4.AIAIAI

「君はインターネットの女の子になったんだにゃ」

 猫耳の少女がまじめそうなトーンで言う。やっぱりおじさんの声だ。

「はあ。私は死んだわけではないんですか」

 あっけには取られていたものの、どこかはシラフなので聞きたいことはちゃんと聞いておく。


「肉体的にはもうダメになっちゃった。でも異常なまでの生への執着と承認の欲求によって君の魂は未練の残る場所に取り憑いっちゃったんだな」

 このおじさん、取ってつけたような安っぽい語尾をもう忘れているな。キャラに一貫性が無い。人間らしくて好きだな。なんて考える。


「つまりは君の魂は地縛霊になった。インターネットに取り憑く悪霊さ」

「インターネットを守る精霊としては君を除霊しなきゃいけない。だけど君をそうするのには手間がかかりそうだ」


 前置きが長い。私は今、中身がない長文のダイレクトメッセージを読まされているのかな。結論から述べろよ。いつも感じていた苛立ちが懐かしくて少し心地よい。

「つまりはどういうことなんですか。簡潔に話してください」


 少女?の話を箇条書きにするとこうだ。


・現在、インターネットではたくさんの新しい神様が産まれている。

・神様の維持には信仰が必要である。

・例えばキャラクターへの祈りなんかも信仰である。そこにあるのは0と1だけじゃない。

・私に信仰をあつめる手助けをしてほしい。素晴らしき素養というか前科があるから。

・具体的にはバーチャルライバーとして動画の配信活動をして再生数を稼いでほしい。


 丸目の少女は矢継ぎ早に言葉を続ける。

「もちろんただでとは言わない」

「十万人分の信仰、つまり心のチャンネル登録を集めてくれたら君の望みをなんでも叶える」

 どこかで聞いたことある謳い文句だなと思った。どのみち私には簡素な拒否権すらも与えられていない。


「例えばグチャグチャで大惨事な肉体を、最高に可愛い元の状態に戻して生き返ることも可能なんですか」

 念の為に聞いておく。


「もちろん」

 まるで嘘を吐く時の猫みたいな何かがそう言った。

「やります」

 私は一言で答えた。


 私は私を完璧な女の子として好きになることを決めたのだ。ダラダラと死んでる時間なんかない。完璧な女の子なら生き返りだってする。完璧なのだから。


「言い忘れたけどもう一つ条件があった。ごめんね。でも完璧な君には簡単さ」

 嫌な予感しかしない。

「君が君自身を好きになること」

 嫌な予感はよく当たるなあ!


 説明を終えると自称精霊はとっとと消えた。私は中学生の頃の制服を着させられていた。自分で言うのもなんだけどすごく似合っていたな。


 インターネットの人たちはインターネットをしていない時、どこにいるのだろう。いつかの私がぼんやり思っていたことだ。まあダメな現実を生きているんだろうなって当然の答えしか思い浮かばなかったんだけど。

 インターネットの女の子そのものになった今ではそれは違うとはっきりわかった。ネットに居場所を求めるような人間が現実で息をできるわけがないんだ。つまりはあれだ。現世は夢で夜の夢こそ真ってやつだ。君も私も。ダメなやつは百年前からダメなんだな。でも夜の世界は優しいんですよね。醜いものが見にくい。全て。夢で。ものすごく。濃い。


 転生特典としてスキルを一つ貰った。寂しさの周波数の近い人間にテレパシーのようなものを飛ばせる能力らしい。おお、転生モノっぽくなってきた!と嬉しくなって使ってみる。

「聞こえますか、今あなたのk・・・」

 話している途中の言葉が心の広告ブロック機能に弾かれて帰ってくる。おかえり。早かったね。うん。まあそんなもんですよね。

 この世界だと、一度口した言葉は承認されないとそのまま口の奥に帰ってくるみたいだ。慣れない感覚だ。でも慣れている感覚だ。やっぱり吐いてしまった。慣れたくもないな。と可愛い口を虐めた。


 やつれていた。僕はやつれていたんだ。息をする場所がない。本来なら人間は忘れていく生き物のはずだ。辛いことがあっても十年後にはああ、そんなこともあったねえとなんとなく美化した思い出にしてしまう化け物だ。辛いことは確かにあった。幸いなこともたくさんあった。成長すると言うのは無くしていくことなのだろうか。


 僕は思う。総ては確かにあったんだ。会ったんだ。想ったんだ。忘れらんねえよな。


 バカの飲み薬を飲んだ。具体的にはアルコールにアルコール。それにアルコールを飲んだ。空きっ腹に酒ってやつだ。頭がガンガンする。この世の全てに嫌われる。この世の全てが愛おしい。この世なんて知らない。全部知ってる。僕が君を知っている。存在してくれてありがとう。祝福の踊りを踊ろう。君とは誰だったのだろうか。幻聴が聞こえる。君の声が聞こえる。夜中のAMラジオから聞こえてくる知らない国の言葉のように微かな心地よさで。

「聞こえますか」

確かに聞こえる。返事をしたい。聞こえていると返事をしたいんだ。声の出し方がわからない。焼けた喉を虐める。


 辛酸っぱい感覚と共に声は途絶えてしまう。


 でも確かにわかった。インターネットの女の子はどこかでそれなりに生きのばしている。僕は彼女に確かに完璧に会ったことがある。冴えない物語のヒロインは存在する。もはや全てが夢でもよかった。ものすごく恋。或いはそれに似た信仰。


 聞いてくれよシスター。頭がてーへんなんだ。底辺から見える明かりは確かに美しかったんだ。あの子は姫だったのかもしれないし、僕は雛だったのかもしれないんだ。ダメんなって投降して、清楚に、美しく生きたいと思った。でもダメダメだ。クソザコなんだ。現実が海ん中みたいに感じた。呼吸がへたっぴになった。そしたらイルカみたいにかしこい女の子に息の仕方を、生き方を教えてもらったんだ。いつだってバーチャルなリアルはそこにあった。新しい自由が僕をみていた。

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