ザ・マシュマロテスト

マゼンタ

子供達の会合

「こんなの見え透いてるよ! 」蔵之介くらのすけが息巻く。


 ここは大学のとある一室。広々とした部屋に置かれた長机や椅子は、全て子供用だ。


「監視カメラがあるね。大人達っていうのは、どうしてこんな残酷なことをするんだい? 僕たちが子供だからって、すぐ忘れるとでも思っているのかな? 」クリスも憤りを隠せない。


「みんな、落ち着いて」ねねの静かな一言。「まだ、決まったわけじゃないでしょ」


「僕が嘘つきだっていうのかいっ!? 」デブの半蔵はんぞうが唾を飛ばす。

「ハンゾーのことを疑っているわけじゃない。でも違う可能性もあるでしょ」ねねがハンゾーをなだめるように話した。


「その疑問を投げかける意味はなに?」アレクサンドラはすまし顔で尋ねた。彼女は、ドイツ人と日本人のハーフだ。「ハンゾーのママが、マシュマロテストがあるって言ってたのは確かなんでしょ? 蔵之介だって、予行練習したって言ってたし」



「ママぁーーーーあーぁ!! 」

 静かな部屋で、突然一人の男の子が泣き叫ぶ。

「ぁあーマ゛マああーー」空間にヒビが入りそうなその泣き声に、ねねとハンゾーは耳を塞いだ。

 


「泣かないで」1人の女の子が泣き叫ぶ男の子に近づき優しく声を掛ける。その子の名前は桃子、ちょいぽちゃでおっとりした日本人だ。


「マぁ゛ーマ゛ーー」

「あの子はだめね」ねねが溜息に混じりにつぶやく。

「そんなこと言わないでよ」桃子が厳しく咎める。優しい桃子は男の子をよしよししている。


「まだ自己紹介もしてないのにね」半蔵のデブ声。

「この時点で僕たちは試されてるんだよ」クリスがすかした。金髪でブルーの瞳を持つ彼は、幼くして既に、いけ好かないアメリカ野郎である。



 しばらく男の子は泣き叫んだ。

 その猛烈な泣き声に危険を感じたのか、お姉さんがひとり現れ、その子を部屋から連れ出した。手を繋がれ連行される男の子はちょっと嬉しそうだった。



 部屋に残った8人の子供達は、大人しく、その時を待った。どうやら、1人遅れているらしい。


 この後、子供達は取調室のような部屋へ行き、マシュマロと対峙する。安物の椅子に座らされ、これまた安いマシュマロを目の前に置かれる。


 そうして偉そうな大人がこういう。


「マシュマロを食べずに15分我慢したら、あとでもうひとつマシュマロをあげる。私は用事があるから出て行っちゃうけど、ひとりでお利口にしててね」


 こんな犬のような扱いに、子供たちは怒りを露わにしていた。


「どうにかして、大人たちのテストを滅茶苦茶にしないと」蔵之介は眉間にしわを寄せている。

「そうだね」半蔵は鼻をほじっている。「でもどうする? プラス5分で、もう1つマシュマロを貰うように交渉するとか? 」


「それじゃあ、あまりにも子供らしさがないでしょ。いきなり私達が、大人の言葉を駆使してネゴり始めたら、それこそ大問題。ちょっとは頭を使ってね」アレクサンドラが正論で半蔵を責める。

「そ、そこまでいわなくても……」半泣きの半蔵。


「今日は、10時のおやつも無かったし、もう1時だっていうのにお昼もまだ! 」ねねが怒り狂う。「やり方が汚いのよね! こんな空腹状態だったら、マシュマロでも何でも食べたくなるに決まってるじゃない! 」


「ねねちゃんは10時におやつ食べるの?」見た目からして食いしん坊な半蔵の声。

「いいじゃない別に」ぷい、とねねが顔をそむける。

「うちは10時半だよ。僕は、マシュマロより、白米の方が好きだなぁ」半蔵の顔がどこかにやけている。

「白米って太りにくいんだよ」ねねは目を細め、ぼそっと一言付け加える。

「あっ、いけないんだー。デブって言ったらいけないんだー。セクハラだー」半蔵はねねを指差している。


「なによ! このくされデブ! 言われて傷付くくらいならダイエットしなさいよっ! 」


 胸ぐらを掴む勢いのねねを桃子が抑える。「止めてよ、ケンカしないで」

「そうそう、ケンカしてる場合じゃない。みんなで、いい作戦を考えないと、大人達の思う壺さ」クリスの言葉はどこかきざったらしい。


「その通り。何かいい作戦を考えないと」蔵之介は片手で顎を掴む。



「今からみんなで狂ったように駄々をこねるっていう作戦は? 」ミキのかわいい声が聞こえた。


 かわいいミキは双子の妹と手をつないでいる。妹の名前はサキ。ふたりはお互いの顔をみて、くすくすと笑っている。


「それだと、この場はしのげるかもしれないけど、また別の子供達で同じテストをすることになるんじゃないかな? 」蔵之介が答えた。

「あっ、そっか。蔵之介君頭いいねえ」ミキが満面の笑顔でいう。


 かわいいミキに褒められて満更でもない感じの蔵之介。


「なにデレデレしてんのよ」ねねが蔵之介をじっとりと見つめる。

「別にデレデレなんかしてないよ」

「男ってやあね。かわいい子にちょっと褒められたぐらいで、鼻の下伸ばしちゃって」ねねが蔵之介をいじる。


「ひがむなよ」クリスの一言。

「ひがんでなんかないわよ」

「どうだか」肩をすくめるクリス。

「そうそう、さきちゃんはかわいいけど、ねねちゃんはそうでもないってことだよ」ハンゾーはまた鼻をほじっている。


 その言葉に、桃子とアレクサンドラがはっとした。


「てめぇぇ、もういっぺん言ってみろやあ、このくされデブがぁ゛あ゛ぁぁあ」

「ねねちゃん落ち着いて」桃子がねねの腕をとる。

「気にしちゃダメよ」アレクサンドラが必死に語り掛ける。

「ハンゾー君、謝って」さきちゃんがいう。

「今のはハンゾー君が悪いよ」みきちゃんがいう。


「ご、ごめんよ……、悪気はなかったんだ」ハンゾーが頭を下げる。女の子達の冷たい視線に、ハンゾーはたじたじだ。

 

「てめぇいつかぶっ殺すからな」

「ねねちゃん抑えて」桃子が優しくいう。

「ねねちゃんも蔵之介君に謝らないと」アレクサンドラがねねを見つめる。

「なんでよ? 」

「最初に蔵之介君に食ってかかったのはねねちゃんでしょ」


 アレクサンドラの正論に、ねねは俯き、これまでとは打って変わって小さな声で「ごめんなさい」と謝った。



「まあいいさ」蔵之介は明るくいった。

「雨降って地固まるってところだね」クリスがいう。

「その通り。これから、みんなでマシュマロテストをぶち壊さないと」


 蔵之介の言葉に誰もが頷いた。

 喧嘩していたハンゾーもねねも、みんな笑顔だった。



「みんな、それぞれ個性なり何なりを発揮して、マシュマロテストの結果を破壊するのがいいと思うけど……どうかしら? 」アレクサンドラが腕を組みながら発言する。


「どういうこと? 」クリスが前のめりに尋ねた。

「このテストに意味はないということをわからせてやるのよ」ねねの口調には、気合がこもっている。


「そうだね。大人達は、このテストの結果で、僕達が将来成功するかどうか占おうとしているんだ。でも、こんなテストなんかに僕達は縛られない。こんな胸糞悪い理不尽なテストは廃止すべきなんだ」蔵之介が語った。


 全員が真剣な表情を浮かべている。


「このテストで大人達が知りたいのは、僕達に理性が備わっているかどうかだ。でも、そんなのとっくに超越している。現にすれた大人達には理解できないコミュニケーション能力で、僕たちは語り合っている」蔵之介の言葉は大統領演説の様に、力がこもり熱を帯びていた。

「奴らに思い知らせてやるんだ。こんなテストで、僕達の将来なんて決して予言できないってことを。このまま、大人達に馬鹿にされ続けていいわけがないんだ」


 蔵之介の言葉に、アレクサンドラが続く。

「蔵之介の言う通り。これで、目的ははっきりした。でも、ここからは個人が作戦を考えないといけない。それがうまくいくかどうかは、みんなの戦術にかかってる」


 この言葉に、ある子供は頷き、またある子供は黙って下を向いていた。自分に合った作戦を考えているようだった。


「まぁ、僕は、焼きマシュマロが好きだけどな」

「ハンゾーは黙ってて」ねねがぴしゃりと言い放った。

「なんだよ……」半蔵はぶつぶつとなにか唱えている。

「私は高級マカロンの方が好き」桃子の一言。

「わざわざ高級ってつけないでよ」ねねは仏頂面をしている。

「マカロンってそもそも高級感あるよね」半蔵がぼそぼそと話す。


「でもそれは使えるかもしれないよ」蔵之介の鋭い眼光が半蔵をとらえている。

「えっ何? マカロンの高級感? 」半蔵が体を揺すりながら問う。

「違うよ。焼きマシュマロだよ。ハンゾーは、ごめんだけど、見た感じ食べるのが好きそうだから、焼きマシュマロでないと食べないって言えばいいんじゃないかな」蔵之介は真摯な顔付だ。


「それだと、みんなで駄々こね作戦みたいに、不戦勝と同じにならないかい?」疑問をていしたのは、クリスだった。

「いや、焼きマシュマロとか、マカロンとかに変えてもらえばいいんだよ。その子の好きなものなら、すぐにでも食べたくなるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。そういう要因が、テストの結果に含まれていれば、このテストは信ぴょう性が低いと大人達に認識されて、僕達の目的は達成できる」蔵之介が答えた。


「おぉ、なるほど」半蔵が目を見開いている。目から鱗が落ちたようだ。

「ミキちゃんとサキちゃんは? 何か考えた? 」クリスが双子に尋ねた。

「私達は2人で受けたいって主張するよ」サキちゃんは満面の笑顔だ。

「私達、いつも一緒だもん」今度はミキちゃん。

「それなら、個性を活かせるかもね」クリスが頷いた。「僕は見ての通り外人だけど、生まれも育ちも江戸川区だから、ハートは日本にあるんだよね」


「でも正攻法も大事。例外ばかりだと、テストの結果自体が無視されかねない」アレクサンドラが髪を払いながら言った。

「アレックスの言う通り、何人かは普通の結果を出すべきね。心の中では、このクソ野郎と思っていても、そこはこらえるべき」ねねは顎を高く上げている。まるで、女王様だ。


 ドアが開いた。

 大人の女が1人、部屋に入って来た。

 その場にいた全員が、女を見ていた。

 女は、僕達の顔を確認している。

 きっと誰かを探しているだろう。

「蔵之介君とクリス君はどこですか?」

 名前が呼ばれた。

 最初は、蔵之介とクリス。

 いよいよ、マシュマロテストが始まる。

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