魔法少年ノクターン06 『約束』
◇◆◇
目を覚ますと、昼を大きく回っていた。お昼ごはんの時間どころか、もうすぐおやつの時間になろうとしている。
「まいったな、こりゃ……」
お隣の、いつも会社に遅刻している男性だって、こんな時間まで家にはいないだろう。目覚まし時計をかけた記憶はないし、そもそもいつもそんなものを使わなくても登校に間に合う時間に起きる事は出来ていた。
けれど、昨日は、昨夜は色々あった。最近睡眠時間も少なくなってきたので、体が限界を感じていたんだろう。
そう自己分析をすると、今日これからどうするかを考えた。今から学校に行くか。でも、こんな時間から言っても、もう後は帰るだけの状況になっているだろう。それだったら、今日は一日ゆっくりしているほうが良い。正直、死に取り付かれている三戸科さんと面と向かって話すことが怖いというのもある。自分のせいでもある他人の死から逃げているのだというのも分かっている。
それでも、俺は今日は休みたい気分だった。もうこんな時間なのだ。学校に今更のように連絡を入れる必要もないだろう。そう思ってもう一度布団に寝転がった。と言っても特にやることがあるわけでもない。つまり、暇なのだ。こんな時間はいついらいだろう。何もすることがない時間。目を瞑る。起きていると、色々と考え込んでしまいそうだった。だから、寝ることにした。
ああ、そういえば学校に連絡を入れていない。これでは、無断欠席になったしまう。でも、いいか。たまのサボタージュくらい、許してくれるだろう。
意識が沈む。
また、戻ってくる。
そしてまた沈む。
目を開けると、窓の外はオレンジ色に輝いていた。
もうすぐ夜になる。俺の、仕事の時間だ。ぐう、と腹がなる。そういえば、結局今日は朝から何も食べていないし何も飲んでいないのだ。冷蔵庫を開けると、フライパンと材料で簡単な料理を作る。今日は時間の流れが速いので、少し急ぎながら出来上がった料理を掻きこむと、着替えて外に飛び出した。
夜の帳は思ったよりも早く落ちた。鉄塔へと向かう道すがら、前方に黒い何かが現れる。その場で跳躍すると、民家の屋根に着地。右手に魔剣アブストラクトを出現させた。こちらに気付いているのかいないのか、黒い何かはその場に佇んでいる。アブストラクトを投擲する。そのまま中心部に突き刺さると、霧のように消え去った。アブストラクトを消すと、屋根の上を渡りながら鉄塔まで向かう。
鉄塔の上から町を見下ろしながら、昨日の事を考えた。自分でも驚くくらい、昨日の出来事が、感じた感情が。自分の中で色褪せていた。あれだけ悲しいと思ったはずなのに。あれだけ悔しいと感じたはずなのに。そのどれも、遠い過去のように感じてしまう。
その問題の遠い過去の事は一向に思い出すことが出来ないのだけれど。
これもまた、いつもの事だった。自分の身代わりになった誰かを見ても、数日後、速いときには翌日に。俺はその彼ら彼女らに対して抱いた感情を全て忘れてしまう。俺は、なんて薄情な人間なんだろう。そのたびに自己嫌悪に陥るのだけれど、それでもあの時ほど悲しいという感情はわいてこない。それは、見方によれば良いことなのかもしれないけれど。
その日は結局それ以上黒い何かがやってくることはなく、夜が明けた。
翌日の朝になると、精神的にも立ち直ることが出来た。……と言っても、まだ二日しか発っていないのだけれど。
学校に登校するなり、職員室に呼び出される。まさか魔法少年をやっていて……なんて事を馬鹿正直に言えるはずもないので、適当に理由を付けて謝っておいた。教室に入ると、真っ先に三戸科さんが目に入る。正確には、三戸科さんのすぐ後ろのじっと立っている、死。もうすぐそれが三戸科さんを包み込むのだろう、俺以外の人間――つまり魔法少年ではない、一般人のクラスメイト達にも、それらは見えているようだった。露骨に、三戸科さんを気遣うような態度を見せている。それは、午前の授業中も続き、昼休みの、例の会議になっても続いていた。。
急に三戸科さんをはずすわけにはいかないだろう。でも、もうすぐ死に迎え入れられる三戸科さんに、何か役割を与えても、それを達成する事はできない。三戸科さんは、それを分かっているようで、最低限の発言しかしなかった。
「ねえ」と、会議が終わった後、三戸科さんが俺の事を呼んだ。「演劇の練習に付き合うっていう約束だけどさ」
「ああ」
「ごめん、アレ、出来そうにない」
「……ああ」
「ほんと、ごめんね」
「……こっちこそ、ごめん」
「なんでそっちが謝るのさ」
三戸科さんはけらけらと笑った。彼女は知らないだけなのだ。彼女が死に取り付かれているのは、僕が原因だ。本当なら、今死が後ろに立っているのは、僕のはずだった。でも、僕はそれを拒んだ。
一瞬、全てを話してしまおうかと考えた。色褪せていた感情が再び戻ってきたような感じがする。魔法少年の事も、死の事も全て、話してしまおうか。そうしたら、俺は楽になるだろうか。
一方で、そんな事をしても無駄だという自分もいる。そうだ。そんな事を話しても、何にもならない。それどころか、恨まれるだろう。俺が、自分に向かってくる死を斬り捨てなければ、三戸科さんは生きることができたのだ。
「ねえ、最近、この町に神様がやってくるっていう噂、知ってる?」三戸科さんが急に話題を変えてきた。
「神様?」
「そう、神様」
もうすぐチャイムが鳴るというのに、三戸科さんは落ち着いている。
「なんだかね、女の子の神様らしいんだけれど、その神様に出会うと、願い事を一つだけ叶えてくれるらしいの」
そんな非現実的な、と言いそうになったが、よく考えてみれば魔法少年だって普通の人間からすれば非現実的だ。
「もし、出会えたら、私の後ろにいるこれも、どうにかしてくれるかなあ……って」
「……」
「ああ、ごめんね。なんか、愚痴みたいになっちゃった。いいの、忘れて」
「それは、無理だ」
「だよね」
たはは、と笑う三戸科さんと対照的に、俺は黙り込んでしまう。
「いいの、気にしないで。私はもう大丈夫だから」明らかな作り笑いで三戸科さんが言う。
「でも……」
「別に君は悪くないでしょ。私も悪くない。だから、これは運命なんだよ。抗えない運命。もう、受け入れるしかないんだよ。だからもう、いいの」
受け入れる、と三戸科さんは言っている。けれど、それは本心だろうか。俺が、魔法少年である事を言い訳にして自分に向かってきている死を斬っていることを正当化しているように、三戸科さんも、運命だと言って自分をごまかそうとしているのではないだろうか。
……だとしても、俺にはそれをとやかく言う資格はない。だから、ただ、俯いていることしかできなかった。授業のチャイムが鳴ると、三戸科さんと俺はそれぞれ自分の席に着席する。そのあとの授業は、まるで上の空だった。
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