ワンデイ・エフェクト

Jack-indoorwolf

第1話周回軌道

もしかすると人生の終わりにふと思い出すかもしれないほどの暑い夏。


ある女にフラれた俺は新しい女にその気にもなれず、一人でベッドに埋もれて、すでにこの世にいないミュージシャンの音楽を聴いていた。


Twitter で「熱中症で死ぬ奴は考えが甘い」とつぶやいたら炎上したと、ある友だちからline が届く。「大した才能だよ」と返信して俺はやっと起床した。


もう昼を過ぎている。料理をするのが面倒くさい。ゆで卵を作るだけで室内温度が上がりそうだ。俺は買い置きしておいた納豆3パックを全部一つのどんぶりにぶち込み、醤油、カラシ、なま卵で味付けして食べた。それを食べながらテーブルの横に置いたipadでamazonを開きカポーティの短編集を探す。


「本当に探すべきものは仕事なのに」


母親が生きていたら言いそうなセリフ。

俺はそのままYouTube でスーパーモデル、カーリー・クロスのポルトガルvlog、mimmamの双子モデルによる日焼け対策動画、サブリナ・クラウディオの新曲MVを立て続けにチェックしてまたベッドに戻った。


一体俺は何を探しているのだろう?


探し物が見つかるような気がして、俺は何気なくベッド横の飾り棚の引き出しを開けてみた。破損してるシャープペンシル、ダイス、壊れたスマホ、頭痛薬、ネット銀行のカード式トークン。暑いだけだ、何も見つからない。

引き出しを仕舞おうとしたとき、昔の職場の社員証が目に入った。


大学職員だったときの証。以前、俺は大きな大学で働いていた。職員と言っても事務職ではなく、俺がやっていたことは単なる雑用係。大学構内の照明、空調、水回りのメンテナンス。当時、俺は学生らがよりよい環境で勉強できるように働いていた。

それだけの話。思い出といえば、高校卒業したばっかのような奴らが、トイレで華やかな夜遊びの予定を笑いながら話し合っている最中、俺は詰まったトイレを直すべく、汚水まみれになって汗を流していたことくらい。あまりよい記憶はない。


そこで改めて気づく。先日俺は女にフラれたんだ、と。結局俺は無職のくせに女にアプローチしたんだな、と。無謀なことしたな、と。フラれて当たり前だ。


俺をフッた女はそれはそれはカワイかった。カワイイだけではない、骨のある女でもあった。つまり、男をいい気分にさせるのが上手で、なおかつ政治家の嘘を簡単に見抜くようなところがあった。一定数のアンチがいたのも魅力の一つだ。この女を理解できるのは俺だけだ、という勘違いをさせてくれた。

すべて終わっちゃったけどね。


時間が来たので俺は風呂掃除を始めた。

何も見つからない一日。探し物が何なのかさえ分からない一日。まったく前に進まない一日であった

備え付けのガスバーナーで冷水を温めるタイプの浴槽。それを洗剤で洗ったあと傍の水道蛇口から勢いよく放水する。湯船に溜まる水に激しく水道水が衝突する。水面が隆起ししぶきが飛ぶ。僕はそれに見入りながら、探し物が何だったか思いを巡らせた。


僕はそのまま湯船に満たされた水に吸い込まれそうになる。結局何もない一日が終わろうとしていた。弱い時流にさえも逆らえない自分であった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ワンデイ・エフェクト Jack-indoorwolf @jun-diabolo-13

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る