第五話 しょうぶのはてに
「はあ……はあ……」
「ふっ、やはりな」
荒野に生える木々の中、チーターとプロングホーンが走っています。多少チーターがリードしていますがその様子は苦しそうで、それを確認したプロングホーンはしたり顔です。
「何が、よ」
「チーター、お前は確かに速いが疲れやすい」
「アンタ、気付いて……!」
「ここから先、私についてこられるかな?」
「おお、プロングホーン様の本領発揮っすね!」
プロングホーンがギアを上げ、目を輝かせたロードランナーがそれに追従します。ですがその一歩を踏み出さんとしたその瞬間、チーターの鋭い声が響きました。
「待ちなさい!」
「な、なんだ!?」
「待てと言われて待つヤツは……」
「違うわ! 前見て、前!」
その声に従い二人が前を向くと、そこには奇怪な物体が存在していました。暗い灰色のいびつな球体が宙に浮かび、その表面は岩のようにデコボコしています。その中央に位置する一つ目が、不気味に動きました。
「セルリアンか! 面白い、ここから先はセルリアンも加わってかけっこという事か!」
「冗談言ってる場合じゃないっすよプロングホーン様! 逃げましょう!」
「ふん、あの程度なら、逃げる、までもないわ!」
息が切れ切れですがそれに構わず、チーターはセルリアンに突っ込みます。小型なので倒せると踏んだようです。彼女は爪を一閃させますが、セルリアンはただ吹き飛んだだけでした。
「か、硬っ……! なにあれ!?」
チーターは速度に特化しすぎて戦闘能力は低い*1のですが、それでも大型のネコ科肉食獣です。その一撃を耐えたとなると、相当な硬度である事がうかがえました。
「おい無理すんなチーター! お前がやられたらプロングホーン様が悲しむ!」
「うっさい!」
「チーター冷静になれ、そもそもあれでは石の場所も分からんだろう。ここは引くべきだ」
表面の凹凸の中に弱点の石が紛れてしまっており、ぱっと見では場所が分かりません。触手はなくサイズも小さいですが、かばん達がホテルで遭遇したセルリアンと似たタイプです。
「うるさい……うるさいうるさいうるさい!! 私が、チーターが地上最速なのよ!! アンタたちは黙って見てなさいッ!!」
チーターの瞳がぎらぎらと燃え上がり、野生の力が解放されます。彼女は全身からサンドスターを
「あああああッ!!!!」
そして次の瞬間、連続した打撃音が豪雨のように響き、セルリアンが爆散します。色とりどりのキューブが、花火のように飛び散りました。
「速い……!」
「な、何が……?」
チーターにはハブのようなピット器官はないので、石の場所が分かった訳ではありません。石がありそうな場所全てを攻撃したのです。要するに力押しのゴリ押しですが、それはこの場合この上なく効果的でした。
「ぜっ、はっ、ぜっ……!」
ですがその代償は甚大です。元から息が切れているところに全力を出したのですから、体力は底をついています。彼女は荒く息をつき、がくりと片膝を地面に落としました。
「お、おい、チーター!?」
「わ、ぜっ、わたしが、ぜっ、最速、よ……!」
「んな事言ってる場合じゃないだろ! とりあえず一旦――」
「ロードランナー、チーターを連れて逃げろ」
プロングホーンの硬質な声にロードランナーが前を向くと、そこには一つ目が三つほど浮いていました。そして反対方向からは二体ほどやって来ています。挟み撃ちです。
「こ、こんなに……!」
「お前ならチーターを担いだままでも逃げられるだろう。あとは任せたぞ」
ロードランナーは飛ぶのが苦手なので、おもりがあると上手く飛べません。スペック的にはもしかしたら行けるのかもしれないのですが、元の動物の性質とは中々に覆しがたいものなのです。
「な、何言ってるんすか……そうだ、なら全員で森の中に逃げ込めば……!」
「こいつらは振り切れるかもしれないが、見通しの悪いところで他のセルリアンに襲われたらどうにもならないだろう」
セルリアンはこの場の五体だけとも限りません。もしも他にもいた場合、戦うにしても逃げるにしても、見通しのいいこの場所の方がまだマシです。サルのように木々の上を飛び移れれば良かったのでしょうが、プロングホーンにはそれは不可能です。やはり元の動物の性質は覆しがたいのです。
「囲みを破るから、その隙に行け。私は、ここでこいつらを食い止める」
「イ、イヤっす! プロングホーン様が逃げないなら私も逃げません!!」
「そ、そうよ……私の、ことはいいから、とっとと行きなさい……! 私は、一人が、いいって言ってる、でしょ……!!」
「危ない!」
息も絶え絶えのチーターの横で、近づいて来た一体をプロングホーンが蹴り飛ばします。木に当たって落ちますが、蹴られる前と変わらぬ動きで仲間と合流しました。やはり石を破壊しないとダメージにはならないようです。
「私を、仲間を見捨てる情けないフレンズにさせてくれるな。さあ、行け!」
「そ、そんな…………いや、そうだ!」
何かを
◆ ◆ ◆ ◆
「――――Beep! Beeeeep!!」
「な、なに!?」
奇怪な音が唐突に、スタート地点で待つかばん達の元へと届きました。サーバルが耳をぴくぴくと動かし、その音に反応します。
「この声……ロードランナーちゃん?」
「えっ、これが?」
かばんが驚きますが無理もありません。ロードランナーの声とは似ても似つかない重低音です。彼女達は聞いた事はありませんが、車のクラクションに似た音です。
「ひょっとしたら、あっちでなにかあったのかも!」
「まさか……セルリアン!?」
ちなみに鳥の方のロードランナーの鳴き声は、ハトの『クルルルル』やニワトリの『コココココ』に似ています。『
「それならいそがないと! かばんちゃん、私のせなかに!」
「えっと、分かった!」
一刻を争うかもしれないと判断したサーバルが、かばんを背負い走ります。かばんは足が遅い(あくまでフレンズ基準では)し、サーバルは力が強くて足が速いので、こっちの方が早いのです。
そうして瞬く間に、声のもとへと辿り着いた二人が見たものは。前から二体、後ろから三体のセルリアンに挟まれ、まだ動けないチーターをかばいながら奮戦する、プロングホーンとロードランナーの姿でした。
「――来た! 来ましたよプロングホーン様!」
「……見ての通りだ! すまないが手を貸してくれ!」
「まかせて! みゃみゃみゃみゃー!」
サーバルはかばんを降ろし、セルリアンに飛びかかります。続けざまに爪が二体のセルリアンに当たりますが、それで倒せたのは偶然石を捉えた一体だけで、もう一体は吹き飛んだだけでした。
「うー、軽いけどすっごいかたいよあのセルリアン!」
「でも前が空きました!」
「よし、ここは逃げるぞ!」
「ちょ……」
プロングホーンがチーターを抱きかかえます。お姫様抱っこです。それを見たサーバルが真似をしてかばんを同じように抱きかかえ、尻ならぬ尾に帆掛けて一目散に逃げだしました。
「サーバルだったか、お前も中々速いな! どうだ、今度私と共に走らないか?」
「いま走ってるよ?」
「おお、そう言われればそうだな!」
「サーバルちゃん、後ろ! ついて来てるよ!」
かばんの声の通りにサーバルがちらりと後ろを振り向くと、セルリアンがふよふよと浮きながら、それでもサーバル達に劣らない速度で追いすがって来ていました。どうやらホテルに出没したものとは異なり、移動速度は速いようです。
「けっこう速いね!」
「むぅ、セルリアンも存外速いものだな。最速を極めるのは難しそうだ」
「……これ、まずくないですか?」
かばんが心なしか低い声を出します。そんな彼女に、プロングホーンが不思議そうな顔を向けました。
「何故だ? このままのペースなら引き離せるぞ?」
「引き離せる距離になるまで、サーバルちゃんが持たないかもしれません。隠れてやり過ごせるような場所もありませんし」
サーバルは足は速いのですが、あくまでネコの一種。瞬発力はあっても持久力はありません。ましてやここは暑いので、汗をほとんどかかないサーバルにとっては厳しい環境です。熱中症になってしまいます。
「私はだいじょうぶだよ!」
「……いや、無理はしちゃダメだぜ。ここで足手纏いが増えたら皆やられる」
ロードランナーがちらりとチーターに目をやります。サンドスターを使い過ぎたのか、いつの間にか気を失ってしまっている彼女が回復するには、まだ若干の時間がかかりそうでした。
「ではどうする? あのやたらと硬いセルリアンを倒す方法でもあるのか? チーターが一体倒しているから石があるのは確実だが、どこにあるのか分からないぞ?」
「あのセルリアンの石は、正方形をしていると思います」
「同じのにどっかで会ったのか?」
「はい、この間。もっと大きくて遅かったんですが、色や表面の感じはそっくりです」
彼女達は森を抜け、再び赤錆色の荒野へと出ます。セルリアンはしっかりと追いかけてきていますが、増援はありません。どうやらあの四体で全てのようです。その様子を確認したプロングホーンが呟きました。
「それなら、やりようはある……か?」
「戦うんすかプロングホーン様?」
「ああ、倒せるなら倒してしまった方がいい」
「にげてもまたいつ襲われるかわからないもんね」
「そういう事だ。あの大きさなら、ハンターを呼ばずともどうにかなる。隠れる場所のないここなら、不意打ちされる危険もない」
「となると、問題は数っすね……」
先ほども一応、短時間ですがチーターをかばいつつも応戦する事は出来ていたのです。あのサイズと一対一なら後れを取る事はないのでしょう。最大の問題は、ロードランナーの言うように、四体という数でした。
「それについては、僕に考えがあります」
「考え?」
「はい。皆さんの力を、貸してください」
かばんが、彼女達の瞳をまっすぐに見つめました。
◆ ◆ ◆ ◆
「行きますよ!」
サーバルから降りたかばんがセルリアンに対峙します。彼女は、その手に持つ紙飛行機をセルリアン目がけて投げました。
「……ッ!」
「ひっ」
それを見たプロングホーンとロードランナーの体が強張ります。その紙飛行機には火がついていたためです。フレンズはヒトと酷似した体を持っていますが、元の動物の性質も色濃く残しています。ゆえに一部のフレンズを除き、どうしても本能が火を恐れるのです。
そしてセルリアンには、『動くものや光を追いかける』性質があります。その双方を満たす紙飛行機に思わずつられ、その動きが止まりました。
「今です!」
「うみゃみゃー!」
「っ、行くぞ!」
「は、はい!」
火に慣れていたサーバルが先陣を切り、プロングホーンとロードランナーがそれに続きます。サーバルはまず、止まったセルリアンの中の一体を、思いっきり吹き飛ばしました。
「ふたりとも、おねがい!」
「任せろ!」
「おう!」
吹き飛ばした一体に、プロングホーンとロードランナーが向かいます。仲間と分断された事に気付いたのか、セルリアンがそちらに向きますが、サーバルが残る三体を牽制して行かせないようにしています。
「ここはとおさないよ!」
セルリアンはサーバルに向かおうとしますが、そこに二つ目の紙飛行機が通り抜け、彼らの視線がそちらに吸い寄せられます。かばんによる援護です。
「ありがとうかばんちゃん!」
「サーバルちゃん、気を付けて!」
サーバルとかばんの役目は、プロングホーンとロードランナーの下にセルリアンを行かせない事。今のところそれは、上手く機能しているようです。
「あった! 石がありました、プロングホーン様の右側っす!」
「よくやった! よし、これで!」
そしてプロングホーンとロードランナーの戦いは、今終わりを迎えたようです。プロングホーンの蹴りが石を破壊し、セルリアンはぱっかーんとキューブになって消滅します。石の場所さえ見つけてしまえば、二対一では苦戦する相手ではないようでした。
「よし、次だ! どんどん来い!」
「うん! いっくよー!」
かばんの考えた作戦は非常に単純です。即ち、『分断して各個撃破』。局地的に数の有利を作り、少数の敵を囲んで棒で叩いて仕留める、というものです。その有効性は、古今東西ありとあらゆる戦場が証明しています。しかし、そうそういつも上手く行く訳ではない、という事もまた証明されているのでした。
「えっ!?」
それは偶然か、はたまたセルリアンにも知能があるのか。残っていた三体のセルリアンがばらばらにばらけ、それぞれ別々の方向へと進みます。
「ど、どうしようかばんちゃん!?」
「一番近いのだけでも吹き飛ばして!」
「う、うん!」
かばんのとっさの判断に従い、サーバルがセルリアンを殴り飛ばします。しかし、手の届かなかった残る二体は、
「くっ!」
プロングホーンは反射的に一体を蹴り飛ばします。偶然にも石に当たったようで色とりどりのキューブとなって消滅しますが、その光の煙幕の向こう側から、残る一体が突進して来ました。
「プロングホーン様!!」
「――ここまでか」
彼女は蹴りを繰り出したせいで体勢が崩れており、避ける
「ふっ、遅いわね。止まって見えたわ!」
チーターです。かばんの足元に寝かされていたはずですが、いつの間にか意識を取り戻し、プロングホーンのピンチに駆けつけたのです。
「チーター……お前、どうして助けに……?」
「言ったでしょ? 私が、地上最速だからよ!」
チーターはふふんと笑みを浮かべ、プロングホーンに言葉を投げます。
「諦めるなんてらしくないわね! あのウザいくらい私を誘って来たアンタはどこに行ったのかしら? ここまでじゃないわ、ここからでしょ!」
「……ふっ、そうだな、その通りだ!」
「さあ、残りはあの一体だけでしょ? ちゃっちゃと片付けちゃいましょ!」
「ああ、共に行こう!」
二人が肩を並べ、最後の一体に挑まんとした刹那。戦っていたサーバルがそのセルリアンを、ぱっかーんと破壊しました。
「あ」
「え」
「ちょっ」
中途半端に足に力を入れたところで、急に止まったのが悪かったのでしょう。まるでギャグ漫画のように、チーターが地面にずっこけました。
◆ ◆ ◆ ◆
「そ、その、大丈夫ですかチーターさん?」
「言わないで」
とても微妙な顔でチーターが横を向いています。触れて欲しくないようです。彼女は話題をそらすべく、プロングホーンに顔を向けました。
「そ、そんな事より! アンタは大丈夫なの?」
「私か? 無事だ。これもチーターのおかげだな!」
「アンタはプロングホーン様の恩人だ! 感謝してます!」
「ちょ、ちょっとよしてよ、懐かれるとやりにくいわよ」
ロードランナーに手を取られたチーターは、困ったような表情を見せます。そんな彼女に、プロングホーンが悪気も裏もなく追撃をかけました。
「ああ、本当にチーターのおかげだ。お前がいなかったら私はやられていた」
「そ、その、気を失った私を運んでくれたんでしょ? その借りを返しただけよ!」
ぷいっと再び横を向いたチーターの顔は、少しだけ赤らんでいます。先程転んだのが理由ではない事は明らかです。そこでサーバルがふと気づきました。
「そういえば、勝負はどうなったの? ひきわけ?」
「途中で邪魔が入ったんだから、勝負無しじゃないか?」
ロードランナーが公平を装ってさりげなく主をフォローしますが、プロングホーンはゆっくりと首を横に振りました。
「いや、先に一勝したのはチーターだろう。だから、チーターの勝ちだ」
「プロングホーン様……」
「と、当然ね! 私が地上最速なのよ!」
「だからこれからは、私がチーターに挑む! 最速の座を賭けてな!」
腰に手を当て、ふんぞり返ってプロングホーンが言い放ちます。しかしチーターはその言い分を、ずんばらりんと斬り捨てました。
「何言ってんのよ、私が最速って決まったんならもう勝負する必要はないでしょ。大体、私は一人で走るんだって最初から言ってるじゃない」
「そうか……」
プロングホーンが落ち込みます。心なしか頭の角までへにょりと垂れているようです。
「で、でも、たまになら一緒に走ってあげてもいいわ! か、勘違いしないでよ、今回の借りを返すためなんだからね!」
「そうか……!」
チーターのお手本のようなツンデレに、プロングホーンが復活します。一気にテンションが上がった彼女は、その勢いのまま再度チーターを抱き上げました。お姫様抱っこで。
「ならば早速走ろう! さあ行くぞ、最速を極めに!」
「へ?」
「お供するっすよ!」
「ああ、二人にも世話になった! またいつか会おう!」
「それじゃあさよならだ! 行きましょう、プロングホーン様!」
「お、降ろしなさ~~ぃ!!」
プロングホーンはサーバルとかばんに言葉だけ残し、そのまま赤土の大地を爆走し始めます。取り残された二人は、あまりの急展開にぽかんとするしかありません。ドップラー効果で間延びしたチーターの声だけが、虚しく響いておりました。
――――――――――――――――――
*1 (チーターの)戦闘能力は低い
頭が小さいので噛む力が弱く、脚が細いので力がない。下手をすると『素手の人間』にも負ける。
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