第7話 話し
私はどれくらい大学の資料を見ながらノートをとってたかな。気が付くと時間は夜の8時近くになっていて、まわりにぽつんぽつんといた他の学生はいなくなり、見える範囲に図書館にいるのは私だけとなっていた。
図書館の閉館時間は9時までなので、いようと思えば後1時間くらいはここで作業を続けることもできるけど、今日は割とはかどってこの資料のほとんどを読むことができたし、ここで切り上げようかな。
私は周りに誰もいないことをいいことに机にうつぶせになった。しんと静まりかえっている図書館はなんだか
私は体を起こして、カバンからケータイ電話を取出し帰りのバスの時間を調べた。今から、一番近いバス停に行っても何十分も待たないといけない。少し時間をつぶさないとと考え、自然とねむりの手帳を取り出していた。こういった時間と時間の
私は手帳を開き、来る時にバスの中で読んだところはどこだったかなと、ページをぱらぱらめくった。
『5月3日
今日は学校の行事で山登りをしました。
学校からバスで1時間ほどのところにある、ススキ山という山を年に1度この時期に全生徒で登ります。登る理由は
行事の前日、さすがに体の弱い私が山を登れるか不安でいると、先生から「しかしさんは参加しなくても大丈夫ですよ。無理そうでしたら
私はそれを聞いて安心できたけど、やっぱり1人でただ自習しているのはきついし、みんなが楽しそうに山に登って行くのを
「ねむり、やっぱり参加できないの?」
「うん…。登れるか少し不安かな」
私が苦笑いしながらまいごにそう言うと、まいごは変に
「先生。ねむりさんがきつそうになったら、私が責任をもって一緒に
急なまいごの
どうやら、まいごは私に参加してもらいたいらしかった。
「そうね、でもねむりさんも不安と言われてるうちは登らせることはできないかしら」
「まいご、そう言ってもらうのは嬉しいけどやっぱり周りに迷惑かけれないよ」
すると、先生のほうを向いていたまいごが振り返った。
「大丈夫、ねむりが山に登りたくて登りたくてたまらない気持はちゃんと理解してるから。ここは私にまかて。もう少しで先生を説得してみせるから」と言われた。
不安だって言ってる私の話をぜんぜん聞いてない。その後もまいごは、おんぶの練習をしておこうと言って私をかついで教室を走り回り、「こわい」と言う私の声も聞かずに笑ってた。
山登りの当日、登る山まではバスで行き、登山口の近くでみんな降ろされました。私は当日までどうするか決められずに、教室で1人でいるのは嫌だと思いバスには乗ったものの、どうしようかとずっと悩んでいました。
目的地に着いたとき、まいごが私にこう言った。「今日、ねむりが登らずにここで待ってるなら、先生にお願いして私も一緒に待ってる」
私はそれを聞いて驚いき、「いや、悪いから大丈夫だって。一緒に待つことないよ。まいごまでそんな、つまんないことすることないって」
「つまんなくない。ねむりといるほうが楽しと思ったからそうするだけ。一緒にいてつまらなくなったら、ねむりを置いてダッシュで山をのぼり始めるから心配しなくていいよ」
そう、まいごが言うのを聞いて2人で笑った。
私は、あきらめたようにため息をつき、「どこまで行けるかわからないけど登ってみようかな」とまいごに言った。正直やっぱり不安は大きかったけど、もし何かあったとしても、まいごや先生と一緒なら何とかなるかなって思え、甘えさせてもらうことにした。
登るススキ山の標高はそんなに高くなくて、早い子だと1時間もせずに頂上まで登れる山でした。私もこれぐらいなら大丈夫かなと思って登り始め、最初の方は
まいごとずっと一緒に登ってたけど、途中でさすがにきつくなって
「まいご、先に行ってていいよ。後から私も行くから」とまいごに言ったけど、
1人で登ったってつまらないよと言って、けっきょく私が休憩しているのを待っててくれた。
そして、時間はかかったけどなんとか頂上にたどりつくと、綺麗な自然の景色が広がっていて、天気も良く風が気持ちよかった。タオルで汗を拭きながら山の緑を眺めていると、隣でまいごが考えてる人のポーズをしながら何かつぶやいていた。
「山に登り、汗をかき、こんなに良い景色を見たら、やっぱり叫ぶしかないよね」
「…うん。『ヤッホー』って一緒に言ってみる?他の山も多いし、
「チッチッ。そんな登山者同士の合図であるドイツ語の『johoo(ヨッホー)』が
一本指を
「叫ぶっていったらもちろん、好きな人への
急に何を言い出すのと驚き、まいごがまた冗談を言い出したと思った。
「定番じゃないよ!映画やドラマじゃないんだから、こんなところで何で告白なんてしなきゃいけないの。」
「そんなだから、ねむりはいつまでたっても前に進めないの。いい?私が先に叫んであげるから、ちゃんと見ててよ」
まいごは私の肩を
「え?ホントに言うの?ちょっとまってよまいご」
わたしは登山の汗とは別の汗が出てきた。まいごの行動の意味が分からず、とにかく止めないとと思ったときだった、まいごが両手を口に
「ねむりーーー!好きーーー!!」
まいごの叫びと同時にまわりの多くの視線を集め、私の変な汗を流れ続け、当のまいごは私に向って親指を立ててました。
今日は楽しかったことが多く日記が長くなりましたが、本当にまいごに助けられ感謝してます。友達でよかったです。これからもこんな日が続けばと思います。
登った山の近くでお土産屋さんや直売所で買い物をしました。その時もまいごへ渡したいものを探しましたがどこにもありませんでした。いろんなところへ行って探すけど見つからない。自分で探すのは難しいのかな。もう少し詳しく調べる必要があるのかもしれません。
今日もまいごは用事があると1人で帰ってしまいました。私も今日は疲れてたから、まっすぐに家に帰り、この日記を書いたら寝ようと思います。おやすみなさい。』
『5月24日
今日はお休みでしたが、友達は部活で、まいごもいつもの用事で出かけていて、何もすることがない空いた時間ができました。午前中は街にお買い物へ出かけ、午後はずっと家で借りてきた本を読んでいました。先月に図書館で1度借りてた本ですが、返却日までに読み終わることができず、今度こそと思い先週こりずにまた同じ本を借りました。
さっきやっと全部読み終わり、しばらく本のお話を思い返して自分なりに
本の裏に書かれた物語のあらすじにはこう書かれています。『卒業間近の少女が通う学校ではある噂が流れていました。街には
お話の続きはというと、その少女が鳥居をくぐって行った先は、今少女が通っている学校の入学式でした。少女はすごく喜んで、また昔と同じようにみんなと学校生活を送れると舞い上がりました。それから数日は夢のような学園生活を楽しんでいましたが、少女はあることに気がつきます。
校庭に咲いてる桜がいつまでも枯れずに、花びらをひらひらと降らせながらずっと咲いているのです。そのとき、ここでは時間が
私ももし、過去へ行くことができたら、もう1度中学や高校生活をしていきたいかな。夢の中でも自分が幸せだったらずっとその世界にいちゃうかも。うーん、難しですね、とにかく借りてきた本が面白かったことを書きたかっただけです。
次借りる本はもう決まっていて、ギリシャ神話の本を借りるつもりです。ギリシャ神話は大好きで、今までに何冊も
他の友達には神話のことなんて、興味がないだろうと思いほとんど話してません。でも1度、学校の図書館でその本を読んでいるとき偶然まいごが来たことがあります。
「何読んでるの?」って聞かれたので、これだよって言って神話の本の表紙を見せてあげました。
「まいご、ギリシャ神話って知ってる?」って
まいごが神話に興味ないのは分かってるけど、それだと今度まいごにわたそうと考えてる物の半分は意味がなくなっちゃうんだよ。どうしよう…。』
『6月13日
まいごに渡そうと思っているものがこんなに見つからないなんて思っていませんでした。このままだと私ももうすぐ見つけることができなくなる。もしかしてと学校中探したりもしたけど見つかりません。
私がまいごのことを思ってこんなに必死になってるのに、
いや、ダメ。気持ちをしっかり持たないと。でも、多少の
私は日記のねむりの世界に入り込み、もうすごく昔のことのような思い出をたどって、その頃ねむりが探していたものを、数年後の今になって一緒に探してる。
日記ではこの6月13日を最後に、ねむりが探していた物の話はいっさい出てこなくなる。こんなに探していたから見つけてほしかったけど、最後までわたしはねむりからこの何かをわたされることはなかった。
ねむりはなんで、探し物が何かを書かなかったんだろう。自分だけが読む日記なのに、ねむりがあえて書いていないのは
また、こんなに必死で探していたのに途中であきらめてしまったのを見ると、病気できつくなってたのかな。たしか、ねむりが病気の症状が重くなり、入院して学校に行けなくなったのが8月くらいだったから、もうその
学校にいたときや、ねむりが入院しているときもほとんど毎日会ってたけど、いつも変わらず楽しそうにしてた。だから、最後の日もねむりが亡くなるなんて全く考えてなくて、今日はどんな話をしてねむりを笑わせようかと考え病院へ向かってた。
急にケータイ電話の着信音が鳴って、電話に出るとねむりが苦しそうに呼吸してたのを覚えてる。
私が「ねむり、どうしたの?大丈夫?」と聞くと、うんって小さく答えて、前からまいごに言いたかったことがあるから、今日どうしても病院によってほしいと言われた。
私がもうそっちに行ってる途中だから、もうすぐ着くから待っててとねむりに言うと、「そっか、よかった。じゃぁ待ってるね。気おつけて来てね」と言われた。これが私が聞いたねむりの最後の言葉。
病院について病室に行ったけど、そこにねむりの姿はなかった。看護師さんに聞くと、
夜の10時くらいまで待ってたかな。窓から月明かりが差し込んで、ねむりのベットを照らしてるのを眺めてた。でも帰ってこなくて、しょうがないからその日はそのまま家に帰ることになった。家についた後、寝る前に一応メールで『大丈夫?良くなったら電話かメールしてね』と送ってからベッドで眠ったけど、なかなか寝付けなくてずっとケータイの画面を見ていた。
次の日、ケータイを見るとねむりからの電話履歴が残ってた。なんだ良かったとホッとしてねむりに折り返しの電話をしたら、出たのはねむりではなく、ねむりのおかあさんだった。
そのときねむりが亡くなったことや、ねむりのお葬式をするので来てくださいといった内容を話された。それからのことはあまり覚えてない。ねむりのお葬式にも行ったし、亡くなったねむりも見たけど、ずっと夢の中にいるようだった。
頭の中がボーっとして何も考えたくなかった。お葬式の間は不思議と泣かなかったけど、家に帰って夜ベッドで布団に入ったとき、急に涙がぽろぽろ出たのを覚えてる。悲しいと言うよりすごく
私にとってねむりの存在が大きかったせいで、ねむりが亡くなってしばらくして、私の性格が少しずつ変りだした。もう
ねむりと同じ大学にさえ行けれたらいいという漠然とした目標が消えたことで、急に将来の不安が
また、その時からよく夢を見るようになった。夢の内容は様々だけど、友達と楽しそうに遊んでる夢や、机で勉強してる夢、家族と笑ながら話してたりするいろんな私の夢。それらはバラバラで
現実の暗い考えな私と対照的なその夢は、今の自分を見つめなおし、この時を変えていかないとと自分自身に言い聞かせるきっかけになってくれた。
あの頃を振り返ると、ねむりが私の手を引いて、今の道に進ませたように感じる。
図書館の時計を見ると、バスの到着時刻はとっくに過ぎていて、また次のバスをまたないといけない
ケータイの画面には大学の友達のメールが何通か来てるのが写っていた。じつは、ねむりの手帳をもらってから、ねむりへの
ケータイの受信箱には返信していないメールが
急にドサっという何かを机に置く音が聞こえ、驚いて私の思考が止まってしまった。こんな夜遅くに私以外の人が図書館に来るなんてことはないと、
「…やっと見つけた」
顔を上げて声がしたほうをゆっくり見ると、向かいの机の椅子にカバンを置いて私を見ている女の子がいた。小さな顔に大きな丸い
「かたり…なんでここに?」
かたりと呼ばれた子は首を横に振って、
「なんでじゃないわよ。電話しても出てくれないし、メールしても返信してくれない。友だちに聞いたら大学の図書館でまいごを見かけたことがあるって言われたから、3つの図書館を見て回ったけど見つからない。図書館の
今日もあきらめて帰るつもりだったんだけど、たまたま理系の学部の図書館で借りたい本があったから寄ってみて、やっと今まいごを見つけたところよ。なんで私が友達を探すのに刑事の張り込みみたいなことしないといけいなのよ」
その子は怒ってはいるけど、なめらかな口調で今までのいきさつをすらすらと話してくれた。
「ご、ごめん…」
「この借りはちゃんと返してもらうからね」
この子の名前は彩色 語利(いろいろ かたり)。私と同じ20歳で、この大学の法学部に通っている。この子も県外から来てる子で、私と
「なんでメールも返してくれないのよ。メールくらいかえせるでしょ」
「違うの、今返そうとしてたんだよ。ほら」
私は、ケータイの画面を見せて、打ちかけの文を見せた。すると、かたりは小さくため息をついた。
「まいごが
言いたかったことがたまっていたらしく、かたりの話しは止まりそうになかった。
「いや、もうホント…ごめんなさい」
私は
「ちょっと、ここだと図書館だし、話しづらいからカフェにいかない?大学のカフェなら遅くまでやってたでしょ?」
窓の外を見た後、私の方に振り向きかたりは聞いた。
「え?…そうだね、まだやってると思うよ。確か10時くらいまでだったかな」
私はかたりにちょっと待っててと言って、机を片づけ、大学の本を元の棚に直し、急いで支度をした。
図書館の外に出ると真っ暗な空に満天の星空が広がっており、まさに
そういう私も大学に入って間もない頃に、この星空に感動して、ハカセに望遠鏡とシートを借りて、かたりと一緒に寝ながら望遠鏡を眺めてた。星座の知識が全くない2人で、学校に置いてあった星座早見表の
そのとき、かたりが『星って、こんな暗いなかでもキラキラと輝いて、ちから強くてホントに綺麗…そう、まいごみたいにね」と言ってふざけるのを私が苦笑いしてたのは今でも忘れてない。
私とかたりは図書館のあった丘を下りて、池の方へと歩いて行った。小道をしばらく歩き、浅い川が流れているところを飛び石を渡っていったすぐのところに、黒を
大学で夜1番遅くまで空いているお店はカフェだけだから、遅くまで大学に残っている学生はお店の明かりに
私は大学のカフェを利用することが多く、それはもう、お店の人に顔を覚えてもらえるくらい。こうやって夜中に大学にいれる場所があるのは嬉しい。星を見ながら友達とコーヒーを飲んで話すのはとても好き。
お店に着くと、かたりはコーヒーをブラックで、私はミルクとお砂糖を入れてもらい、外にあるテラス席に2人で座った。夜の冷たい空気がここちが良く、疲れた体を
「はぁ。なんかこうやってまいごとカフェ来るの、すごく久しぶりな感じがする」
かたりは席に座るとそう言って、コーヒーを一口飲んだ。表情はさっきより
「本当にごめんね。メールはしようしようと思ってたんだけど、なかなか気持ちの整理ができなかったというか、まさか大学にまでかたりが探しに来てくれてるなんて思わなくて」
そう言うと、かたりは私のほへ目をやったあと、また視線を池のほうへともどした。
「もういいよ。大学に来てたホントの目的は公務員試験の勉強をするためだったから。ついでにまいごも見つけることができればいいなって探してただけ」
こんなにしてまで会いに来てくれる友達がいるのに、私ときたら、1人で離れて悩んでふさぎ込んでいた。
「本当?ホントにほんと?」
私が疑うと、かたりはカバンから公務員試験の勉強のための参考書や問題集を見せてくれた。
「はい、これで信じてくれる?もうこの参考書重たくて、あの図書館に行く途中でどっかに置いていきたかったよ」
かたりは参考書を
かたりは私と同じ大学に通っているけど、勉強の出来には
出会った当初、かたりは私に公務員になるのが夢だと話してくれた。お父さんが市役所に
高校時代に
当時から将来のことをあまり考えていなかった私は、そんな夢を持ってるかたりがカッコよく見え、うらやましかった。
公務員試験の勉強は、それ専門の学校に行って勉強する人達がほとんどで、かたりもそんな専門学校に大学の講義が終わった後通ってる。
かたりの話しを聞いてるうちに
でも、私は学校に通ったりするお金がなかったから、かたりに参考書を借りて自分で勉強していた。私がそのとき勉強したのは市役所の事務職員の試験。試験科目は英語や数的数理といった
かたりと一緒に大学の空き教室や図書館で勉強したけど、そのときは1日4~5時間も勉強してた。かたりにこんなに勉強しないとダメなの?と聞くと、試験合格者の1日の平均学習時間と言ったものがデータで出ているらしく、この4・5時間の勉強時間がもっとも合格者の人数が高い時間らしい。
私はそれを聞いて青ざめながらもなんとかかたりと一緒に1ヶ月間勉強した。そして、公務員試験の
結果から言うと私が志望してた市役所の事務職員の合格率はE判定、かたりのほうはB判定となり、勉強の出来の違いをまざまざと見ることになった。公務員の本試験は毎年受けられるらしんだけど、私はこの先もこんなに勉強しないといけないのかと思い心が折れ、あきらめてしまった。あの時のことを考えると本当にかたりには申し訳ない…。
「そっか…、なら良かった。今日もこんな遅くまで勉強してたの?大変だね」
まぶたが重くなってるかたりに話しかけた。
「うーん、もう
かたりはコーヒーをおいしそうに飲みながら、疲れを
「すごいね。ちゃんと将来のことを考えてて。私なんていまだに何がしたいのか分からないまま」
かたりのがんばっている姿を見ると、自分が何もできていないことにすごく
「まいごは将来のことなんて考える必要ないよ」
急にかたりから思っていない言葉を聞き、耳を
「え?…なんで?」
私は目を大きくしてかたりに尋ねた。
「なぜなら」
「なぜなら?」
理由を尋ねるとかたりの顔が明るくなり笑顔になった。
「わたしの家で暮らせばいいから!」
かたりが何を言うのかという
「もう、かたりに助けてもらわなくても自分で頑張って生活していくよ」
「まいごがいないと一緒に遊ぶ人いなくなるじゃない。ねー、お願い。寝るときはフカフカのベッドを用意するから。私は
「…かたりはもっと自分を大切にして」
カフェにはこんな時間なのに、新しい学生がまた来てカウンターで何か注文しているのが見えた。ふと、そういえばハカセもまだお店で働いてるのかなと思い出す。
「いいアイデアだと思うんだけどなー。私みたいな選ばれた人は、将来多くの人たちの役に立つ義務があるからね。まいごの1人や2人くらい
私は、コーヒーを飲もうとした手を止めた。
「…選ばれた人?」
「そう、私はあの
「ねぇ!それだれに聞いたの!?」
たずねから聞いた噂話をこんなところで聞くとは思わず、私は気付くとかたりの話をさえぎり大きな声をだしてしまっていた。かたりの
カフェにいた学生の人たちも何事かとこっちを見ていたが、すぐに元の状態には戻っていった。
「ちょっと、なになになによ?急にどうしたのよ?友達の何人かから聞いたわよ。そんなに大学の噂話に興味あるわけ?」
かたりが
「誰が言ってたか覚えてる?顔とか名前とかわかる?その人たちはどこから噂を聞いたの?」
私は興奮がやまぬまま、かたりを
「誰って…、いや、友達じゃなくてネットで知らべものしてたときに知ったんだっけ…。そいえば、その噂を最初に知ったのはなんだったかは覚えてないかも。でも、この大学ではみんな当たり前のようにその『選ばれた人』っていう噂を知ってるから、大学の知りあいの子にでも聞いてみたら?まいごはなんでそんなに大学の噂話に興味あるわけ?」
かたりは小声のまま、まわりを気にしながら私に話した。
「いや…、じつはその噂、個人的に気にになってるというか、ほら、小学生とかならまだしも、大学生の大人がそんな非現実的な噂話するって不思議じゃない?」
私は興奮してしまった自分に気づき、ごまかしごまかしかたりに話した。
「そう?そういえば旧校舎にある絵から偉人の人たちが夜な夜な抜け出すみたいな噂もあったわね。言われてみると変な噂が多い大学かも」
かたりは
そうだ。そんな噂に加え、たずねが話していた噂まで流れている。やっぱりこの大学少し変な気がする。他と違ってるというか、山奥にある
「あっ!そうだ、ねぇまいご、ちょっといい?」
私が、頭の中を整理しながら考えをめぐらしていると、かたりが急に
「どうしたの?」
「こんど私、公務員試験の
「梅竹神社?あの学問の神様が
梅竹神社は県の
国の
本殿まで一直線に続く長い
「いいからいいから、行く日にちなんだけど、再来週の土曜日にしようと思ってて、空いてる?用事入ったりしてない?」
「えっと、ちょっとまって」
私はケータイを取り出し、カレンダーに書かれている自分の予定一覧を見た。
「うん、たぶん大丈夫。お店の仕事もお休みもらうことできると思うから、行けるよ」
そう言うとかたりの表情が、ぱああぁっと明るくなった。
「よかった。じつはその日、梅竹神社で
「灯明祭り?」
梅外神社では毎月1つや2つ何かしらの行事があり、その1つのお祭りなんだろう。なんとなく祭りの名前は聞いたことあるような。
「夜に、神社や本殿まで続く長い階段の周りに、竹を小さく切って作った何千個の
かたりは今日一番ってくらい笑顔で私に灯明祭りの説明をしてくれた。かたりも私と同じように、どこかへ出かけるのが好きで、よくこうやって
「かたり、それ合格祈願じゃなくてそっちが目的でしょ。なんか変だと思ったよ」
私はため息をつきながら、笑顔のかたりに言った。
「あとあと、その神社の名物になってる
かたりはケータイの画面を私に見せてくれた。そこにはまるで時代劇のセットのような
「もう、かたり。それは合格祈願に行くんじゃなくて、
私がそう言うと。
「いえ、まいご。
大学ではほとんど毎日、かたりとこういったどうでもいいような話を永遠としてる。かたりはホントいろんな話を私にしてくれて、そのどれも聞いてると楽しくて全然あきない。
こうやって他愛もない話をしてる時はとても幸せを感じる。いつか何年後かに、星空の下かたりとずっと笑い話ししてたことを思い出して、この時に戻りたいと思ったりするのかな。そう考えると、いつかこの時にも終わりが来ることがせつなく感じる。
でも、だからこそ今はこの幸せな時間に深く
その後も、夏休みの予定の話しや、私がいない間、かたりがどんなことをしてヒマをつぶしていたかとか、ハカセの家でのアルバイトの話しとか、会わない間に
そして、気が付くとお店の時計の針は10時近くを指しており、お店にいた学生もみんないなくなっていた。私たちは
今日はさすがに遅いから、本当に大丈夫って言ったんだけど、『寮に帰ったって一人で寝るだけなんだから一緒に待つよ』って言ってくれた。
バス停は簡単な雨除けの屋根が付いたシェルター型。ベンチが2つあり、時刻表を照らしているライトが闇のなかにぼんやりと浮かんでる。
片方のベンチに2人で座りバスの時刻表を眺めた。あともう少しで最終のバスが来るはずだ。これを逃すと本当に帰る手段がなくるため、この大学の学生は早めの帰りを心がけている。
私も
「あーあ。今日もあと1時間で終わっちゃう。大学に入学して1年ちょっと
バス停のベンチの隣で、眠そうな目線を遠くにやりながらかたりが言った。
「なにもできてないって、公務員試験の勉強やってるじゃない。来年市役所の試験を受けるんでしょ?」
私は、かたりの横顔を見ながらなんでそんなことを言うのと思った。
「違うの、私は今しかできないことをしたいの。大学生だからこそできる何かを。そう、例えばまいごさんみたいに、オープンキャンパスで大勢の前でスピーチをするとかね」
かたりは口元をにやけさせ、私を見ながら言った。私がゼミの先生からスピーチをお願いされたことはかたりにも話していた。引き受けるかどうかとても悩み、だれかに相談をしないと落ち着けなかったから。私はそれを聞いて首を横にふった。
「それはまだ引き受けるかどうか決めてないよ。先生に返事もしてないし、やっぱり私には荷が重いかなって思ってるところ」
私は肩を落としてかたりに言った。
「いえ、まいご。それをやらないで、大学生の間に何をするって言うの?そんなことできるチャンス誰にでも
「そ、そんな…。」
かたりの話しに圧倒されながらも、私は失敗を怖がっている気持ちを捨てられずにいた。
「今日もスピーチの準備のために大学来てたんでしょ?もったいないよ。まいごはもっと自分に自信を持たないと。良いセンスと才能があるんだから」
かたりはときどき、こうやって私の悩んでる背中を押してくれる。私が本心ではスピーチをしたいと思いながらも、踏み出せない気持ちを見抜いているのはさすが友達のかたり。本当にありがとう。
「だからさ…、悩んでることがあったらまた言ってよね。まぁ、私みたいなのに話せることなんて少ないかもしれないけど、一応まいごの友達だと思ってるし」
かたりは、今私がある悩みを抱えていることを感づいてくれてるようだった。1週間音信不通になっていた
「うん…。ありがとう。ごめんね心配かけて」
そう言うとかたりは私を見て、また目線を前に戻した。
「いいよ。落ち込んだり悩む時期は誰だってあるから。気が向いたらまた遊んでよ…。でも、梅竹神社へ合格祈願に行くのだけは
かたりの気遣いが胸に刺さり、とても嬉しかった。こんな友達を持てて私は幸せ者だ。そんな大事な友達に、もうさみしい思いをさせてはいけないと自分に言い聞かせた。
しばらくして、暗闇の中からライトを
かたりに「またね」と言ってバスに乗り込み窓から小さく手を
窓からかたりが小さくなって見えなくなるのを見ながら、かたりって昔の高校時代の私と似てるなって感じた。あんなに勉強はできなかったけど、性格や普段の話し方や考え方、根が明るくみんなを引っ張っていく感じはあの時の私と重なる部分がある。
もし、私が昔のまま大学生になっていたら、かたりのような学生になってたのかな。そしたら今よりもっと楽しい大学生活をおくれていたかもしれない。いつか昔の自分らしさという明るい性格も取り戻せたらいいな…。時間はかかるだろうけどね。
私はバスの窓から暗い景色がどこまでも広がる田んぼ道を
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