オブリビオン

藤本佑麻

魔法少年ノクターン

魔法少年ノクターン01 『黒い何か』

「生きたい?」と聞かれたら「生きたくない」と答えるし「じゃあ死にたいの?」と聞かれたら「死ぬのは怖い」と答える。

 そんな感じで俺は今、魔法少年をやっている。魔法少年と言ってもたいした事をしているわけじゃない。たまに町にやってくる悪者を倒したりとか、後は人知れず人助けをしたりだとか。それくらいだ。デスゲームに強制参加させられたりだとか果てには自分が悪者その人になってしまうだとか、そういったことはいっさいない。

 ただ町を脅威から守る。それだけが俺の使命だ。

 夜の町、丑三つ時。人々は眠りにつき、人の声はしない。無音。人の声どころか、何も聞こえない。夜。

 そんな町を見下ろすように、――実際見下ろしているのだが、俺は鉄塔の上に立っていた。魔法少年と言ったら鉄塔。もはやお約束だ。

 俺はここでこうして、悪者がやってくるのを待っている。悪者といっても毎日毎晩やってくるわけではない。連日やってくることもあれば、一週間やってこないときだってある。どうして俺が魔法少年をやっているかというと、そこはまあ大人の事情だったり子どもの事情だったりなんやかんやで色々とあるので割愛しておこう。

 今の俺の姿は私服。鉄塔の上に一人は少し寂しい気もするけれど、それでもがやがや喧しいところよりは良いので我慢する。

 はるか遠くをぼんやりと眺める。今日はもう何も来ないな……、なんてフラグを立てると悪者はちゃんとそれを回収しなければ気がすまない体質なのか、何も無い空間からが現れる。

 は、民家の上、上空にその姿を現すと、ぐにぐにと少しずつ形を広げていく。俺はさっと左手を振りかざした。何も握られていなかったはずのその手には、剣が握られている。

「ふっ……!」

 鉄塔から飛び降りて黒い何かへと向かっていく。こちらに気がついたらしい黒い何かは、形状を変えて、細長い触手のようなものを俺に向けてくる。その触手攻撃をかわしながら、本体へと近づいていく。剣に魔力をこめる。淡く輝く剣。

「はっ!」

 触手を避けて生まれた一瞬の隙を突いて、の本体へと一気に剣を振り切る。俺の攻撃には霧散する。これでひと段落。とりあえずが町に被害を及ぼす心配は無くなった。

 今日はこれからまたは現れるだろうか。一日に何体もやってくることもあれば、一日一体だけのときもある。

 規則性がまったく読めないので、こればかりはただひたすら待つしかない。再び鉄塔の上に立つと、町を見渡した。そのままただ時間だけが流れていく。ずっと立っているのもしんどいので、座る。そのまま、何かが起こるのを待つ。ただ一点だけを見つめて。

 ふと、視界の端が明るくなる。顔を向けると、朝日がちょうど昇ってくるところだった。また一つ夜が明ける。黒い何かは夜にしか現れないので、今日のお仕事はもうおしまいだ。

 鉄塔から飛び降りると、出来る限り音を殺しながら民家の屋根に着地する。振り向くと、太陽はもう半分以上昇っていた。段々と星が見えなくなっていく。

 段々と家に明かりがつき始める。早起きした人に見つからないように、民家の上を急ぎ足で移動しながら帰宅する。

 魔法少年の力で他人からは見えなくなる、なんて便利なことをやってみたいものだけれど、生憎俺の能力は一つだけだ。たった一つの魔法で、俺は黒い何かからこの町を守っている。

 誰にも見つからずに自分の家に戻る。家賃二万円ぽっきりのおんぼろアパートだ。玄関を開けると、昨日のうちに準備しておいたゴミ袋をゴミ置き場に置いてくる。途中慌てて飛び出していくサラリーマンとすれ違う。あの人はいつもあんな感じだ。時間が早いときも遅いときも、いつも慌てて出勤している。

「やあ、おはよう!今ちょっと遅刻の危機にあるから、また今度ね!」

 それが彼の口癖だった。今ちょっと、と毎回会うたびに言っている。ある意味、時間の流れというのは彼には関係ないのだろう。

 今日は時間の流れが速い日なので、急ぎ気味で朝食の準備をする。トーストにチーズとベーコンを乗せて焼く。出来上がる前に学校の準備をする。通学かばんに教科書と水筒を入れると、制服に着替える。女子の制服の構造を知らないのでなんともいえないけれど、俺が通っている学校はカッターシャツと学ラン、ズボンという簡単に着替えが出来るようになっているので、とてもありがたい。

 着替えが終わったところでちょうどトーストが焼きあがる。俺の家は新聞を取っていないしテレビもパソコンも無い。だから情報というのにはものすごく疎い。そして何より、時間の流れが遅いときの暇つぶしになるものが少ないのだ。

 まあ、俺は貧乏なので無いものねだりをしても仕方が無いのだが。

 今日の時間の流れは速いので、さっさと朝ごはんを食べてしまうと、かばんを手にとって外へ出た。

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