第7話 話し

 私はどれくらい大学の資料を見ながらノートをとってたかな。気が付くと時間は夜の8時近くになっていて、まわりにぽつんぽつんといた他の学生はいなくなり、見える範囲に図書館にいるのは私だけとなっていた。


図書館の閉館時間は9時までなので、いようと思えば後1時間くらいはここで作業を続けることもできるけど、今日は割とはかどってこの資料のほとんどを読むことができたし、ここで切り上げようかな。


 私は周りに誰もいないことをいいことに机にうつぶせになった。しんと静まりかえっている図書館はなんだか居心地いごこちがいい。これからまた長い時間バスに乗って帰ることを考えると、もうここに泊まらしてほしい気さえしてくる。


 私は体を起こして、カバンからケータイ電話を取出し帰りのバスの時間を調べた。今から、一番近いバス停に行っても何十分も待たないといけない。少し時間をつぶさないとと考え、自然とねむりの手帳を取り出していた。こういった時間と時間の隙間すきまをうめるようにねむりの手帳をよく読んでいる。なんだか習慣みたいになってしまい、手帳がないと落ち着かなくなってる。さすがにこの依存いぞんしている感情は治さないといけないと思うけど、かなしさからかさびしさからか、手帳からはなれられない。


 私は手帳を開き、来る時にバスの中で読んだところはどこだったかなと、ページをぱらぱらめくった。





 『5月3日

 今日は学校の行事で山登りをしました。毎年恒例まいとしこうれいで、学校創立当時からずっと続いてる行事のようです。すごく大昔にこの地域では山の頂上付近にあるおやしろ参拝さんぱいに行き、田畑の実りをお願いしていたようで、その名残なごりが今でも残ってるようです。私たちと同じ国公立の学校で山登りをしてるところあるのかな?


 学校からバスで1時間ほどのところにある、ススキ山という山を年に1度この時期に全生徒で登ります。登る理由は協調性きょうちょうせいはぐくみ達成感を得る学習のためだと聞きました。



 行事の前日、さすがに体の弱い私が山を登れるか不安でいると、先生から「しかしさんは参加しなくても大丈夫ですよ。無理そうでしたら登山口とざんぐちのところで先生たちと待っているか、学校の教室で自習していてもいいです」と言ってもらえた。


私はそれを聞いて安心できたけど、やっぱり1人でただ自習しているのはきついし、みんなが楽しそうに山に登って行くのをながめているのもつらい。私がどうしようか悩んでいると、私と先生のやりとりを聞いていたまいごが話しかけてきた。


「ねむり、やっぱり参加できないの?」

「うん…。登れるか少し不安かな」

私が苦笑いしながらまいごにそう言うと、まいごは変に真顔まがおになって先生のほうへとった。

「先生。ねむりさんがきつそうになったら、私が責任をもって一緒にりるので、途中まで一緒に登ってもダメですか?」


急なまいごの親切心しんせつしんにドキッとした。

どうやら、まいごは私に参加してもらいたいらしかった。

「そうね、でもねむりさんも不安と言われてるうちは登らせることはできないかしら」

「まいご、そう言ってもらうのは嬉しいけどやっぱり周りに迷惑かけれないよ」

すると、先生のほうを向いていたまいごが振り返った。

「大丈夫、ねむりが山に登りたくて登りたくてたまらない気持はちゃんと理解してるから。ここは私にまかて。もう少しで先生を説得してみせるから」と言われた。


不安だって言ってる私の話をぜんぜん聞いてない。その後もまいごは、おんぶの練習をしておこうと言って私をかついで教室を走り回り、「こわい」と言う私の声も聞かずに笑ってた。




 山登りの当日、登る山まではバスで行き、登山口の近くでみんな降ろされました。私は当日までどうするか決められずに、教室で1人でいるのは嫌だと思いバスには乗ったものの、どうしようかとずっと悩んでいました。


 目的地に着いたとき、まいごが私にこう言った。「今日、ねむりが登らずにここで待ってるなら、先生にお願いして私も一緒に待ってる」

私はそれを聞いて驚いき、「いや、悪いから大丈夫だって。一緒に待つことないよ。まいごまでそんな、つまんないことすることないって」

気遣きづかいの言葉を投げてきたまいごに戸惑とまどい、しどろもどろになりながらそう答えた。

「つまんなくない。ねむりといるほうが楽しと思ったからそうするだけ。一緒にいてつまらなくなったら、ねむりを置いてダッシュで山をのぼり始めるから心配しなくていいよ」

そう、まいごが言うのを聞いて2人で笑った。


 私は、あきらめたようにため息をつき、「どこまで行けるかわからないけど登ってみようかな」とまいごに言った。正直やっぱり不安は大きかったけど、もし何かあったとしても、まいごや先生と一緒なら何とかなるかなって思え、甘えさせてもらうことにした。


 登るススキ山の標高はそんなに高くなくて、早い子だと1時間もせずに頂上まで登れる山でした。私もこれぐらいなら大丈夫かなと思って登り始め、最初の方は足取あしどりも軽く、どんどん登れてたけど、山の中腹ちゅうふくくらいから歩くペースが落ちてきて、みんな先に行ってしまい、集団から離れてしまいました。


 まいごとずっと一緒に登ってたけど、途中でさすがにきつくなって膝丈ひざたけくらいの岩に座り込んでしまいました。するとまいごも私の隣に座って「お、休憩きゅうけい?やっぱりこういうのは、ちょっと遅れて目的地に着いて、みんなにワルくてイケてるイメージをもってもらわないとね」とかまいごが言ってるのを私は苦笑いしながら聞いてた。


「まいご、先に行ってていいよ。後から私も行くから」とまいごに言ったけど、

1人で登ったってつまらないよと言って、けっきょく私が休憩しているのを待っててくれた。


 そして、時間はかかったけどなんとか頂上にたどりつくと、綺麗な自然の景色が広がっていて、天気も良く風が気持ちよかった。タオルで汗を拭きながら山の緑を眺めていると、隣でまいごが考えてる人のポーズをしながら何かつぶやいていた。


「山に登り、汗をかき、こんなに良い景色を見たら、やっぱり叫ぶしかないよね」

「…うん。『ヤッホー』って一緒に言ってみる?他の山も多いし、言霊ことだまが帰ってくるかも」

「チッチッ。そんな登山者同士の合図であるドイツ語の『johoo(ヨッホー)』がなまって出来たヤッホーなんて面白おもしろみのないこと今更いまさら叫べないよ」

一本指をらしながらまいごが否定してきた。変なことには詳しいなまいご…。


「叫ぶっていったらもちろん、好きな人への告白こくはくが定番でしょ。ねむりにも好きな人の1人や2人はいるでしょ?」

急に何を言い出すのと驚き、まいごがまた冗談を言い出したと思った。

「定番じゃないよ!映画やドラマじゃないんだから、こんなところで何で告白なんてしなきゃいけないの。」



「そんなだから、ねむりはいつまでたっても前に進めないの。いい?私が先に叫んであげるから、ちゃんと見ててよ」

まいごは私の肩をたたき、『しかたない』みたいな表情で私に言った。


「え?ホントに言うの?ちょっとまってよまいご」

わたしは登山の汗とは別の汗が出てきた。まいごの行動の意味が分からず、とにかく止めないとと思ったときだった、まいごが両手を口にえて大声で叫んだのは。

「ねむりーーー!好きーーー!!」



まいごの叫びと同時にまわりの多くの視線を集め、私の変な汗を流れ続け、当のまいごは私に向って親指を立ててました。




 今日は楽しかったことが多く日記が長くなりましたが、本当にまいごに助けられ感謝してます。友達でよかったです。これからもこんな日が続けばと思います。


 追伸ついしん

 登った山の近くでお土産屋さんや直売所で買い物をしました。その時もまいごへ渡したいものを探しましたがどこにもありませんでした。いろんなところへ行って探すけど見つからない。自分で探すのは難しいのかな。もう少し詳しく調べる必要があるのかもしれません。

 今日もまいごは用事があると1人で帰ってしまいました。私も今日は疲れてたから、まっすぐに家に帰り、この日記を書いたら寝ようと思います。おやすみなさい。』






 『5月24日

 今日はお休みでしたが、友達は部活で、まいごもいつもの用事で出かけていて、何もすることがない空いた時間ができました。午前中は街にお買い物へ出かけ、午後はずっと家で借りてきた本を読んでいました。先月に図書館で1度借りてた本ですが、返却日までに読み終わることができず、今度こそと思い先週こりずにまた同じ本を借りました。


 さっきやっと全部読み終わり、しばらく本のお話を思い返して自分なりに考察こうさつをしてました。



 本の裏に書かれた物語のあらすじにはこう書かれています。『卒業間近の少女が通う学校ではある噂が流れていました。街には海沿うみぞいの丘に建つ古い神社があり、その鳥居とりいを深夜の決まった時間にくぐると、その人の思入れの強い時へとさかのぼるという噂です。今年で友達とは別々の道へ進むことが決まっていた少女は、そのことが悲しく、すがる思いでその噂の神社へと深夜に向かう』と。


 お話の続きはというと、その少女が鳥居をくぐって行った先は、今少女が通っている学校の入学式でした。少女はすごく喜んで、また昔と同じようにみんなと学校生活を送れると舞い上がりました。それから数日は夢のような学園生活を楽しんでいましたが、少女はあることに気がつきます。


校庭に咲いてる桜がいつまでも枯れずに、花びらをひらひらと降らせながらずっと咲いているのです。そのとき、ここでは時間が経過けいかする概念がいねんが全くないことを知ります。それに戸惑とまどった少女は、将来へと進むことがでず止まったままの世界では、自分の心が満たされないことに気がつきます。最後は少女がこの夢からまして欲しいと願い、気付きづくと元いた夜の神社に帰ってるといったお話でした。


 私ももし、過去へ行くことができたら、もう1度中学や高校生活をしていきたいかな。夢の中でも自分が幸せだったらずっとその世界にいちゃうかも。うーん、難しですね、とにかく借りてきた本が面白かったことを書きたかっただけです。


 次借りる本はもう決まっていて、ギリシャ神話の本を借りるつもりです。ギリシャ神話は大好きで、今までに何冊も関連かんれんの本を借りてます。ホメーロスの二大叙事詩、『オデュッセイア』や『イーリアス』、詩人ヘーシオドスの『神統記』を分かりやすく和訳わやくされたものを読んで、よく話しに入り込んでます。


 他の友達には神話のことなんて、興味がないだろうと思いほとんど話してません。でも1度、学校の図書館でその本を読んでいるとき偶然まいごが来たことがあります。

「何読んでるの?」って聞かれたので、これだよって言って神話の本の表紙を見せてあげました。


 「まいご、ギリシャ神話って知ってる?」ってたずねると、「ギリシャ神話?知ってる知ってる、『くぅ、ブルータスよお前もか!』」と演技しながら共和政ローマ時代に暗殺されたカエサルのセリフを叫び、私の腕をつかんできました。


 まいごが神話に興味ないのは分かってるけど、それだと今度まいごにわたそうと考えてる物の半分は意味がなくなっちゃうんだよ。どうしよう…。』





 『6月13日

 まいごに渡そうと思っているものがこんなに見つからないなんて思っていませんでした。このままだと私ももうすぐ見つけることができなくなる。もしかしてと学校中探したりもしたけど見つかりません。


 私がまいごのことを思ってこんなに必死になってるのに、とうの本人は今日ものんびりと「私は、みんなの幸せな顔を見てるのが1番の幸せなんだ」と言って、家族旅行で買ってきたお土産みやげのおまんじゅうを友達みんなにくばってました。それを見ていると、なんかもう探すのあきらめたくなります。


 いや、ダメ。気持ちをしっかり持たないと。でも、多少の妥協だきょうは受け入れないといけないのかな…。まさか、ここまで見つからないなんて。今日も用事があると言って一人で帰って行くまいごを見ながら、探しものが見つからず、最後までまいごに渡すことができない想像が浮かんでしまいました。そんな悲しいことにならないためにも、早く見つけないと。出来れば自分の手で探せたらな。』






 私は日記のねむりの世界に入り込み、もうすごく昔のことのような思い出をたどって、その頃ねむりが探していたものを、数年後の今になって一緒に探してる。


日記ではこの6月13日を最後に、ねむりが探していた物の話はいっさい出てこなくなる。こんなに探していたから見つけてほしかったけど、最後までわたしはねむりからこの何かをわたされることはなかった。


 ねむりはなんで、探し物が何かを書かなかったんだろう。自分だけが読む日記なのに、ねむりがあえて書いていないのはあきらか。誰かがこの日記を勝手に読んで見られたときに困るとか?そんな見られて困るようなものを私に渡したかったの?わからない。


また、こんなに必死で探していたのに途中であきらめてしまったのを見ると、病気できつくなってたのかな。たしか、ねむりが病気の症状が重くなり、入院して学校に行けなくなったのが8月くらいだったから、もうその予兆よちょうがあってもおかしくない。






 学校にいたときや、ねむりが入院しているときもほとんど毎日会ってたけど、いつも変わらず楽しそうにしてた。だから、最後の日もねむりが亡くなるなんて全く考えてなくて、今日はどんな話をしてねむりを笑わせようかと考え病院へ向かってた。


急にケータイ電話の着信音が鳴って、電話に出るとねむりが苦しそうに呼吸してたのを覚えてる。


 私が「ねむり、どうしたの?大丈夫?」と聞くと、うんって小さく答えて、前からまいごに言いたかったことがあるから、今日どうしても病院によってほしいと言われた。


私がもうそっちに行ってる途中だから、もうすぐ着くから待っててとねむりに言うと、「そっか、よかった。じゃぁ待ってるね。気おつけて来てね」と言われた。これが私が聞いたねむりの最後の言葉。




 病院について病室に行ったけど、そこにねむりの姿はなかった。看護師さんに聞くと、病状びょうじょうが急に悪化して、治療の設備がととのっているもっと大きな病院に運ばれたそうだった。そこで、応急おうきゅうな手術をして症状しょうじょうが回復したら、またこっちの病院に戻ってくると言われた。私はそのときも少し不安にはなったけど、きっと戻ってくると思ってねむりが帰ってくるのをその病室で待ち続けた。


 夜の10時くらいまで待ってたかな。窓から月明かりが差し込んで、ねむりのベットを照らしてるのを眺めてた。でも帰ってこなくて、しょうがないからその日はそのまま家に帰ることになった。家についた後、寝る前に一応メールで『大丈夫?良くなったら電話かメールしてね』と送ってからベッドで眠ったけど、なかなか寝付けなくてずっとケータイの画面を見ていた。


 次の日、ケータイを見るとねむりからの電話履歴が残ってた。なんだ良かったとホッとしてねむりに折り返しの電話をしたら、出たのはねむりではなく、ねむりのおかあさんだった。


そのときねむりが亡くなったことや、ねむりのお葬式をするので来てくださいといった内容を話された。それからのことはあまり覚えてない。ねむりのお葬式にも行ったし、亡くなったねむりも見たけど、ずっと夢の中にいるようだった。


頭の中がボーっとして何も考えたくなかった。お葬式の間は不思議と泣かなかったけど、家に帰って夜ベッドで布団に入ったとき、急に涙がぽろぽろ出たのを覚えてる。悲しいと言うよりすごくさびしかったって表現のほうが近いかな。


 私にとってねむりの存在が大きかったせいで、ねむりが亡くなってしばらくして、私の性格が少しずつ変りだした。もうとなりで支えてくれていたねむりはいないんだから、しっかりしないと、地に足をつけて歩かないとって考えるようになった。


ねむりと同じ大学にさえ行けれたらいいという漠然とした目標が消えたことで、急に将来の不安があふれだし、将来性のある大学を目指すため、いままで力を入れてこなかった勉強を必死でするようになった。ねむりがいない悲しさから逃げるように、昔の自分をおさかくしだした。


 また、その時からよく夢を見るようになった。夢の内容は様々だけど、友達と楽しそうに遊んでる夢や、机で勉強してる夢、家族と笑ながら話してたりするいろんな私の夢。それらはバラバラで一貫性いっかんせいがないけど、共通点があって、そのどれもが明るくて充実し、ずっとこの世界にひたっていたいと感じさせるものだった。


現実の暗い考えな私と対照的なその夢は、今の自分を見つめなおし、この時を変えていかないとと自分自身に言い聞かせるきっかけになってくれた。



 あの頃を振り返ると、ねむりが私の手を引いて、今の道に進ませたように感じる。






 図書館の時計を見ると、バスの到着時刻はとっくに過ぎていて、また次のバスをまたないといけない時刻じこくになっていた。時間を忘れてねむりの手帳をずっと読んでいたようだ。私は椅子の背もたれに寄りかかり伸びをした後、ケータイ電話をいじって、これからどうしようか考えた。


ケータイの画面には大学の友達のメールが何通か来てるのが写っていた。じつは、ねむりの手帳をもらってから、ねむりへの罪悪感ざいあくかんのようなものを感じて友達と会っていない。亡くなったねむりを置いて、自分だけが楽しく他の友達と遊んでいるような気がして、メールの返信もにぶくなり、何か誘われても気持ちがついていけないと断っている。大学の友達にはねむりのことは一切話していないから、きっとわけもわからず、変な子だと怒ったりがっかりさせているんだろうな。


 


 ケータイの受信箱には返信していないメールがまっていて、それを見ているとさすがに申し訳ない感情が大きくなりだした。私は画面を操作して急いで返信のメールを打ち出していった。これ以上心配はかけられない。気遣きづかってもらってるのに本当に私はなんてひど…。





 急にドサっという何かを机に置く音が聞こえ、驚いて私の思考が止まってしまった。こんな夜遅くに私以外の人が図書館に来るなんてことはないと、油断ゆだんしていた体に緊張きんちょうが走る。

「…やっと見つけた」





顔を上げて声がしたほうをゆっくり見ると、向かいの机の椅子にカバンを置いて私を見ている女の子がいた。小さな顔に大きな丸いひとみ、口も小さくあどけない。髪は茶髪でゆるいパーマが当てられ、紺色こんいろのYシャツが上から羽織ってる黒いそでなしのカーディガンにマッチしている。私が想像するオシャレな大学生を絵にしたようなその子には見覚えがある。


「かたり…なんでここに?」

かたりと呼ばれた子は首を横に振って、不服ふふくそうな表情をした。

「なんでじゃないわよ。電話しても出てくれないし、メールしても返信してくれない。友だちに聞いたら大学の図書館でまいごを見かけたことがあるって言われたから、3つの図書館を見て回ったけど見つからない。図書館の受付うけつけの人に聞いてみるけど利用する学生が多すぎてわかりませんって言われるし。仕方ないからケータイで撮ったまいごの写真を見せて、受付の人に『こういう子なんですけど』って言ったら、『あぁ、その子ならよく2階のロビーで本を読んでいますよ』って聞いたまではよかったけど、図書館で勉強しながらまいごが来ないか待っても来やしない。

 今日もあきらめて帰るつもりだったんだけど、たまたま理系の学部の図書館で借りたい本があったから寄ってみて、やっと今まいごを見つけたところよ。なんで私が友達を探すのに刑事の張り込みみたいなことしないといけいなのよ」

その子は怒ってはいるけど、なめらかな口調で今までのいきさつをすらすらと話してくれた。


「ご、ごめん…」

「この借りはちゃんと返してもらうからね」





 この子の名前は彩色 語利(いろいろ かたり)。私と同じ20歳で、この大学の法学部に通っている。この子も県外から来てる子で、私と境遇きょうぐうが似てたこともあり今では一番の遊び仲間になっている。法学部に入ったのは公務員になるための試験に役立つためだとか。が明るい性格で、コミュ力の高さは他の追随ついずいをゆるさない。





 「なんでメールも返してくれないのよ。メールくらいかえせるでしょ」

「違うの、今返そうとしてたんだよ。ほら」

私は、ケータイの画面を見せて、打ちかけの文を見せた。すると、かたりは小さくため息をついた。


「まいごが音信不通おんしんふつうになったせいで、こっちは死ぬほどヒマだったんだから。県外から来た私の遊び相手なんて、まいごくらいしかいないの知ってるでしょ?まいごがいない間、日がな1日中パソコンでネットの動画を目がつぶれそうなくらい見てたわよ。ほんと、仕事でパソコン使ってる人よりパソコンの画面見てた自信あるわ」


言いたかったことがたまっていたらしく、かたりの話しは止まりそうになかった。

「いや、もうホント…ごめんなさい」

私は恐縮きょうしゅくしながらかたりの話を聞いていた。すると、かたりは手にカバンを持ち、図書館の窓の外を眺めていた。

「ちょっと、ここだと図書館だし、話しづらいからカフェにいかない?大学のカフェなら遅くまでやってたでしょ?」


窓の外を見た後、私の方に振り向きかたりは聞いた。

「え?…そうだね、まだやってると思うよ。確か10時くらいまでだったかな」

私はかたりにちょっと待っててと言って、机を片づけ、大学の本を元の棚に直し、急いで支度をした。


 図書館の外に出ると真っ暗な空に満天の星空が広がっており、まさに星降ほしふる夜と言うにふさわしい景色となっていた。周りに街の明かりがなく、大学の標高ひょうこうの高さから、星を見るには絶好のポイントの場所になっている。そのため、ときどき学生が天体望遠鏡を持ってきて天体観測をしていたり、シートを引いて寝そべって空を見てたりするのを見かける。


そういう私も大学に入って間もない頃に、この星空に感動して、ハカセに望遠鏡とシートを借りて、かたりと一緒に寝ながら望遠鏡を眺めてた。星座の知識が全くない2人で、学校に置いてあった星座早見表の冊子さっしを見ながら、あれが何座ねと言い合ってたのを思い出す。

そのとき、かたりが『星って、こんな暗いなかでもキラキラと輝いて、ちから強くてホントに綺麗…そう、まいごみたいにね」と言ってふざけるのを私が苦笑いしてたのは今でも忘れてない。


 私とかたりは図書館のあった丘を下りて、池の方へと歩いて行った。小道をしばらく歩き、浅い川が流れているところを飛び石を渡っていったすぐのところに、黒を基調きちょうとした小さなカフェの建物に行き着く。


 大学で夜1番遅くまで空いているお店はカフェだけだから、遅くまで大学に残っている学生はお店の明かりにせられるようにここに集まり、たわいのない話をしてる。店の前は夏場だからかドアがなく開け放されていて、3分の1ほどの席はテラス席になっていた。大学にはカフェが3つあり、どれも池の近い場所に建てられ、テラスも池のほうを向いていてながめがよくなるように作られている。


私は大学のカフェを利用することが多く、それはもう、お店の人に顔を覚えてもらえるくらい。こうやって夜中に大学にいれる場所があるのは嬉しい。星を見ながら友達とコーヒーを飲んで話すのはとても好き。


 お店に着くと、かたりはコーヒーをブラックで、私はミルクとお砂糖を入れてもらい、外にあるテラス席に2人で座った。夜の冷たい空気がここちが良く、疲れた体をいやしてくれる。

「はぁ。なんかこうやってまいごとカフェ来るの、すごく久しぶりな感じがする」

かたりは席に座るとそう言って、コーヒーを一口飲んだ。表情はさっきよりおだやかで、まったりしているようにも見える。

「本当にごめんね。メールはしようしようと思ってたんだけど、なかなか気持ちの整理ができなかったというか、まさか大学にまでかたりが探しに来てくれてるなんて思わなくて」

そう言うと、かたりは私のほへ目をやったあと、また視線を池のほうへともどした。


「もういいよ。大学に来てたホントの目的は公務員試験の勉強をするためだったから。ついでにまいごも見つけることができればいいなって探してただけ」

こんなにしてまで会いに来てくれる友達がいるのに、私ときたら、1人で離れて悩んでふさぎ込んでいた。


「本当?ホントにほんと?」

私が疑うと、かたりはカバンから公務員試験の勉強のための参考書や問題集を見せてくれた。

「はい、これで信じてくれる?もうこの参考書重たくて、あの図書館に行く途中でどっかに置いていきたかったよ」

かたりは参考書をながめめ口をとがらせた。


 かたりは私と同じ大学に通っているけど、勉強の出来には雲泥うんでいの差がある。もちろん良いのはかたりのほう。

出会った当初、かたりは私に公務員になるのが夢だと話してくれた。お父さんが市役所につとめ、お母さんが学校の先生だというかたりは、親の影響もあり昔から漠然ばくぜんとした公務員へのあこがれがあったらしい。


高校時代に障害者施設しょうがいしゃしせつでボランティア活動をしてたときに、この経験をいかして障害者の人達の支援しえんをする福祉ふくしを考えていける市役所の仕事をしていきたいと強く思い、本格的に公務員になることを目指し始めたとか。


当時から将来のことをあまり考えていなかった私は、そんな夢を持ってるかたりがカッコよく見え、うらやましかった。


 公務員試験の勉強は、それ専門の学校に行って勉強する人達がほとんどで、かたりもそんな専門学校に大学の講義が終わった後通ってる。

かたりの話しを聞いてるうちに興味きょうみが出てきて、大学に入ったばかりの頃、私も公務員試験の勉強をしてみたいと言ったことがある。するとかたりは喜んで、分からないことは何でも聞いてと言ってくれた。


でも、私は学校に通ったりするお金がなかったから、かたりに参考書を借りて自分で勉強していた。私がそのとき勉強したのは市役所の事務職員の試験。試験科目は英語や数的数理といった教養科目きょうようかもくが16個、それプラス法律や経済といった専門科目が12個もある。教養科目のほとんどは高校の授業で習ったりするけど、専門科目は大学で習うものがほとんどで、1から勉強をしていかないといけない。そのため、かたりは専門試験に多く出題される法律を大学でまなんでる。


 かたりと一緒に大学の空き教室や図書館で勉強したけど、そのときは1日4~5時間も勉強してた。かたりにこんなに勉強しないとダメなの?と聞くと、試験合格者の1日の平均学習時間と言ったものがデータで出ているらしく、この4・5時間の勉強時間がもっとも合格者の人数が高い時間らしい。


私はそれを聞いて青ざめながらもなんとかかたりと一緒に1ヶ月間勉強した。そして、公務員試験の模擬試験もぎしけんをかたりに進められて一緒に霰町あられまちまで受けに行った。


結果から言うと私が志望してた市役所の事務職員の合格率はE判定、かたりのほうはB判定となり、勉強の出来の違いをまざまざと見ることになった。公務員の本試験は毎年受けられるらしんだけど、私はこの先もこんなに勉強しないといけないのかと思い心が折れ、あきらめてしまった。あの時のことを考えると本当にかたりには申し訳ない…。




 「そっか…、なら良かった。今日もこんな遅くまで勉強してたの?大変だね」

まぶたが重くなってるかたりに話しかけた。

「うーん、もうれたかな。勉強してる時は集中してるから、体感たいかんではそんなにやってる意識ないよ」

かたりはコーヒーをおいしそうに飲みながら、疲れをいやしているように見える。


「すごいね。ちゃんと将来のことを考えてて。私なんていまだに何がしたいのか分からないまま」

かたりのがんばっている姿を見ると、自分が何もできていないことにすごくあせりを感じる。かたりがどんどん先に進んでいるのに、私は止まったままで動かずに、ただ毎日を生きてるだけのように思えてくる。


 「まいごは将来のことなんて考える必要ないよ」

急にかたりから思っていない言葉を聞き、耳をうたがった。

「え?…なんで?」

私は目を大きくしてかたりに尋ねた。

「なぜなら」

「なぜなら?」

理由を尋ねるとかたりの顔が明るくなり笑顔になった。

「わたしの家で暮らせばいいから!」


かたりが何を言うのかという興味きょうみはすぐに消えていった。

「もう、かたりに助けてもらわなくても自分で頑張って生活していくよ」

「まいごがいないと一緒に遊ぶ人いなくなるじゃない。ねー、お願い。寝るときはフカフカのベッドを用意するから。私はべたにでも眠るから、お願いお願い」

「…かたりはもっと自分を大切にして」



 カフェにはこんな時間なのに、新しい学生がまた来てカウンターで何か注文しているのが見えた。ふと、そういえばハカセもまだお店で働いてるのかなと思い出す。



 「いいアイデアだと思うんだけどなー。私みたいな選ばれた人は、将来多くの人たちの役に立つ義務があるからね。まいごの1人や2人くらいやしなえないといけないんだよ」

私は、コーヒーを飲もうとした手を止めた。


「…選ばれた人?」

「そう、私はあのうわさの人なんだよ。知性ちせい創造性そうぞうせい指導制しどうせいにおいて卓越たくえつした能力をそなえた私には、この真理しんりを見ることが出来、イマジネーションを働かせるだけで世界の問題を一瞬いっしゅんで解決できてしま…」

「ねぇ!それだれに聞いたの!?」


たずねから聞いた噂話をこんなところで聞くとは思わず、私は気付くとかたりの話をさえぎり大きな声をだしてしまっていた。かたりのほうはあっけにとられてる。


 カフェにいた学生の人たちも何事かとこっちを見ていたが、すぐに元の状態には戻っていった。

「ちょっと、なになになによ?急にどうしたのよ?友達の何人かから聞いたわよ。そんなに大学の噂話に興味あるわけ?」

かたりがあわてて小声で私に話しかけた。

「誰が言ってたか覚えてる?顔とか名前とかわかる?その人たちはどこから噂を聞いたの?」

私は興奮がやまぬまま、かたりをめた。


「誰って…、いや、友達じゃなくてネットで知らべものしてたときに知ったんだっけ…。そいえば、その噂を最初に知ったのはなんだったかは覚えてないかも。でも、この大学ではみんな当たり前のようにその『選ばれた人』っていう噂を知ってるから、大学の知りあいの子にでも聞いてみたら?まいごはなんでそんなに大学の噂話に興味あるわけ?」

かたりは小声のまま、まわりを気にしながら私に話した。


「いや…、じつはその噂、個人的に気にになってるというか、ほら、小学生とかならまだしも、大学生の大人がそんな非現実的な噂話するって不思議じゃない?」

私は興奮してしまった自分に気づき、ごまかしごまかしかたりに話した。


「そう?そういえば旧校舎にある絵から偉人の人たちが夜な夜な抜け出すみたいな噂もあったわね。言われてみると変な噂が多い大学かも」

かたりは頬杖ほおづえをつきながら頭の中で回想かいそうしてるようだ。

そうだ。そんな噂に加え、たずねが話していた噂まで流れている。やっぱりこの大学少し変な気がする。他と違ってるというか、山奥にある隔離かくりされた大学のせいで、独自の文化ができてるような…。


 「あっ!そうだ、ねぇまいご、ちょっといい?」

私が、頭の中を整理しながら考えをめぐらしていると、かたりが急にたずねてきた。

「どうしたの?」

「こんど私、公務員試験の合格祈願ごうかくきがんに行こうって思ってて、梅竹神社うめたけじんじゃって知ってる。」

「梅竹神社?あの学問の神様がまつられてるってところ?知ってるけど、ちょっと合格祈願に行くの速すぎじゃない?試験受けるの来年でしょ?」


 梅竹神社は県の境目さかいめにある、大きな立派りっぱな神社だ。はしっている黒いかわらの屋根に、赤い木造で建てられている本殿ほんでんは美しく、長い歴史で修復工事をしながらもその原型げんけいを今なおとどめている。


国の重要文化財じゅうようぶんかざい指定していされている梅竹神社には、毎年初詣に多くの参拝者さんぱいしゃが県内外から来る。長い歴史があり、学問の神がまつられてるとあって、学生や海外からのお客さんと来る人たちは幅広い。


 本殿まで一直線に続く長い石畳いしだたみ参道さんどうには、両脇りょうわきに桜の木と共にこちらも瓦屋根かわらやねと木造で作られた昔の面影おもかげを残す茶屋や土産屋といったお店がのきつらねている。


 「いいからいいから、行く日にちなんだけど、再来週の土曜日にしようと思ってて、空いてる?用事入ったりしてない?」

「えっと、ちょっとまって」

私はケータイを取り出し、カレンダーに書かれている自分の予定一覧を見た。

「うん、たぶん大丈夫。お店の仕事もお休みもらうことできると思うから、行けるよ」


そう言うとかたりの表情が、ぱああぁっと明るくなった。

「よかった。じつはその日、梅竹神社で灯明とうみょう祭りっていうのがあって、こっちにいる間に1度は見てみたかったの。でも1人で行くには心もとないし、まいごがついて来てくれないかなって思ってたんだ」

「灯明祭り?」


 梅外神社では毎月1つや2つ何かしらの行事があり、その1つのお祭りなんだろう。なんとなく祭りの名前は聞いたことあるような。

「夜に、神社や本殿まで続く長い階段の周りに、竹を小さく切って作った何千個の竹灯篭たけとうろうにろうそくを入れて火をともすんだって。諸願成就しょがんじょうじゅを祈るためだったかな、行った人から聞くとすっごい綺麗きれいで、本殿が光に包まれてチョー神秘的しんぴてきらしいよ」


かたりは今日一番ってくらい笑顔で私に灯明祭りの説明をしてくれた。かたりも私と同じように、どこかへ出かけるのが好きで、よくこうやってさそってくれる。


「かたり、それ合格祈願じゃなくてそっちが目的でしょ。なんか変だと思ったよ」

私はため息をつきながら、笑顔のかたりに言った。

「あとあと、その神社の名物になってる桜餅さくらもちを参道にある茶屋で食べられるんだけど、これがホントに美味しいらしくて」

かたりはケータイの画面を私に見せてくれた。そこにはまるで時代劇のセットのような風情ふぜいのある茶屋の画像と共に、さくらの焼きいんが押された薄いピンク色の御餅おもちっていた。


「もう、かたり。それは合格祈願に行くんじゃなくて、観光かんこうよ」

私がそう言うと。

「いえ、まいご。両方兼りょうほうかねてるから観光と言い切ったらダメよ。これは観光と言う名の合格祈願よ」と返してきた。


 大学ではほとんど毎日、かたりとこういったどうでもいいような話を永遠としてる。かたりはホントいろんな話を私にしてくれて、そのどれも聞いてると楽しくて全然あきない。


こうやって他愛もない話をしてる時はとても幸せを感じる。いつか何年後かに、星空の下かたりとずっと笑い話ししてたことを思い出して、この時に戻りたいと思ったりするのかな。そう考えると、いつかこの時にも終わりが来ることがせつなく感じる。


でも、だからこそ今はこの幸せな時間に深くかってどこまでもただよっていたいな。


 その後も、夏休みの予定の話しや、私がいない間、かたりがどんなことをしてヒマをつぶしていたかとか、ハカセの家でのアルバイトの話しとか、会わない間にまっていた話を二人で語りづくした。


 そして、気が付くとお店の時計の針は10時近くを指しており、お店にいた学生もみんないなくなっていた。私たちはあわててテーブルを片づけてお店を出た。かたりは大学の近くのりょうの部屋を借りて住んでるんだけど、いつも講義が終わった後は私とバス停でバスが来るのを一緒に待ってくれる。


今日はさすがに遅いから、本当に大丈夫って言ったんだけど、『寮に帰ったって一人で寝るだけなんだから一緒に待つよ』って言ってくれた。


 バス停は簡単な雨除けの屋根が付いたシェルター型。ベンチが2つあり、時刻表を照らしているライトが闇のなかにぼんやりと浮かんでる。


 片方のベンチに2人で座りバスの時刻表を眺めた。あともう少しで最終のバスが来るはずだ。これを逃すと本当に帰る手段がなくるため、この大学の学生は早めの帰りを心がけている。


私も気負付きおつけてはいるものの何度か乗り過ごし、その都度つどかたりの寮に泊まらせてもらってる。ただ、大学の近くに知りあいがいない人たちは大変で、タクシーなんて呼ぼうものならすごいお金がかかってしまう。そんな人たちのために一応、大学側では寮の空き部屋をかしてくれたり、本人が大丈夫なら職員か常駐じょうちゅう警備員けいびいんの人に言って、大学の小さな教室で寝泊まりすることはできるみたい。さすがに私は怖くて教室に泊まることはできないから、かたりがいて本当に助かっている。


 「あーあ。今日もあと1時間で終わっちゃう。大学に入学して1年ちょっとったのに、なにもできてない。私本当にこのまま卒業しちゃうのかな」

バス停のベンチの隣で、眠そうな目線を遠くにやりながらかたりが言った。

「なにもできてないって、公務員試験の勉強やってるじゃない。来年市役所の試験を受けるんでしょ?」

私は、かたりの横顔を見ながらなんでそんなことを言うのと思った。


「違うの、私は今しかできないことをしたいの。大学生だからこそできる何かを。そう、例えばまいごさんみたいに、オープンキャンパスで大勢の前でスピーチをするとかね」

かたりは口元をにやけさせ、私を見ながら言った。私がゼミの先生からスピーチをお願いされたことはかたりにも話していた。引き受けるかどうかとても悩み、だれかに相談をしないと落ち着けなかったから。私はそれを聞いて首を横にふった。


「それはまだ引き受けるかどうか決めてないよ。先生に返事もしてないし、やっぱり私には荷が重いかなって思ってるところ」

私は肩を落としてかたりに言った。

「いえ、まいご。それをやらないで、大学生の間に何をするって言うの?そんなことできるチャンス誰にでもめぐってくるわけじゃないんだから。大変だろうけど、やらなかったら後々後悔しない?もう、しないなんて選択肢はないの。する運命なんだよまいごは」

「そ、そんな…。」


かたりの話しに圧倒されながらも、私は失敗を怖がっている気持ちを捨てられずにいた。

「今日もスピーチの準備のために大学来てたんでしょ?もったいないよ。まいごはもっと自分に自信を持たないと。良いセンスと才能があるんだから」


かたりはときどき、こうやって私の悩んでる背中を押してくれる。私が本心ではスピーチをしたいと思いながらも、踏み出せない気持ちを見抜いているのはさすが友達のかたり。本当にありがとう。


「だからさ…、悩んでることがあったらまた言ってよね。まぁ、私みたいなのに話せることなんて少ないかもしれないけど、一応まいごの友達だと思ってるし」

かたりは、今私がある悩みを抱えていることを感づいてくれてるようだった。1週間音信不通になっていた罪悪感ざいあくかんよみがえってくる。


「うん…。ありがとう。ごめんね心配かけて」

そう言うとかたりは私を見て、また目線を前に戻した。

「いいよ。落ち込んだり悩む時期は誰だってあるから。気が向いたらまた遊んでよ…。でも、梅竹神社へ合格祈願に行くのだけはゆずれないから。まいごをかついででも行くからね」


かたりの気遣いが胸に刺さり、とても嬉しかった。こんな友達を持てて私は幸せ者だ。そんな大事な友達に、もうさみしい思いをさせてはいけないと自分に言い聞かせた。


 しばらくして、暗闇の中からライトをまぶしくらしてバスがやって来た。お客さんは誰も乗っておらず、どうやら私1人の貸切かしきりになりそう。


かたりに「またね」と言ってバスに乗り込み窓から小さく手をると、かたりのほうはわざと大きく両手で手を振り、「じゃーねー」と叫んでいた。周りに人がいないからいいものの、バスの運転手の人に笑われるし恥ずかしかった。


 窓からかたりが小さくなって見えなくなるのを見ながら、かたりって昔の高校時代の私と似てるなって感じた。あんなに勉強はできなかったけど、性格や普段の話し方や考え方、根が明るくみんなを引っ張っていく感じはあの時の私と重なる部分がある。


もし、私が昔のまま大学生になっていたら、かたりのような学生になってたのかな。そしたら今よりもっと楽しい大学生活をおくれていたかもしれない。いつか昔の自分らしさという明るい性格も取り戻せたらいいな…。時間はかかるだろうけどね。 

 私はバスの窓から暗い景色がどこまでも広がる田んぼ道をながめ、そんな思いにふけっていった。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る