大人達の観察

 マシュマロテストの監視室。

 長方形の質素な部屋に、液晶ディスプレイが3台設置されている。そのうちの1台に、8人の子供達が映し出されている。


「なんで、あんなにすぐ仲良くなれるのかしらね」

「みんな初対面なんすか? 」

「うーん、大体そんな感じ。家が近所だったり、保育園が一緒だったりって感じ」女は手元のタブレット端末を見ている。


「あの太った子と、あの女の子は険悪な感じですよ」

「あの男の子は半蔵君ね。木元きもと半蔵君。女の子は三浦みうらねねちゃん」

「さっき、ギャン泣きしてた子は? 」

「あの子は、今、お母さんと一緒」

「参加できますかね? 」

「知らない」

「遅れてる子もいるんすよね? 」

「まだ遅れてるみたい」


 ディスプレイに女性の姿が映った。アシスタントの大学生だ。彼女は子供達の視線を集めている。

 

「じゃあまず、天宮あまみや蔵之介君と、クリス・バナード君ね」

「了解っす」

「蔵之介君は、市議会議員の息子さんね。クリス君のお父さんは、外資系の証券会社にお勤めみたいよ」

「そんな個人情報まで調べてるんすか? てか、その情報をあえて話す先輩の深層心理が気になりますけど」

「あらごめんなさい。私の家庭は、必ずしも裕福とは言えなくて、イナゴとか喰ってたので」

「あっ、始まるっすよ」


 ディスプレイの1つに蔵之介が、もう1つにクリスが映し出された。2人は、椅子に座り、目の前に置かれたマシュマロを見ている。



 テストが始まるとすぐに、クリスはマシュマロを食べた。

 一方で、蔵之介は、マシュマロをじっと見つめたまま動かなかった。


 

「クリス君はすぐに食べたっすね」

「なんか、中指立ててない? 」

「そうっすか? 」

「末恐ろしいわね」

「国民性みたいなものがテスト結果に反映されるんですかね? 」

「でもクリス君は生まれも育ちも船堀ふなぼりよ」

「船堀ってどこっすか? 」

「東京の右下」

「へぇ」

「蔵之介君は、15分待ちそうね」

「彼、動かないっすね」

「不動の蔵之介ね」

「なんすか? それ」

「通り名」

「なんすか? 」

「うるさいな」

「あっ、クリス君、出て行っちゃいますよ」

「あらほんと」

「とっとと済ませて帰りたいタイプですかね」

「それはあんたの試験に対するスタンスでしょ」

「そんなことないっすよー」



 15分が経過した。

 クリスは、子供達が集まっている控室へと移動し、大人しくしている。

 蔵之介はめでたくもう1つのマシュマロを貰った。ところが彼は、1つだけマシュマロを食べ、もう1つは手に持ったままだった。



「食べないのかしら? 」

「どういうことっすかね」

「たぶんだけど、お母さんとかにあげるのよ」

「まじっすか! おとこっすね」

「ちょっと前にもいたなぁ、そんな子。その子は妹ちゃんにあげたみたいよ」

「なんだか泣けてきますね」

「まぁもう、マシュマロテストの意味をなしてないけどね」

「あっそうすっね」



 蔵之介はマシュマロを手に持ったまま部屋を出て行った。


 続いて、ねねと半蔵が入って来た。

 ねねはマシュマロを早々と食べた。そして机に突っ伏してしまった。

 半蔵は、マシュマロを運んできた大学生と話している。



「無線っすよ」

「どうしたの? 」

『あの、この子、焼きマシュマロじゃないと嫌だって』

「えっ? 」

『焼きマシュマロがいいって』

「半蔵君がそう言ってるの? 」

「どうしたんすか? 」

『どうしましょう? 』

「うーん参ったな」

「なんかあったんすか? 」

「焼きマシュマロがいいんだって」

「焼きマシュマロ? 」

『私の手を掴んで離してくれないんですけど……』

「チャッカマンなら研究室にあるっすよ」

「それで、焼けるかな」

「やってみるっす」

「あっ、美羽みうちゃん聞こえる? ちょっと待ってて」


 しばらくして、1つのディスプレイに男の姿が映った。彼は焼いたらしいマシュマロを手にしている。それを見た半蔵は満足そうな顔だ。


 男が監視室に戻って来た。

「ねえねえ見て。ねねちゃん具合悪そうじゃない? 」

「さっき、速攻でマシュマロ食べてましたよね」

「うーん」

「眠いんじゃないですか? 」

「それにしては格好がちょっと不自然じゃない? 」



 マシュマロテストが始まって15分経った。

 半蔵は焼きマシュマロを2つ食べた。

 ねねはむくりと体を起こし、おもむろに口の中に指を突っ込むと、口の中からぐちゃぐちゃになったマシュマロを、取り出した。



「初めて見たわ」

「これって、食べたことになるんですか? 」

「微妙ね」

「ですよね」

「とりあえず、もう1つマシュマロをあげておきましょう」


 次の2人はアレクサンドラと桃子だった。



 アレクサンドラは、目の前のマシュマロをつついたり、マシュマロから遠ざかったりして、落ち着きがない。時折、匂いを嗅いだりもしているが、目の前のマシュマロには手を出さなかった。最終的に彼女は普通にマシュマロを2つ食べた。

 アレクサンドラとは対照的に、桃子は、すぐにマシュマロを食べた。



「アレクサンドラちゃんも、桃子ちゃんも普通ね」

「大体こんな感じっすよね」

「そうね。でも典型的過ぎて逆に怖いわね」

「あっ」

「どうしたの? 」

「桃子ちゃん、マシュマロ一個残してますよ」

「あら、ほんと。いらないのかしら」

「これって、なんか微妙じゃないっすか? 」

「もう一つマシュマロを貰えるということに魅力がなかったってことね。でもまあ、食べたってことは事実だから、食べたことにしておきましょう」



 続いて現れたのは、双子のミキとサキだった。二人は手を繋いで、同じディスプレイに映っている。


「2人で受けるパターンってあるんすか? 」

「しょうがないでしょ。引き離そうとすると、狂ったように泣き叫ぶのよ」

「一心同体ってことっすね」

「まあ、ミキちゃん、サキちゃんのそれぞれの結果ってことにしましょう」


 ミキとサキは、その後、15分待った。

 2人の目の前には、合計4つのマシュマロが置かれた。


「あー、1人の子が4つ食べちゃいましたよ」

「ほんと、困ったわね……」

「2人とも15分待ったってことでいいんじゃないんすか?」

「そうね。でも、なんかスッキリしないわね」



 最後は、大泣きしていた子供だった。その子はテストを受けたが、マシュマロは1つも食べなかった。



「あれ、食べないという選択肢もあるんですか? 」

「ない」

「どうしたんですかね? 泣きすぎて疲れたんすかね」

「わからない。でも、まあ、予定していた今日のマシュマロテストはこれにて終了ね」

「もう1人いるんじゃなかったでしたっけ? 」

「もう来れないって」

「へぇ、そうなんすか」

「後日、受けるかどうかも微妙ね」

「どうしてっすか? 」

「大学に来ると暴れちゃうんだって」

「登校拒否ですかね」

「もはや拒絶ね」

「じゃあ、データ1つ欠損ですかね」

「そうね、代わりの子がいればいいけど……」

「一応、9人のデータは取れたんでいいんじゃないっすか? 」

「ほんと、一応って感じだけどね」

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