魔法少年ノクターン05 『魔法少年』
魔法少年は、町を守るという使命から、自分にやってくる死を打ち払うことを許されている。
けれど、他の人はそうはいかない。自分の下にやってくる死を、甘んじて受け入れなければいけない。それが、この町のルールだ。そして魔法少年は、自分以外に取り付いた死を斬ってはいけない。それは、世界の均衡を乱すからだ。
だから俺は、目の前でもうすぐ死ぬと分かっている人間に対して、何もすることが出来ない。窓を閉めると、部屋の中は暗闇で包まれた。
夜が近づいてくる。早く準備をしないといけない。なのに、身体は動かなかった。町を守るために生きている。なのに、俺は死が目前に迫っているクラスメイトを救うことができないのだ。
これは、何度も感じている。これは、無力感だ。俺の所へ死がやってくるたびに、俺はその死を斬り捨ててきた。そして俺が死を斬るたびに、その死は俺以外の誰かの所へ行くのだ。
過去にも数回、俺の身代わりになって死が横を歩き、死んでいった人たちを見てきた。そのたびに、とてもひどい頭痛がする。本当なら死なずにすんだはずの人間だ。なのに、俺のせいで彼ら彼女らは死んだのだ。
なのに、俺は今日ものうのうと生きていて、町を守るためだといって魔法少年をやっている。
起き上がって、のろのろと外へ出る。俺の所に死がやってくるたびにこんな状態になっているようじゃ、この先やっていけないとは思う。それでも、どうしてもこれだけは慣れない。
俺の変わりに人が死ぬ。俺が、殺しているようなものだ。
食欲はまったく無いので、そのままいつもの鉄塔に向かった。と言っても、その足は非常にゆっくりだ。三戸科さんは今頃どうしているだろう。自分の死と、どう向き合っているだろう。
特に親しくしてきたわけじゃなかったけれど。学校での俺は、誰とも接しない人間だけれど。それでも、わずかな挨拶や。ちょっとしたワンシーンが。頭の中に過ぎってくる。今日練習に付き合ってあげると言った時の笑顔が。クラスの前に立って皆をまとめてくれた時のまじめな顔が。基本的に何もしない俺にも、ごくごくたまには声をかけてくれたことが。
どうでも良いことが、鮮明に思い出される。
少しずつ、早足になる。頭がガンガンしてきた。頭痛がひどい。この頭痛の正体は何だ?
もう、どうしようもない。それは分かっている。鉄塔へと向かう足は、段々と速くなってくる。走り出した。夕日は完全に東の空に落ちて、空には星が輝き始めている。
周りには人はいない。飛んで、屋根の上に着地する。
「あああ………!」
声が漏れる。どうしようもないんだ。これが俺の役割なんだ。そう自分に言い聞かせる。
「あああああああ……!!」
それでも、考えずにはいられない。もし死が俺の所にこなかったら。いや、そうじゃない。もし俺が、死を斬らなかったら。俺が死を受け入れていたら。魔法少年としての役割を放棄して、死と共に歩いていたら。
そんな事をしたら、町を守る人間がいなくなり、黒い何かが町を襲うだろう。分かっている。でも、もし俺が死を受け入れていれば、三戸科さんは死なずに済んだのだ。
屋根の上を走る。いつもの鉄塔の少し手前まできたところで、三時の方向に黒い何かが現れた。手に、魔剣アブストラクトを出現させる。
「はああっ!!」
黒い何かが現れるやすぐに斬りかかった。一瞬で、黒い何かは霧消した。
「はあ……はあ……」
屋根の上で、荒い息をつく。気配がして、後ろを振り向く。二体の黒い何かが現れる。
「うおおおお!!」
腹のそこから声を上げる。空いている左手に、もう一本の魔剣アブストラクトを出現させ、斬りかかる。黒い何かに詰め寄ると、右手の魔剣アブストラクトで、斬りつける。
もう片方の黒い何かが俺の脚を狙って攻撃を仕掛ける。左手のアブストラクトを足場に突き刺し、それに身体をあずけながらジャンプしてそれをかわす。左手を軸にしたまま、回転して、右手のアブストラクトを槍のように投げつけた。ちょうど中心部に突き刺さると、そのまま黒い何かは霧のように消えていく。
さらに、もう三体、俺を囲うようにして現れる。それらをじっと睨みつける。これは、俺の仕事だ。俺は、こいつらを消し去るためだけに生きている。そして、それは町を守ることになる。だから、俺は自らの身に降りかかる死をも追い払い、誰かを犠牲にして生きていかなければならない。
再度、自分にそう言い聞かせた。だから、これはしょうがないことなのだ。自分の代わり死と共に歩くことになった人間を見ているたびに取り乱しているようでは、この先やっていけないだろう。だから、心を無にしなければならない。黒い何かの攻撃が来る。飛んで避ける。後ろからも、黒くて何も無いような、槍。アブストラクトで斬り捨てた。黒い何かの中心部から生み出される触手の様な攻撃は際限なく繰り出されるが、魔剣アブストラクトで斬った箇所は、再生しない。
屋根の上に着地するとそのまま、後ろから攻撃してきた一体に向かって、飛ぶ。攻撃をかわしながら一気に中心部まで近づくと、アブストラクトで切裂いた。その隙を狙って攻撃してくる黒い何かの触手を剣でいなしながら二体目の中心部に一気に詰め寄り、切裂く。霧のように消えていく黒い何かを背に、三体目へと向かう。三体目は、攻撃を仕掛けてくることなく、じっとそこにただずんでいる。
たとえ攻撃してこないとしても、俺は現れた黒い何かを全て消し去らなければならない。決して油断はしないように、一気に距離を詰めた。中心部に剣を突き立てるまで、黒い何かは動かなかった。霧消すると、その場は一気に静かになる。黒い何かは元々声を上げたりなど音を出すことは一切しない。俺も、派手に音を立てて戦うタイプじゃないので、そこまで大きな音が出ていたわけではないのだが、なんとなく、改めて夜の静けさと言うものを感じている。
空を仰ぎ見ると、星が輝いていた。この町は、夜でも延々と明かりがついているような町ではないので、夜には星が良く見える。屋根の上に座り込むと、深く深呼吸をした。
大丈夫、落ち着いている。さっきの戦闘でストレス発散できた。そう無理やり思い込む。黒い何かを倒したところで三戸科さんが掬われるわけでもないし俺の気持ちが晴れるわけでもない。でも、こうやって強引にでも理由を作って納得しないとやっていけない。それが、俺が学習したことだ。多分、一生本当の意味で納得することが出来ないだろう。それも、なんとなく分かっている。
だから、理由が必要なのだ。
屋根伝いに鉄塔に戻りながら、考える。明日俺は、どんな顔をして三戸科さんに会えば良いのだろう。いつも通り接することが出来るだろうか。そもそも、普段から仲良くするほうではなかったけれど。でも、俺は彼女に演劇の練習に付き合ってもらうことになっているのだ。何度別の事を考えようとしても、結局はそう言うことを考えてしまう。
俺はどうしたら良い?
分からない。
どうしようもない。
それは分かっている。
結局の所、俺は、誰かに操られるだけの運命なのだ。
西の空が白み始める。夜が明ける。今日はもう黒い何かは攻めてこない。そう、俺は誰かに操られるだけの運命。帰り道、何度も同じ言葉を頭の中で繰り返した。
所詮こんな人生。どうせこんな人生。なんで俺が。どうして彼女が。誰がこんなことを。どうして……?
そうだ。どうして、俺は魔法少年をやっているのだろう。いや、そんなの決まっている。この町を守るためだ。
そうじゃない。どうして、どうして俺は魔法少年になった?一体いつから?誰にそのことを教えられた?誰かに言われたから?操られる運命だ。それはつまり操っている人間がいるのだ。それは誰だ?誰が俺に、魔法少年になれと言った?思い出そうとするけれど、どうしても思い出せない。頭の中に靄が掛かっているような感覚。でも、こんなのはおかしい。絶対に、何かあるはずだ。だって、俺は魔法少年なのだから。不思議な力を手に入れて、夜になると敵と戦っている。そんなものに、何もせずともなれるはずがない。それに俺はこの知識をどこで手に入れた?誰かに教わったはずだ。そうでなくてはおかしい。どんなことでも、人から教えてもらうことで知識となり経験となる。だけれど、それが思い出せない。
段々と、歩く足が速くなる。身体全体が、恐怖心で覆われる。
どうして、俺は思い出すことが出来ないんだ?チリチリと頭の片隅で何かが動いている。でも、それが何なのかは分からない。頭痛がしてくる。俺は、何か思い出してはいけ無い事を思い出そうとしている?何でだ?魔法少年として生きていく原因となったときの事が。俺の、本の少し前の記憶が、思い出してはいけない記憶だというのか?
だから、脳が思い出さないようにしている?一体、何があったというのか。自分の部屋に入ると、頭を抱え込んだ。頭痛はさらにひどくなっていた。
まるで、思い出すことを許されていないかのように、頭痛は激しくなっていく。過去の事を考えれば考えるほど、痛みは増していく。必死で別の事を考えた。今日の戦闘の事。最近唐乃介と話した内容。演劇の台本。それらを頭に思い浮かべているうちに、痛みは段々と引いていった。
「はあ……はあ……」
荒い呼吸を整える。何か、まずいことに巻き込まれているのかもしれない。もしも俺の記憶が何らかの方法で書き換えられているとしたら、それはどういう可能性がある?一体だれが何の目的で俺が魔法少年になった経緯を思い出せないようにしているのだろうか。
しかし、当然と言えば当然だが心当たりがない。どれだけ思考を深く広く張り巡らしても、思い当たる節がない。
「まったく……、なんでこんなことになってるんだか」
小声で呟いた。と、同時に体が限界を迎えていたらしくその場に倒れこんだ。せめて布団で、と起き上がろうとするが、どうにもそれも難しいらしい。諦めて目を閉じてみる。すると、俺の意識は、一瞬で、途切れた。
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