7 時子さん

 父には姉がひとりいる。

 はじめて直接言葉を交わした日、わたしたちが父に言われたとおりに伯母さんと呼ぶと、その人は顔をしかめて「あんたたちの伯母さんじゃないわよ」と言った。

 そのときすでに母はわたしたちを置いてどこかに姿を消していたから、彼女がそう言いたくなる理由はいやでもわかった。だからわたしも明里も、その人と会うときには「時子さん」と名前で呼ぶことにしていた。

 時子さんははじめのうち、わたしたちに当たりが強かった。母がいなくなって間もない頃は、わたしや妹が目の前にいても父に向かって、

「馬鹿じゃないの。自分の子でもないのにふたりも押しつけられて」

 そんなことをはっきりと言う人だった。

「もうふたりとも俺の娘だよ」

「そういう話をしてるんじゃないでしょ。あんたが損を被る必要がどこにあるっていうのよ」

「姉貴」父の声は、ほかでは一度も聞いたことがないほど鋭かった。「怒るよ」

 その剣幕に気圧されたようすの時子さんに、父は口調を和らげて、

「俺が、この子たちの父親になりたがったんだよ。ふたりとも、すごくいい子なんだ」

 そうきっぱりと言った。

 長い溜め息と悪態とを残して、時子さんは帰って行った。ドアの閉まる音がするなり、父は振り返ってわざとらしいくらい明るい笑顔を作った。

「さ、今日はカレーだぞ」

 腕まくりをして台所に立つ父が、無理をして何でもないようにふるまっているのは丸わかりだった。それでも下手くそな鼻歌や、玉葱を炒める甘いにおいは、わたしたちの不安をいくらか宥めてくれた。



「あのおばさん、きらい」

 その日の晩、布団の中で明里がささやいた。その頃はまだ部屋をカーテンで仕切ってはいなくて、わたしたちは布団を並べて眠っていた。そのころの明里はひどい甘ったれで、わたしの姿が見えないといちいち不安がったから(そんな時代もあったということを最近では忘れそうになるけれども)。

「時子さん?」

 こっくりとうなずいて、明里は布団の端をぎゅっと握りしめた。

 同意も否定もできなくて、わたしは黙った。

 もちろんわたしだって、あんなやりとりがあったばかりで、時子さんのことを好きになれるわけもなかった。それでもわたしのほうが、明里よりは少しだけものが見えていた。子どもの二歳差は小さくない。時子さんの言っていることはもっともで、父のほうが常識外れなのだということを、わたしはもう薄々とでも理解できる年だった。

 だからこそ怖かった。父が時子さんの『説得』で正気に戻って、わたしたちを捨てるんじゃないかということが。

「おかーさん、もう帰ってこないのかな」

 妹がぽつりと言って、これにもわたしは答えられなかった。

 心の中では、母が戻ってくることはないだろうと思っていた。だけど正直にそう言えば、妹が泣き出すのではないかと思ったのだ。

 母の置き手紙を最初に見つけたのはわたしだった。

 宛名は「浩二へ」となっていた。わたしたちへの手紙は残されていなかった。

 その父あての手紙は、茶封筒に無造作に折り曲げて入れられてはいたが、封はされていなかった。

 だからわたしは父にそれを渡す前にそっと中を盗み見た。手紙に書かれていた文章は、たったの三行だった。

 ――いい奥さんになれなくてごめんなさい。

 ――二人をよろしくお願いします。

 いつも奔放ではすっぱな口をきく母が、手紙の文面には敬語を使っているというのが不思議な気がした。癖の強い、間違ってもきれいとは言えない字。最後の一行には、

 ――必要と思ったら出してください。

 そう書かれていて、一緒に入っていた紙は離婚届だった。

 母の署名はすでに書き込まれていた。父がその後、それをどうしたのかは聞いていないが、とうとう出さずじまいだったのではないかと思う。

 いつまでもわたしが返事をしないで黙り込んでいるので、不安になったのだろう。妹はもぞもぞと寝返りを打ってこちらを向いた。

 そのうち帰ってくるよ、なんていう嘘はつけなかった。お母さんはわたしたちのことが邪魔だったんだよとも言えなかった。それで代わりに、

「姉ちゃんがいるよ」

 それだけ言った。

 お父さんも、とは、そのときには言わなかった。

 まだ一緒に暮らし始めて一年にもならなかった。たったそれだけの期間でも、父が良い人だというのはよく分かっていたけれど、それとこれとは話が別だった。いまは優しい父が、いつか変わってしまうのではないかという不安は、明里よりもわたしのほうが強かっただろう。



 けれどわたしたちの心配をよそに、時子さんやほかの人たちに何を言われても、いつでも父の返事は変わらなかったし、時子さんは時子さんで次第にあきらめがついたのか、だんだんと態度を軟化させていった。

 良くも悪くも裏表の少ない人なのだ。思ったことをそのまま口に出しはするけれど、別にわたしたちのことが憎いわけではなかったのだろう。それほど家が近いわけでもないのに、ぶつぶつ言いながらわたしたちに手料理を持ってきてくれることもあったし、栄養管理のおおざっぱな父の料理に、「育ち盛りの子どもがいるんだからもっとしっかり考えなさい」なんて小言をよく言っていた。

「弓香がもう中二? 中三だっけ? もういまさら子どもたちのことをとやかくは言わないけどさ」

 あるとき時子さんが溜め息まじりに父を叱った。「あんた、自分のこともちゃんと考えなさいよ。ふたりともいつかは独り立ちするなり、嫁に行くなりするんだから」

 その言葉にはどきりとした。

 実際のところ、父も、再婚を考えることがなかったわけではないのだろうと思う。娘には母親が必要なんじゃないかと考えていたような節があったから。

 でも結局、父が女性を連れてくることは一度もなかった。

 理由をあらためて聞いたことはないけれど、逃げた女の連れ子ふたりを育てているというのが、再婚のさまたげにならないわけはなかっただろう。

 それでもかまわないという女の人が、本当にいなかったのかはわからない。

 あるいは父のことだから、再婚してしまえば母がもうここに帰って来られなくなるとか、そういうことを考えていたのかもしれない。

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