ep.02 過去の話


 初めて車で夜に外出したとき、空に浮かんでいた月を怖がったのを今でも覚えている。

 夜、基地を移動するときに車の中で見たあの三日月を。


「きょーかん、月が付いてくるぅ」

 車の中から見る月はいつまでも位置が変わらない。小さい私は何を思ったのか付いてきてる、と勘違いして、教官にくっついて離れない。

「あぁ、そうだね。綺麗な三日月だ」

 教官は私の頭を優しく撫でながら、笑顔でそう言った。


 

 ***



「ごめんなさい、さっきは急に泣いたりして」

 昼食をとり、茜は今学校を巧達に案内してもらっている最中。

「穂原さんって涙もろいって言うか、なんと言うか、素直?」

「だねぇ。素直なのは良いことだよ」

 巧と悠莉に素直と言われて茜の顔に薄い赤色が現れる。

「そ、そこまで素直って言わないでください。は、恥ずかしいです」

 頬を赤くし、困った顔をする茜を見て、悠莉と恵美は口角を上げて、まるでたまらない、という顔を輝かせて。

「やーん!穂原さん可愛すぎでしょぉ!」

「ヤバイ、すごい私好みなんだけど。穂原っち今日ウチ来る?」

「んひゃあっ!櫛永さん栗山さん、どっ、どこ触ってるんですか!?」

 茜に近づき、身体に触れる悠莉と恵美。そして、その行為でさらに顔を赤くする茜。──あ、決してエッチなことはしてないですよ?ご了承を。

「スキンシップだよ、穂原っち。反応も可愛いね」

「な、なんか栗山さんのキャラ違わないですか?」

 構わず茜に触れる女子2人。そして、その光景をまるで高貴なものを見るような目で見つめる男子2人。

「智、これは神からの贈り物か?」

「そうだな巧。きっと日頃の良い行いが報われたんだ」

「「神に感謝」」

 そんなこと言ってないで助けてください。と思う茜。

「も、もう昼休憩終わっちゃいますから!案内の続きお願いしても!?」

 その言葉を聞くなり悠莉と恵美は茜から手を離す。今いる階の廊下にはチラホラ人が見受けられるが、幸いどの人も話に夢中でこちらを見る人はいない。

「ごめんごめん。残りはこの階だけだから」


 ─────


「この階の教室、空き教室ばっかりですけど」

 今茜達がいる階───2階は空き教室ばっかり。

「ここはね、移動教室で使ったり、あともう少しすれば文化祭の準備で使ったりするよ」

「去年までは戦争があってやってなかったけど、今年からやるって───あ、ごめん」

 うっかり戦争という言葉を口から出してしまった智は慌てて茜に謝る。

「気にしないでください。気を使わせるのは申し訳ないので」

 笑顔で答える茜。

 何やってんだ、という顔を智に向ける3人。

「良いですね、文化祭。軍にあった資料でしか見たことないから、楽しみです」

「軍にそんな資料なんてあるの?」

 軍に関係の無い資料があることに違和感を覚えたのか、悠莉が質問を茜に送る。

「あ、えっと、《人型人形》を世話というか面倒を見てくれてた教官がいて、その人がなんでも資料くれたんです」

「終わった後のこと、考えてたんだろうね。優しい人だね」

「はい!とっても優しい人です!」

 顔にとても明るい表情を浮かべる茜に、巧達も自然に笑顔を浮かべる。

 戦争が終わった後も生活に困らないように尽くした茜達の親とも言えるその教官に対して、茜は心の底から尊敬の念を抱いているのだろう。そうでなければ生まれない表情だった。

「話は変わるんですけど、クラスの出し物はあるんですか?」

「あるよ!私のクラスはお化け屋敷やるんだ!」

「メイド喫茶やるんだっけ、巧のクラス」

 恵美の「メイド喫茶」という言葉に反応する茜は何かを考え始める。

 

 ────メイドキッサ?キッサは喫茶だろうし。メイド?めいどってなんだ?


「え、どうしたの穂原っち?」

 仏像のように動かない茜はどうやらメイドというものが分からないらしい。


 メイド。────ハッ!冥土!?冥土喫茶!?


 とんでもない勘違いである。

 

 冥土を考えると、茜はブルッ!と震え始める。

「!?えっ、何!?穂原っちなんで震えてるの!?」

「ほ、穂原さん!?」

「そんな危ない喫茶は私、でっ、できません────」

 両手で青くなった顔を覆い、目を見開いて、ずっと震えている。

 そして、予想外の茜の反応に戸惑う幼なじみ組は、茜が何か勘違いをしているのではないか、という疑問を浮かべる。

「ほ、穂原さん、何か勘違いしてない?メイド喫茶分かる?」

「へ?メイドキッサって冥土の土産的なヤツなんじゃ────」

「─────ぶふっ!」

 一同、大爆笑である。

 腹を抱えて笑う男子に必死に笑いを抑えようとする女子。目に涙を溜める程大笑いをしている4人を見て、茜はさらに困惑する。

「ぷふっ、め、メイドっていうのは、ふっ、お手伝いさんのこと、だよっ」

 笑いを堪えようとして堪えられていない悠莉が携帯の画面にメイドの写真を映し、茜にメイドを教える。

「おて、つだい、さん。────!ふぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 凄まじい勘違いをしていたと、やっと気付いた茜は先程とは正反対に顔を真っ赤にして、その場にしゃがみこむ。

 ────は、恥ずかしいっ。私何言ってるのぉ。

「ってことはさ、穂原っちのメイド姿見れるってこと?」

「確かに!見に行っちゃお!」


 そんな会話すら耳に入ってこない。無知って恐ろしい、と感じる茜であった。


 

 ***


 

 茜の学校生活1日目が終わり、帰宅の途につく。偶然にも、巧達4人と帰り道が同じで、バス停を降りてからも一緒に歩いていた。

「帰り道が同じなんてホントすごいねぇ」

「穂原さんの家ってどこら辺なん?」

「えっと、もうすぐで見えるコンビニの曲がり角を曲がって、5分程真っ直ぐ歩いたらウチです」

 茜がそう言うと、4人は立ち止まり、驚きを隠せていない表情をする。

 ゆっくりと口を開き、最初に言葉を発したのは悠莉だった。

「いやぁ、ウチの隣にも穂原さんって名字の人がいるんだぁ───」

「へぇ、私と同じ名字だ」

「隣の穂原さんはウチと同じ農家さんでね、玉ねぎ、人参、キャベツを育ててるんだぁ───」

 反応を伺うようにして茜の顔を見る悠莉の目には、昼間と同様に固まる茜が映っていた。

 木魚のポクポクという音が聞こえてきそうで。


「──────。ウチですぅっ!!」

 石化が溶け、肺にある空気を全て吐き出すように大声を上げる。

 まさかの茜と悠莉の家はお隣さん同士だった。

「櫛永さん、お隣さんだったんですね!」

「うん、すごい偶然だよ!」

 まさかの出来事に、次から次へと言葉の羅列が口から発せられる。恐らく4、5分はその話題だけで消費した。

 

「えぇ!じゃあ、穂原さんち行ってもいい?」

「大丈夫だと思いますよ」

 茜と悠莉だけの会話で決定してしまったが、他の3人も楽しそうな顔をしている。


 

 ガチャ、と玄関を開ける音がする。

「ただいま」

 茜の挨拶を合図にしたかのように、玄関に圭子が出迎えに来る。

「お帰りなさい───あら、お友達?」

 巧達を見るなり、圭子の顔が明るくなる。学校へ行く前に抱いていた不安を考えれば、そのような反応も当然だろう。

 そこへ悠莉が出てきて、

「どうも、圭子さん」

「悠莉ちゃん!同じ学校だったんだ!」

 悠莉の登場に、圭子は更に嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「そうだ、皆時間が大丈夫なら入って。お茶淹れるから」

 圭子は大歓迎だ。

 茜を先頭に、5人は玄関を通り、茜の部屋へと進む。

「ここが私の部屋です、どうぞ」

 部屋の真ん中にテーブル、隅には高い本棚、ベッド、低いクローゼットが置いてある。

「綺麗な部屋だねぇ」

 どこにでもある何の変哲もない部屋だが、基本的に好奇心旺盛な悠莉は茜の部屋に興味津々な様子だ。

 女子の部屋に来て楽しそうにする悠莉と恵美に対して、初めて会った女子の部屋に緊張する巧と智。

「お茶どうぞ」

 圭子が淹れた紅茶を飲みながら、談笑を始める。


 

 ────


 

「穂原っち、アレ何?」

 ふと気になったのか、恵美が談笑を遮って問いを投げる。

 恵美が指差したクローゼットの上を見てみると、そこには見慣れない機械が置いてあった。大まかに言うと四角い形状で、所々にここを押せ、と言っているかのような矢印のマークが施されている。

「軍にいた頃使っていた『ジェネレイトスキャナー』っていう機械です。もう使うことは無いですけど、御守りみたいな感じで置いてます」

「何に使ってたの?」

「────戦闘中に武器を造るのに使ってました」

 少し躊躇うように答える茜。要は、人を殺すための道具であるのだから、躊躇うのも無理はない。


 どこか気まずい空気が流れ始めた。誰も喋らない空間。それを切ったのは巧の言葉だった。

「穂原さんの、今までのことを知りたいな」

 楽しさの滲む雰囲気ではないが、優しい笑顔で、裏のない言葉。その言葉につられ、遊莉達も。

「そうだね、私も聞きたい」

「──────人殺しの話ですよ?それでも、ですか?」

「うん」

「人がいっぱい死ぬ話ですよ?」

「それでも、穂原さんのことが知りたい」

 茜の目をまっすぐな目で見る4人。嘘偽りのない目と言葉から、茜は心に決める。

「長くなりますよ、この話」

「うん、大丈夫」

 返答を聞くと、茜は大きく息を吸い、吐く。


「分かりました、話します」

 部屋の中に沈黙が流れる。


「───私は親の顔を知りません」


 

 ***



 目を開けると、そこには眩しい程に明るいライトがある。不思議と、目を瞑ろうとは思わない。

 身体の感覚が無くて、身体の方を見ても青いシートで隠されていて何も見えない。


 ここは何処だろうか───。

 確か私は「こじいん」にいて、知らない大人の人が来た。───それからは、覚えてない。


 瞼が落ちてくる。目を覚ましたばかりなのに。


『今度こそ、成功してくれよ』


 意識がなくなる直前、そんな声が聞こえた気がした。



──to be continued──

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DOLL's SMOKE @tonbo-shiki

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