河野

 昨日、一年ぶりに河野の姿を見た。いや、あれは本当に河野だったのかどうか今ひとつ確信は持てないのだが、多分河野だったと思う。三限の授業が休講で、特にすることもなかったので理学部棟の前のベンチに座ってぼうっとしていたら、河野が目の前を通り過ぎて行った。髪がかなり伸びていて、ひげもぼうぼうだったので、最初それが河野だと気付かない。しかしその切れ長の目、高い鼻を見て、河野だ、と思った。足どりは重く、無表情で、どこか人を寄せ付けない雰囲気だった。話しかけるのがためらわれた。

 河野とは一年のころクラスが一緒で、他のクラスメイトも交えてよく一緒に昼食をとったり、カラオケなんかに遊びにいったりした。河野は誰に対してもフレンドリーで、よく冗談を言って皆を笑わせた。その河野が、二年の後期から大学に現れなくなった。連絡もつかない。一度何人かの友達と河野のアパートに押しかけたこともあったが、どうも人が住んでいる気配もないようだった。河野と同じサークルの女の子に聞いても、何も知らないという。しばらくは、病気で実家に帰ったとか、放浪の旅に出たとか、いろんな噂が立っていたが、次第に皆河野のことを忘れていった。

 四限は授業があったが、あの無表情な河野の顔が頭を離れなくて、集中できなかった。授業後それとなく何人かに河野のことを聞いてみたが、「そういえばそんなやついたな」というくらいの反応だった。大学に戻ってきているのなら他にも誰か河野のことを見かけていてもおかしくない。やはりあれは見間違いだったのだろうか。


 結局、その後河野の姿を見ることはなかった。大学を卒業した今でも、河野がどうしているか気になっている。

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