魔法少年ノクターン02 『住人』
もう既にちらほらと同じ学校の制服を着ている人がいる。と言ってもこの町には高校は一つしかないのだが。
俺の家から学校までは、徒歩で十五分くらい掛かる。その間ただ歩くだけじゃなくて何か時間をつぶせることを考えていたのだけれど、そもそも俺は毎夜黒い何かが来るのかどうか分からない状態で待っているのだ。無意味な時間を過ごすことには慣れている。
だから、通学中はただひたすら歩くことにした。学校で授業を受けている間も、俺は何も考えていない。もちろんちゃんと授業は聞いているし、当てられれば、回答を答える。
けれど、それはただ耳から入ってきた言葉を頭の中に入れて理解するというだけの作業だ。自分の意思で、何かを能動的に行うことは無かった。
そうやってひっそりと学校生活を送りたいと思っているのに、そう簡単には生かせてくれないらしい。誰とも喋らないで、ひっそりと時間をつぶそうとしているのに、なぜだか話しかけられることがある。提出物のプリントを俺だけだしていないだとか、文化祭をどうするかの会議に呼ばれたりだとか。
「悪い、数学のプリント写させてくれねえ?」
なんて事もある。そのたびに俺は、「ああ」とか「うん」とか言って、出来るだけ最低限の会話で済ましている。けれども、それすらも許されない場合もある。
「お前ってさ、運動とか得意?」
例によって今日も、文化祭の出し物について昼休みに俺を含めた数人で話し合いが行われていた。どうして俺がそれに参加しているのかというと、今日のお昼ご飯をどうするかを考えているうちにいつの間にか四時間目の授業が終わっていて、逃げ損ねたのだ。
「別に、普通……だと思うけど」
「そっかー、以外だな」
どこをどう見て俺が運動が得意だと思ったのか分からないけれど、そんな事を言ってくる彼は、確か朝音君だ。
「とりあえず、やる内容は決まったわけだし、後は誰が何をやるのかの役割分担だよね」
どうやら俺のクラスは、体育館のステージで演劇をやることになったらしい。確かにお芝居をやるのなら体力だって必要だろう。
「主人公は、朝音でいいんじゃないか?」
と誰かが言う。朝音君は、照れたような顔をする。
「それじゃあ、主人公は朝音君でいい?」
「ああ、僕もそれで良いよ」
「おいおい、俺はまだなんとも言ってないぞ」
「いいじゃん。やりなよ。きっと、ぴったりだと思うけど」
「まあ、別にいいけどさ」
今までの会議がどうだったのかは分からないけれど、比較的さくさくと決まっているように感じる。これなら、俺が何か口出しをしたりする事はなさそうだ。朝音君が、引き続き会議を進行させていく。
「それじゃ、他の配役も決めるか。ヒロインは……来ノ瀬さんはどうだろう?」
来ノ瀬さんとは、このクラスの委員長だ。とてもしっかりしているけれど、どこか天然なところもある、クラスの人気者。もちろん、反対する声は上がらなかった。
「それじゃあ、次は、子どもの頃に親に虐待されていて唯一信頼していた姉も死んでしまい絶望した人生を送っていたけれど、それから数年後運命の出会いを果たしてなんとか生きようと頑張っている青年役だけど」
一体どんな劇なんだ。高校生がやるには少し内容が重い気がするけど。
「お前、やってみないか?」
心の中で突っ込みを入れていると、突然に俺にそんな声がかかった。
「え?」
「お前、まだ何にも役割ないんだろ?やってみたらどうだ?この青年はイケメンって設定だからな。お前顔は悪くないし、いいんじゃないか?」
「いや、俺は……」
「大丈夫だって、どうせみっちり練習するからな。台詞は嫌でも覚えるようになるし、演技力だって皆で練習していけば、なんとかなるだろ。うちには演劇部副部長もいることだしな」
そう言って、朝音君は、一人の女子生徒を見る。彼女は、三戸科さんだ。このクラスの、副委員長。来ノ瀬さんと一緒に、このクラスをちゃんとまとめてくれている。演劇部の副部長とは知らなかったけれど。
「そうだよ、私も、協力するし」
「でも……」
それは、あまりよろしくない。そもそも俺は、目立つということがそんなに得意じゃないのだ。そんな俺が演劇だなんて。それも、中々に強烈なキャラクターだ。目立つこと必死だろう。
「まあ、お前はあんまり目立つタイプじゃないからな」
そう言ってくれたのは十条君だ。良かった。これで、なんとか役者になる道は回避できそうだ。
「でも、やってみると、意外といけるんじゃないか?それに、これも経験になるだろうし。なによりお前がやってくれないと矛先が俺に回ってきそうだ」
……と思ったけど、そんな事は無かった。どうやら、俺に味方してくれる人間はいないらしい。
「……分かったよ」
「よし、じゃあ決まりだ。それじゃあその相方の彼女役だけど……」
「それなら、私がやるよ」
そう言って挙手したのは、三戸科さん。
「私が相手役として、ちゃんと良い感じに練習に付き合ってあげる」
「おお、じゃあ、相手役は三戸科さんで決まりだな。お前もそれでいいか?」
異論があるわけも無いので、頷いた。恋人役として演劇部副部長が相手をしてくれるなら、少しはましな演技も出来るだろう。
「よろしく!」
笑顔を向けてくる三戸科さんに、曖昧に笑いながら頷いた。どうも、こういうやり取りは慣れてない。
「それじゃあ、次の役だけど……」
朝音君がそう言ったところで、予鈴が鳴った。
「時間か……。それじゃあ、とりあえずここまでだな。放課後も、会議をするかもしれないから宜しく」
「あ、俺は放課後は予定が……」
「お前いっつもホームルームが終わると真っ先に帰ってるからな。良いよ。大事な用事なんだろう?」
朝音君が笑いながら言う。こういう無理強いしないところが、彼が好かれている理由の一つだ。もちろん、彼も男女問わず人気が高い。
「ちょっとみんな、次は移動教室だよ?」
そう言って教室のドアから顔を覗かせた成原さんの言葉で、俺達は自分たちが危機的状況に陥っていることに気がついた。慌てて、授業の準備をしながら、教室を飛び出した。
昼休み以降の授業も全て終わり、ホームルームも終えると、校内は再び騒がしさを取り戻す。
「ごめん、俺、用事があるから」
「ああ、良いよ。その代わり明日の昼休みの会議には参加してくれよな」
「うん、分かってる」
朝音君達に断りを入れると帰宅した。放課後の予定とはもちろん魔法少年の仕事のことだ。と言っても俺の仕事は、夜太陽が完全に落ちてからなので、それまでの時間は暇な時間となる。その時間は、適当に町をぶらぶら歩いたり、さっさと家に帰って、時間まで寝ていたりする。
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