笑う女
公園のベンチに座っていると、奇妙な音が聞こえてきた。文字で表すと、クヮッ、クヮッ、クヮッ、というのに近い短い音が、間を置かず、止むことなく鳴り続けている。何かの動物の鳴き声だろうか。音はだんだん大きくなる。どうやら何かが近づいてきているらしい。
やがて視界の端に若い女の姿が捉えられる。白いワンピースを着ていて、肩まで伸びたまっすぐな髪を振り乱しながら上半身を小刻みに震わせている。顔は見えない。その女が音を発しているのだと気付くまでに、五秒ほど時間がかかる。
女は不規則な歩調で歩いている。しかし千鳥足というのではない。足どりはしっかりとしている。音は確かにその女の方から聞こえてくるのだが、一体それがどういう音なのかまだよくわからない。女はゆっくりと野原の真ん中にある木の方に向かっていき、そこにたどり着くと右腕を伸ばし、木に手をついた。
一瞬女の顔がこちらを向く。どこか引きつった笑みがそこには浮かんでいる。あの音は笑い声だったのだ。
その女のほかには、あたりに人影はない。女はこちらのことなど気にも止めない様子で笑い続けている。多分頭の病気か何かなのだろう、と私は結論づける。際限なく笑い続ける統合失調症の人の話を、前に母から聞いたことがあった。私は女から目を離すことができない。
やがて女は木から離れ、相変わらず大声で笑いながら、来た道を戻っていく。やはり不規則な歩調だ。女が視界から消えたあとも、笑い声はあたりに響き続けている。それが完全に聞こえなくなるまで、私は耳を澄ましている。そしてあたりに晴れた日の午後の静寂が戻ったとき、私はベンチから立ち上がって家路につく。
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