瞬きすれば違う世界
最初の・・いわゆる「仕事」が終わって、一応平和な生活がすでに2ヶ月続いている。あれから、一度も仕事はしていない。亮もヒヨリもだいぶこっちの世界に慣れてきたらしい。なんだか変な言葉だ。相変わらず亮はこっちの世界のいろんなものに興味を抱く。そして、こちらも相変わらずというか・・ヒヨリは未だに俺とはあまり喋らず、普段何してるのかわからない。季節は、冬になりかけている。真冬も目の前だった。
「最近寒くなってきたなー。こっちの世界の冬って、すごいんだろ?ボードとか楽しそうだな」
亮がわくわくしながら言う。
「何でそんな事知ってんだよ!てか、楽しむ気まんまんかっ!」
「俺だって、そろそろこっちに馴染んできたぜ?楽しむしかないだろ!」
俺はここの所ずっと亮といる。違和感なくこんな関係になるなんて思いもしなかった。今じゃ当たり前だ。今日だって、ここは亮の家だ。
「ネルもボード知ってるぞ!ネルも出来るのか?!」
『いや・・・お前は・・無理だろ!』
亮とハモった。
「えぇっ!ひどい。ネルだって・・出来るもん」
白い風船の上にある髑髏の顔が歪んだ。そんな風に毎日を過ごしている。
「本当・・なんか変な感じだ」
「ん?何か言った?」
「別に」
「あそ。・・・・あっ!そだ。週末ここらへん案内してよ」
「・・は?」
「俺こっち来てから、全然ここらへん見た事なくてさ。」
「は?」
「だから!この世界来て、すでに2ヶ月以上が経ってるわけ!そして、俺は未だに知らない事あるんだよね。俺のすごい好奇心は止められないんだ」
少年のように笑う。
「すごい好奇心・・。それで?どこ行きたいの?」
断ったってどうせ結果は見えている。
「いや、よく分からんからそこは蕪螺木に任す」
「なんだよそれ。俺だって、今まであんまり遊び廻ってたわけじゃないんだからな!」
「んじゃ、普段高校生が行ってるような所!」
「分かった」
「やったー!どこ行く?どこ行く?ネルはねー」
『お前は、無理だっ』
「なんでっー?」
またしても髑髏が泣く。
俺は家に帰って雑誌を引っ張り出した。
「連れてけって言ったってなー。俺だって本当に知らないんだぞ!」
まるで、彼女との初デートのプランを考える気持ちだ。まぁ、彼女なんていた事ないけど。
「彼女作っとけば良かったかな。・・・やっぱ、高校生が行くなら、ゲーセンとか映画館は外せないよな~あとは・・・ここらへんだと、動物園か?て・・本当にデートか!」
一人ツッコミも慣れてきた。
「いや!でも、あいつの場合は、ちゃんとプランを練らないと・・ダメだしきそうだしな!それは、ムカツク!」
まぁ、何とかなるか?それにしても、最近寒いな!俺は、鼻をすすった。そして、早めにベットに入った。
「はぁ、ついにこの日か~」
俺は、亮の家に向かいながら呟いた。亮に案内してと言われてから、少しいろんな所を調べてみたけど、結局よくわからず、この日を迎えてしまった。俺は、マフラーを巻きなおして、咳をした。亮の家の前に着くと、なにやら中から声が聞こえてくる。どうやら揉めているようだ。そして、思い切りドアが開いた。
「離せっ!あたしは行かない!」
「お前だって、こっちの世界見たほうがいいって!絶対楽しいって!」
「人間の世界なんて見たくないって!亮は、悠人と行ってくればいいじゃん!」
「そういう事言うなって!一緒に行こう」
「いーやーだー」
ヒヨリは、亮に腕を掴まれて必死でもがいている。
「おっ!蕪螺木!ちょうどいい所に。お前からも言ってくれ!」
「いや、俺は・・どっちでもいいけど・・ごほっ」
「ヒヨリが行かないなら、ネルが行きたい!」
白い風船が家の中からこっちを見ている。怖っ!
「ネルは行けないんだぞ!ヒヨリは変わりに行って感想文」
ネルが、ヒヨリの頭にキャップを被せると背中を押した。
「最近寒い。風邪引かないように気をつける」
ヒヨリは観念したように動きを止めた。
「わーかった!行くよ。もう」
キャップを被り直すと先にズカズカと歩き始めた。
「ほらっ!行くよ!亮、悠人!」
『・・・はいはい』
「行ってらっしゃい!」
ネルが手?を振った。
「それで?どこ行く?」
「とりあえず、映画館かな」
「俺、映画観た事はあるけど、映画館は行った事ないんだよな!」
「どこで映画観たんだ?」
「あっちの世界」
「・・・そう」
あっちとは、つまり死神の世界なんだろう。あまりにもかけ離れている世界に、俺は質問すらしなかった。そして、映画館に着くと、さっそく観る映画を決めた。
「俺、何でもいいよ。亮が決めて」
俺は、亮の隣にいるヒヨリも見たが、全く楽しそうにしていない。何でこんな事に。
「んー何にするかな。ヒヨリは何観たい?」
ヒヨリは無反応だ。しかし、亮は気にも留めない。
「これよくない?」
そう言って亮が指を指したのは、ホラー映画だった。俺にとったら、亮の存在がホラーなはずなんだけど。
「別にいーけど」
「これ!」
俺が言い終わる前に亮の隣にいる・・ヒヨリが言った。そして、ヒヨリが指さしているのは・・
「キツネの・・親子?」
俺はヒヨリを見たが、まるで真面目だ。まぁ、俺はいいんだけどね?いまいちこの子が分からない!
「んじゃ、これにするか!」
「えっ?いいの?」
「蕪螺木は嫌なのか?」
「別にいいけど」
「なら、早くチケット買おうぜ?もう始まるぞ?」
「あぁ」
ヒヨリは俺からチケットを受け取ると、先頭をきってホールの中に入っていく。
「何?あれ」
「ヒヨリ、カワイイだろ?けどな。ヒヨリには惚れるなよ?怖いぞ」
亮がくすくす笑う。なんだ、こいつ。ありえないから。
「俺達も入ろうぜ」
「あぁ」
俺達は“キツネの親子”という映画を観た。俺の隣に座るヒヨリは仏頂面で映画を見つめていた。そして、反対に隣の亮は一人でぶつぶつ言いながら観てる。どうやら館内が珍しいらしい。まぁ、初めて行くって言ってたしな。それぐらいははしゃぐか?てか、これからどうしようかな・・・と、そろそろ映画の内容がクライマックスかな。キツネの親子の感動の再会。
「・・くっ」
「?」
隣から声がした。ヒヨリはより一層顔が険しくなって、大画面を見つめている。なんで、ここでその表情?わからない。そして、映画が終わった。俺達は、映画館を出た。
「まぁまぁだった」
ヒヨリがまたしても先頭を切った。
「ヒヨリが選んだじゃないか」
「気安く呼ぶな!」
「何だよ!何か怒ってるのか!ごほっ・・言いたい事あるなら言えよ!」
「別に怒ってない。嫌いなだけだ」
「俺が」
「違う。いや、違わなくもない!」
ヒヨリが訳の分からない事をいう。亮は見かねたのか俺達の仲裁に入った。
「喧嘩しなーい。蕪螺木もあんま怒るなって。ヒヨリは、別にお前だけにこんな態度じゃないんだ!こいつは、人間が苦手だからさ」
「苦手なんかじゃない!嫌いなんだ!」
「んまぁ、そんな感じなんだ」
「だからって、俺に当るなよな!」
「別にあたってない!」
「だから、喧嘩すんなって!蕪螺木!何か食べようぜ」
「・・・そうだな」
俺は大人になるんだ。気にするな。よく考えたらヒヨリはもとから俺にはこんな態度だったじゃないか。今更怒る必要もないんだ。
「何が食べたいんだよ?」
「ここらへんなら・・あっ!あれ食べたい!」
「・・・アイス?」
「ダメなのか?」
亮がカワイ子ぶる。ヒヨリは相変わらずそっぽを向いた。
「いや、いいけど。・・・今、冬だよ?寒くね?」
「平気!」
あぁ・・そう。もうなんとでもしてくれ。
「わかった。買いに行こうぜ」
近くにあったアイス屋に向かった。そこには、すでに女の子の行列が出来ていて、どうやら人気らしい。こんな所でアイスなんて買った事がない。俺にとっても初めてだ。ヒヨリもおとなしくついてきて、珍しそうにアイスのケースを亮と眺めた。
「あれ?蕪螺木買わないの?」
「俺は・・いーや」
「甘い物嫌いだっけ?」
「普通に食うけど。今日は何か気分じゃないから」
「そう?うまいのに」
亮が俺を見つめた。亮とヒヨリはアイスを頬張りながら満足そうだ。さすがにヒヨリもうまそうだ。
「蕪螺木!次はどこ行く?」
亮が目をキラキラさせている。
「・・次は、ゲーセンかな。もちろん初めてだろ?」
「まぁな。こっちの世界のゲームか!興味あるな。早く行こうぜ。ヒヨリ」
亮は俺を押しながら、まだアイスを食べているヒヨリを急かす。急かされるがままに、俺は案内した。
「ここがゲーセンか!いろいろやろうぜ!勝負!」
はりきっている。ヒヨリも辺りを見回している。雑音に囲まれて俺はおかしな二人を見た。
「好きなのやってくれ。俺、休んでるから」
俺は亮とヒヨリを残して飲み物を買いに行った。
「さぁて、ヒヨリ勝負しようぜ!」
「いいけど、どれやるー?」
「お前の好きなのでいいけど?」
亮は余裕の表情を見せた。ヒヨリも不敵に笑う。
「あたしに勝とうなんて、亮でも早すぎるよ?」
そして、ヒヨリが選んだのは、銃でゾンビを撃つゲームだった。
『いくぞ!勝負!』
二人は銃を画面に向けた。その銃捌きはやはりというべきか・・素人の者ではなかった。あまりのうまさに周りにも観衆が集まってきた。二人はそんな喧騒をよそにどんどんゾンビを倒した。
「ふふ・・亮、二十体ほど遅れてるよ?」
「甘いよ、ヒヨリ。まだまだこれからだ」
なんとも楽しそうだ。そして、ラストボスまで辿り着き・・・二人ともハイスコア更新だ。
「さすが・・死神って感じだな」
「向こうでも、俺とヒヨリはよく遊んでたからな」
「ほとんどあたしの勝ちだったけどね」
「嘘つけ。半々くらいだろ!」
「そうだっけ?」
ヒヨリは知らん振りをした。
「・・おい、どうした?」
亮が俺の顔を覗き込んだ。
「何がだよ?」
「いや、何でもないならいーけど」
何が?俺に何かついてんのか。
「あっ!あれ、何だ?」
「どれ?」
亮の視線の先には、プリクラ機だった。
「あれは、俺もやりかた知らないんだけど・・」
「何するもの?」
ヒヨリがプリクラの機械を見つめる。
「写真撮って、それがシールになるんだよ」
「へぇーすごいな。やろうぜ?」
「マジで?」
「うん。別にいいだろ?」
「いーけど・・」
まぁ、本当にいいんだけど、俺にとっても初めてだし、このメンバーだし。俺達はプリクラの機械の中に入った。そして、すぐお金を投入する場所は見つけた。画面が光り、指示してくれる。
〈どのモードで撮るぅ?十秒以内に押してね〉
「どれにする?」
「んんーどれでもいいけどな」
「あっ!早く選べよ!時間ないだろ!」
俺達はあわあわとしながら手順を踏む。
〈カメラを見てね〉
「どれ見たらいーんだ?」
「たぶん・・これじゃない?」
俺は真ん中にあるカメラっぽい物をさした。ヒヨリは端っこから動かない。だが、顔では興味深々にカメラを見てる。
〈それじゃ、撮るね!〉
『あっ!』
俺達は何も準備をしないままカメラがシャッターをきった。出来は、まるでダメだ。ヒヨリが画面に入ってないし、亮は背が高くて、上のほうにいるし、俺に至っては、全く違う所を見ている。
「なるほど。こういう風になるんだ」
〈もう一枚撮るよ〉
プリクラの機械は俺達の事情を無視して、指示を続ける。
「ヒヨリはもっとこっち来ないと入らないだろ!」
亮はヒヨリを真ん中に引っ張った。
「いいよ!あたしは。ここで」
「それに、蕪螺木はもっと笑え!」
この中で楽しんでるのは、亮だけだ。
〈それじゃ、撮るね!〉
次は亮の気にいったらしい。ヒヨリは違う所を見てるし、仏頂面だ。まぁ、ヒヨリらしいといえば、らしいけど。俺はちゃんと画面を見ていたが、後ろから押されて、顔が半笑いだ。亮は少し屈んできちんと画面に納まっていた。亮は嬉しそうに眺めていた。ヒヨリも横からそれを除いた。
「悠人、変な顔」
「・・ほっとけ」
ヒヨリが意地悪そうにくすくす笑っている。
「蕪螺木」
「あぁ?何」
「やばい!・・俺、めっちゃ楽しい!」
「・・・そう、良かったね」
「なんだよ・・その言い方」
「別に。亮のために来たんだし、良かったよ」
「だったら、笑えよなー」
亮が俺の顔をつねった。
「おまっ!顔冷たいな」
亮がびっくりして俺を見る。
「ちゃんとマフラー巻いとけ!」
俺のマフラーを掴むとさらにぐるぐる巻きしてきた。
「バカは、風邪引かないのにね」
ヒヨリが悪態をつく。
「ヒヨリ、いい加減にしろって。もう喧嘩は終わりだ」
亮がヒヨリを嗜める。俺達は、次の目的地を目指すためにゲーセンを出た。
「うぅ!寒い。ごほっ」
俺は身震いすると、次の目的地、動物園を目指した。動物園なんて幼稚かと思ったが、この二人にとったら、初めてだし・・まぁいーか。それに、動物園なら小さい頃に両親と来た思い出が俺にもある。動物園は、この時期もって、休日なのに、比較的すいていた。
「おぉ!ここは動物がいっぱいいるんだな!」
「動物園だしな」
「どっか周りたいとこある?」
「・・自由行動!」
「へ?」
ヒヨリが勢いよく言った。
「いいでしょ?自由行動にしよ!またちゃんと集合するから」
ヒヨリが急かす。
「俺は、いいけど?」
「俺もいいぞ?ヒヨリは好きに見て廻りな。俺は、蕪螺木と回るし」
「え?亮は一人で行かないの?」
「まぁな」
単独行動好きそうなのにな。
「んじゃ、そうするか!その前にちょっとヒヨリいいか?」
「?何?」
ヒヨリと亮が少し話したかと思ったらすぐ別れた。内容は俺には聞こえなかったが。ヒヨリが一人で動物の方へ近づいていく。
「俺達も行こうぜ」
「あぁ」
俺と亮は近くの動物から廻った。どうやら向こうの世界――死神の世界にも動物はいるらしいが、こっちの世界とはまるで違うらしい。
「いいな。こっちの世界の動物は可愛い。あっちはな・・・いろいろいるんだ」
「へぇー向こうの動物も見てみたいけどな、俺」
「そのうち見れるさ」
俺と亮はそんな会話をする。
「本当に、蕪螺木って友達いなかったんだな」
「なんで?」
「だって、プリクラとか初めてだったんだろ?普通、友達とかと撮らない?」
「中学だってそれなりにいたさ!ただ俺が忙しかっただけで・・」
言葉に詰まる。
「あっ!でも、動物園にはよく来たな~両親がさ!動物好きで、俺も好きだけど。ここさ!触れ合い広場ってのがあって、実際動物に触れるんだ!」
「へぇ!触ってみたいな!行こうぜ」
「そうだな!ごほっ」
はく息は白い。天気はいいものの、空は快晴というわけにはいかなかった。なんというか・・俺ももう楽しんだらいいのかな。いつまでも諦めモードよりか、今を楽しんだほうが有意義な気がする。それに、ここは両親との思い出の場所でもあるしな。動物は好きだ。俺達は触れ合い広場の手前の休憩所まで歩いた。
「蕪螺木?少し休憩してから行くか?」
「疲れた?んじゃ、休んでいくか」
「俺、飲み物買ってくるわ」
亮が率先して買いに行った。なんだ、あれ?珍しいな。
「ごほっごほっ」
少しだるい。今日は寒いからだ。それに、たくさん動いたからだ。俺はベンチに座り、周りを見た。そして・・目の止まったのは、触れ合い広場にいるヒヨリだった。俺は目を疑った。まるで、見た事もないような笑顔で動物を触っている。最初は恐る恐るだったが、触れると分かった途端、動物達を抱き上げた。誰だ!あいつは!・・・なんで、動物には笑顔なんだ!俺は、ヒヨリに導かれるようにふらっと触れ合い広場に近づいていく。ヒヨリは俺には全く気づいていない。
「あんた・・何してんの?」
「!!悠人!いつから、そこに?!」
ものすごい慌てようだ。これも俺は見た事がなかった。
「何?もしかして動物好きなの?」
「だって・・だって、死神の世界にはこんなにカワイイ動物そんなにいないから!珍しかっただけだ!」
ヒヨリは顔を赤くした。・・・て、誰だ、これ。ヒヨリが普通の女の子に見える。
「あぁ!そうか・・」
俺は思わず声をあげてしまった。
「何?!」
ヒヨリはまだ顔を赤くして焦っている。あぁ・・そうか。ヒヨリはこういう子なんだ。キツネの親子の再会。あれは、我慢してたんだな、涙。気づかれないようにしてたんだな。思ってる事うまく伝えられないんだな。自分もそうだからよく分かってしまった。こんな所で、変な共通点を見つけてしまった。でも、それが俺は何だかとても嬉しく思えてしまった。気づかずに、俺は笑顔になっていた。そして、しゃがんで俺も動物を撫でた。気持ちよさそうに、俺に身を預ける動物をカワイイと思う。ヒヨリも隣におとなしくしゃがみそれを見た。
「カワイイな」
俺がヒヨリに笑顔で言うと、ヒヨリも照れながら、小さく答えた。
「・・・うん」
ヒヨリは俺と一緒に静かに動物を撫でた。多分・・明日からまたヒヨリは俺の事嫌いなんだろうけど、どうしても今の状況が嬉しくて、笑わずにはいられなかった。ヒヨリはこんな笑顔をするんだなて初めて知った。人と・・関わるのって、ちょっと楽しいんだな。
「そろそろ、亮が戻ってくる頃かな。戻ろうぜ」
「うん」
ヒヨリも俺と立ち上がった。そして、俺は急激に眩暈を感じて、ぐらついた。
「悠人っ!」
あっ・・・やばい、声が遠くに聞こえる。意識が遠のく感じがする。このままじゃ、地面と激突すると、やけに冷静に思ってしまった。
「蕪螺木‼大丈夫か?」
俺は地面にぶつかる事なくすんだ。変わりに、亮の腕の中だ。
「亮?」
「大丈夫か?お前な・・ちゃんと休んでろよ!何の為に人が休憩入れたと思って・・」
「え?なんで?」
「お前気づいてないのか?ものすごい熱だぞ!」
「悠人!ごめん!あたし気づかなかった!こんなに熱あるのに・・ごめん」
ヒヨリがまたしても今まで見た事もないような顔で俺に謝る。
「熱?」
「お前!今日ずっと具合悪かったんじゃないのか?」
「あぁ、うん、最近寒いなと思ってたけど」
「何で言わない!言わなきゃ、分からないだろ!それとも、俺に言う必要ないと思ってたのか!」
「そうじゃない。俺も風邪引いてたの気づいてなかった」
自分でもびっくりだ。
「悠人・・」
ヒヨリが心配そうに俺の顔を覗く。
「そんな顔しなくてもいいって」
俺は若干恐る恐るヒヨリに手を伸ばした。そして、頭の上に手を置いた。
「もう、いい。お前寝てろ。おぶって帰るから」
「いや、歩けるから大丈夫だって」
「ダメだ!」
亮が怒った。強引に俺を背中に乗せると歩き出した。ヒヨリは俺に自分の被っていたキャップを被せた。
「先に帰って、ネルに準備させとくよ!」
ヒヨリはそう言うと、俺の前から一瞬にして姿を消した。死神の力だろう。俺は亮におぶられて家を目指した。俺は、睡魔と闘いながら、亮と会話した。
「お前、アイス食べなかったのも、ゲーセンで休憩してたのも、全部具合が悪かったせいだろ!その時に言ってればこんな事にはならなかったのに。なんで、我慢してたんだよ!?なぁ、蕪螺木。あんま心配かけるなよ。・・人間は弱いから、どうやって接したらいいのか分からなくなる」
「・・心配したのか?」
俺はしどろもどろに答える。
「当たり前だろ。・・・お前らは簡単に壊れてしまいそうで、怖い」
「そーか。普通は具合が悪かったら、人に言うんだな」
「?・・今までどうして来たんだよ」
「誰に言うの?親は、言わなくても気づいてくれたから」
「・・・今まで言ってこなかったんだな。頼る人いなかったら、分からないよな。でも、つらい時は、つらいって言えよ。言っていいんだ!我慢なんてしなくていいんだ。俺が、一緒につらくなってやるから」
今までつらくなっても、誰にも言ってこなかった。言ったって、誰が助けてくれるんだろうと思った。弱音を声に出してしまったら、負けてしまうと思ったから。今まで両親以外で、こんなにも心配してくれる人はいただろうか・・。いや、いたとしても俺は気づこうとしなかった。俺はいつだって、自分ばかり見ていたから。
「・・・ごめん」
無償に哀しくなった。そして、嬉しくもなった。亮の背中に俺の涙が落ちた。こんなに自分の愚かさが嫌になったのは初めてだ。ずっと一人でも大丈夫だって思ってた。
「もういいから、寝てろ」
亮に言われるがままに俺は亮の背中で眠りに落ちた。
次に目を開けたら、亮の家だった。そして、傍らには、ヒヨリが一緒に寝ている。俺が起きたのに気づいて、ヒヨリも目を覚ました。
「悠人・・大丈夫?」
ヒヨリが俺の額に手を当てた。
「もう、熱はないな!よし!」
なんだ、これ。ヒヨリが別人に見える。俺も、ヒヨリの性格に気づいたから、前とは見かたも変わったが、どうやら俺にやっと・・慣れてくれたみたいだ。そう思うと、一緒に遊びに行ったかいはあるよな。冷静に分析している自分がおかしいが。ヒヨリが扉の方へ向かった。
「ヒヨリ!ありがと」
俺は思わず声に出した。ヒヨリはびっくりしてこっちを見ている。
「!!・・うん、元気になって良かった。また、動物園行こう」
いつものような悪態はない。まして、名前を呼んだのに、それについてヒヨリがキレる事もなかった。俺に笑顔を向けてくれた。ヒヨリはそのまま部屋を出た。
俺は何だかまた涙が出そうになった。が、悔しいので、上を向いて堪えた。
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