第5話 14時から15時
まいごが出かけた後、俺は店の入り口付近にある、レジカウンター裏に置かれた
通り過ぎる人達は、近所の知り合いや、学生や社会人、ご老人と年代はバラバラで、この店に対する反応も様々だ。素通りする人達はお店に興味がないのだとあきらめがつくが、気になるのは店の
商品の
何か良い手立てがないのかと考えを
今までは、
だが、日々の
しかし、この時間だと通りを歩く人もまばらで、前の景色も
葉の色が緑から黄色へと変わり、しばらくすると真っ赤に色づいた葉を落としながら冬の
自分も
体がいつもより重たく感じる。昨日まいごから渡された友人の日記を読んでいたため、眠ることのないまま朝がきてしまった。確かに眠気はあるものの、頭はいたって
病気で亡くなった友人の手帳と言われ、どんな重い内容かと思っていたら、
ただ、日記を全部読み終わった後、友人の探し物の
正直こんなに自分が
今日の朝もぎこちなさが出てそのことがバレないかとずっと心配だった。自分で推理をしておいて
実は、まいごには内緒でこの後、早めに店を閉め少し遠くへ出かけるつもりだ。というのも2日前、知りあいの不動産屋に寄って立ち話をしたとき、自分が副業の仕事をするつもりだとその店の主人に話したところ、仕事の相談をしたいと言われた。
なんでも、自分が貸している土地に
しかし、不動産屋の主人もそんなお金があるはずもない。このとき、1番よくある解決方法としては土地と家を両方売って金にし、その金を土地分と家分でそれぞれ分けて貸主と借主にあげる方法だ。その話をまとめるため、また相談の話が真実か確かめるため土地を一度下見に行こうと考え、今日出かけることを決めた。
ただこれは、出かける本当の目的の理由づけだ。この土地がある場所は実はまいごの実家がある町にほど近く、まいごの友人の探し物を探すためというのが本来の目的。自分自身このことが解決しないと仕事も手につかず、すぐに行動に
俺は小さくため息をついて外を見た。夏の日差しが
「人助けか…」
そうつぶやくと、俺は自分の手を見つめた。
思い返すと今まで生きていた中で、助けを求められさえすれば、自分なりにそれに
昔、弁護士になりたかったのは、物を使わず口と知識と法だけで人を助けている
母は10年ほど前に病気で亡くなり、その後、5年前まで家族は親父と兄貴と俺そして弟がいた。親父の名前は抑内 久次良(よくない くじら)、あのころ親父は今兄貴がしている仕事をしていて、防衛省の情報本部というところで働いていた。
そこでは主に、テロや他国の軍事等の
集められている情報の
集積方法は例えば
そんな仕事をする親父を見て育った兄貴も、親父の道をなぞるように同じ職についた。俺は俺で小さい頃からあこがれていた弁護士になる道を選んで進み、ロースクールに通った
兄貴も俺も社会的には成功できたが、とても勉強が得意だったわけではない。というのも、これら全てが実は弟のための努力だった。
弟の名前は抑内 依奈久吉(よくない いなくよ)。年の離れた弟は俺とは7歳も離れていて、他人からは兄弟と言うより親子のように見えていただろう。弟は脳に障害があり学習能力は
今でも弟のことを
大きな服が好きで、よくぶかぶかの長袖のシャツを着て、そでから手が出せていなかった。ケーキが好きで店に行くとショーケースに両手を
また、なんにでも興味を持つ性格で、公園なんかに連れて行くと体育座りのように足を手で
ただ、この生活がずっと続かないのは頭の
兄貴と俺は必死の勉強の末になんとか弟の面倒が見られそうな職につくことができ、正直本当に嬉しかった。俺が弁護士になったとき、理解できないと知っていたが、弟に「イナクヨ、俺が弁護士になったから将来の心配なんかしなくていいぞ」と言うと、弟は何も理解しないまま、うんうんと言うように
ただ、この
あれは2年前の12月ごろ、俺が弟とショッピングモールへ買い物に出かけていたとき。買い物を済ませ外に出ると、外はすっかり暗くなっていて、街のいたるところにイルミネーションの明かりが綺麗に光っていた。
クリスマスが近いこともあって、街の広場に大きなクリスマスツリーが
とくに、これから用事があるわけでもなく時間はあったので、気が済むまで見せてやろうと思い一緒にその綺麗に飾られたクリスマスツリーを見ていた。自分も小さい頃は目にするものが全て新しく
そんな思いに
「はい、ヨクナイですが」
「…」
まるで返事がない。自分の声が聞こえていないのだろうか?
「もしもし、誰ですか?聞こえますか?」
ケータイの向こうからは
「すみませんヨクナイさんですか?」
やっと男性の声が聞こえてきた。はきはきと、しっかりしたその声はまるで聞き覚えがなく、頭の中に知人の顔をいくつか浮かべてみたが当てはまらない。
「はい、そうです。すみませんがどなたでしょうか?」
「…あの、外の
そのとき、たしかに俺は街の中心街にいて、周りでは多くの人たちがこの広場に集まりにぎわっていた。弟の方を見るといまだに
弟は最近気に入っている親指を立てて『
俺はその場から急いで離れた。高級そうなホテルの入り口付近へ着くと、人はまばらで、
「移動した。すまないが誰か名前を言ってくれないか。この番号を俺は知らない」
しかし、また返事がない。
「もしもし」
いくら話しかけても何も話してくれない。弟を待たせているし早く電話に出てくれと思っていると、しばらくして急にプツりと電話が切れた。
「いったいなんなんだ…」
俺がケータイを見ながら不思議がっていると公園の方で突然だれかの
嫌な
しかし、俺の予想ははずれていた。そこには弟が
それを見た
俺は近くに行って
病院で弟の死因を調べてもらうと、誰かから胸を銃で撃たれていたそうだ。ただ、俺はそれを聞かされても何も考えることができなかった。なんで殺されたかよりも、今ここに弟がいない現実が受け入れられず、ついさっきまで一緒にいたのにという思いしかなかった。そのとき、俺の人生の目的がすべて無くなりカラッポになったのを
まわりから変な弟だと後ろ指をさされても、俺にとってはいなくてはいけない存在で、弟は俺の心臓のようなものだった。
だが
しかし、どういう分けか警察からこの一連の出来事の詳細ははっきりとは教えてもらえず、「調査をしている」とばかり言われ、どれだけ問い詰めても聞く耳をもたない態度を
だが、後から親父が家族を殺すと
このとき俺は
いや、確かに弟や親父は亡くなったが、まだ二度と会えなくなったわけではないことを俺は知っている。人間の知識と技術をかき集め、人に
俺は大きく息を
俺は厨房に向うと、冷蔵庫に張られている手書きのメモを確認し、商品の在庫数をチェックした。その商品の中からこの店で今売れ
これを
ぱっと見でもわかる高級そうな黒のスーツに茶色い
「これはまた、めずらしい客が来たな。会うのは半年ぶりか
俺は
「あぁ、それぐらいになるか。忙しくてな。近くで用事があったんで寄らせてもらった。お前一人か?」
兄貴はどんなに日をあけて会っても、態度も口調も何一つ変わらず接してくる。俺もそうだが、ここらへんは親父にかなり
「なんだ、兄貴ほど
そう言うとため息をつきながら「相変わらずだなハカセ」とあきれられた。
兄貴はカウンターの一番手前の席に座り、書類なんかで重くなってそうなカバンを床に置いた。店内を見渡して何か確認しているようだ。俺の店に来るのはこれが初めてで、どんなものかと
兄貴の名前は抑内 久未(よくない くま)。歳は27で防衛省の情報本部で働いている。国内にとどまらず海外にまで出張で出かけることも多く、兄貴に会える機会は年々少なくなっている。俺が洋菓子店をしていることは話していたが、食事の約束をしても兄貴の職場の近くの店で落ち会うことが多く、俺の店まで来ることが今までなかった。いつか俺の店にも来てくれとは言っていたが、これまた
「なかなかいい店じゃないか。家は古いが
「あぁ、知りあいの
俺は店の壁にかかっている、海外の町の風景画を指さして言うと、兄貴は
「今日は時間があるんだろ?コーヒーでも飲んでいかないか?」
そう言うと兄貴は腕に
「じゃぁ1杯頼む」と注文した。
それを聞きながら、サーバーの上にあるドリッパーにフィルターをセットし、事前に引いているコーヒー豆を入れお湯をそそいだ。しばらくすると、いい香りが店に
「店はどうだ?うまくやっていけてるか?」
「開店当初は客もなかなか来ないし大変だったよ。今はやっと常連の客もできて
「しかし、本当に洋菓子店を始めるとはな。最初聞いたときは冗談話みたいに笑って話していたから、まったく本気にしてなかった」
「冗談は苦手なんだよ。兄貴も知ってるだろ?」
コーヒーを
「いろんな産地のコーヒー豆をブレンドしてるんだ。俺が苦手だから
兄貴はカップの取っ手に指をかけコーヒーを一口飲んだ。
「いい味だ。
「他の店を参考にしたり、コーヒー豆の専門店の店主にいろいろ聞いたりして豆のブレンドや淹れ方を考えたよ」
「そうか、昔から何かと研究熱心だったからな。それが
兄貴はそう言うと何か考えてるようなそぶりを見せ、少し間をとった後ゆっくりと話しだした。
「実は今日ここに来たのは、お前の顔を見るのと、もう一つどうしても話しておきたいことがあったからだ」
「話したいこと?」
直接会うのは久しぶりで、
「なぁ、ハカセ。前にこの家の部屋を少女に貸してると言っていたが、それはまだ続いているのか?」
「少女?あぁ、まいごのことか、まだその子に貸してるよ。たぶん、大学を卒業するまでは借りるんじゃないかな」
「そうか…。その子なんだが、どんな子だ?」
急にまいごの話になりとまどった。今まで兄貴とは部屋を貸してること以外はまいごについて話した覚えがない。いったいどうしたのだろうか。
「どうって、普通のそこらへんにいそうな大学生の子だけど。それが?」
兄貴は俺の淹れたコーヒーをまた一口飲むと、俺を一瞬見てまた目線を戻した。
「実はこの前、職場の
まったく予想していなかった内容に驚いた。
「危険?まいごが危険?」
「このままだと、その少女にお前は殺される可能性が高い。できるだけ早くあの部屋から立ち
あまりの
「ちょっと待ってくれ、殺される?俺が?」
俺はその話に驚いて笑ってしまった。
「そうだ、何を笑ってるんだ?」
「いや、俺が見ないうちに兄貴もずいぶん冗談がへたになったなと思って」
「まじめな話だ。立ち退いてもらわないと、お前は確実に殺される」
何がどうなって兄貴がこんな話しを信じたのか分からないが、どうやら本当に俺が殺されると思っているようだ。血のつながっている家族が俺しかいないのは分かるが、心配しすぎだ。さすがに兄貴は少し働きすぎて疲れてる。俺は落ち着かせるように話した。
「兄貴、人違いだ。いくらなんでも
「間違いはない、同僚からその少女の身元情報を見させてもらった。本名はいつもまいご。お前の部屋を借りてる少女に完全に
「なら、そのデータは間違ってる。役に立たない」
「なぜそう思う?」
「まいごが人を殺すわけないからだ。」
「理由になってないぞ。」
「1年半部屋を貸してたんだ。もしまいごが人殺しなら、俺はとっくに殺されて、
兄貴は俺が
「この
「なぁ兄貴。何を知ってるんだ?なぜそう言い切れる?理由を教えてくれよ」
兄貴の気持ちがブレないことで、どうやらこの話しに
「悪いが理由は教えられない。教えた場合、お前自身を危険に
「すまないが理由を聞くまでは、まいごに立ち退きを要求する気はない」
俺はどうしても折れることが出来なかった。兄貴の勘違いとしか思えず、理由を聞かなければ納得出来ない。
「お前が弁護士会から
「…」
過去の苦い思い出が
「えらくその少女の肩を持つな。同じ家に住んでいるのは1年かそこらだろ?情でも移ったのか?」
不意に痛いところを突かれ言い返すことが出来なかった。昔から兄貴には俺の考えや気持ちを
「なぁハカセ。実はこの半年でイナクヨの件の調べが大きく前進した」
兄貴のその言葉に息を飲んだ。
「…本当か?」
「あぁ、名前はまだ教えられないが、イナクヨを殺した犯人の特定ができた。しかも、殺し自体は
「そうか…」
あまりの嬉しい報告に鳥肌が立つ。弟が本当に帰ってくることが現実味を
「そのためにも、
兄貴は俺を
「コーヒー代をここに置いておく、また近いうちに来る。それまでに
コーヒー代にはあまりにも多い金を置いて出て行こうとする兄貴に声をかけた。
「なぁ、兄貴の仕事の方は大丈夫なのか?俺のせいで
俺はずっと気になっていたことを兄貴に
「大丈夫だ、心配するな。もし、まだあのことを気にしているようなら思い違いだ。お前は自分の心配だけをしていればいい。無理にお前の行動を正当化するつもりはないが、気持ちは理解している」
兄貴はそう言うと「じゃぁな。」と言って店を出た。正直、兄貴の心配するなと言う言葉は信用していない。仮にも俺は犯罪を犯している身だ。犯罪者の兄貴という立場がどういったものなのか、
あれは、弟が亡くなって間もない頃だった。あの時の俺は
あのとき、弟のそばを離れなければ。そう思わずにはいられなかった。それと同時に弟を殺した犯人への
ただ、復讐といっても犯人を殺してではなく、法の裁きを受けさせたいと考えていたことを思うと、まだこのときは人の道をぎりぎり
弟や親父が殺された理由は、コカインの大きな
その犯人の名前はスグル ケムリ。顔は色黒で
俺は決意し、ある夜そのケムリという人物の家へと行くことにした。そいつの家は川沿いのマンションで、
その
ケムリという男は俺を見るなり目をそらし、何も知らないの
事件のことを話せばお前を警察に突き出すことはしないでやると
男は口元から血を流していたが、なぜか笑っていた。その男が「どうした、もう終わりか?」と言ったとき
おれがその状況に
その
俺が男を
ケムリという男は前科もない普通の一般人だった。その男に関係ない事件の犯人だと思い暴力をふるった俺は
後に嘘の情報を提供した奴らに電話をしたが、全く
兄貴にはずっと迷惑ばかりかけ、本当にできそこないの弟ですまないという気持ちになる。いつか恩を返したいとは思うが、生活にも困っていない兄貴にどうやって恩をかえせばいいか分からない。せめてイナクヨを助けることができれば、こういった考えも前に進めそうだが…。
店の時計を見ると短針が15時の近くを指していた。店を閉めてそろそろ出かけないと。
俺は店の外に置いてある看板を中に入れシャッターを閉めた。
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