『君のために』
思えばこんな大人数でのショッピングは、あまり経験がなかった。
3階建てのモール内、開店直後とはいえ中々の人たがりでごった返すなか、楽しそうに騒ぐ学生の集団はひどく目立つ。
特に何か凝視されるわけでもないが、すれ違うたびにチラチラと見られるのは、気分の良いものではない。
かといって黙って回るのも、特段面白くなく。
周囲からのプチ注目を受け流しながら、エスカレーターで3階へと昇った。
3階には服や小物などを売ってるショップが、所狭しと競い合っている。
『絶賛セール中!』の看板を持ち、愛想の良い笑顔で客を引くそのサマは、まさに戦場そのものだ。
ああいうガツガツとした対応は、あまり好きではない。
もっとも、向こうも仕事としてやっているから、仕方のない部分はあるだろうが。
ともあれそんな戦場の只中を、僕たちはぶらりと見て回っていた。
「おいカズ、このアロハとかどーよっ?」
「いいやん! じゃあこれにサングラス合わせよーぜ!」
「黒塗りのなーギャハハッ!」
「うるさい男子! 目立つでしょー!」
「まーまー。せっかくの買い物なんだしさ……あっ! 可愛い服見っけ!」
「え、どこっ⁉︎」
──奔放である。
これが若気の至り、というものか?
正直、服やアクセサリーでそこまで騒げるのは、何ともハツラツだと思う。
生憎僕には、そのようなフレッシュさはない。
故に、皆からはぐれない程度に離れて、マイペースを保っていた。
恐らく地元で一番であろう品揃えを観察しながら、初めて見る品物を手に取っていると、
「夏貴くんっ」
弾むような声で、千冬さんが話しかけてくる。
瞳をキラキラと輝かせて指差したのは、
「あそこのショップ、コグマちゃんのグッズがありますよっ」
デフォルメされた子グマの商品が並ぶ、いわゆるキャラクターショップというやつだった。
壁や看板が蜂蜜色でデコレーションされており、全体的にポップな雰囲気を醸し出している。
そんなショップに集まっているのは、大体若い女性ばかりで。
置いてある商品も、マグカップやぬいぐるみといった雑貨系がほとんどだった。
服屋でひしめく戦場に、よく出店したなぁと感心する一方。
まさか、と悪い予感を覚える。
「私、コグマちゃんが大好きなんですよねぇ」
「へ、へぇー。そうなんですか」
「だから夏貴くん、一緒に行きませんか?」
「で、でも、女子のお店っぽいし」
「……ダメですか?」
しおらしく上目遣いをする千冬さん。
何を勘違いしたのか、その姿を見て、先ほど釘を刺してきた副委員長が睨んでくる。
ジトーっとした殺気、もとい視線を浴びて。
耐え切れず、僕は頷いた。
「……分かりました。一緒に行きましょう」
「わあっ……はいっ!」
千冬さんの楽しそうな声で、僕たちの動向に気づいたのか。
友人たちが「ヒューヒュー!」と冷やかしながら、温かい視線を送ってきた。
ますます周りからプチ注目を受ける。
気恥ずかしさでおかしそうになりながら、反対側のキャラクターショップに入っていく。
するとすぐに、千冬さんは嬉しそうな声を漏らしながら、子どものようにキョロキョロし始めた。
そうして初めに、ぬいぐるみのコーナーへと向かう。
コグマちゃんなるキャラだけでなく、猫や犬などのサブキャラの物もあった。
しかし千冬さんはサブキャラに目もくれず、ばっとミニサイズのコグマちゃんを手に取って。
光悦しながら、一言。
「可っっっっ愛いぃぃぃ…………っ‼︎」
──黒髪清楚系とは。
そう思いたくなるほど、人目も憚らずにポンコツ化していた。
いやまぁ、可愛い反応だとは思うけども。
ただでさえ浴びる周囲の視線が、少しずつ温かくなってきている気がする。
もはや羞恥心をもかなぐり捨て、千冬さんの隣にしゃがみ込んだ。
夢中になっている横顔に、ふと胸を高鳴らせる。
──コグマくん、好きなんだなぁ。
僕にはそういう、夢中になれるようなものはない。
皆がかっこいいと思ったり、可愛いと思ったりするものに、さして興奮した記憶もない。
故に羨ましくて、憧れる。
何であれ好きなものがあるというのは、とても素敵なことだと思う。
千冬さんがぬいぐるみを持ちながら、僕のほうを向いた。
そして満面の笑みで、ぬいぐるみの手を動かしながら言う。
「夏貴くん、どうです? 可愛くないですかっ?」
「……確かに。丸い目してて、背もちっこいですしねー」
「コグマちゃんは世界一のマスコットです! 私が保証しますっ」
「あはは、千冬さん落ち着いて。分かりましたから」
宥めようとして、ぬいぐるみの手を動かす指先に触れた。
そのまま軽く絡め、千冬さんの顔を見ると、
「っ……」
なぜか赤面して、驚いたように僕の顔を見つめ返していた。
予想外の反応に戸惑う。
慌てて絡めた指を解こうとすると、
「……待ってっ」
ぐっと強い力に押さえられて、全く動かせなくなってしまった。
僕たち2人の間だけ、時間の流れが変わる。
行き交う人々の声と足音が、まるで置き去りになったかのように聞こえる。
蒼色の瞳は少しだけ震えていた。
その震えがどんな感情を表しているかは、千冬さんの顔を見つめれば、何となく察する。
不思議なものだ。
短い間だが、向かい合ったり笑い合ったり、恋人らしいことはしてきたのに。
今さらお互いを意識して、恥ずかしがってしまうなんて。
本当によく分からない。
「……ご、ごめんっ、夏貴くん」
「いや……大丈夫。勝手に触ってすいません」
「い、いえ。こちらこそ……ごめんなさい」
徐々に力が弱くなっていく。
動ける程度にまでなると、僕はそっと指を解いた。
しかし僕はもちろん、千冬さんも、しゃがんだまま立ち上がることが出来ない。
お互いの瞳をチラチラと見ては、伏せて──ドラマでよく見るお見合いのような、そんな雰囲気になっていた。
──とりあえず、話題を変えよう。
そう思い立ち、「別のコーナーも見よう」と誘おうとした。
まさに、その時。
「──夏貴ぃー!」
チャラ男の声が届いた。
ばっと後ろを振り返ると、反対側のショップに皆が集まっている。
それぞれ、思い思いの買い物が出来たようだ。
皆の腕には、奇抜なデザインと色合いの袋が掛けられていた。
「そっちの買い物は終わったかー?」
「そろそろ昼飯にしてーんだけどー」
「あー、えっと……」
まだ終わってない、と言いかけた。
しかしすぐに千冬さんは、僕が初めて聞くほどの声量で、
「大丈夫です、すぐそっちに行きまーす!」
「おっ、そう? オッケー、待ってるねー」
「はーい!」
チャラ男にそう返事した。
いいのだろうか、まだ何も買ってないのに。
千冬さんの顔を見つめていると、にこっと微笑んで、
「皆さんを待たせてはいけませんから」
そう言い、両手で持っていたぬいぐるみを、元の位置に戻した。
そして僕の左手と繋ぎ、皆の待つほうを指差す。
「行きましょう、夏貴くんっ」
「……はい」
人混みを縫って駆け出す。
その歩調は合っていたが、しかし僕のほうに心残りがあった。
戻したぬいぐるみをちらっと見る。
それを僕はしっかりと、目に焼き付けた。
***
2階に降り、家族連れで賑わうフードコートでガヤガヤと食事を終えると、今度は映画館に行くことになった。
上映しているのは子ども向けのと、ラブコメ系が1本ずつ。
加えてアクション系が2本と、ホラー系らしきものが3本もあった。
ホラー多すぎだろ、と心の中でツッコミながら。
女子側の強い要望に友人たちが折れて、ラブコメ系のを鑑賞することになった。
もちろん、その決定に異論はない。
薄暗いシアターの階段を上り、指定した後ろの席に座る。
友人たちは全員ポップコーンを買っており、スタンドに容器を差し込むと、ひょいひょいと数口頬張った。
その美味しそうな顔を見てか、『ラブコメが良い!』と主張した女子が、
『私たちにも分けてよー!』
と、見事にシアター全体に響く声で不満を漏らした。
故に席替えが行われ、ポップコーンがシェアできるように、男女が交互に座るような形となった。
そして僕と千冬さんの席は、となったとき。
気を利かせてくれたのか、チャラ男が指を鳴らす素振りをして言った。
『お二人さんは端っこで、イチャイチャしててくださいよー』
続けて『ヒューヒュー』と小声で呟いた友人たちには、後日キツく咎めておくとして。
とにかく僕は、チャラ男からのアシストをありがたく受け取った。
かくして映画が始まり、数十分が経った頃か。
スクリーンに映っている物語は、気弱なメガネの主人公がいよいよ覚醒し、イケメンムーブをかまそうという場面になっていた。
女子は真顔で釘付けになりながら、ポップコーンを片手につまみ、無心で頬張る。
友人たちに関しては、まぁ、展開があまりにベタだったのだろう。すっかり寝ていた。
そんな中々に酷い状況で、千冬さんはというと、
「……ほぁぁぁ……」
欠伸ではなく、感嘆の息を漏らしていた。
「……す、すご……ふぁぁぁ……」
さっきまで手繋ぎしていたのに、壁ドンだったりハプニングだったりで急接近する場面になると、乙女のように口元を隠す。
視線もチラチラと、外しては見ての繰り返しで。
当然ながら顔は真っ赤っかだった。
誰もがベタだなぁと思っている展開に、ドップリと浸かっていた。
──そろそろかな。
映画に夢中になってるところだが、千冬さんに声を掛ける。
「千冬さん」
「ふえっ⁉︎ あっ……はいっ」
「ちょっとトイレ行ってくるので、皆にも伝えといてくれますか?」
「あっ、りょ、了解ですっ。ごゆっくりどうぞっ」
「行ってきます」
右手で軽く敬礼ポーズをして、千冬さんの前を通る。
そのまま頭を下げながら、他のお客さんの前も通り過ぎて、階段を軽やかに駆け下りていく。
シアターから出ると、映画館のエントランスの照明が眩しく感じた。
つい目を細めつつ、外へと走り出す。
エンドロールまでに間に合うかなぁと、ちょっとだけ不安に思いながら。
僕はエスカレーターで3階に昇った。
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