第3話 7時から14時
私は
前を見ると海が一面に広がっていて、太陽がその海に沈みながら、あたりをオレンジ色に染めていた。何かのお祭りなのか、
そんな景色を見ていると、なんだか幸せな気分になれた。波の音と
すると、カランカランという、はくのに
私は立ち上がり、「やっと来てくれた。ずっと待ってたんだよ」とねむりに言うと、ねむりは笑って私に何かささやいてる。
でも声が聞こえない。まわりのいろんな音はちゃんと聞こえるのに、ねむりの声だけ聞こえてこない。
私がその状況にとまどっていると、ねむりは、こっちというように手を動かし私を
わたしは、夕焼けに染まり心地のよい海岸沿いの道をねむりと一緒に歩いた。でも頭の中に
気が付くと、まわりはすっかり暗くなり気温も下がって涼しくなっているのが分かった。夜に
私は驚きながらも手を引かれるままねむりについて行き、砂浜の波が打ち
見上げると、空に
となりを見ると、ねむりも笑顔で花火を見てる。でも、なぜか泣いていて、
でも何も聞こえない。花火の大きな音やまわりの楽しそうな声は聞こえるのに、ねむりの声だけがどうしても聞き取れない。私は「ねむり」と呼びかけるけど、ねむりにも私の声が聞こえていないようで、私のほうへ
それは、見慣れたハカセの家の木造の天井だった。横を見ると窓のカーテンの
ねむりの夢を見るのはこれで何度目だろう。昔より減ってはいるけど、いまだに見てしまう。夢の中はいつも楽しくて、どこかせつない
前の夢までは、ねむりと話すことができていたのに、なぜか今回はねむりの声が聞こえなくなってた。どうしてだろう…。原因があるとしたら、ねむりの手帳を読んだせいかもしれない。昔、ねむりといろんなことを話していたけど、その言葉の奥にあった本当の言葉を聞き逃していたことに手帳を読んで気がつかされた。声が聞こえないのは、その後悔からきてるのかも。
私はベッドから起きると、階段を降りて1階にある洗面台にいき顔を洗った。暗い表情の自分の顔が写っている鏡を見ながら、落ち込んでいたら今日という日がもったいないと自分に言い聞かせ顔をタオルでふいた。
リビングに行くと、庭のほうの戸が開いていて、朝の光が差し込んでる。ハカセがいるだろうと思って見渡したけど、いないみたい。いつもはだいたいこの時間に朝食を食べてるんだけどな…。もしかしたらもう仕事の準備に取り掛かっているのかも。
私はテーブルに置いてある紙袋からパンを1枚取り出しトースターで焼き、焼いているあいだに牛乳をコップに注いだ。パンにシロップとバターを塗って食べ、スズメの鳴き声を聞きながら朝食をとった。
その後、私は部屋に戻り服を着替えへ、この家の1番特別であろう部屋へ向かった。たぶんハカセはその部屋である準備をしているはずだ。私は階段を下りて廊下を渡り、つきあたりの角を曲がってすぐの扉を開いた。
そこは20畳ほどの部屋になっていて、右側には手前から奥に向って黒いクラシカルなカウンターがあり、椅子が
左側には落ち着いた色合いで
奥を見るとハカセが
チーズケーキや桃のタルトケーキ、ガトウショコラなどオシャレにデコレーションされたケーキ達をお客さんが前から見やすいように
ショウケースの上にはリボン付きの袋に
そう、この家の一室はお店になっていて、
今はその主人の息子さんがこの家の持ち主で、この家を
弁護士の職場を離れた後、すぐに第二の夢だった洋菓子店をする準備に取り
ハカセは学生の頃に、ある小さなホテルのレストランでアルバイトをしていて、そこでは食後に出すスイーツのお菓子を作るアシスタントを
そこで 料理の楽しさを知ったハカセはレストラン従業員のまかないを進んで作り料理のレッスンをうけたり、有名シェフの
一時は弁護士の道を捨てて本気でパティシエになるための学校に通うか悩むくらいだったって聞いてる。
そして、私はそんなハカセの家の部屋を、お店の手伝いをするっていう条件で安く借りてるの。お金がなかった私は不動産屋に相談し、最近お店を開いたけど人手が欲しくて困ってるハカセのことを教えてもらえた。お給料ももらえるしお金の面では困ってないから、本当に助かってる。
お店のケーキやお菓子はどれもおいしいけど、私のお勧めはプリン。生クリームを多めに使ったプリンは甘い中にもこくがって、下のほろ苦いカルメラと一緒に食べるとより味が深くなる。お菓子を多めに買うお客さんには安くしたりしてるから、もしお店に寄ったときには私に聞いてほしいな。
お店の名前はクーヘンっていう名前。最初聞いたときは変な名前だなと思ってハカセに名前の意味を聞くと、なんてことはない、クーヘンはドイツ語でケーキという名前らしい。言われてみればバームクーヘンのクーヘンかとそのとき気づいた。ハカセもいろいろ考えたみたいだけど、途中で考えるのが
私は厨房横のロッカーからエプロンを取出し身に着けた。
「おはよう。ハカセ、今日は早いね」
私はケーキを並べているハカセの背中に声をかけた。
「あぁ、時は金なりだ。限りある時間を有効に使っていかないとな」
そう答えながらもハカセの商品を並べる手は止まらず、とめどなく動いてる。
朝からほんとに元気だなハカセ…
「そうそう、お店の売り上げ去年の同じ月の売り上げと比べてかなり上がってる。ふつう暑い時期はケーキやお菓子の売り上げって減るけど、そこまで下がってないし、順調だね」
私はシンクで
「いや、まいご。俺の人生の予定だと、いまごろは大手デパートに俺の名前がついた菓子が並んでいるはずだった。かなり出遅れているから、ここから飛ばしていかないと計画がくるってしまう」
ハカセは
最初はそんなハカセに付いていけないと感じてたけど、長く一緒にいると不思議で、じつは私も引っ張られるようにハカセの考え方や
「でも、食べ物の味の好みなんてみんなバラバラだし、有名になるまでたくさん売るのってホント難しそう。食べ物売ってる大きな会社の人たちはどやってるんだろ。タダで教えてくれないかな」
お店の前に出すブラックボードの看板に何か書きこみをしているハカセに向かって私は言った。
「国が違えば確かに難しいが、同じ日本に住んでるならどこも同じような米が主食で、味付けに
まいごはハカセの推理をしているかのような説明を聞き、そんなことまで考えてたの?とあきれてしまい、「そうなのね」と言って話しを終わらせた。
「よし、できた」
そう言うと、ハカセは何か書いていたブラックボードの表を、私に見えるように見せた。そこには新商品のケーキ、レモンのタルトがポップな絵と文字で描かれていた。
この立て看板には旬の果物を使っているケーキや新しく作ったお菓子等、その日その月でのオススメの商品を書いてお店の入り口付近に立てかけてる。この看板を見てお店に入ってくるお客さんもいるから、ハカセがいつもいろんな色のマーカーを使いながら
このアルバイトも始めた頃は忙しく感じたけど、今では
こうやって1日お店の仕事をしていると自分が大学生だというのを忘れそうになる。でも、喫茶店で働くのはとても楽しい。ほとんどの時間をお客さんとカウンター
ここでハカセにいろんなことを教えてもらって、自分のお店を持つのも
私はそんな自分の将来を楽しく想像しながらテーブルに置かれているコーヒーの砂糖やミルクが少なくなってないかチェックをしていた。厨房の冷蔵庫を見てみると、在庫が少なくなっていたガトーショコラやフィナンシェの
いつもは2人で準備をするけど、今日はやけにハカセが早く起きてたらしい。朝が弱いから『自分が寝坊をしたときはたのんだぞまいご』とか言ってたくせにどうしたんだろう。
ハカセを見ると、お店の準備がひと段落したようで、お客さんの席に座ってメニュー表をながめている。しかし、よく見るとハカセの顔に
「あれ?ハカセ、目が赤いけど…もしかして寝てないの?」
私はびっくりしてハカセに聞いた。
「あぁ、今日は
ハカセはゆっくりと、うなずきながら答えた。
「まさか、昨日渡したねむりの手帳をずっと読んでいて寝てないんじゃ?」
私はハカセの冗談を
「確かに読んだが、寝てない理由は他にもすることがあったからだ。手帳を受け取ってなくても同じだったよ」
そう言うハカセを私は疑いの目でじっと見た。じつは今日、午後から大学のゼミの先生にお願いされている
「私、今日はやっぱり1日お店にいることにするよ。べつに大学の課題をするのはいつでもいいんだし」
私は
「いや、午後からは自分一人で十分だ。昼の忙しい時間までいてもらえれば、後はほとんどコーヒーだけを飲みに来る客だけだ。コーヒーを
「眠ってたらできないわよ。そんな状態のハカセを一人おいて大学に行っても、気になって課題に集中できないし」
私がそう言うと、ハカセは顔を
今日のハカセはどうやら引きそうにない。正直この言葉が真実なのか分からない。いつも冗談ばかり言ってる
「本当に大丈夫なの?」
「あぁ平気だ、1日寝ないくらいたいしたことじゃない。客がいないときに
あまり信用できなかったけど、そう言うハカセの言葉をしかたなく聞き入れ、午後からは大学に行こうと決めた。
でも、それまでにできるだけ明日のお店の準備を進めておこうと思った。ハカセが明日のことまでする
私はケーキを作るため、小麦粉をふるいで細かくしていく作業をし、それを砂糖や卵、バターと一緒にミキサーで混ぜ、オーブンで焼きながらアレコレと考えていた。そうこうしていると、お店のドアに掛けてある
お昼がすぎて2時近くになるとやっと
私は
大学の講義があるときはだいたい手提げかばんを持っていくけど、今日は向こうで作業があるので両手が
私は他に持っていくものがなかったか考え、そうだと思いだし机の引き出しを開けてハっとした。先週から持ち歩いてたねむりの手帳を持っていこうとしたけど、ハカセに貸していることを思い出した。持っていないと、落ち着かなくなっている自分にこのとき気が付き、何日間かはがまんしないとと自分に言って、机の引き出しを閉めた。
私は階段を下りて、お店の部屋とは別の
「眠って、カップにずっとコーヒーを
ハカセを見ると、お客さんのいなくなった席に座り疲れている感じだった。
「あぁ、大丈夫だ。安心して大学に行ってきてくれ」
そう言うとハカセはレジ下の
「え?これ」
「探し物で重要な部分はメモを取った。これは返しておくよ」
私はその時、さっきの眠ってない言い
「今日はなんか変だなと思ったよ。こんなに急いで読むなんて」
「べつに急いだつもりはないさ。面白い本を1日で読んでしまった経験は誰だってあるだろ?それと同じだ。いろいろと知ることができて
ハカセの目はぼんやりとしていて、まぶたが重そうだ。
「でも、ありがとう…。手帳持ってるとなんだか落ち着くから」
私がそう言うとハカセは黙ってしまい、私から目をそむけた。死んだ友人の
「それじゃ行ってくるね。お店は頼んだよハカセ」
私は黙ったままのハカセに声をかけ、部屋から出ようとした。
「まいご」
すると急にハカセが部屋から出ようとする私の背中に声をかけた。
「俺はその手帳の子ほど
私はその言葉に
「気つかわなくていいから。じゃぁね」
ハカセにそう言って部屋から出て行った。
上には
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