2019/08/13(火)
昨日の続き。複雑な文法を持つ言語を操れるようになったことで、人間は抽象的思考能力を手に入れたと考えられる。しかし人間の言語には、複雑な文法のほかにもう一つ大きな特徴がある。それが超越性だ。超越性とは、今自分の目の前にないものごとをも指し示すことができるということで、今自分の目の前にないものごとというのは、例えば距離的に遠くにあるもの、過去や未来の出来事、虚構などのことである。今例に挙げた三つのものごとのうちのいずれかを指し示す場面は、人間以外の動物のコミュニケーションにおいてまったく見られないわけではないが、これらすべてを自由自在に指し示すことができるのはおそらく人間の言語だけである。
ある種の動物は嘘をつくことがある。しかしそれは周りの他の動物個体を騙すことにより、自分にとって有利な状況を作るためにそうしているのだ。それは現実の否定に過ぎず、人間の語るフィクションとは本質的に役割が違う。人間の語るフィクションは、想像力の産物である。言語の超越性により、われわれは今自分の目の前にあるのとまったく違う世界を想像することができるようになった。この想像力こそが、人類の発展を支えてきたのだと私は思う。小説は想像力という樹になる実のようなものだ。われわれはそれを味わい、栄養とする。そうして育まれたわれわれの想像力が、また新たな小説を生む。そう思うと、繰り返しになるが、小説というのは決して現実から遊離したものではないということがわかる。
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