第8話 回答
ハカセの家に着いたのは夜中の12時過ぎだった。いつもはただいまと言いながら玄関の戸をあけるけど、ハカセが寝ているかもと思い忍び足で家に入って行った。すると、リビングから光が
私はリビングの戸を開け、顔だけひょこっとだして、小声で「はかせ、ただいま」と笑顔で言った。ハカセは椅子に腰かけテーブルに肘をつき、
「あぁ、まいご帰ったのか。今日は遅かったな」
私に気付くと、ハカセは
「そうなの、大学でスピーチの準備を遅くまでしてたんだけど、帰り際にかたりに会っちゃって、話し込んでたらこんなに遅くなってしまったよ」
「かたり?あぁ、あの
ハカセは笑いながら、同情してくれた。
かたりは何回かハカセのお店に連れてきたことがあり、もう顔を知っている仲だ。2人が話してるところを見てると、どうやら気が合うみたいで、この前も楽しそうに『もしお店にテレビの取材がきたら』という
「最終バスに乗る直前まで話してくれてたよ。でもおかげですごく元気もらうことできたし、今日は大学に行って良かったかも」
私はかたりと大学で話していたことを思い返しながら、カバンを椅子に置いて、冷蔵庫からお茶を取り出した。ハカセに「飲む?」と聞くとうなづいていたのでコップを2つ用意し注いで持っていった。
「ハカセのほうはどうだったの?お店忙しくなかった?」
私は椅子に座ってお茶を飲みながら、今日の感想をハカセに聞いた。
「それなんだが…、実は用があって今日は店を3時に閉めたんだ」
それを聞いて驚どろいた。さすがに徹夜あけで働いてくれていたから、お休みは取った方がいいと思っていたけどハカセにしては意外だった。
「まいご、今日時間はあるか?話したいことがあるんだ。もちろん明日でもいいが、できれば今話しておきたい。でないと、俺は安心できずに寝ようにも寝れない」
ハカセがいつにもなく疲れた表情で私に話した。もうこんな時間だし私も明日の準備をしたいけど、ハカセのいつになく
「大丈夫だよ。」
そう言うと、ハカセは
「そうか、良かった。さっきまでまいごが早く帰ってこないかと時計ばかり見て待っていたんだ」
思っていなかった言葉に口元が
「そんなに私を待っててくれたの?ごめんね…、私がいけないんだ、私がモテすぎるから」
「…まぁ、そんなところだ」
私の冗談を簡単に受け入れるところを見ると、かなりまいっているようだった。お店を早く閉めたりと、今日はいつものハカセじゃないみたい。
「実は今日。午後からある仕事があったんだ。内容は簡単に言うと、土地の権利関係での
普段、お菓子やケーキを作ってるハカセしか知らないから、こういった弁護士ふうのセリフを聞くと
「話したいのはその仕事じゃなく、仕事の場所だ。実は今日行ってきたのは、まいごの地元の隣町だったんだ。タイミングよく昨日まいごの友人の話を聞いてたんで、そこで俺の
「え?私の地元に行ったの?なんで言ってくれないのよ!私が道を案内しながら一緒に探したほうが
私の地元に行くには車でもここから1時間ちょっとかかるはず。そんなところまで行ってたから、私が帰ってきたときひどく疲れてたわけだ。
「いや、これは個人的事情ってやつだ。べつに向こうでまいごや友人の名前を出したりはしていないから心配しないでくれ」
「それは別にかまわないけど…」
ハカセがよく何かを隠すことは知ってるけど、この件をお願いしたのは私なんだし、ねむりのことくらい全部話してくれてもいいのにと思った。
「今からその友人の探し物の件で話していきたいんだが、説明をしやすくするために、会ったことのないその友人を俺もねむりと呼んでもいいか?」
「ええ、好きに呼んで」
ハカセは変なところで
「昨日まいごからねむりの手帳を借りて読み、今日はねむりの地元まで調べに行ったが、おかげで多くの
私は息を飲んだ。昨日ハカセに話し、まさか今日までに見つけてくれるなんて夢にも思わなかったから、ホント?と言って驚いた。
「あぁ、見つけることはできたが、まだ完璧じゃない。ほぼ、というのは最後にまいごの確認を得る必要があるからだ。そこを理解しておいてくれ」
私はうなずいた。とうとうねむりが探していたものが何だったのか分かる時が来た。私1人では見つけることができなかったのは残念だけど、見つけられないまま終わるといったことは
「ねむりの手帳を読んで最初に注目したのは、ねむりが探し物を探している場所だ。商店街や街中、学校行事で言った直売所や、学校の中でも探している。その中でのポイントは学校だ。店で買えるものとなると特定するのは難しいが、学校となるとかなり
私はハカセの推理を聞きながら、自分でも少しだけ思考を
「学校で売店に売ってないもの…。それってお金では買えないってこと?学校に置いてある物って授業で使う用具とかいろいろあるけど、まさかそれらを買いとろうとしたの?ねむりが盗みをするとは思えないし」
「いや、買い取るなんてできないはずだ。まいご達がいた学校は
「自然にあるもの?」
私はもっと教えてとハカセに訴えた。
「草木花といった植物や土石や水といったところか。お金で買えないというよりはタダでも手に入るものと言った方がいいだろう。
一応生き物も手に入れられるだろうが、それだと直売所なんかで探すには似つかわしくない。」
そっか、それなら学校のどこかにあってもおかしくない。
「そして、次に注目したのがねむりが書いていた『もうすぐ探すことができなくなる』という言葉と、ねむりが探し物をしていた日記の日付だ」
日付…。そういえば日付なんて全然気にしてなかった。文章にばかり目がいってた。でも日付と探し物って関係あるのかな?
「最初日記を読んだとき、『もうすぐ探すことができなくなる』という言葉は、病気のため体力的に無理なのかとも思ったが、この探し物のことが最後に書いてある月から入院するまでに2ヶ月。体力的にあきらめるにせよ、そらから全く日記に書かれなくなったのに違和感があった。人に頼んで探してもらうことだって出来たはずだ。つまり、探せないのは、むしろ探し物自体が探せなくなる、無くなってしまうと考える方が
なるほど、ねむりは探すのを自分でやめたんじゃなくて、探し物自体が無くなりやむなくやめたわけね。
「じゃあ、探しものがある期間が決まってたってことね」
「そうだ、さっき言った自然にあるもので探せる期間が決まってる物という要件を当てはめると、ここでほぼ植物だと
植物か。それならねむりがお店で探していたのも納得がいく。
「ねむりが探し物をしていた日付は4月から6月。この期間に生える植物に絞られる。そして、最後に注目したのは『探すのに苦労しそうにない』という言葉と、ギリシャ神話の2点だ。日記に探し物がギリシャ神話と関係していると書いていたが、ギリシャ神話には多くの植物が出てくる。ハーブやオリーブや多種の花といったものが物語の
ハカセの説明を聞いて、どこにでもある花にしてはあまり聞き覚えのない花の名前だと感じた。
「カンパニュラ?ちょっと聞いたことがないけど、そんなどこにでも生えてる花なの?」
「カンパニュラは
「それなら、名前だけなら聞いたことあるかも。どんな花って聞かれるとこまっちゃうけど」
植物に詳しくない私は、花が好きなお母さんからときどき季節の花を教えてもらったりしてるけど、全部同じに見えて覚えられない…。
このカンパニュラだが、種類は300種と多く、
私はそれを聞いて驚いた。
「いくらなんでも、3年も前に誰とも知らない高校生が花を買おうとしてたことなんて覚えてる人いるの?」
「あぁ、そうだな。それが人口の多い都会ならそうだが、人の少ない町だと、近所のつながりで、花屋が知りあいの可能性もあると思った。しかも高校生が1人で花を買いに来ることはめずらしく、その子が亡くなったとなれば、誰かしら覚えているかもしれないと俺は考えた」
「うーん。それでも難しいんじゃない?人の記憶なんてあいまいで、花屋の人がこの花ですって言っても間違ってる可能性も十分高いと思うし」
私はめずらしく、ハカセの考えに
「確かにこの調べ方は正確でもなく
「確認する方法?」
「あぁ、それはまいご、お前自身だ」
私はハカセから急にそんなことを言われ、頭の中に『?』マークが浮かんだ。
「私?なんで私が確かめる方法になるの?」
「まいごは、ねむりが探していた花がどれか知っているはずだからだ」
ハカセの言っている意味がよく分からなかった。探し物が見つからなくてハカセにお願いしたのに、私が知ってるはずないじゃない。いったいどういうことなの。
「ちょっとまって、ハカセは何か
ハカセは首を横にふった。
「いや、知っているはずだ。まず、この花だが、ねむりは花を見つけることができていた」
私はハカセの言っていることが理解できない。
「ねむりが花を見つけてたって、どうしてそんなことが言えるの?そんなのねむりに聞かないと分からないじゃない」
必死になんでという思いをハカセにぶつけた。
「いや、見つけたことはまいごにちゃんと話してたんだよ。言い方は違うがな。まいごが聞いたねむりの最後の言葉を思い出してほしい」
「最後の言葉?ねむりが私に話したいことがあるから病院に来てって言ってたこと?」
「そうだ。話したいことがあるなら、なぜあのとき電話で話さなかったんだ。自分がもうすぐ死ぬかもしれないというときに、なぜわざわざ病院までまいごを呼んだんだ。それは話すだけでは済まない用事あったから。つまり、ねむりはあのとき、まいごに花を渡そうとしていたとしか考えられない」
「そんな…」
私は何か胸に詰まるものを感じた。あの時の言葉が
「ネット社会の今では時期に関係なく全国、全世界から花を取り寄せる事が出来る。日記には出来れば自分の手で探したいと書かれていたが6月が過ぎて自力で見つけることは出来なかったんだろう。もし、今日俺がまいごの地元に行って調べて来たことが正しければ、ねむりが入院していた病室の
ハカセはそう言うと、ケータイの画面を私に見せた。そこには見覚えのある
「その花知ってる…。そう、いつもねむりの病室に飾られてた。あの頃は全然気にも
病室でいつも笑って私の話を聞いてくれていたねむり。ねむりは何もその花のことなんて話してくれなかった。私のために探してくれていた花を
「言っておくが、俺の推理はここで終わりじゃない。ここまでは
私の気持ちを見抜くようにハカセはそう言うと、コップのお茶を飲んでため息をついた。私はそれを聞きホッとし、まだ分からない部分を説明ししてくれるハカセに
「ねむりの探し物の件でこれからまた、俺の推理したことについて話していくが、少しまいごに聞いておきたいことがある」
いつになく真剣なハカセだけど、その目はなぜか暗くて落ち込んでいるような気がした。いったい、私に聞きたいことってなんだろう。
「何?なんでも聞いて」
「正直なことを言うと、ここからこの話をしていくのはあまり気が進まない。それは、話の内容が気分のいいものではないからだ。それでも聞きたいか?」
私はそれを聞いて少し怖くなってしまった。なにかねむりのことで良くないことが分かったんだろうか。でも、私がねむりのことについて聞かないという選択肢は初めからなかった。
「ええ、聞きたい。ねむりのことについては悪い話も全部聞いておきたい」
ハカセはそれを聞くと何か悩んでいる表情をした。
「それが、まいごが隠していることについても話さないといけなくなってもか?」
私は驚いて返事に困ってしまった。
「私が隠し事?いやいや、いつも何かと隠し事をしてるのはハカセでしょ。いったい私が何を隠すことがあるのよ。したってすぐバレるし、私にメリットないでしょ」
「俺の間違いならそれでいいんだ。ただ、もしそうなったときの場合に
いったいハカセは私をどうな人間だと思ってるんだろうか。
「ええ、私のことならなんでも話して。私も正直に答えるから」
「…そうか、分かった。なら、ねむりの件での話を続けていく」
ハカセは背もたれにつけていた背中を起こし、部屋の空間の1点を見ながら話しだした。
「さっき話した推理ではねむりの探し物を
私は小さくうなずいた。
「まず、このねむりの日記を読んで最初に分かったことがあった。ねむりが探していた物は病気にまつわるもので間違いないということだ」
「ちょっとまって」
私はハカセの説明に割り込み
「それはおかしいわよ。わたしもねむりの日記を全部よんだし、今も繰り返し読んでるけど、病気の話しなんて書かれてなかった。ほとんど友達と話したり、普通に生活してることを書いてただけ。病気の話しが書いてある部分なんてなかったはずよ」
私は早口になってしまっていた。さっきからねむりことで私が知らなかったことを次から次へと話され、少し気がブレてしまってるのかもしれない。
「あぁ、書かれていなかった。
「…え?」
「変だと思わないか?ねむりは白血病という命を落とすほどの重病だったんだ。そのことで悩んだり苦しまないわけがない。そのことに全く
そう言われれば確かに変だ。日記は毎日書かれており、そのページ数は300を超えている。そのどれにも自分の病気のことを書いてないなんて、言われてみればねむりがあえてやったとしか思えない。
「そこの部分を気にしながら読んでみたが、その病気のことを書かないというのは細かな部分でもしっかりと
「でも、なんでねむりはそんなことをしたの?」
私は表情を
「あぁ、思うにねむりは病気のことを書かなかったのではなく、書けなかったんだ。自分がもうすぐ死ぬかもしれないという恐怖と向き合うことなどできるはずもなく、目をそらし、考えないようにしていたんだろう」
私は、それを聞いて胸を締め付けられる思いがした。悲しさから表情が
「そんな…」
「そうだ、ねむりの日記にはしっかりと記されていた。病気が苦しく日記にさえ書くことができないでいる恐怖が、あえて書かないことで
私はねむりのことを理解することができていなかった。ハカセがいなければそれが永遠に分からなかったかもしれないことが
「この病気のことを書いていないというのは、ねむりの日記を読むうえで大事になってくる。つまり、何かを書いていない
なるほど、それでハカセはねむりが探しているものがすぐに病気に関するものだって分かったのね。わたしはうなずき、理解を
「ねむりのさがしていたフウリンソウ、別名カンパニュラを調べて、病気に直接関係することを見つけることはできなかったが、ねむりが伝えたかったメッセージとしてとらえると、これだろうというのを2つ見つけることができた。1つは日記にも書かれていたギリシャ神話の物語、そして、もうひとつは花言葉だ。まずこの花言葉だがフウリンソウには多くの花言葉があり1つに特定するのは難しい。だが、これにギリシャ神話の物語を合わせることでねむりが伝えたかったメッセージが現れてくる」
ハカセはそう言うとケータイを手に取って画面を
「そのギリシャ神話の話を少しさせてくれ。話をするといってもネットで調べたことを読み上げるだけだがな。さすがに海外の昔話まで俺の知識の中にはない、ゆるしてくれ」
私はドキドキしながらハカセの話しに耳を
「そのギリシャ神話は下級女神の話しだ。その女神の名前はカンパニューラ。オリンポスという
ある日、1人の兵士が果樹園に
あの花にそんな悲しい物語があったんだ。私も少しはねむりと一緒に神話の物語を読んであげればよかったと今になって思い返した。
「そして、ここからが大事なんだが、この物語によってカンパニュラという花は『守れなかった命の花』と言われるようになったそうだ。この『守れなかった命』というのがねむりが伝えたかったメッセージの1つ目。そして、このメッセージに続くに
カンパニュラの花言葉の中で有名なのは、感謝や誠実などだが、『守れなかった命』というネガティブな言葉に続くであろう『負』の言葉に限定していくと『不安』と『
『不安』は将来起こる出来事での感情、『後悔』は過去に起こった出来事での感情。1つ目のメッセージで『守れなかった』という過去形の文が入ってることを考えると、2つ目のメッセージは『後悔』で間違いないだろう。
つまり、がねむりがまいごに花を渡して伝えたかったメッセージは、『命が守れず後悔をしている』になる。これがおれの
私はハカセの話をずっと聞いていたけど、
「命が守れず後悔…、それって、ねむりが自分自身が亡くなって私に
「いや、そんなひねっているものとは考えにくい。そもそも、ねむりの死は治療した結果の
私はそれを聞いて、理解できず
「ハカセ何言ってるの?ねむりがわたしの命を守れなかったって、そもそも私生きてるじゃない。それとも私幽霊だったの?知らなかった!早くハカセが教えてくれればすぐ
私は
「『まいごの命を守れなかった』だと伝わりにくいか。なら、『まいごの病気を治せなかった』と言い変えれば伝わるだろ」
伝わるどころか、どんどん理解から遠ざかっていく。いったいハカセは私に何が言いたいの?
「病気を治す?病気だったのはねむりでしょ?なんで私まで病気になるのよ?もう話が飛びすぎて全然わからない。ちゃんと分かるように教えてよ」
早くこの謎ばかりの状態から抜け出したい思いから、ハカセにせまった。でもハカセは黙ったまま私を見続けてる。そんな目で私を見ないでって心の中でつぶやいた。
「…、もう分かっているんだろ、まいご…。お前は病気のはずだ。しかも、ねむりと同じ白血病という重病。今もその治療でどこかの病院に通ってるというのが俺の大方の予想だ。もし完治していたら俺にも病気のことを話しているだろうからな」
私はその言葉に黙ってしまった。なんだか空気が重くなり、冷たいものが肌に吸い付くような寒気を覚えた。
「ねむりの日記を読んでいて、変に思ったところがあった。まいごがよく用事があると言って、ねむりを置いてすぐに帰ってしまう
静かな夜で、車の音や人の歩く音さえ聞こえてこない。まるで、何メートルも下にもぐった海の底のように、暗くて冷たい。
「ここで引っかかってくるのが、ねむりは親友の病気のことまで書かないとは思えなかったことだ。あれだけ
私は黙ってハカセの説明を聞いていた。こんなに人の話を真剣に聞いたことってあったかな。なんだか、今日は本当に長い1日だ。
「なぁ、まいご。返事を聞かせてくれ。俺の推理は
私は口元を笑わせた。その笑顔の半分は苦しさからくるもの。でも、もう半分は本当に心から笑ってしまった。
「ほんと、ハカセにはかなわないよ。まさかこんなに早くバレちゃうなんて。けっこううまく隠してたつもりだったんだけどな。薬を飲むところも見られてないし、病院へも大学に行くフリでいけると思ったけど、ハカセの目はごまかせないか」
ハカセは私の顔を沈んだ目で見ていた。
「いや、うまく隠していた。ねむりの日記を渡されなかったら最後まで気付くことはできなかっただろう。俺はどうやらまいごを甘くみていたようだ。そんな重い病気をしているそぶりなど
ハカセの悲しい顔。まただ、また私は人を悲しくさせている。なんでいつもこうなっちゃうんだろう。みんなに笑っていてほしいだけなのに、みんな悲しい顔をする。
「1つ分からないことがある。なぜ今、家族の近くで暮らさずに、俺の家の部屋を借りて県外の大学に通ってるんだ?ここなんかより地元の方がよっぽどまいごの病気を理解してくれる家族や友人がいるだろう。できれば理由を聞かせてくれないか?」
たぶん
「やっぱり変だよね。普通は家族や友人の近くで暮らしていくほうがいいに決まってる。病気で、生活していくのもままならないのに親元を離れるなんて。でも、これには理由があるの。わがまま理由だけどね」
ハカセは私の話を黙って聞いている。なんだか頭が重たい。黒い
「私が白血病だってわかったとき、家族はとても悲しんでくれた。家族だけじゃない、友人も知人も私が知っている人たちはみんなかわいそうだと言ってくれた。そして、それから私の周りの人たちはすごく私に優しくなった。今でも本当に感謝してる。何回ありがとうと言っても足りないくらい。私はとても恵まれてた。
でも、なぜかわからないけど、普通なら嬉しいはずのその優しさから、病気のせいで『死』を感じてしまうようになったの。みんなが優しくしてくれるのは私がもうすぐ死ぬからだ、私が短い人生で終わるのがかわいそうだから、
だから、大学では家族から離れて暮らすことを決めたの。すごく悩んだけどね。できれば、普通の生活をして、私と同じ歳の子のように最後まで楽しんで生きていたいっていう、私のすっごくわがままな考えが今ハカセの家で暮らしてる理由かな」
私が長々と自分の話をした後、ハカセは「そうか…」と言って言葉を続けてくれなかった。「質問があったら今だけ受け付けるよ」とハカセに行ったけど、「いや、大丈夫だ」と返事するだけで、「ホントにー?後から聞いても答えないからね。」とおどけても反応がにぶい。私が一番避けたかったことが起ころうとしてる…。
「でも、ねむりが私の病気を治すってどういうこと?ねむり自身の病気も治らなかったのに私の病気を治す方法なんてあるわけないし、それが普通の高校生ならなおさら。」
私は話を変える意味でも気分を変えるためにも、ハカセに推理の続きを聞かせてと言った。
「あぁ、普通なら何の
「奇跡?」
「ねむりがまいごの病気を治すことができた方法を考えた時、不可能な
ここで1つまいごに聞いておきたいことがある。今、まいごは移植手術のドナーを何年も前から待っているんじゃないのか?」
私はドキっとした。確かにドナーを待ってはいるけどどうして分かったんだろう。ドナーに関することなんてハカセと話したこともない。
「えぇ、病気を治すのに
そう言うとハカセは小さく
「移植手術をするための
ハカセは私のほうを見て同意を求めた。
「うん、私もお母さんやお父さんが自分たちの
私はため息をついた。高校生のときドナー
「そのドナーを使った移植手術だが、前にねむりもやっていると言っていたな。」
「ねむり?ええ、高校1年生くらいの時かな、手術をしてその後しばらくは病状が落ち着いてたけど、それがどうかしたの?」
ハカセは腕を組んで
「その手術だが、ねむりがまいごを助けられるのは、ねむりがその移植手術をしたタイミングだったと俺は考えている。」
私はハカセの言葉を聞いても、まだいまいち答えが見えてこなかった。
「移植手術がどうかしたの?なんで私をそのとき助けることができたの?」
ハカセは見るからに話すのに気がのっていないのが分かる。でも話してもらわないと私だけでは
「さっきドナーの適合性の話しでHLAが合わなければ手術できないという話をしたが、ねむりの移植手術で使われたドナーのHLAはたぶん、まいごが今待っている手術するために必要なドナーのHLAと全く同じだった可能性がある。」
私はそのときやっとハカセが話そうとしていることが、だんだんと分かってきた。それと同時にあまり続きを聞きたくない感情もわいてくる。
「どうゆうこと…?」
「それでしか、ねむりがまいごを助ける方法を思いつかない。他にあるならだれか教えてほしいくらいだ。」
静かな部屋に
「もし、俺が医者で2人の患者が同じドナーを欲しがっていることを知っていたとして考えてみた。
たんたんと話すハカセを私は息を飲み、じっと見ていた。なんだか息苦しい。部屋の空気が
「たぶん医者はねむりにこう言ったんだろう。『君のドナーを友達に
私はハカセの説明を全部聞き終わると、目の前が
「…俺の推理はこれで終わりだ。最初に話したが今話したのは俺の
ハカセは今日午後の行動の
「それと、まいご。もし俺の推理が正しかった場合なんだが。医者の行動は確かに間違っていたかもしれない。ただ、その医者が思っていたとおり、ねむりは亡くなり、まいごは今も病気で苦しむ結果になってる。
医者もお前を助けようと必死だったんだろう。俺が話したことを病院へ確認に行く場合は…」
「わかってる」
私はハカセの話を途中で
「誰も悪くない。みんな私を思ってしてくれたこと。悪いのは私だけだ。私さえいなければこんな悲しことにはならなかった。誰も悩むことなんてなかった。私がいるせいでみんな不幸になる。自分でもどうにかしようとしてみたけど、どうしようもできない。悲しませないように離れていったって、新しい場所でまた人を悲しませる」
今まで
「まいご、何を言いだすんだ…」
ハカセは驚いて、
「ごめん、ハカセ。もうここにはいられない。病気のことを知られた以上、前みたいに普通に生活できない。本当にいろいろとありがとう。今は混乱しててちゃんと話せないけど、落ち着いたらしっかり話すから」
私は席を立ってリビングの部屋を出ると、そのまま2階にある自分の部屋へと戻り服も着替えずにベットに倒れこんだ。頭が重くて痛く、嫌な感情ばかりでてきて止まらなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます