第十話 いえいぬ
「いきなり失礼しました! 私、“イエイヌ”といいます!」
弾けるような笑顔で嬉しそうに自己紹介するイエイヌを、バスから降りたサーバルが不思議そうな瞳で見つめました。
「なんだかタイリクオオカミに似てるね」
耳や尻尾の形も似ていますが、何よりオッドアイであるところに注目したようです。ラッキービーストがサーバルの独り言に反応し、ガイドロボットらしく解説を始めました。
「似テイルノハ当然ダヨ。犬ト狼ハ亜種……非常ニ近イ種ダカラネ」
「へー、だから二人とも目の色がちがうんだー」
「イヤ、ソレハ多分偶然ダネ」
オッドアイの犬も狼も存在はしますが、少数派です。それでもとても近い種である事は間違いありません。遠い種だと生殖能力のない仔(♂ロバと♀馬の仔の“ラバ”が有名)が生まれますが、犬と狼の仔(
とは言えもちろん差異もあります。狼の方が噛む力が強く、身体に比べて足が長めです。犬は狼より腸が長く、ある程度植物も消化する事が出来ます。
そして何より、犬はヒトに非常によくなつきます。今まさにかばんに尻尾を振っている彼女も、かつてはヒトに飼われていた個体のようでありました。
「今の声は、ラッキービーストですか。さっきいきなり喋りだした時は驚きましたが……ふふ、懐かしい声です」
「懐かしい?」
「はい、昔はもっといっぱいいたし、よく喋ってましたから。パークの案内ロボットなので当たり前なんですけどね。喋らない今の方がヘンなんです」
「イエイヌさんは、昔パークにヒトがいた頃の事を知ってるんですか?」
「ええもちろんです、でもそれならあなたも……ああなるほど、若いからあの頃の事は知らないんですね」
「え?」
かばんが、何となく違和感を感じて首を捻ります。ですがその違和感を言語化する前に、横からオオセンザンコウとオオアルマジロが入ってきました。
「イエイヌさんイエイヌさん、お話し中のところすみませんが」
「約束の報酬を……」
イエイヌははっとした表情になると、気まずげに頭の後ろに手をやります。
「そうでした、すみません、つい……」
「いえいえ、こっちとしては依頼成功の証拠をもらえればいいので」
「積もる話は二人……いや三人かな? ともかくそれでごゆっくり、という事で」
「分かりました。報酬は家の中に用意してますから、ついて来てください。そちらのお二人も一緒にどうぞ」
そういう事になりました。
◆ ◆ ◆ ◆
探偵コンビが報酬のジャパリまんを受け取り、ホクホク顔で帰って行った後。テーブルで待つかばんとサーバルの前に、イエイヌが丸いトレイを持って現れました。
「お待たせしました、どうぞ」
「ありがとうございます」
「ありがとー!」
二人の目の前にカップが差し出され、その中の赤い液体が湯気を上げています。それを見たサーバルが瞳を輝かせました。
「あ、知ってる! これって“こうちゃ”だよね!」
「そうです! やっぱり……!」
イエイヌは何かを確信したように小声で呟きます。紅茶を口に含んだ二人が、思い思いの感想を口にしました。
「あ、おいしい……」
「いいにおーい!」
味覚に重きを置くヒト、嗅覚に重きを置くネコと、こんな小さなところでも差が出ているようです。ネコはヒトより味覚が鈍く、おまけに塩味・酸味・苦味しか分からないと言われているのです。もちろんフレンズとなった今ではそんな事もないのでしょうが、やはり元の動物の性質に引っ張られるのは避けられないようでした。
「それで、どうして僕を探してたんですか?」
かばんがカップを下に置き、イエイヌに本題を切り出します。彼女はかばんの問いに、満面の笑みで答えました。
「それはもちろん、私のご主人様を探すためです!」
「ごしゅじんさま?」
「えーと……僕はイエイヌさんのご主人様じゃありませんよ?」
「そんな事は分かってます。私がご主人様を忘れるなんてありえません」
彼女は心外そうな表情を見せると、改めてかばんに顔を向け、一言一言を噛みしめるように吐き出しました。
「確認しますけど、かばんさんは、ヒトなんですよね?」
「はい、そうです」
「それってつまり、ヒトがパークに戻ってきたって事ですよね? なら、私のご主人様の事を何か知りませんか!? 何でもいいんです、お願いします!!」
テーブルに手をつき身体を思い切り乗り出します。今にもかばんに食いつかんばかりの必死さに、思わずサーバルがなだめに入ります。
「お、おちついてイエイヌちゃん」
「落ち着いてなんていられません! ずっと待ってたんです! 私の、私のご主人様はどこですか!」
悲痛さすら感じさせる叫びが、瀑布のような感情の奔流が、そぐわぬメルヘンチックな室内に響き渡ります。かばんは僅かに顔をゆがめ、しかしそれでもまっすぐイエイヌを見据え、ゆっくりと口を開きました。
「あの、ごめんなさい。それは、僕には分かりません」
「なんでですか! ヒトなのに!」
「僕は、ここで生まれたヒトのフレンズなんです。だから、他のヒトには会った事がないんです」
「………………ぇ?」
イエイヌは思いもよらぬ事を聞いたかのようにかばんを見つめ、茫洋と言葉を吐き出しました。
「うそ……だって、ヒトのフレンズは、確認された事がないってご主人様が……」
「そうなんですか?」
「ソウダネ。僕ガ知ル限リデハ、人ノフレンズハカバンガ初メテダヨ」
かばんの問いかけにラッキービーストが答えます。イエイヌは“ラッキービーストはヒトにしか反応しない”事を知っていますが、それを心の奥底に沈め、自らを奮い立たせるように席から立ち上がりました。
「そ、そうだ! じゃあなんでサーバルさんは紅茶を知ってたんですか!? 普通のフレンズはお茶の淹れ方なんて知りませんよね!?」
「えっと、アルパカが山の上で“かふぇ”をやってて……」
「お茶の淹れ方は、図書館で博士さん達に聞いたって言ってました」
「…………ぁ」
すとんと、落ちるようにイエイヌが椅子に座ります。その様はまさに呆然自失であり、痛々しいものでありました。
「………………」
鉛のように重い沈黙が部屋を満たします。耳をぺたりと寝かせ俯くイエイヌを前に、誰も何も言う事が出来ません。動く意味を無くした時計の音だけが、虚しく空間に響きます。
「………………ヒトがパークに現れたって、噂を、聞いたんです」
ぼそりと、薄紫の少女が呟きます。人に聞かせるための言葉というより、自分の中の自分ではどうにも出来ない感情を吐き出すため、の言葉であるように思われました。
「……だから、ヒトが戻ってきたんだって、思って……。……だから、あの二人に頼んで、ヒトを、探してもらえば、ご主人様を、ご主人様に…………」
そこから先は、もはや言葉になりません。外は晴れていてここは室内だと言うのに、雨が降ります。にわか雨が、ぽつぽつと。
「その、イエイヌさ――――」
かばんが何かを言いかけますが、それは途中で遮られました。窓の外から響く、不吉な声によって。
「あのこえは……」
「ビースト……!?」
ガタンという音に二人が顔を正面に戻すと、イエイヌが椅子を蹴倒し立ち上がっていました。彼女は忌々しそうに、顔をゆがめて吐き捨てます。
「またアイツが……! お二人はここで待っててください、追っ払ってきます」
「そんな、一人じゃ危ないです!」
「私もいくよ!」
「いえ、大丈夫です。ご主人様と同じヒトは、私が守ります。それに――――」
イエイヌから、濃密な何かが放たれています。まるでマグマのようなその気配を感じ取ったかばんは、思わず口をつぐみました。
「――――暴れたい、気分なんです」
それだけを言い放った彼女は、少しだけ濡れた金と銀の瞳をぎらつかせ、狼のように一つ遠吠えを上げると勢いよくドアから飛び出して行きました。
「……僕達も行こう、サーバルちゃん!」
「うん!」
しばしの間固まっていた二人でしたが、思い出したようにかばんが口を開くと、弾かれたようにイエイヌの後を追いかけました。
◆ ◆ ◆ ◆
「グルアアアアァァァァ!!」
「ヴヴヴヴゥゥゥ………!!」
紫の禍々しい瘴気を立ち昇らせてビーストが吠え、それに対し総身に虹色を
「ガアアアアァァァッ!!!!」
「グガアアアアァァッ!!!!」
紫と虹色が、目まぐるしく入り乱れます。取っ組み合いという生易しいものではありません。野生を剥き出しに牙を互いに突き立て、隙あらば急所を狙い合う獣の戦いです。
「ヴ、グゥッ!!」
「ガァアアァァァッ!!!!」
しかしそんな闘争は、徐々にビーストの方に天秤が傾いてゆきます。ビーストは五対一で“戦闘”を成立させるほどの能力がありますが、イエイヌにそれは不可能です。そこには、覆しようのない地力の差が横たわっています。
クマやイノシシに立ち向かう猟犬は存在しますが、単体で勝てる訳ではありません。強力な武器を持つ人間が後ろに控えて初めて勝てるのです。一対一でしかない今、イエイヌの命運は風前の灯火に等しいと思われました。
「ガアッ!!」
「キャンッ!!」
そしてそんな予想に違う事なく、ビーストがイエイヌを弾き飛ばしました。木に叩き付けられた彼女はボロボロで、虹色も消えかけています。それでも何とか立ち上がらんとしますが、ダメージは大きいようで、地面に膝をついてしまいました。
「グルゥゥゥウウウ……!!」
そんなイエイヌにビーストが迫ります。用心しているのかゆっくりとした動きですが、こちらは大してダメージを受けているようには見えません。傷だらけで土に汚れているのはイエイヌと同じですが、それは行動を阻害する要素にはならないようです。
風前の灯火が吹き消されんとしたその瞬間、
「みゃみゃみゃー!!」
「グアッ!?」
茂みからサーバルが飛び出し、ビーストを強襲したのです。その後ろから現れたかばんが、イエイヌに駆け寄ります。
「イエイヌさん! しっかり!」
「かばんさん……なんで?」
「放ってなんておけません! イエイヌさんも、あの子も!」
「ぁ…………」
その言葉にイエイヌがかばんを見つめます。しかしその瞳は、かばんではなくその帽子を、正確に言うならばその羽飾りに向けられています。さらに焦点も合っておらず、今ではないいつか、かばんではない誰かを見ているようでありました。
「――――さん?」
ポツリと漏れた言葉は、小さすぎてかばんの耳には届きません。そこでイエイヌが、ハッと現実へと立ち返り――――同時に、サーバルが吹っ飛んできました。
「みゃー!」
冗談のように宙を舞う彼女は、空中でくるんと身体を捻り、四ツ足で着地します。しかしそれでも勢いは殺しきれず、ずざざざと爪で地面を引っ掻き後退し、それでようやく止まる事ができました。
「サーバルちゃん!?」
「だいじょうぶ!」
怪我はなくまだまだ意気軒昂ですが、旗色が悪い事は否めません。相手は理性が吹っ飛んでいるので加減とは無縁ですし、地力でもサーバルを上回っています。それでも対抗できているのはサーバルの機転や資質ゆえでありましたが、このままではジリ貧である事は明らかでした。
その劣勢を覆すべく、かばんがサーバルの援護のため背中から下ろしたバッグに手を突っ込みます。しかし本能で何かを感じ取ったのか、ビーストがかばんに向かって突進します。サーバルがその間に割って入ろうとしますが間に合わず――ビーストが吹き飛びました。
「ギャウッ!!」
「え?」
思わぬ事態に、かばんが思わず振り向きます。そこには、ボロボロになったイエイヌが、何かを投げ放ったような体勢で立っていました。その瞳には理性の光が灯り、先程の半ば捨て鉢な狂乱は消え失せていました。
「私のご主人様は言いました。『飛び道具を扱える。ただそれだけで、人は数多の動物を絶滅させてきた』と」
物を掴める『手』と、可動範囲の広い『肩』。この二つが揃った人類は、『
「そして『人に出来る事は、フレンズにも出来る』とも。つまり――――」
「イエイヌさん!」
ビーストが今度はイエイヌに向けて飛びかかります。それを見た彼女は石――軽く30㎏はありそうな――を拾い上げ、思いっきり投げつけました。
「ガッ!!」
「――――こういう事です」
高速で飛ぶ石は見事にビーストに当たり、その身体を吹き飛ばします。これこそ、スペックに劣るイエイヌが、これまでビーストを撃退し続けられた理由です。“投擲”というアドバンテージを彼女は使いこなす事が出来るのです。
他のフレンズではこうはいきません。オオミミギツネがそうだったように、元の動物の性質に引っ張られるためフレンズは総じて“投擲”が下手なのです。かばんなら可能ですが力が足りません。ゴリラならあるいは、といったところですが、やはり訓練しなければ下手なままでしょう。
ヒトと同じ身体構造と高い身体能力を持ち、人間と長い時を過ごしてきた彼女だからこそ、“投擲”という武器を使いこなせるのです。ヒトの特質とフレンズの能力が、イエイヌの中で融合し昇華されていました。
「すごい……」
そんなイエイヌを見たかばんが声を漏らします。ですが何かに気付いたようにハッとすると、勢いよく顔を彼女に向けました。
「イエイヌさん!」
「何です、か!」
「その、守られてる僕が言っていい事ではないかもしれませんが……怪我をさせずに追い払う事は出来ますか!?」
「無理で、すッ!」
「グウッ!!」
イエイヌが投げた石を、ビーストが紙一重で躱します。ビーストは警戒したのか距離を置きますが、それを見たイエイヌの顔が、苦み走ったものへとなりました。
「見ての通り、加減が出来る相手じゃありません。近づかせたら私が負けます」
「……なら、近づかせずに追い払えればいいんですよね?」
「何を……?」
「ほんの少しでいいです、時間を稼いでください」
かばんに聞き返す事なく、イエイヌが意を決した表情で正面を向きます。そこでは、サーバルがビーストの注意を引いていました。
「にゃー!」
「ガルルルルッ!!」
ビーストは何も考えず力で押し込もうとしていますが、サーバルは木々を足場にひらりひらりと跳んで上手く躱しています。あまり離れすぎるとかばんの方に向かいかねないので加減しているようですが、それでも自身の長所である跳躍力と身のこなしを最大限に活かす、見事な立ち回りでした。
「ふっ!」
「ギャゥッ!」
そこにイエイヌの投石が差し込まれます。どちらも激しく動いているのに、正確にビーストだけを狙い打っています。ヒトの持つ精密な投擲能力を、イエイヌは完全に再現しているようです。
「ヴゥ…………ヴ?」
ビーストの瞳がそんな邪魔者に向けられた次の瞬間。否応なく、その意識が逸らされました。疾風のように飛ぶ、火のついた紙飛行機によって。
「グルゥッ!」
風に乗って森の向こうに消えてゆくそれを、ビーストは追いかけます。もはや三人の事は意識に入っていません。小さくなるビーストの背から目を離さないまま、かばんは声を張り上げました。
「今のうちです、逃げましょう!」
「は、はい!」
「こっちだよ!」
◆ ◆ ◆ ◆
「ここまで来れば、たぶん大丈夫です」
高速で走るバスの中、イエイヌが辺りを確認して口を開きます。彼女の手当てを済ませたかばんがそれを聞き、大きく息をつきました。
「よかった……。あ、でも、火が何かに燃え移ったりしないかな……」
「昨日雨が降ったので大丈夫だと思いますが……後で見に行きましょう」
こくりと頷くかばんに、イエイヌが何かを思い出したように話題を振りました。
「それにしてもかばんさん、マッチなんて持ってたんですね」
「前、図書館で博士さん達にもらったんです」
博士もフレンズの例に漏れず、本能で火を恐れます。用途は分かっていても自分達では使えないので、火を恐れず扱えるかばんに渡したのでしょう。
「かばんちゃんかばんちゃん、あの子が火をおっかけてくのが分かってたの?」
「ううん、最初は火を怖がるんじゃないかって思ってたんだ。ラッキーさんが『ビーストは本能が強い』って言ってたから」
「火はこわいもんね……」
「そうですか?」
イエイヌがきょとんとした顔を見せ、サーバルが肩を落としてそれに応えます。
「こわいよ……むりすれば使えるけど、手がふるえちゃうもん。イエイヌちゃんはこわくないの?」
「私は特には……」
犬が火を恐れるかどうかは個体差が大きいので、彼女がこういった反応を返すのは特におかしくはありません。『花火をくわえて遊ぶ犬』なんてのも存在するくらいです。
「すごいね! かばんちゃんみたい!」
「いえ、無理をすれば使えるという方がすごいと思います」
「そうなんですか?」
「火を怖がるフレンズが火を使えるようになった、なんて聞いた事がありません。最初から火が平気なフレンズなら別ですけど」
クマやトラは野生でも火を恐れず、それどころか好奇心で近寄ってくる事があります。他にも燃える枝を使って狩りをする鳥*1なんてのも存在し、火を恐れない生物はそこまで珍しいものではありません。
しかし少ない事は間違いなく、本能を超えて火を扱えるようになった、となるともっと少ない事でしょう。それがフレンズであるとしても、稀有な存在である事は確かでした。
「そういえば、博士さん達も火は怖いって……」
「普通のフレンズはそうです。頭が良くても経験を積んでも、ダメなものはダメみたいですね」
「くわしいね、イエイヌちゃん」
「ずっと見てきましたから」
遠い目を見せるイエイヌに、かばんがおずおずと問いかけました。
「イエイヌさんは、昔からここにいるんですよね? なら……ヒトがどこに行ったのか、何か手掛かりを知りませんか? 僕も探してるんです」
「分かりません。私が知ってるのは、ヒトはある時パークから出て行った、という事だけです。ご主人様もそうだったので私もついて行こうとしたんですが、ダメだと言われました」
「という事は……それからずっと?」
「はい。あの家で、ずっと待っています。必ず戻ると、言われたので」
空気がどこかしんみりしたものへと変わります。そんな空気をあえて読まず、サーバルが小首をかしげて問いかけました。
「なんでついてっちゃダメだったんだろう」
「フレンズはパークから離れると元の動物に戻ってしまいます。元々私はかなりの年齢だったので……」
「あー……」
つまりフレンズ化が解けて元の動物に戻ると、遠からず寿命が来てしまう、という事です。本人(犬)としてはそれでも良かったのかもしれませんが、“ご主人様”の方はそれを許容しなかったのでしょう。
「……その、イエイヌさんは、これからも……?」
「もちろんです。今回は私の勘違いでしたが、いつか必ずご主人様は戻ってきます。だから待ちます、いつまでも」
曇りなき
「イエイヌさん」
「はい、何ですか?」
「僕達と一緒に、来ませんか」
イエイヌは怪訝そうにかばんを見ます。待つと言った直後に正反対の事を言われれば当然です。しかしそれを分かっていたかばんは、そのまま言葉を続けます。
「あの子の……ビーストの事が解決してからですが、僕達はヒトを探しにパークの外に行こうと思ってます。パークから出るとフレンズでなくなってしまうのも、どうにかして解決方法を見つけるつもりです。だから――」
かばんは居住まいを正し、イエイヌの瞳を正面からまっすぐ見つめました。
「――僕達と、一緒に来ませんか。そしたら、イエイヌさんのご主人様も、見つかるかもしれません」
「いい考えだね! イエイヌちゃんもいっしょに行こうよ!」
イエイヌは目を見開き、誘う二人をまじまじと見つめます。彼女は半ば呆然としながら、独り言のようにぽつりと呟きました。
「…………何故?」
「いっしょに行った方がたのしいもん! ね、かばんちゃん?」
「サーバルちゃんの言う通りです。それに、リョコウバトさんが言ってました。『旅は道連れ世は情け』って」
それを聞いたイエイヌは、ぱちぱちと目を
「…………ふふっ、ありがとうございます。でもごめんなさい、私はやっぱりここで待ちます。ご主人様が帰って来た時、家に誰もいなかったらがっかりさせてしまいますから」
「そうですか…………」
「そんなに肩を落とさないでください。手伝える事があれば手伝います。それに――」
金銀の瞳がかばんの帽子を見つめ、次いでその下の濃紺の瞳に合わせられます。帽子に視線が向けられた意味をかばんが理解する前に、イエイヌが笑みと共に口を開きました。
「――気持ちは、とても嬉しかったです。かばんさん、あなたに会えて良かった」
嬉しさに揺れるような、湖に
◆ ◆ ◆ ◆
イエイヌと別れた後。かばんとサーバルは、図書館へと続く道をバスに乗って進んでいました。
「イエイヌちゃん、ごしゅじんさまって人に会えるといいね」
「そうだね……」
車中にどことなく物悲しい空気が流れます。そんな雰囲気を払拭するように口を開いたのは、やはりサーバルでした。
「そういえばかばんちゃん、フレンズがパークを出ても大丈夫なようにするって、どうやって?」
「え? ラッキーさんも知らなかったし、まだどうやるのかは全然分からないから、何も言ってなかったんだけど……」
「でもなにか考えてるんでしょ? きかせてよ!」
付き合いの長さから何かを感じたのか、サーバルが興味津々な顔でかばんに迫ります。彼女はそれに押されるように話し始めました。
「僕らフレンズの体のほとんどは、サンドスターで出来ている……んですよね、ラッキーさん?」
「ソウダヨ」
例えばかばんは、ヒトの毛髪にサンドスターが当たってフレンズ化した存在です。その体が何で出来ているかといえば、それはサンドスター以外には存在しません。つくづく謎物質です。
「だからフレンズの体の中には、サンドスターがたくさんある。そして、サンドスターが足りなくなったらジャパリまんを食べて補給できる」
「サンドスターノ濃イパーク内ナラ、呼吸スル事ニヨッテモ補エルヨ」
「それでそれで?」
サーバルがぐぐっと体を乗り出します。
「つまり、ジャパリまんの中にはサンドスターがいっぱい入ってる、って事だよね」
「ソウダネ」
「うんうん!」
「ジャパリまんを食べ続ければサンドスターを補給出来るから、パークの外に出る事は出来るはず……だけど、それはちょっと無理だよね」
「おなかがはち切れちゃうね」
フレンズは総じて小柄なので、一度に食べられる量はあまり多くはないと思われます。大量のジャパリまんを用意するのも難しいため、わんこそばならぬわんこジャパリまん方式では無理があります。
「だから代わりに、ジャパリまんじゃない何かにサンドスターをいっぱい入れて、自由に取り出せるようにするんだ。サンドスターがジャパリまんに入るのなら、他のものにも入ると思う」
「おぉー!」
「上手く行けば、どこでもサンドスターを補給できるようになるから、パークの外にも出られるようになる……はず」
サンドスター電池方式、という事です。理論としては成立しています。もっとも実現させられるかはまた別の話ですが、それを分かっているからこそかばんは黙っていたのでしょう。
「なるほど! すっごーい、さすがかばんちゃん!」
「でも、どうやったらそんな事が出来るのかは全然分からないんだ」
「だいじょうぶ! かばんちゃんなら、きっと上手くいくよ!」
イエイヌの癖が移ったのか、サーバルが尻尾をぱたぱたと振りながら宣言します。話を黙って聞いていたラッキービーストも彼女に続きました。
「知ッテイル事ハ少ナイケド、僕モ協力スルヨ。僕ハパークノガイドロボットダカラネ」
「ラッキーさん……はい、ありがとうございます!」
「おおー、なんだか今日のボスはかっこいいね!」
サーバルが言外に“今日以外のラッキービースト”について含みを持たせます。最近は割と頼れるところを見せていたはずですが、やはりこれまでの印象は拭いがたいもののようです。そんな悪意なき言葉の矢に晒されたラッキービーストは、話題を逸らすかのように前を向きました。
「目的地ガ見エテ来タヨ」
その声につられかばんとサーバルも前を向くと、赤い屋根と白い壁の建物が見えてきました。建物の内部を巨大な木が貫き天井からはみ出ており、壁の一部が切り取られ中が見えています。なんとも驚くべき様相ですが、老朽化して崩れた訳ではありません。最初からそういうデザインなのです。
そんな奇抜な建物の名は“ジャパリ図書館”。かばんの尋ね人たる博士と助手が住む、ジャパリパークの知の集積場です。
◆ ◆ ◆ ◆
かばんとサーバルが到着する少し前。図書館にて、四人のフレンズが四つの頭を突き合わせ、揃いも揃って深刻そうな表情を浮かべていました。
「これは……」
「……まずいのです」
そのうちの二人が、机の上の暗い灰色の物体を睨みながら声を発します。どちらも鉄面皮なので分かりにくいのですが、その声は確かに普段よりも少し低く、胸の内を如実に表していました。
どちらもファーのついたコート姿でデザインもそっくりですが、前者が
白い彼女が『鳥綱 フクロウ目 フクロウ科 コノハズク属 “アフリカオオコノハズク” Ptilopsis leucotis』のフレンズで通称“博士”、鳶色の彼女が『鳥綱 フクロウ目 フクロウ科 ワシミミズク属 “ワシミミズク” Bubo bubo』のフレンズで通称“助手”です。
「確かにちょっと良くないかもねー」
二人に同意を返したのは、眠そうな目をした大きな耳と尻尾の少女です。髪は薄い金色、カーディガンはベージュでスカートは白と、全体的にパステルカラーをしています。『哺乳綱 ネコ目 イヌ科 キツネ属 “フェネック” Vulpes zerda』のフレンズです。
「…………」
そんな三人の話を黙って聞いているのは、仁王立ちで腕を組み目を瞑る少女です。
ちなみによくタヌキと間違われますが、姿が似ているだけで別種であり、尻尾の模様か足跡で区別できます。タヌキの尻尾は無地で足跡には肉球の跡がありますが、アライグマの尻尾は縞模様があり、足跡にはくっきりと指の形が出ます。
そんなアライグマな彼女はカッと目を見開くと、腕を組んだまま重々しくも勢いよく言い放ちました。
「パークの、危機なのだ!」
――――――――――――――――――
*1 燃える枝を使って狩りをする鳥
野火等で火のついた枝を茂みに放り投げ、驚いて飛び出てきた小動物や虫を捕獲する。オーストラリアに生息する、トンビやハヤブサ等3種類の鳥がこの狩りを行う事が確認されている。
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