私アムゴッド12 『神様の力量』

 人間の体というのは、物凄く繊細なようで結構大雑把で、自分でも気づかないような機能があったりするのに、肝心なところでものすごく脆かったりする。

 毎日決まった時間に目覚まし時計をかけていると、次第にアラームを聞く前に目が覚めることになる。夜はいつも寝ている時間を少し過ぎると、途端に眠くなってくるし、ちょっと工夫をするだけで物覚えが良くなったり、音階を色で聞き分ける人もいるのだと言う。

 それなのに、少し朝ごはんを抜いた程度で、頭がふらふらするし、ちょっとこけて擦りむいた程度で血が出てくる。

 大体、それがなければ生命活動を行えないと言うのに、人間には急所が多すぎるのだ。

 まあ、生きるために狩りを行い他の生物の命をありがたく頂戴している野生生物と違って、人間は自らの意思で、明確なる殺意を持って同族の体や、心臓や、脳を破壊しているのだけれど。

 万物を作り給うた原初の神と言えど、まさか同じ種族で自分のエゴのために殺し合う生命体がいるなんて、思わなかっただろう。

 そもそもどうして人間は殺し合うのか? 授業で必ず一度は触れる話題だ。もちろんそんなストレートな事を教師は言わない。

 結局その手の授業は「相手の事を思いやりましょう」とか「お互いを認め合って」とかそういうところに着地する。

 けれど、その程度の事が出来たところで、本当にこの世の中から争いがなくなるだろうか?

 そもそも全人類が思いやりを持つと言うところからして不可能だが、仮にそこをクリアしたとしても、それで争いがなくなるとは私には到底思えない。

 争いというのは、もちろん一時の感情や、どこまでの利己的な人間を中心に怒るものだけれど。

 それだけじゃないだろう。

 テレビでよく聞く言葉。

「まさか、あんなことをするだなんて」

 まあ普通に考えれば、いつも通りの日常生活を送っていたらいきなりインタビュアーや記者や、その他もろもろのおおよそデリカシーから一番遠い所にいる人種が現れて「あなたと数年前にクラスメイトだっただれそれが殺人を行いました。どうおもいますか?」と聞かれたとしても「はあ、そうですか」と言ったような感想しか抱かないわけだ。

 もちろんそれでは記者たちは納得しない。

 飲食店がお金をもらって料理を提供するように、彼らはお金をもらって情報を提供するのだ。多少盛り付けが大げさでも、そこに驚きや感動があるならもっといい。

 そうなると、なんとかして、”それらしい”コメントを引き出そうとする。

 質問を受ける側はもちろんいい気はしない。自分が脚光を浴びたならともかく、数年前までクラスメイトだっただけの存在が犯罪者になった、というニュースのインタビューなんか当然受けたくない。

 だから言うのだ。「まさか、あんなことをするだなんて」

 あんなことをする人だとは思わなかった。

 そこには色々な意味が含まれる。まあ大半がたいして興味がない、とか、普通に喋っていたのに、とかそういう意味だろう。

 けれど、中には、仲良くしていて、とても素晴らしい性格だったのに、大量殺人を行った人もいるかもしれない。

 もしかしたらその犯人に助けられた人が要るかもしれない。

 若しくは。

 思いやりがあるからこそ、人を傷つける人がいるかもしれない。

 ネグレクトを受けていた子供を助けるために親を殺す人。

 この世のすべてに絶望した人に死という救済を与える人。

 思いやりがあって、人間愛を持っているからこそ犯罪に走る人は少なからずいる。

 もちろんそれは当人たちで済む問題ではなく、関係したすべての人に、何かしらの意味を残す。

 そこからまた新しい争いが生まれ、やがてそれは大きなものへと変化していく。

 私だって、同じだ。

 例えば殺してほしいという人がいれば。神様として私はその人を殺す。それがその人の願いで、私は神様だからだ。きっとこの話を聞けば、十人に十人すべてが、「子供のたわごとだ」と鼻で笑うだろう。所詮は子供が構ってほしくて喚き散らしているだけだと。本当にそんな場面に出くわした時、何も出来ないに違いない、と。

 ああ、それは。本当に、ごもっともな意見だと思う。。中学生なんて、大海どころか今自分がいる井戸の広さすらも知らないような、世の中に生まれて十年と少ししか経っていないような、クソガキだ。

 そんな奴に、殺してほしいなら殺すと言われたところで、本気にする人はいないだろう。

 けれど、私は神様だ。

 そしてそうなる前に。私は既にその願いを叶えている。

 人間に出来るのなら、神様に出来ない道理はない。

 そう言う意味では、この町にいる死は神様に近い存在なのかもしれない、とは何度か思ったことがある。

 私はアレを理不尽だと言ったけれど、確かに魔法少年である彼の言う通り、死は悪人にも善人にも平等に訪れる。

 私と違うのは、平等に、無理矢理、死を与えるという事だ。

 求められた人間に対して平等に願いを叶え死を与える私とは違う。

 死は、私とは対極の存在だ。

 

 どんちゃん騒ぎ、と言う言葉が一番似合う街の様子を横目に、公園へと向かう。例え夜遊びをしようとも、私の体内時計はきっちり正確にいつも通りの時間に私を起こしてくれた。

 朝食を食べながら、そう言えば彼と会う場所は決めたけれど時間までは決めていなかったな、と思い出して、こうして朝早くから待ち合わせ場所に向かったというわけだ。

 少し歩いただけでも、町全体が浮かれているのが分かる。死が理不尽にやってくる町、と言っても、誰かがあの影のせいで死ぬのはそう頻繁にあることではないし、棺ヶ丘の人口は六万人ほどらしいので、客観的に考えると自分が死ぬ可能性なんてほとんどないのだ。

 だからこそこうして、みんな町の誕生日を能天気に祝う事が出来る。この平和な時間を、魔法少年が守ってくれているとも知らずに。

「もう……」

 思わず文句が漏れる。神様として、棺ヶ丘の人間はすべて平等に接しなければいけないというのに、これではだめだ。

 公園につくと、幸い彼はまだ来ていなかった。

 いつも通り、ベンチに仮面子が座っている。

「おはよう」

「……」

 ほんの一ミクロンも反応がないのにはもはや慣れてしまい、特に気にすることもなく彼女の隣に座る。

「今日はね、あなたに紹介したい人がいるの」

 彼の事を何か話そうと思ったけれど、なんとなく魔法少年であることは隠しておいたほうがいい気がしてきた。

「幹山さんは今日は来るのかしら。さすがに今日はお仕事はないと思うけれど」

 しばらくベンチに座り、風を感じながらのんびりと慌ただしく流れていく町を眺める。

 今日は時間の流れは比較的標準的で、それと因果関係があるのかは分からないけれど、随分と気持ちのいい風が吹いている。

「やあ、おまたせ」

 その声に体が反応して、反射的に公園の入り口を見る。もちろんそこにいたのは彼で、思いのほか、夜の時と変わらないように思えた。

 当然だ。昼に会おうとも夜に会おうとも、肩書が男子高校生から魔法少年に変わるだけで、中身は何一つだって違わないのだから。

「こんにちは。こうして太陽の下であなたと会うのって、なんだか新鮮だわ」

「そうだね。俺もこうして昼に誰かと待ち合わせするのは初めてだからなんだか家を出るときに緊張したよ」

「夜ならあるの?」

「ん……、たしかにそうだ。人とこうして待ち合わせするという事自体が、初めてだな」

「なんだか嬉しいわ」

 視線を後ろに向けて、体を横にずらす。

「この子がね、私が昨日言っていた、紹介したい人なの」

「君は……」

 少しだけ驚いた顔をする彼を、私はまじまじとみた。

「知っているの?」

「話したことはないけれどね」

 彼は仮面子の前で膝をつく。

「こんにちは。初めまして。前に一度会っているけれど、覚えている?」

「……」

「その子は何も喋らないのよ」

「何も?」

「私ももう、何日も話しかけているけれど、何か返事をくれたことは一度だってないわ」

「それは強敵だね」

 彼は仮面子の隣に座る。私もその隣に座った。

「こうしてのんびりと公園で過ごすのは久しぶりだ」

「私は、最近はこうしてこの子とこの場所で過ごすことが多かったわ」

「二人で?」

「本当はもう一人いるのだけれど、最近は会えていないの」

「その人も、喋らないの?」

「いいえ。彼はきちんとお話をしてくれるし、とっても大人よ」

「大人なんだ」

「うん。サラリーマン」

「神崎さんは意外に、交友関係が広いんだね」

「幅が広いだけで、人数はとても少ないのよ。友達と呼べる人は」

「在り来たりな言葉だけど、友達は数じゃなくて、質だと俺は思う」

「私もそうだと思うわ。この子や、幹山さん──そのサラリーマンの人が、私を友達と思ってくれているかは不明だけれど」

「そんなに冷めた関係なのか?」

「そうね……、この子に関してはもう、しゃべってくれもしないのだから、本当にわからない」

「それはそうだ」

「幹山さんは、友達というより、協力関係にあるの」

「協力関係?」

 それも少し違う気もするけれど、適切な言葉が見つからない。

 要するに、私は幹山さんのお手伝いをしているだけなのだ。神様と、信者の関係。幹山さんは私の信者になったつもりは毛頭ないだろうし、私もそんな意味合いで彼を助けているわけではないのだけれど。

「神様として、あの人の願いを叶えている真っ最中なのよ」

 最近は、会えていないからそれも停滞しているけれど。

「それは実に、神様らしくて良いことだ」

「でしょう?」

 外の道路を、風船を持った子供が通りすぎる。この辺りは少し静かだけれど、大通りまでいけばきっとにぎわっているのだろう。

「ねえ、あなたに聞きたいことがあるの」

 しばらく雑談を交わして、会話が途切れたタイミングでそう切り出した。

「俺の秘密に関することだね」

「……何度も、ごめんなさい。無理矢理話すことない、なんて偉そうなことを言っておいて、やっぱり私、どうしても知りたいって思ってしまうの」

「神様ならしょうがない。俺が君に話していない事実を知れば、もしかしたら何か突破口が見つかるかもしれないっていうのは、分かる。けれど、神崎さんはきっと絶望するし、失望するし、答えも見つけられないかもしれない」

「ええ。それでも聞くわ。それと、どんな真実があったとしても、その真実に絶望したとしても、答えが見つからなかったとしても、私は決して、あなたに失望したりなんてしない」

「……強気だね」

「その程度のことで、神様がこの町の人間を守ってくれている魔法少年を、見捨てるわけがないでしょう?」

「……ああ──それは、随分と神様らしい言葉だ。とても、救われたよ」

 大きく息を吐いてから、彼はぽつりぽつりと語りだした。

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