私アムゴッド13 『無慈悲な真実』
「まあ、なんとなく気が付いているだろうけれど、俺が君に隠している事は、あの死についてだ」
「ええ。そうだとは思ってた」
「……今更だけれど、この子の前でする話じゃないな」
ちらりと仮面子を見て言った。
確かに、彼の話をするということは、彼が魔法少年であるという事も、夜の町に黒い何かが現れることも知られてしまう。
「でも、きっとこの子なら大丈夫だわ」
「なぜそう思う?」
「勘よ。神様の勘。まあ、あまり根拠にはならないと思うけれど、どうせこの子は、喋らないのだし」
「確かにね」
もしかしたら私以外には流暢に喋るのかもしれないけれど。それはそれでショックだ。まるで精巧な人形に話しかけている気分なのを我慢しながらも、色々なことを一方的にではあるものの語りかけてきたというのに。
「……そもそも、あの死はなんだと思う?」
「わからないわ。ただ、あの死が後ろを歩いた人間は、一週間いないに死亡するってことしか」
「正確には四日後だ」
「そうなの?」
「ああ。確かめたから間違いない」
それは知らなかった。なにせ私は、実際に死が人を殺す瞬間というのを見ていない。
「正体は俺も分かっていない。あれを消す方法も」
「あなたの剣では、消せないの?」
「……それが、俺が隠していたことだ」
「それって?」
「神崎さんも見ただろう。俺が持っていた剣」
「あの大きなのね」
「あれはアブストラクトというんだ」
なんだかカタカナでカッコいい感じはするけれど、どういう意味なのかはよく分からない。
「あれは、基本的に黒い何かを斬るためのものだ。だからと言って、黒い何か以外が斬れないわけじゃない」
「人間も斬れるの?」
「少なくとも、俺は斬れる。けれどあの剣は、存在が随分とあやふやで、黒い何かを斬る、と定義付けた時しか実態とならないんだ」
「……よくわからないけれど、ようするに扱いが難しいのね?」
「まあ、その認識でいてくれて構わないよ」
「ということは、可能か不可能かで言えば、あの剣で死を斬るのは可能、ということ?」
「可能か不可能かで言えば、だ」
彼の口ぶりから察するまでもなく、それだけではないという事が分かる。なぜなら、それほど簡単なことなら彼が隠したりするはずがないからだ。
「夜でないと実体化させられないの?」
「そんなことはない。今は人目があるから無理だけれど、そこに制限はないよ」
それも、なんとなく予想はしていたことだ。きっと、もっと深くて重い理由がある。無意識のうちに真実に近づくのが怖くて、こうして意味のない質問をしていることに自分で気が付いた。
「アブストラクトで死を斬ったことはある。もう何回もね」
「え……」
「俺が斬った死は、例外なく俺に憑りついた死だ。死はこの町の人間すべてにやってくる。それは俺も例外じゃない。当然俺のところにもやってくる。俺に死を運んでくる。俺は、魔法少年に与えられた特権として、自分の元へやってきた死を斬ることを許されている」
「それじゃあ……!」
腰を浮かせ、前かがみになる。けれど、彼の顔は私の表情と反比例するように沈んでいく。
「俺の剣は死を消すことができる。けれどね、神崎さん。俺の元からいなくなった死は、完全に消えるわけじゃない。ただ、別のところへ、別のだれかのところへ移動するだけなんだ」
「……──そんな」
急に、頭が真っ白になる。
彼が消した死は、そのマイナスを取り戻すように、誰かのところへと向かう。
この町の時間が、早くなったり遅くなったりするのを一年のうちに上手くつじつまを合わせて一年間という時間は毎年同じになるように調整しているようなものだ。
そしてその事実は。
ただ単に死への対抗策がないと証明するだけではなく。
「俺のところへと死が来るたびに、俺はそれを斬っている。そして、誰かが本来死ぬはずだった俺の代わりに死んでいる」
言葉を切って、息を吐き出すと、彼は言った。
「俺は人殺しだ」
「そんなことないわ!」
叫ぶが、それがなんの慰めもなっていないことはよくわかっている。私の言葉で救われるなら、きっともっと前から彼はこの悩みと決別出来ていただろう。
「だって、あなたはそれよりももっと多くの人を救っているじゃない!」
「何も起きない平和を維持するために、自分の代わりに死なせているんだ。直接的なのか、間接的なのかの違いだよ」
「それでも……」
「あとは、気持ちの問題だな」
「でも、あなたは、そんな悪い人じゃ……」
「他人から見てどうかという問題は、まあ、ひとまず置いておいて、俺は自分の事を悪人だとは思っていないよ。俺は魔法少年だから。けれど、それと罪悪感を感じることとは別だ。俺は、いつも後悔している。どうして俺のところに死が来るんだろうって、いつも世界を呪っている。けれど、今日も俺は夜になれば町を守るんだ。それが俺の使命だからね」
「おかしい、間違っているわ。絶対」
「俺の一存では決められない」
そもそも、それがおかしいことなのだ。
一体だれが彼に魔法少年としての責務を負わせているのだろう。
「俺が斬って、誰かのところへ向かった死をもう一度斬るっていうのも、もしかしたら可能かもしれない」
黙りこくった私に、彼が言った。
「試したことはないの?」
「ない。これはもっと、単純な理由だ」
彼の言動を思い出して、気が付いた。
「夜は、みんな寝ているからね?」
「そうだ。さすがに、不法侵入は出来ない。魔法少年ならなおさら」
でも、例えそれが出来たとしても。
きっと死は、また別の誰かのところへと向かうだけだろう。根本的な解決にはならない。
「助けられないのね」
「……そうだ」
「無力だわ」
「そうじゃない人間の方が少ないよ、この世の中には」
「私は神様なのに」
「神様なんて、素晴らしい存在である方がよっぽど珍しいよ。歴史を見たらわかる。大概どんな神様も、ろくなことをしない。人間じゃないから、余計に人間らしい愚かな行動をするんだ」
再び、沈黙が流れる。
何かを口にしようとして、何も出てこない。
「お腹がすいたな」
不意に、彼が口にした。
「そうね。きっと、たくさんの屋台が出ているわ」
「ああ、今日は誕生日だからね」
「私たちの、とっても嫌いな町のね」
「でも、貰えるものは貰っておこう。それくらいの権利は、俺たちにはあるはずだ」
通りに出ると、案の定人でにぎわっている。
棺ヶ丘にはこんなにも人がいたのか、と驚いてしまうほどだ。
彼は焼きそばを、私はたこ焼きとりんご飴を買った。公演に戻り、相変わらず一歩も動かない仮面子の横に座る。
「あなたもいる?」
念のため聞くが、返事はない。
諦めて、たこ焼きを冷ましながらゆっくりと口の中に運ぶ。
話し込んでいて気が付かなかったけれど、随分と時間が経っていたらしい。
「本当はもっと、死について話したかったの」
「力になれなくて、悪かった」
「あなたが謝ることじゃないわ」
精一杯笑顔を作って、私は言った。
「年下の女の子に気を使われているなんて、魔法少年、というか男失格だな」
「そういうところで男とか女とか言うのは、男らしくないと思う」
「手厳しいな」
二個目のたこ焼きを口に入れる。二個目でも熱さには慣れない。
「男らしいとか、女らしいとか、そんなの統計的なものでしょう? 統計的なものって、結局平均なんだから、そこから逸脱している人がいても不思議じゃないわ」
「確かに。一番上と一番下が同時に存在しているのに、その中間をもって、男らしさを説かれても、良くわからないな」
「何が一番上で、何が一番下なのかもわからないしね」
「母数が多いと、余計に分からない」
そう言って、二人で笑う。
例え憎たらしい町の誕生日であっても、こうしているとなんだか楽しくなってくる。
特に彼に対して特別な感情を抱いているわけではないが、客観的に見た時、今の私たちはデートをしている恋人に見えるのではないか、と考えた。
私みたいな人と魔法少年である彼が釣り合っているかと言われるとまったくもってそんなことはないのだけれど。
私たちの間にそう言った色っぽい事は何もないし、きっと彼だってそんなつもりは微塵もないだろう。
「これから、どうしようか」
彼が言うので、私はわざと難しい顔をして返す。
「それは、これからの未来の話? それとも今日この後の話?」
「どっちもだ」
いつの間にか焼きそばを食べ終わっている彼は、手元で発泡スチロールのケースの蓋を開けたり閉めたりしている。
「これからの話は……、正直なところ分からない」
「俺もだ」
「それで、今日この後のことだけれど」
「うん」
「……あれだけ悪口を言っておいて、何を言ってるんだって言われそうな気もするけれど、私、少し町を見て回りたいわ」
「一年に一度しかないからな。俺でよければ、付き合うよ」
「ありがとう! 私、実はこのお祭りをちゃんと見たことがなくて」
「それはまた珍しいな」
「……色々、あるの」
「それは、聞かない方が良い話だな」
「……ごめんなさい」
私が何に謝ったのか、きっと彼は気が付いている。そして、その上で何も言わないでいてくれている。私は卑怯な神様だ。
立ち上がって公園のゴミ箱に空になったケースを入れる。
「それじゃあ、まずはどこに行く?」
「……おすすめの場所とか、ないの?」
「当然、ない」
少し自慢げに言われ、思わず笑ってしまう。
結局、私たちは適当に歩きながら町を見て回ることにした。
誇張でもなんでもなく、私はこのお祭りを、きちんと見て回った思い出がない。母親がまだ生きていた頃は、一緒に遊んだような気もするけれど、母親が生きていた頃の事はほとんど覚えていない。
お面をかぶって走り回る子供や、美味しそうにチョコバナナを齧りながら歩く大学生。
何をするでもなく歩く人からも、楽しさが感じられる。
昨日一日、何もしなかった反動だろうか、みんな、とても良く動いている。
ここまでいつも通りな私が、むしろおかしいのではないかと思えてくるけれど、この町や死への考えを筆頭に、私は既に色々と、町の一般的な思考から逸れている。
一通り町を回って、私たちはそれぞれジュースとお菓子を買うと、あの鉄塔までやってきた。周りに誰もいないことを確認すると、彼が私を抱いて上まで登ってくれる。
腰を下ろして町を見下ろすと、活気がより一層、分かる感じがする。
「ここだけ切り取ってみると、とても良い町ね」
「基本的には、良い町だよ、ここは」
「基本的じゃないところが、良く無さすぎるのよ」
眼下の風景を眺めながら、しばらく雑談を交わす。
夕方になり、花火があがる。夜にはみんな、家に戻らないといけないので、空がオレンジに染まるころには、みんな慌ただしく片づけをしていた。
「花火って、とても綺麗よね」
「うん」
「でも、私思うの。花火って、もっと暗くなってからの方が、もっと綺麗に映るんじゃないかって」
「考えたこともなかったな。夜の町に、花火か」
「星空をバックに、綺麗な花が一瞬だけ空に咲くだなんて、とてもロマンチックだとは思わない?」
目の前に上がる花火の背景を、脳内に記録されたあの美しい夜空に重ねてみる。想像だけでこんなにも綺麗なのだから、現実のものになればもっと素晴らしいだろう。
「見てみたいな」
彼は一言、そう言った。
彼にとっては夜は戦場だから、きっと複雑な思いがあるのだろう。
今日の夜もまた、彼は戦いに出かける。
今のうちに休んでおかなければならないので、私たちは少し早めに解散になった。
「今日はありがとう」
「こちらこそ、とても楽しかったわ」
「俺も楽しかった。次は来年かな」
「その前に、また次の夜に会いましょう」
「あまり頻繁に会いに来られても、困るんだけどな」
「大丈夫よ。一週間に一度とか、それくらいの頻度にするから」
「そう言う問題じゃないんだけど……」
手を振って、彼と別れると、私は家の中に入る。
出店でかなりの数を食べたので、晩御飯を作る気にはならないし、夜出かけるつもりにもならない。
ごろりと寝転ぶと、目を閉じる。
瞼の裏に、間近で見た花火が映し出される。鼓膜は響く重低音で震える。
気が付くと私は、眠りに落ちていた。
◇◆◇◆
祝日の次の日、というのはとてつもなくやる気を削がれ、もういっそのこと次の日も休みでいいのではないかとも思う。学校の授業でプールに入る時だって「心臓がびっくりしないように」と水を少しずつつけてからゆっくりとプールに入っていく。
それと同じで、体が驚かないように少しずつ平日を取り戻していけばいいのではないか。
そんな子供みたいな屁理屈を考えながら学校に向かった。
ここ最近は学校で特別変わったことがなく、むしろそれ以外が濃密だったので、気にしていなかったけれど、どうやら私が昨日彼と出歩いていたことを多くの生徒や先生に見られていたらしく、特に女子生徒からはあれこれと質問をされた。
普段そこまで仲良く喋るわけでもないのに、こういうときだけやたらと食いつきが良い。
そんな女子の特性を生かした詐欺にあったらどうするつもりなんだろう、と少し心配になる。その時は誰であろうと私は救いの手を差し伸べるつもりではあるけれど。
しかし、変わったことと言ってもそれくらいで、結局いつも通りの学生生活に戻っていく。
授業が終わり、夕方。
いつもの公園に行くと、仮面子がじっと座っている。
最近、幹山さんに会っていない。
今日は来るだろうか、と少しワクワクしながら仮面子に今日会ったことや、彼の事を一方的に話した。
一時間ほどたって、今日はもう幹山さんは来ないだろうと立ち上がった時。公演の入り口に、人影が見えた。
きっと私の顔は、誰が見ても分かるほどに喜んでいただろう。
そして、誰が見ても分かるほどに、その表情は急速に暗くなっている。
幹山さんは、いつも通りの笑顔で、私に近づいた。
「やあ、久しぶり」
「……ええ」
「最近は、なんだか会えなくて少し寂しかったんだ」
「私もよ。たくさん、話したいことがあるの」
「こっちは残念ながら、あまり話せることはない」
「空を飛ぶ方法だって、色々と考えたのよ」
「ありがとう。正直に話してしまうと、ここ数日は、そのことを考える余裕がまったくなかったんだ」
それはそうだろう、と彼を見る。
少し寂しそうに笑う幹山さんの、その後ろ。
そこには、ぴったりと、黒い影が張り付いていた。
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