第11話 エピローグ
「あれ、九十九じゃない? やっほー!」
町中を歩いていると向こうから俺の姿を捉えられたらしく、俺に向かって声をかけながら手を振っている。
手を振っている主は、俺のクラスの席の右前に座っている宮前可奈子だった。席が近いだけあってそこそこ話すし、まあ普通のクラスメートだ。
俺はそんなに社交的な性格じゃないからちょっと身構えてしまうが、声をかけられて無視できるほど冷たくもない。仕方なく小さいため息を吐きながら宮前の方へ向かう。
「よう。なんか用か」
「何よ、そんなにそっけなくしなくてもいいじゃない。知り合いが会ったら声をかけるもんでしょ?」
宮前は口を尖らせながら拗ねる。
まあ確かにそうかもしれないが、こうやって二人のところを他のやつらに見られて勘違いされる、というのは心配し過ぎだろうか……。
「それよりさ、ちょっとこれから付き合わない? 皆であの話題の店でタピオカ飲もうって話に……」
「行きます! 是非御一緒させて下さい!」
瞬間、俺の体は風麗に乗っ取られ、気色悪い口調で返事をされてしまった……。俺は強引に風麗を自分の中に押し込め、意識の中で風麗を叱りつける。
『この馬鹿! なんでそう食い物の話になると毎回見境が無くなるんだ!』
『ですが零次、
『お前な、この前も俺が寝てる間に体を乗っ取って、台所にあるチューブの蜂蜜を舐め尽くしただろうが! お前は○ーさんか! マジでちょっとは自重しろ!』
などと俺の中で風麗と押し問答をしていると、宮前が気持ち悪いものを見るような目つきでこっちを見てきた。
「ちょっと、大丈夫? 暑さで頭やられちゃった?」
「何でもねえよ……と、宮前、ちょっと動くな」
「え? なになに!?」
俺は右手を伸ばして宮前の顔に近づける。それに驚いたのか、宮前はビクッと肩を跳ね上げた。俺はそのまま宮前の後ろに見えたものに右手を触れて霊力を集中させる。後ろにいたものは青白い光を放ち、霧散して消えてしまった。
「よし、もういいぞ」
「……へ? あんた、何をしてってあれ? ずっと重かった肩が軽くなってる? え、どうして?」
宮前の後ろにいたのは小さな動物達の集合霊だった。それをどこかで拾ってきてしまってたんだろう。そのままでも時間が経てば自然に消えてしまうが、憑かれている人間にはちょっとした悪影響が出る。だから俺の力で集合霊を拡散させて消してやったんだ。大分、この力の使い方にも慣れてきた。
「ただお前に付いてたごみを取っただけだよ。それと悪いな、これから大事な用事があるんだ。じゃあまたな」
そう言って、俺は宮前の脇をすり抜けるように歩き出した。
『あーーー! たぴおかーーーーー!!!』
風麗は未練たらしく俺の中で叫ぶが、それが宮前に届くことはなかった。
◇
俺はその後美咲と合流し、電車に乗って移動していた。木佐崎駅で降りると駅前でタクシーを捕まえ、俺達はそれに乗ってある場所へ向かう。
タクシーが目的地に着いたそこは、山の中にある霊園だった。俺達はタクシーから降りると長い階段を上り、たくさんある墓石から一つの前に立った。
月城家。それは一年前に亡くなった
俺達は軽くお墓の周りを掃除して綺麗にする。そして美咲が両手で抱えていた花を墓石の両側に供えた。その中には、
俺は持っていた線香にライターで火を灯すと、線香を振って火を消し、半分を美咲に渡した。美咲は線香を受け取ると、墓前に供えて手を合わせた。俺も同じように線香を供え、目を瞑って手を合わせる。
「……ねえ、みーちゃん。もうあれから一年も経っちゃったよ。私ね、まだ信じられないんだ。学校に行ったり、みーちゃんの家の前を通る度にみーちゃんの姿や声が聞こえる気がして。だから、だからみーちゃん! もう一度姿を見せてよ! お願いだからぁ……」
手を合わせてしゃがみこんだまま。美咲は声を上げて泣いてしまった。
あれから一年。色んなことがあったが、ようやく美咲は落ち着いてきたように見えた。でも、今の美咲の姿を見て思う。それは間違いだったんだと……。
その時、風麗が俺の中から飛び出した。そして美咲のそばに飛んでいくと、後ろから抱きかかえるように美咲の中に入っていった。美咲は寒気がしたようにぶるっと震えて自分の両肩を抱く。
「え、なに? あれ、みー、ちゃん……」
美咲が立ち上がり、墓前の前で立ち尽くす。その目線の先には、
そう、
「みーちゃん! 私、私ね、ずっと会いたかったんだよ! ほらこうして、あれ、あれ……? なんで……!?」
美咲は
その時、
だいすき
そう言い残すと、
今にも消え入りそうになったその時、
後に残されたのは俺と美咲のみ。蝉の鳴き声が、やけにうるさく聞こえた。
美咲は放心したようにその場に立ち尽くしていたが、しばらくすると振り向いて、俺の腹に顔を乱暴に
「兄貴! みーちゃんが、みーちゃんがいたんだ! 触ろうとしても触れなくて、でも最後に……大好きって! あああああぁぁぁぁ!」
「そうか。きっとお別れの挨拶を言いに来てくれたんだな。良かったな。最後に会えて」
俺は優しく美咲の頭を撫でる。その様子を、美咲の体から抜け出した風麗が悲しげに、でも優しい表情で見守っていた。
ようやく、あの出来事に決着が着いた気がした。美咲もこれでようやく現実と向き合えるだろう。きっとそのために
だから俺も、何が見えたとしても前を向いて歩いていこう。傍らに食い意地ばかり張って口やかましい、厄介だけどでも、とても心強い幽霊を連れて。
俺が古風な幽霊に取り憑かれたら 夢空 @mukuu
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