魔法少年ノクターン04 『影』

◇◆◇

 部屋に戻る頃には、朝日が完全に昇っていた。今から仮眠を取って、また起床して学校に行く。まったくもって不健康な生活サイクルだけれど、学校に行かない、という選択肢は無いので、これを続けるしかないのだ。時間の流れによっては、この仮眠をたくさんとれる日もあるので、慣れてしまえばそこまで辛いものでもない。

 今日は時間の流れが遅いので、余裕を持って睡眠をとることが出来た。学校にいる間は、魔法少年としてやるべきことは特に無いので、なるべく普通の生活をするように心がけている。

 普通の生活、というのは、特に素行不良で先生に目を付けられたり、不良グループに絡まれたり、面倒事に巻き込まれたりすることがない、一般的な高校生活のことだ。

 遅刻はしないし、授業はまじめに聞く。イベント事には非協力的でも協力的でもない中間地点くらい。

 そうやって、俺は棺ヶ丘高校で目立たない男子高校生をやっている。特に仲良くしている友達がいるわけではないけれど、話しかけられたら話題に乗るくらいの最低限の会話のキャッチボールは出来ている。

 もちろん、クラスの中にも学校中にも、俺が魔法少年をやっていることを知っている人間はいない。自分からべらべら喋るようなことじゃないし、注目を浴びるのは苦手だ。そうやって俺の学校生活は回っている。 

 学校が終わると、そこからは、またいつも通りだ。帰宅して、用事があればいつものスーパーで買い物をして、家で夜になるのを待つ。

 買い物には昨日行ったので、今日は学校から家まで直行だ。歩いていると、途中唐乃介に会った。

「よお、学校帰りかい?」

「そうだよ」

「お前さん、最近調子はどうだ?ここ数日ひどく疲れた顔をしてやがったから心配してたんだぜ」

 唐乃介の言葉は嘘百パーセントなので、適当に受け流すのが基本だ。そもそも、俺はいつも通りの日常を送っている。

「そうかな?いつも通りだと自分では思ってたけど」

「疲れがたまってるんじゃないのか?たまにはゆっくりと休めよ」

「うん、そうするよ。ありがとう」

「そういえば、あの子はどうなった?」

「あの子?」

「ほら、昨日の……」

 そういえば昨日、唐乃介が公園で少女が一人でいるって言っていた。あの唐乃介が嘘を言わないなんて、と驚いていてすっかり忘れていたけれど。今だって、そうだ。唐乃介が嘘を言っていない。というか、唐乃介が自分から質問をしてくなんて滅多に無い事だった。

「いや、どうなったと言われても」

「なんだ、相手してやんなって言ったのに」

「悪かったよ。でも、こう見えて俺も忙しいんだ」

「まあ、そうだろうな。お前さんは日夜この町を守るために巨大組織と果てしない戦闘を繰り広げているからな」

 一瞬、ヒヤッとする。そんなわけがない。唐乃介が、俺が魔法少年だと知っているわけが無い。そうだ。今のはいつものホラだ。

「そうだね。大変なんだ。だから、彼女のために時間をかけていられなくて」

「まあ大変なのは分かるけどよ。ちょっとは、そういったことに目を向けてみてもいいんじゃねえのかい?」

「うん。出来る限りこれからは頑張ってみるよ」

 唐乃介が去っていくのを見送ると、早足で自宅に戻る。今日は時間の流れが遅いので、急ぐ必要は無いのだけれど、なんだか心臓がどきどきしている。唐乃介のあの言葉が、あまりにも的確だったから。

 俺が魔法少年をやっていると唐乃介が知らずにああ言ったのは分かっているけれど、それでもやっぱり変に緊張してしまう。もし唐乃介が俺の正体を知っていてあんなことを言っていたとしたら?今まで散々嘘ばかり言ってきて、でもそれは俺を油断させるための罠だったとしたら?」

 なんでそんな事をする必要があるのだろう。決まってる。俺が毎日戦っている相手。黒い何かをこの町に嗾けているのが唐乃介だからだ。

「馬鹿馬鹿しい……」

 自宅の扉を開けて、呟いた。今の仮定が全て正しいとしたら、唐乃介が黒幕だということになるけれど、そんなことはありえない。もしそうだとしたら、さっき俺にあんなことを言うのは、俺に正体を感づかれかねないかもしれないミスになるからだ。

 どうも、人間というのは一度嫌な方向に考えてしまうと無限に妄想を広げてしまうらしい。このことは全て忘れることにした。

 時計を見る。まだ時間はある。窓を開けて外を見る。夕暮れに染まる町。と言っても、まだまだ太陽は空高くその存在を主張している。小鳥が飛ぶ。歩く通行人。そのうちの一人に、見知った顔がいるのに気がついた。

 あれは、三戸科さんだ。来乃瀬さんと一緒に委員長と副委員長をやっている、三戸科さん。今度文化祭で、俺の練習に付き合ってくれる予定になっている、三戸科さん。演劇部副部長の三戸科さん。

 その三戸科さんの後ろに、ぴったりと引っ付いて歩いている人影が一つ。

「……」

 じっとそれを見る。昨日、俺の所にやってきたのと同じ人影だ。人影は、三戸科さんにくっついて離れない。三戸科さんも、それがぴったりと後ろをくっついて歩いていることに何も感じていない様子だった。

「次は、三戸科さんの番、か……」

 本来なら俺の番のはずだった。しかし、昨日俺はあの人影が俺の元にやってきた時に魔剣アブストラクトで斬ってしまった。

 だから、三戸科さんが俺の代わりになったのだろう。

 これは、しょうがないことだ。俺は死ぬわけにはいかない。町を守るために。もし俺が死んでしまえば、町は黒い何かに包まれて存在ごと消滅してしまう。

 だから、誰かが俺の身代わりにならなければいけないのだ。

 それは、もう覚悟していたことだ。これまでも、人影が俺の所にやってきた事は何度かあった。そのたびに魔剣アブストラクトで追い払っている。そして俺が人影を追い払うたびに、別の人間が俺の身代わりになってきたのだ。

 じっと、歩く三戸科さんを見つめる。彼女は、どう思っているのだろう。自分の番が来て。

 自分の後ろに、じっとついてくる人影を見て。なにを感じているのだろう。

 彼女の友達は知っているのだろうか。彼女の後ろにあの人影がいることに。

 人影は、じっと何も言わない。

 窓の桟につく手に力がこもる。

 あれに取り付かれたら、どうしようもない。分かっている。三戸科さんも、分かっているはずだ。どうしようもない。

 あれは、《死》だ。

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