デザート好きな『偽』彼女!

 彼女をレンタルした、晴天の翌日。

 黒シャツと薄茶のジーンズでお洒落をした僕は、腕時計をしきりに見ながら、そわそわと周りを見渡していた。

 背後では噴水に戯れる子どもの遊び声が響いている。

 忙しなく通り過ぎる人や、ベンチに腰掛けたりする人など、多くの人が集まるここは、僕の住む街のシンボルだ。

 白鷺運動公園、噴水広場。

 これといった建築物のない田舎街で唯一、地元の誰もが知っている場所である。


 昨夜、レンタルした女子から連絡があった。

 ショートメッセージで『待ち合わせはどこにしますか?」と聞かれたのだ。

 思えばネットで知り合ったのに『会いましょう』の一言だけで、その人と出会えるわけがない。

 そういえばそうだよな、と納得して。

 僕はメッセージを送った。


『白鷺運動公園の、噴水広場とかどうでしょう?』


 女子の返事は快諾だった。


 そうして今に至る。

 小さい頃から何度も来たこの公園で、妙に胸を躍らせながら、約束の相手を待つ。

 左肩から右腰に掛けたショルダーバッグの中、スマホは音も振動も鳴らさない。

 いつ来るのだろう。

 広場にある大時計の針は、まもなく正午を指そうとしていた。


「────すいません」


 正午を告げるメロディーが鳴り響く。

 そのなだらかな音色も、どこか遠くに聞こえるようだった。


 柔らかな声のしたほうを振り向く。

 視線の先には1人の少女がいた。

 ワイシャツにブレザー、黒色のミニスカートという格好は、まるで学生服にしか見えない──というか本物の学生服で。

 写真以上の清楚さを醸し出しながら、首にかかるぐらいの黒髪ショートを、艶めかしく掻き上げる。

 ちらりと覗けたうなじや、腕や足の肌は白く。

 まるで作りたてのキャンバスのように、一切のシミや汚れが見られなかった。


 ──可愛い。


 まだ現代にも、こんなに透明な人がいたのか。

 もしかしたら僕は、とんでもない幸運に恵まれたのかもしれない。

 ほーっと嘆息しながら、つい見惚れてしまっていると、


「あの。大丈夫ですか」


 心配そうに声を掛けられた。

 はっと現実に戻ると、少女が下から僕の顔を覗き込んでいる。

 くりっとした蒼色の瞳に上目遣いされて、また飛んでしまいそうになったが──ぐっと堪え、頷く。


「す、すいません。その、写真より綺麗だったから、つい……」

「あっ……そうですか? そう言ってもらえるのは嬉しいです。ありがとうございます」

「……こちらこそ、ありがとうございます」


 何を言ってるんだ僕は、と内心悶えたが。

 外見は冷静を装って、ひとまず少女に提案した。


「じゃあ、どこか落ち着く場所で話しましょうか」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 そう言って少女は気さくに笑った。

 その朗らかな表情を見て、僕はさらに胸を弾ませた。


***


 白鷺運動公園内にはカフェが2店あり、そのうちの1店は超人気店だ。

 閉店まで長蛇の列が途切れず、さらには店の周りで記念撮影する人もいるほどで、中々人が掃かれていかない。

 それだけなら全然マシなのだが、買った飲み物の容器をポイ捨てしたり、容器の中身をぶちまけたり、挙句には写真だけ撮って商品はポイ──なんてことも多々あり。

 女子と落ち着いて話をする場所としては、全く適していなかった。

 故に選んだのは、もう片方のカフェだった。


「へぇー、色んなメニューがあるんですね」

「はい。俺のお気に入りの店なんです、ここ」

「なるほどー。確かに落ち着いた雰囲気で、素敵なお店だと思います」

「そうですか? よかったぁ」


 ウッドハウスの隅の席。

 ちょうど良く日差しの射し込むテーブルで、僕たちは向かい合って座っていた。

 クラシックのBGMが流れる店内には、ほとんど客がおらず。

 あまり人目を気にすることなく、少女のことを見つめることができた。


 少女はメニューを凝視している。

 何を食べようか、迷っているのだろうか。

 ここの常連としては、オススメしたい一品があるのだが──この子の好みを知りたい、という気持ちのほうが強かった。

 だから僕は何も言わず、先に注文するものを決めておく。


「……すいません、お待たせしました」

「あ、決まりました?」

「はい。えっと、そちらは」

「あー大丈夫です。もう決めたので」

「そうですか。じゃあ押しますね」

「はい」


 呼び出しボタンを押し、店員さんに注文した。

 復唱して確認すると、特に慌てることなく、静かに去っていく。

 こういう細やかな動作もまた、この店の雰囲気によく合っていた。

 改めて向き合い、口を開く。


「その、初めまして。俺は常葉とこは夏貴なつきっていいます」

「あ……こちらこそ初めまして。越藤えとう千冬ちふゆと申します。よろしくお願いします」

「お、お願いします」


 チフユさん──サイトに登録されていたニックネームと、全く同じだ。

 恐らく向こうも僕の名前を聞いて、同じようなことを考えているのだろう。

 挨拶したあと、すぐに会話が続かなくなってしまう。

 すると少女──千冬さんが話を切り出した。


「えっと、今回のレンタルについてですが」

「は、はい」

「夏貴さんは、どのような条件をお望みなのでしょうか?」

「えっと──」


 これまでの事情を余すことなく伝える。

 その上で僕は、千冬さんに依頼した。


「──だから千冬さんには、夏休みの間だけ、俺の恋人役を演じてほしいんです」

「……なるほど」

「その、レンタル料はちゃんと、1日ごとに払いますから。そのための金なら、ちゃんと蓄えてありますからっ」

「そうですか」


 千冬さんが可笑しそうに笑う。

 情けない独白をしたことに、数拍間を置いてはっと気づいた。

 顔がかあっと熱くなって、恥ずかしくなる。

 そんな僕を見てか、千冬さんが再び笑う。


「夏貴さんは正直者なんですね」

「いや……別にそんな事は」

「動揺してるの分かりやすいし、何より今、顔が真っ赤になってます」

「うっ」

「ここまで分かりやすいなら、疑う必要もなさそうですね。ちょっと安心しました」


 完全に向こうのペースで進む。

 女子に翻弄され、心の中があけすけになった自分が情けなく感じた。

 千冬さんが表情を変えず、続けて言う。


「夏貴さんの契約、お受けすることにします」

「えっ、本当ですかっ?」

「はい。私でよければ彼女役、喜んで演じさせていただきます」


 その返事を聞いて、心底ほっとした。

 これでひとまず、彼女がいるという嘘はバレずに済む。

 ここまでの流れで抱いた羞恥心も、どこへやらと消え去った。

 思わず天井を仰ぐと、また千冬さんに笑われる。


「そんなに嬉しいですか?」

「あ……はい。その、断られたらどうしようって、ずっと考えてたから」

「あぁ、まぁ確かに、普通の女子に頼んでたら失礼ですもんね。間違いなくドン引きされますし」

「そうなんですよ。だから大丈夫かなって……でもよかった。ありがとうございます」

「いえいえ」


 ほっと息を吐くと、注文したメニューがタイミング良く運ばれてきた。

 僕が頼んだのは100円のサンドイッチを2切れと、それより50円高いウーロン茶。

 そして、彼女が選んだ気になる一品は、


「えっ」

「えっ?」


 このカフェで一番高いデザートの、プレミアム抹茶パフェだった。

 そのお値段、驚異の3千円。

 ボリュームがあるとはいえ、一皿に使う金額としてはかなり高価である。

 故に注文する人をあまり見ないのだが──まさか頼むとは思わなかった。

 僕の呆気にとられた視線を浴びながら、千冬さんは不思議そうに首を傾げる。


「どうしました? 何か問題でも?」

「いや……問題ではないんだけど」

「もしかして、このパフェのことですか? 美味しそうですよねー、これ」

「あーうん。そうだね。とっても甘そうだよね」

「もう待ちきれない……ねぇ、食べてもいい?」


 千冬さんからの確認。

 僕に止める権利などあるまい。

 はいと頷くと、千冬さんは無邪気に蒼色の瞳を輝かせ、手を合わせた。

 そして「いただきまーすっ」と可愛らしい挨拶が飛び出たかと思った、次の瞬間。

 すぐさまスプーンを持ち、パフェを子どものように貪りながら、甘美な声を漏らし始めた。


「何これ甘ーい! んっ、んっ……んんーっ‼︎ 美味しー‼︎」


 ──清楚系とは何だったのか。

 第一印象のお淑やかさは崩壊し、すっかり今どきの女子高校生と化していた。

 やっぱり女子は皆、甘い食べ物が好きなのだろうか。

 それにしても千冬さんの食べっぷりは、中々勢いが良くて、見てて清々しくなってくる。


 サンドイッチをかじりながら、僕は千冬さんから目を離せなかった。

 整った顔立ちが喜びを爆発させている様子は、一緒にいる僕をも嬉しくさせる。

 何とも不思議な気分だった。

 感情を共有しながら食事するなんて、初めての体験だった。


「んっ……あーっ! 抹茶サイコー‼︎」

「……ゆっくり食べてくださいよ?」

「分かってますって♪」


 気遣うと、右目でウインクされる。

 そのあざとい仕草が可愛すぎて、何だか細かいことがどうでもよくなってきた。

 とりあえず頭の中に刻むことにする。


 越藤千冬という彼女は、スイーツがとても好きな女の子だ。

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