ、だれ!?」
立ち上がった正面は、赤茶ではなくほぼ黒です。手袋も上着もホットパンツもタイツも黒で、赤茶は髪くらいのものです。それも白が動物の頭のような模様を作っており、完全に赤茶なのは背中くらいでした。
「かばんです」
「サーバルだよ!」
「……フレンズ?」
「はい、そうです。僕はヒトのフレンズです」
かばんとサーバルの自己紹介に危険はなさそうだと感じたのか、彼女は長く太い縞模様の尻尾を波打たせながら、大きく息をつきました。
「よ、よかった……。あ、あの、私は“レッサーパンダ”って言います」
『哺乳綱 ネコ目 レッサーパンダ科 レッサーパンダ属 レッサーパンダ Ailurus fulgens』のフレンズです。英語ではそのまま“Lesser panda”ですが、“Firefox”と呼ばれる事もあります。ただし有名ウェブブラウザのロゴは狐がモチーフで、レッサーパンダとは全く似ていません。
最初は単に“パンダ”と呼ばれていたのですが、後からジャイアントパンダが発見されたせいで、“
「レッサーパンダちゃんだね! よろしく!」
「ここで何を?」
「ええっと、“ジャイアントパンダ”ちゃんが眠ってしまって……」
見下ろすその先には、セーラー服な白黒の少女が気持ちよさそうに眠っていました。服のみならず髪も白黒で、ロンググローブとタイツは黒いので、顔を除くと本当に白黒です。『哺乳綱 ネコ目 クマ科 ジャイアントパンダ属 ジャイアントパンダ Ailuropoda melanoleuca』のフレンズです。
なお中国語だと“
「こんな道の真ん中でですか?」
「ジャイアントパンダちゃんはどこでも眠れるという特技があるんです」
ジャイアントパンダは一日10時間くらい寝ています。竹や笹は栄養価が低い上、腸が短いせいで消化しきれず常にエネルギー不足なため、眠って体力温存に努めているのです。だからといってどこでも眠れるという訳ではないのですが、変な形で元の動物の性質が出ているようでした。
「いいですよね特技……私なんて何の取り柄もないし、地味だし可愛くないし……」
「レッサーパンダさん?」
「いいんですわかってます、私がダメダメな事なんて、私が一番わかってますぅ……」
レッサーパンダが際限なくどよどよと沈んでいきます。どうも先程のやたらと不遇な経緯が、ネガティブな性格として表れているようです。そんな彼女に、サーバルがにっこりと笑顔を向けました。
「だいじょうぶ! フレンズによって得意なことちがうから! 得意なことはこれから探せばいいんだよ!」
「そうですよ。僕もサーバルちゃんのおかげで得意な事が見つかったんですから、レッサーパンダさんも自分に自信がつくような事がきっと見つかります」
「そ、そうでしょうか……」
「そうだよ!」
励まされるレッサーパンダは、期待半分不信半分といった風情です。しかしそのネガティブさから脱する、一つのきっかけにはなったようでありました。
「ところで、ジャイアントパンダさんに動いてもらわないと通れないんですが……」
そんな彼女に向け、かばんが本題を切り出しました。道の真ん中を占拠するジャイアントパンダをどうにかしないと先に進めないのです。竹林は密集しているので、少し道を外れて迂回する事も出来ません。
「私がうごかそうか?」
「ダ、ダメです! この子はこう見えて、怒らせるとすんごく怖いんです!」
「そんなふうには見えませんけど……」
とぼけた顔ですやすやと寝ています。とてもではありませんが、レッサーパンダの言うようには見えません。しかしその意見を無視するのも憚られ、さてどうするかとかばんが考えたその時。レッサーパンダが空を見上げました。
「――――何か来ます」
「え?」
かばんもつられて空を見上げますが、何も見えません。ですがサーバルも何かを感じ取ったようで、頭の上のケモミミをピクピクと動かしています。
「この音……鳥のフレンズかな?」
「僕には全然聞こえないや。こんなに早く気付くなんて、すごいんですねレッサーパンダさん」
「え、いや、そのぉ……」
「そうだね、すごいよレッサーパンダちゃん!」
「え、えへへ……」
レッサーパンダは体重5㎏前後の小動物です。そんな非力な生物が生き残るためには索敵能力が必須であり、その能力はフレンズと化した今でも衰えていないようです。そんな特性を褒められ照れる彼女の前に、空から羽音が降り立ちました。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
「こんにちはー!」
「こんにちは……。……あの、どちらさまで……?」
「申し遅れました。わたくし、“リョコウバト”と申します」
レッサーパンダに答える彼女は、一言で表すならバスガイドのような格好をしていました。半袖の白いワイシャツの上にえんじ色のベストと、同色のタイトスカート。首には水色のスカーフが巻かれており、同色の髪も相まってとても派手です。頭の上にちょこんと乗る小さな帽子が、問答無用でバスガイド感を演出しています。
『鳥綱 ハト目 ハト科 リョコウバト属 リョコウバト Ectopistes migratorius』のフレンズです。その緋色の瞳にはハイライトがなく、絶滅種である事が分かります。『動物の一部』からでもフレンズは生まれるので、こういったフレンズはたまに存在するのです。
彼女に続いて(寝ているジャイアントパンダ以外が)自己紹介を終わらせ、かばんがリョコウバトに顔を向けました。
「リョコウバトさんは、何故ここに?」
「変わったものが見えたので、降りて来たんですの」
「かわったもの?」
「ええ、そこの四角くて黄色い……動いていたようですけど、これは何ですの?」
彼女が不思議そうに見上げるのは、かばん達が乗って来たバスです。現在のパークで稼働している自動車はおそらくこの一台だけなので、初めて見たのでしょう。
「バスです。これに乗っていろんなところに行けるんです」
「へえ……速度はそんなに出てませんでしたが、便利そうですわね。雨風も気にしなくていいでしょうし、これがあれば旅もはかどりそう……」
興味津々にバスを見るリョコウバトの言葉尻に、サーバルが反応しました。
「リョコウバトちゃんもたびをしてるの?」
「ええ、これまでパーク中のあらゆる場所を旅行してきましたの」
「あらゆる場所、ですか……。そうだ、それなら、ヒトのいる場所を知りませんか?」
「ヒト、ですの?」
かばんの唐突な質問に、リョコウバトが小首をかしげます。
「はい。僕はヒトなので、同じヒトを探してるんです。何か知りませんか」
「ごめんなさい。色んなところに行きましたが、ヒトは見た事がありませんわ。あなたがヒトだと言うのなら、今初めて見る事になりますわね」
「そうですか……」
少し落ち込むかばんを横目に、今度はレッサーパンダがリョコウバトに水を向けました。
「それにしても、パーク中のあらゆる場所に行ったというのはすごいですね。迷ったりしないのですか?」
「問題ありませんわ、私の頭の中には地図とコンパスがありますのよ」
リョコウバトは渡りを行う鳥なので、方向感覚が優れています。地磁気を感じ取る事で方角が分かるのです。『頭の中に地図とコンパスがある』というのは誇張ではありません。もっともすでに絶滅しているので、元の動物もそうだったのかまでは分かりませんが。
「へー、すごーい! 今はどこに行くところだったの?」
「そうでした、忘れるところでしたわ。この近くでもうすぐ
「
レッサーパンダの長い尻尾がぴんと立ちました。どうやらファンのようです。
「あ、あの、私とジャイアントパンダちゃんも一緒に行っていいですか!?」
「もちろんですわ。旅は道連れ世は情け。一緒に見に行きましょう」
「ありがとうございます! ジャイアントパンダちゃん、
「ん……。……ぺぱぷ……? らいぶ……?」
一気にテンションの上がったレッサーパンダとは対照的に、かばんの方はあまり乗り気ではないような様子を見せていました。
「うーん、気にならない訳じゃないですけど、僕達は……」
「なんで? 見にいこうよ!」
「でも、あの子が……」
かばんがビーストの事を気にしていると気付いたサーバルは、だからこそ言い募ります。
「それでもやっぱり、いったほうがいいと思うよ?」
「サーバルちゃん?」
「かばんちゃん、最近なんだかちょっとくらいもん。気分転換だよ!」
かばんは虚を突かれたように目をぱちぱちとさせてサーバルをまじまじと見つめると、ふっと柔らかく微笑みました。
「……うん、そうだね、行ってみようか。そんなに時間はかからないだろうし、マーゲイさん達にも会っていきたいしね」
「じゃあみんなで行こう!」
◆ ◆ ◆ ◆
五人はバスに乗り込み、
「うぅーん……」
「ジャイアントパンダちゃん、起きてよぉ」
バスの振動が心地よかったのか、ジャイアントパンダが再び寝てしまったのです。レッサーパンダが起こそうとしていますが、全く動く気配がありません。
「んぅ……」
「うー……これはしばらくダメそうです。後から追いつくので、皆さんは先に行っててください」
「いいんですか?」
「はい、無理に起こしてここで暴れられても困りますし。時間までに起きなかったら、ステージ近くの木の上からでも見ます」
「じゃあまたあとでね!」
パンダ二人を置いてバスを出ます。ステージに近づくにつれフレンズが段々と増えてゆき、人混みと言うにふさわしいものとなっていきます。それを見たリョコウバトが、楽しそうに笑みをこぼしました。
「ふふ、こういう賑やかな空気はいいものですわね」
「空気、ですか?」
「ええ、昔はよく団体で旅をしてたものですから、懐かしくて」
最盛期のリョコウバトは50億羽にも達し、『空が三日間埋め尽くされた』というとんでもない記録も残っています。フレンズになった今でも、その記憶を保っているようでした。
「あ、あれかな?」
「そのようですわね」
歩みを進める三人の目に、ステージが見えてきました。赤く切り立った
三人の目が、そんな物珍しい意匠に引き寄せられます。とそこに、横合いから高い声がかけられました。
「あー!」
そちらを向いたかばん達の目に飛び込んできたのは、サーバルと似た服装の少女でした。ただしサーバルほど耳は大きくはなく、地の色も
「かばんさんにサーバルさん! お久しぶりです!」
『ネコ目 ネコ科 オセロット属 “マーゲイ” Leopardus wiedii』のフレンズです。そんな彼女の、メガネの向こうの瞳が嬉しそうに輝いていました。
「マーゲイ!」
「お久しぶりです!」
「いいタイミングで来てくれましたね!」
「なにかあるの?」
「おや、知らなかったのですか? 今日はなんと、新曲初披露のライブですよ!」
マーゲイが早速宣伝します。彼女は
「ふ、ふふ、想像するだけでもう……!」
鼻血がたらりと彼女の鼻からこぼれます。黙っていれば可愛いのに色々台無しです。ですが以前は奇声も上げていたので、これでも大分マシになっています。
「おっと失礼しました。ではまた後で!」
ドルオタが高じてアイドルのマネージャーとなった女は、二人の返事も聞かずに走り去ってゆきました。完全に目に入れられていなかったリョコウバトが、目を
「嵐のような方でしたわね」
「前はもうちょっと落ち着いてたような……」
「ライブの準備がいそがしいんじゃない?」
「お待たせしましたー!」
レッサーパンダと、寝ぼけ
◆ ◆ ◆ ◆
「いやぁ、大盛況でしたねえ」
「そうですわね。ここまで盛り上がったのは、私が見た中では初めてだったかもしれませんわ」
ライブ終了後。興奮冷めやらぬ中、五人は連れ立って会場を後にしていました。
「僕達はこれから図書館に向かいますけど、皆さんはこれからどうするんですか?」
「私はジャパリホテルというところに行ってみようかと思いまして」
「オオミミギツネちゃんたちのホテルだね!」
「あら、知ってますの?」
「はい、この間泊まりましたから」
かばんとサーバルがホテルについて詳しく説明すると、リョコウバトはふんふんと興味深げにそれを聞きます。彼女は最後に大きく頷くと、目を輝かせ顔を上げました。
「海中ホテルですか……面白そうですわね。こうしてはいられません、失礼いたします!」
挨拶もそこそこに、リョコウバトは空に舞い上がりあっという間に飛び去って行ってしまいました。普段はもう少し落ち着きがあるのですが、ライブの高揚がまだその身に残っていたようです。
「じゃあ私達も、そろそろ行きます」
レッサーパンダが背中にジャイアントパンダを背負ったまま、二人に顔を向けます。
「じゃあバスにのってく?」
「いえ、方向が違うでしょう。私達のことは気にしないでください。ジャイアントパンダちゃんの機嫌もよさそうなので、このまま歩いて戻ります」
「わかった! じゃあまたね!」
「また会いましょう」
「ええ、また!」
赤茶と白黒のパンダを見送り、かばんとサーバルも動き出します。
「僕達も行こうか」
「うん!」
そして二人がバスまで歩くとそこには、見知った顔と見知らぬ顔が待ち受けていました。二人が
「ふっふっふ、やはりここに来ましたね……私の推理は正しかった!」
「え、えーっと……」
「この“ばす”なる代物は、ヒトの乗り物だとアルマーさんが言っていました……。つまり! ここで張っていれば! ヒトは必ずやってくるという事です!」
「あのー……」
「
腕を組んで目を瞑り、これ以上ないほどのドヤ顔です。いきなりの事に事情が飲み込めないかばんは当然困り顔です。ドヤ顔の隣から、見知った顔がおずおずと顔を出しました。
「ひ、久しぶり」
「オオアルマジロちゃん?」
「うん、そうだよ」
「ということは……ひょっとしてあの子が、オオセンザンコウちゃん?」
「そうだけど、なんで知ってるの?」
「ホテルで聞いたんだー」
「ありゃ、行き違いだったかぁ……ホテルで待ってた方がよかったかな」
マイペースな会話を繰り広げる二人を尻目に、オオセンザンコウがカッと目を見開き、かばんにずずいと詰め寄りました。
「という事で、ヒトのアナタは私達と一緒に来てもらいますよ!」
「いやどういう事ですか?」
あまりの急展開に、さすがのかばんも思わずツッコミを入れます。しかしそんな彼女に構わず、オオセンザンコウはかばんの腕を強引に取りました。
「いいから来てください!」
「や、やめてください!」
「ひっ……!」
かばんがその腕を強く振り払うと、オオセンザンコウは何故か怯えた表情を見せ、土下座のような姿勢で丸まってしまいました。
「あ、あの……?」
困惑のままにかばんはオオセンザンコウを見下ろします。どうしようと辺りを見回すと、オオアルマジロもまた同じように丸まっていました。二人とも小さく震えており、演技や冗談には見えません。
「ど、どうしたのオオアルマジロちゃん?」
「わ、わかりません……体が、勝手に」
「わ、私も……」
オオセンザンコウの方は尻尾まで使って限りなく球に近い形状になっていますが、オオアルマジロの方は精々が半球といった程度です。分かりやすく元の動物の性質を引き継いでいます。センザンコウは球形に丸まれますが、アルマジロのほとんどは球にはなれない*2のです。
「えーっと……とりあえず、顔を上げてください」
「な、なにもしない……?」
「はい、何もしませんよ」
「た、食べないでください……」
「食べませんよ!」
どうやら二人の本能がヒトを恐れているようです。オオセンザンコウは丸くなると、文字通りライオンですら歯が立たない程の防御力を誇るのですが、ヒトとは相性が最悪です。危険を感じると丸くなって動かなくなる習性があるので簡単に捕まってしまうのです。鱗が硬いといっても石ほどではないし、水に沈められでもしたら手も足も出ません。オオアルマジロも事情は概ね同じです。
「どうしようかばんちゃん?」
「とりあえず、バスの中で話を聞こう。二人ともそれでいいですか?」
「はい……」
「でもまだ動けないのでどうにかしてくださいぃ……」
未だ震えが治まらない二人を、サーバルがバスの中に運び込みます。結局かばん達は、丸まったままの二人から話を聞く事となったのでした。
◆ ◆ ◆ ◆
「お話は分かりました」
かばんが『依頼されてヒトを探していた』という話を聞き終え、まだ立ち上がれない彼女達に向かって言葉をかけます。
「でもごめんなさい、先を急ぎたいので……」
「そ、そんな!」
「困りますよぉ」
「そんな事を言われても、『依頼人が誰なのかは言えない』『何故ヒトを探しているのかは知らない』、ではさすがにちょっと……」
正論を吐くかばんに、オオセンザンコウも正論で返します。
「探偵として、依頼人の情報を無断で明かす訳にはいきません!」
「でもオオセンザンコウちゃん、なにもわからない相手のところにはいけないよ」
「うぐぅ」
サーバルのさらなる正論に、オオセンザンコウは言葉を詰まらせます。オオアルマジロも右に倣えになっているのを見て、かばんが提案を出しました。
「その依頼人さんに連絡は取れないんですか?」
「う、うーん、ちょっと難しいかなあ……」
「いるところはそんなに遠くはないけど、鳥のフレンズに頼んでも今すぐはちょっと……」
「時間がかかるのは困ります……。……そうだ、ラッキーさんなら連絡がつくのでは?」
「相手ガドコノ誰カ分カレバ連絡ハ取レルヨ」
ラッキービーストは機体間で無線通信が行えるので、その依頼人の近くにいる個体と通信すれば連絡は取れるでしょう。ラッキービーストはフレンズと直接話す事は出来ない、という制限も今は外れています。
「ならそれでいいんじゃない? その子はどこにいるの?」
「ですがしかし、依頼人の情報を漏らす訳には……」
「でもセンちゃん、このままだと埒が明かないよ。ヒトは見つかったんだし、それを伝えるって事で連絡してもいいんじゃないかな?」
「うっ……!」
オオセンザンコウはうーんうーんと唸ります。ハムレットならあの名台詞が出てきそうな悩みようです。彼女はひとしきり苦悩すると、いかにも不承不承といった声で言い放ちました。
「分かりました……。でも! 依頼人の情報は許可がないと出せません! 最初は私達だけで話しますからね!」
「センちゃん……。うん、そうだね!」
自称探偵の二人の意思が揃ったところで、先程の勢いはどこへやら、オオセンザンコウがおっかなびっくり口を開きます。まるでお化け屋敷に入らなければならない女子高生のようです。
「ですので、申し訳ないんですが、お二人はバスの外に出てもらえませんか……?」
「……まだ動けないんですか?」
土下座の態勢のまま、二人が器用にも頷きます。どうにも締まらぬ様相でありました。
◆ ◆ ◆ ◆
オオセンザンコウ達の案内の下、バスは竹林を抜け、平原へと進みます。平原と言ってもチーター達のいたようなサバンナではなく、緑の多い温帯です。近くには森が、遠くには山が見えています。
「そろそろですよ」
オオセンザンコウの声に前を向くと、明らかな人工物が見えてきました。Uをひっくり返したような形のゲートです。往時は鮮やかに彩色されていたのでしょうが、今はその色は剥げかけており、時の流れを感じさせていました。
「あのまるいの、なんだろ?」
「家……みたいに見える」
「いえ?」
「縄張りみたいなもの、かな。ほら、博士さん達がいる図書館もそうだよ」
「なるほど! 巣だね!」
球体を半分にしたような物体に、扉や窓、煙突がくっついています。特殊な形状ですが、かばんの言うように家であるようです。どことなくメルヘンチックな雰囲気ですが、やはり色が落ちかけ汚れもちらほらと見えており、古びている事が見て取れました。
「あっ、誰かがこっちに向かってるよ。あの子かな?」
「あれは……そうです、あの方が依頼人です」
待ちきれなかったのでしょう。フレンズと思しき二足歩行が、とんでもない勢いで地を駆けてきます。それを確認したラッキービーストがバスを止めると、彼女は出入り口の扉の前に陣取りました。
間近で見える彼女は、薄紫と白の少女でした。ブレザーとスカートは薄紫、首輪のようなマフラーとロンググローブ、タイツとブーツは白。ネクタイの位置には、ハーネスのような形の赤いベルト。
全体的に薄い色合いの中で赤いベルトはとても目立っていましたが、最も目立っているのはそこではありません。瞳です。右眼が銀、左目が金のいわゆる
「ご覧の通り、ヒトを見つけてきましたよ」
「これで依頼達成だね!」
「わぁ……!!」
オオセンザンコウとオオアルマジロが、バスから降りながらかばんを前に出します。薄紫の少女はかばんに飛びつくと、骨にかぶりつく犬みたいな勢いで匂いを嗅ぎ始めました。
「えっ、えっと」
「この匂い……間違いない、ヒトだぁ!」
ぱぁっと笑みを咲かせると、そのままかばんに抱き着きます。いきなりの事にかばんは目を白黒させますが、その気配に気付いたのか、彼女はパッと離れました。
「いきなり失礼しました! 私、“イエイヌ”といいます!」
『哺乳網 ネコ目 イヌ科 イヌ属 イエイヌ Canis lupus familiaris』のフレンズが、満面の笑みで千切れんばかりに尻尾を振っておりました。
――――――――――――――――――
*1 別種
『外見は全然違うけど、どっちも竹や笹を食ってるからパンダの一種でいいんじゃね?』と当時の学者が雑に名付けた。実際は虫や果実も食べる。ジャイアントパンダの方は雑食で、家畜を襲って食べる事も。
*2 球形になれない
完全な球形になれるのはミツオビアルマジロ属の二種のみ。他は手足を引っ込め甲羅で身を守る程度。丸くなれない種類も存在する。
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