第三話
産まれたときから他人とは何か違うと感じていた。それが自惚れでなく、残酷な事実だと思い知ったのは小学校高学年の時だったと思う。
からかってきた男子を振り払おうとした時。何を言われたかも覚えてないが当時の私は怒っていたのだろう。苛立ちに任せて振った腕は机の天板を粉砕し床を大きくひしゃげさせた。
中学校に上がると私と関わろうとする人間は居なかった。二年になり変な噂が独り歩きし始めた頃、紅田校長と出会った。当時両親すら見放した私に唯一道を示してくれた。
男「ん?おはよう、七原」
七原「あれ、先生。おはようございます」
この人は、どうなのだろうか
第三話 ウラガワ
七原「こんな時間に何してるんですか?」
男「休日は朝御飯の前に土手をひとっ走りする事にしてるんだ」
七原「私と同じですね…その後体調は大丈夫ですか?」
男「ん?ああ一晩寝たら治ってたよ。戸ノ内先生にも見てもらったけど『健康体だよー、頑丈だネッ』だってさ」
七原「それは良かったです」
男「本当。しかし『魔術』とは…」
七原「…驚きました?」
男「意外は意外だけどね。ただ逆に私が顧問で良いのか分からないよ」
七原「大体の事は戸ノ内先生と副校長がフォローを入れてくれますから」
男「私はお飾りってことかな…」
七原「いえ、それは無いと思いますよ。」
男「なぜ?」
七原「…なんとなく、先生はお人好しだから、とかですかね」
男「ふふ、副校長も同じようなこといってたよ」
七原「なるほど…間違いなさそうですね」
男「これから頑張るよ、これから…」
こうして私が二南校に入学して初めての休日は春休みからの癖が抜けずランニングで幕を開けた
七原「少しどこかよっていきません?」
男「うん?別にいいけど」
七原「といってもこの辺りは土手沿いの住宅街しかないしこんな朝早くに開いてるとこがありますか…?」
男「ああ、それもそうだね」
七原「…先生って独り暮らしでしたよね」
男「そうだよ」
七原「朝御飯、先生の家で食べたいです」
男「えっ…それはちょっと困るなあ…」
七原「そうですか?」
カチッ…『みんなかわいい』『みんなかわいい』『みんなかわいい』『みんなかわいい』…カチッ
男「ここだよ…」
七原「へー、アパートなんですね…しかも私の家から十五分位ですよ、ここ」
男「耳寄りな情報をありがとう…ああ、少し片付けて来るから待ってて」ガチャガチャ
七原「気にしませんよ、と言いたいところですが隠したいモノの一つや二つ男の人には有りますよね、待ちます」
男「別にそういうのは無いから!」
七原「そうですね、そう言うことにしときましょう」
男「…ぐぬ」ガチャ
男「七原~入っていいぞ~」
<はい、失礼します ガチャ
七原「…襲ったりしません?」
男「おまっ…襲わないよ!」
七原「それは…残念…」
男「…生徒を家に入れるのすら問題になるんだからな、しかも女子…」
七原「新聞のニュース欄に載らないといいですね」
男「コイツ…」
七原「喋ってたらお腹、すいちゃいました。ご飯お願いします」
男「ああうん…家に連絡しなくて良いのか?」
七原「…ああ、うちトモバタラキで両親とも居ないんです。弟には私がご飯を作ってます」
男「へえ、弟がいるんだ」
七原「言ってませんでしたっけ、今年小四なんです」
男「少し手がかからなくなってきた頃かな?」
七原「そうですね、友達の家に遊びに行くことを覚えたのでそんなに…うちでも遊んでるみたいですけど」
男「そっか…寂しかったりする?」
七原「いえ、そんなに。どうせ同じ家に住んでますから」
男「それもそうだね」
七原「あ、今『寂しいです』って答えたらフラグ立ってました?」
男「…どうしてそういう発想になるかね、この娘は…」
七原「くすくす、さあ喋ってないで手を動かしてくださいよ」
男「こっ…コイツ…」
久々にこういう会話をする気がするな、と思う。思えば独り暮らしも板についてきたものだ。二南校に進学すると決めて田舎から出てきた時からだから…何年目だっけ。というかなんで二南校に進学したんだっけ…
七原「先生?どうしました?」
男「いや…なんでこうなったんだっけと…」
七原「???」
男「あ、いやこの状況じゃなくて人生的な話でね。気にしないで」
七原「先生が言うなら気にしないでおきます、ただ料理をしてるときは火から目を離さない方が良いですよ」
男「ごめんごめん」
男「出来たよ、はい」
七原「ご飯とお茶と…箸、あとは何か準備要ります?」
男「あっ、テレビつけてテレビ」
七原「はいはい」
男「ニュースを見るのが日課になっちゃってね」
七原「健全だと思いますよ、朝から如何わしいモノでも見始めたらどうしようと思ってましたから」
男「そりゃどうも。後半は聞かなかったことにするよ」
七原「それは残念…」
男「じゃ、食べようか」七原「はい」
「「いただきます」」
カチャカチャ…
七原「…普通に美味しいですね」
男「そう言ってもらえると嬉しいよ。人にご飯食べてもらった事なんて無かったからなあ」
七原「そうなんですか?」
男「ん?いや…高校の頃あったような、無かったような」
七原「なんですかそれ…」
男「よく覚えてないんだよ」
七原「はあ…しかし朝から良く食べますね」
男「まあね…食べないと頭が働かなくてね」
七原「ご飯も一人の量じゃなかったですし…」
男「あれは昼の分もあったからね」
七原「…あ、じゃあもしかして私が食べちゃったから今日の昼は」
男「気にしないでよ。丁度どこか食べに行こうと思ってたんだ」
七原「どこかに食べに行こうと思ってた人が昼までの分は炊かないですよね?」
男「きゅ、急に思ったんだよ」
七原「…すみません。今度何かで埋め合わせします」
男「本当気にしないで。こんなかわいい娘と朝御飯が食べれただけで役得だからさ」
七原「え?」
男「あ、いや、今のは言葉のあやで…」
七原「…」ごそごそ
男「まさか…」
カチッ…キュルルル…『こんなかわいい娘と朝御飯が』『こんなかわいい娘と朝御飯が』『こんなかわいい娘と朝御飯が』…カチッ
七原「美味しいですね」
男「なんか味しなくなったわ~なんでかな~」
……………
「「ごちそうさまでした」」
七原「ふ~朝からお腹一杯です」
男「お粗末様でした、かな?」
七原「久々に自分が作った以外のご飯を食べました」
男「そっか…また暇だったらおいでよ」
七原「良いんですか?」
男「別に一人分増えたところで大した負担じゃないし、良かったら弟君も一緒にさ」
七原「じゃあ、そのうちお言葉に甘えさせていただきます」
男「うん。いつでも来て良いから…連絡先持ってる?」
七原「はい、部活の連絡網に先生のがあったはずなので」
男「了解。じゃあ、気を付けて」
七原「ごちそうさまでした。それでは失礼します」
ガチャ
優しい人、なのかな。ついついからかっちゃうけど、善い人なんだろうな…
男「ん?電話…?」
………
吉祥「そこで私はこう言ってやったわけよ。『左手はヘッドホン、右手をクラクションにー』…お?あの後ろ姿は」
香椎「く、クラクションに?クラクションにの後はなんて言ったんですか?」
吉祥「あれ…赤田せんせーか?」
香椎「あ、ほ、本当ですね。赤田せんせ…あっ」
吉祥「…横の女は誰なのかな」
香椎「か、彼女さんですかね?後を追いましょう!」
吉祥「待って待って代金払ってくるから…」
香椎「み、見失っちゃいますよ!」
吉祥「わかってるわかってる…よし行くぞっ」
男「…が……に…め…で……」
女「………い……お…………」
吉祥「何て言ってるがわからないな」
香椎「集音を使います…えいっ」
吉祥「ガチじゃん?どうした?」
香椎「しっ…聞こえません」
吉祥「お、おう」
男『そうなんだ、それで…』
女『…ですか、こちらこそ驚きましたよ』
香椎「むむ、人混みで聞き取り辛いです…」
吉祥「何か聞き覚えのある声のような…」
男『…うした?』
女『いえ、………たような気がしま…て』
男『ん?そう?わから…ったよ』
女『良く……るような感じの…あ』
香椎「なんですかなんですか~」
吉祥「…なあ滅茶苦茶嫌な予感するんだけど帰っていい?」
香椎「こ、ここからですよ!」
岸華「何が…ここからなんですか?香椎さん…?」
香椎「あっ」吉祥「あっ(死)」
男「岸華さん、どうしたの急に…って香椎さんと…吉祥さん?」
岸華「先生」ニコッ
男「な、何かな?」
岸華「少し用事が出来ましたので三階の自販機コーナーの前で待ってて下さいますか?」男「うんわかった。あ、もし二人も良かったら…」
岸華「先生?早く行って下さいませんか?」
男「は、はい…」
岸華「さて…」
香椎「ひいっ…」吉祥「じ、辞世の句を…」
岸華「人の後をこそこそとつけ回すのは良い趣味とは言えませんからね、今後は止めて下さい」
香椎「」コクコク
吉祥「おーけー、わかったよ…一つだけ良い?」
岸華「はい?」
吉祥「なんでせんせーと一緒に居るの?」
岸華「…教える必要はあるかしら?」
吉祥「…あっそう」
岸華「じゃあ先生を待たせてるので…」
吉祥「ん」
香椎「」ガチガチガチガチ
吉祥「死ぬかと思ったな」
香椎「かっか、か、か、かえかえ帰りましょしょしょ」
吉祥「落ち着け落ち着け…どうせ買い出しだ、いつも一人で行ってるからな。男手が必要だったんだろ」
香椎「きょっ、きゅ、今日はか、か、かえかえ帰りまままましょう」
吉祥「…だな」
吉祥(しかしまああの岸華がねえ…)
岸華「お待たせしました」
男「早かったね、二人は?」
岸華「用事があるとかで帰りましたよ」
男「そっか…で、今日はどうしたの?急に…」
岸華「はい。部活で使う道具を買いに行こうと思ったのですが、人手が必要だったので協力して頂こうと思いまして。」
男「それは電話でも聞いたけど…なんでショッピングモール?商店街でも良かったんじゃない?」
岸華「あ、いえ…知り合いと会いたく無かったので…」
男「成る程ね…まあ早速会っちゃった訳だけど」
岸華「あの二人なら大丈夫です。いくらでも口止めの方法はあります」
男(何を口止めさせるのさ、って聞くのは無粋だよなあ…止めとこう)
岸華「それじゃあ早速」ぐぅ
男「…腹ごしらえから?」
岸華「…そうしましょうか」かぁ
岸華「…」もぐもぐ
男「ビーフシチューとか久々に食べるなあ」
岸華「そうですか」
男「どうしたの?というかサンドイッチだけで良かったの?」
岸華「…空腹が満たされれば充分ですから」
男「好きなの頼んで良かったのに」
岸華「人に借りを作るのも嫌いですから」
男「これは借りとかじゃなくて男の意地と思ってくれれば良いよ」
岸華「男の…意地、ですか」もぐもぐ
男「そう。まあつまり…おっ来た来た」
店員「お待たせしました、ビーフシチューとライスのセットです」
男「どうも~いただきます~」カチャ
岸華「…」もぐ
男「うまっ…うま…」ガツガツ
岸華「…」じー
男「うま…」ガツ
岸華「…っ」もぐもぐ
男「…食べる?」
岸華「た、食べません」
男「そう…」
男「ごちそうさまでした」
岸華「ごちそうさまでした」
男「さて、腹ごしらえも済んだし行こっか」
岸華「そうですね、行きましょう」
男「どこ行くの?」
岸華「メモが確か…ありました。ええと…まず、保存のきく軽食を」
男「じゃあ一階だね、行こっか」
岸華「はい」
「あれ、岸華さん。どうしたの?こんな所に」
岸華「…ええ、部活の買い出しでちょっと…」
「ああ、だから先生と一緒なんだ~ビックリした」
岸華「…じゃあ私こっちだから」
「うん、じゃーねー」
岸華「…ふぅ」
男「クラスの人?」
岸華「そう。はあ…」
男「…多分だけど学生なら商店街もだけどこっちに来てる人も多いと思うよ」
岸華「そんな気がしてきました。普段来ないので…失敗しましたね」
男「次も買い出しって言えばいいさ、事実だし」
岸華「…そうですね」
男「さて、こんなものかな」
岸華「ですね、駐車場まで運びましょう」
男「しかしまあ結構買ったね」
岸華「吉祥のお菓子が多すぎなんですよね…」
男「だね…っとこっちか」
岸華「すみません、折角の休みに車を出して頂いて…」
男「良いってことよ、どうせ予定も入って無かったし」
岸華「休みを一緒に過ごされる方はいないんですか?」
男「生憎ね…」
岸華「そうですか、意外です」
男「そうかな?」
岸華「社会人ともなれば恋人の一人や二人いるものかと」
男「それ以上はやめてくれ」
………
男「ここで良かったかな?」
岸華「はい、ありがとうございました」
男「や、しかし…その量を学校に持ってくと結構な荷物にならないか?」
岸華「近日中に必要なもの以外は少しずつ持っていきますよ」
男「ああそっか、そうだね」
岸華「はい。あの…」
男「ん?」
岸華「い、いえ。気を付けてお帰りください」
男「ありがとう。それじゃあ…」
先生の車は静かに滑り出し、赤い光を残しながら消えていった。
本当に、不思議な人
………
男「ふぁあ…」
男(今日は…色々あったな、朝から七原と飯食って昼からは岸華と出掛けて…まあ買い出しだけど…)
男(部内もギスギスしてないみたいだし、いい部活だな…)
男「…ん?また電話?…はい赤田ですが」
『あっごめんねー戸ノ内だよー起きてたー?』
男「いえ、起きてましたよ」
『それはよかったねー、明日部活関連の書類を渡しときたいから学校きてくれるかな』
男「了解です、特に予定も無かったので仕事もありますし…何時からいきましょうか」
『あー…9時とか大丈夫かな?』
男「大丈夫ですよ、9時ですね」
『うんうん、よろしくねー』
男「…頑張ろう」
夜が更けていく…
カミングスーン
こ、こんばんは…あの…今日初めて吉祥先輩のバイクに乗りました…でも、それより岸華先輩の方が怖くて…あっごめんなさいごめんなさい…次回「マバタキ」…あっ(香椎)
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