私アムゴッド
私アムゴッド01 『神様のいる町』
私は神様である。これは、比喩でもなんでもない。私は神様である。三度、言おう。私は神様である。
どういうわけか私には神様が標準装備しているであろう不思議な力が使えないし、特にこれと言ってものすごいことが出来るわけでもないけれど、それでも私は神様である。この話を皆にすると、誰もが「頭おかしいんじゃないか」とか「病院にいけ」とか「いやもう手遅れだ」とか「いい精神科を紹介するよ」とか「この町じゃそういった事件や病気は発生しないから精神科は少ない」だとかその他もろもろ色々言われたりする。
でも、私が神様じゃなかったら、なんだというのだろうか。一般的な女の子?それはない。多分、とかそういうのはない。絶対、ない。神様というのは、私の夢や野望ではなく、私を私として定義するときに必要なワードの一つである。
自己紹介の時は、
「名前は、神崎千尋。神様です。嫌いな食べ物は西瓜。好きな食べ物はアップルパイ。宜しくお願いします」
こんな感じ。名前も神崎で神の文字が入っている。ここまで来るといよいよ持って私が神様であるということの証明になるだろう。ここまで懇切丁寧に説明してもそれでも私が神様ではないと言い出す輩がいる。というか、そんな人間しかいない。だから、私は私の言葉をまったく信じようとしない彼ら彼女らの相手をするのを止めたのだ。もちろん、それは他の人間とのかかわりを絶ちたった一人で生きていくことを神に誓ったとかそういうわけではない(そもそも神は私だ)。つまりは、いちいち説明してやるのを止めたのだ。
言葉を持ってしても伝えることが出来ないのならば、行動で示せば良い。私の日ごろの行いを見て、「ああ、神崎さんは本当に神様だったんだ」と思ってくれれば、それでいいのだ。
皆からちやほやされたいという気持ちがないわけでもないが(本当に、ほんの少しだけだ)、私は神様なのだから、みんなの事を見守らなければならない。
そういうわけで、私は今中学生をやっている。つまりはどういうことかと言うと、中学生をやりながら、学生を見守っているのだ。年齢的にも中学生だし、丁度良いだろう。いざ問題が起こると、私がそれを解決する。それは、学内の問題だけではない。この、棺ヶ丘全域を、私は守っているのだ。神様として。
神様として、私は毎日早朝にパトロールを行っている。この棺ヶ丘では時間の流れが非によって変わってくる。一年三百六十五日ある中で時間の早い日と遅い日がまったく規則性なくやってきて、それでも結局、一年は八千七百六十時間に収まるらしい。
本当はパトロールは一日中やって、困っている人がいたりしたらすぐさま飛んでいって助けてあげたいのだけれど、教育機関によって中学生という忌むべき存在に縛り付けられているのでそういうわけにもいかない。どうも、高校の教師たちは私が妄言を吐いているとしか思っていないようで、私が
「神様として、困っている人間を見守らなきゃいけないんです!」
と言っても、呆れた顔か、もしくは考えるのを辞めた顔しかしない。
朝、いつものように歩いていると、前から唐乃介がてこてこ歩いてきた。
「よお、嬢ちゃん」
「あら、唐乃介。おはよう」
「嬢ちゃんは今日も無愛想だねえ」
「ありがとう、唐乃介。あなたも、いつも通り犬ね」
唐乃介はホラ吹きであるというのは、この町では周知の事実だ。
ホラ吹きというのは、周囲を楽しませる嘘をつく人のことで(唐乃介は犬だけれど)、嘘つきというのは、ただ単に嘘をつくだけの人だ、とこの前誰かから教えてもらった。
「嬢ちゃんも散歩かい?」
「いいえ。私は今パトロール中なの」
「ほう、そりゃあ立派なことだ」
「唐乃介も一緒にどう?」
「嬢ちゃん一人じゃ心配だからな。けれど、俺にはどうしてもはずせない用事があるんだよ。世界を救うなんて大それた用事じゃないけどな。俺にとって世界とドッグフードの次に大事なもののピンチなんだ」
どうせ、いつものホラだろうと思うことにする。唐乃介の話は、九割九分適当に返事をしていても問題ないのだ。
「そういえば嬢ちゃんは神様なんだったな?」
「ええ、そう」
「神様は、人助けをするもんだ。見守るだけが神様なんて言うやつもいるが、それは違うんだぜ? 神様は人知れず、民衆を守るもんだ。それが自分を信仰してくれていてもいなくても、誰彼構わず助ける。それが、それだけが神様に許された唯一の特権であり、存在意義なのさ」
唐乃介がこんなにぺらぺらと喋るところを見たところがないので、思わず面食らってしまう。この話のうち、どこまでが本当のことなんだろう? 基本的に唐乃介は嘘しか言わないけれど、一言一句全てが嘘偽りであるわけでもない。だから、この犬と喋っていると、ときどき分からなくなるのだ。
「それで、私に何かして欲しいことでもあるの? さっき言っていた、あなたのドッグフードの次に大事なものを助けるの?」
「いや、俺のことはどうでもいいんだ。この先に、公園があるだろう?」そう言って、唐乃介は尻尾で器用に道の先を示した。「その公園に、女の子がいるんだ。その女の子は、いつも一人なんだぜ?」
「女の子?」
「寂しいのは、嫌いだろう?」
唐乃介はそれ以上は何も言わずに、てこてこと歩いて行ってしまう。唐乃介が言っていた公園はすぐに見つかった。その隅に、仮面を被った女の子を見つけた。この子が、唐乃介が言っていた子だろう。
「こんにちは」
話しかけてみても、少女は反応もしなかった。
「あなた、名前は?」
これも、反応なし。名前も分からないのでは、これからこの子を呼ぶときには「ねえ」とか「ちょっと」とか「あなた」とか「少女」とか「君」とかそういった名前で呼ばなくては鳴らないのでとても不便なのだ。次に、本当にこの少女は寂しいのだろうかと思えてくる。本当に寂しいのなら、私の言葉に反応してもいいのに。
しかし、もしかしたら、寂しいのと同時に、恥ずかしいのかもしれない。誰かと一緒にいることが出来なくて、一人になって、そしてその孤独が寂しい。そして、長らく人と喋ることをしなかったから、恥ずかしい。そう考えれば、仮面をつけていることも辻褄が合う。
「大丈夫! 私があなたの孤独を救ってげるわ!」
そう言って、少女の手を無理やり取ると立ち上がらせた。
「……」
「あなた、お名前は?」
少しかがんで、もう一度名前を問う。視線を合わせようとすると、仮面の奥の瞳と目があったような気がした。
「大丈夫。私はあなたの力に成れる。だって──」だって、私は。「神様だから!」
その言葉に、少女は少しだけ反応したような気がした。
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