第7話 元凶との邂逅
『零次、一体
図書館に戻った俺達は、インターネットの利用利用できるパソコンの前に座っていた。脇には途中の本屋で買った地図を机に広げている。
『もしかしたら、とっかかりを見つけたかもしれない』
『本当ですか!』
『ああ。きっかけはさっきのニュースだ。原因不明の転落事故。これだけじゃただの事故にしか見えない。だが……』
インターネットの検索機能を利用して記録されている限りの事故を調べていき、地図に起こった場所を記載していく。最終的に、百件近くの丸が付けられた。
『やっぱりだ。これだけ原因不明の死亡事故で片付けられているものがある。事故が発生してから次の事故が発生する期間は数ヶ月から遅くても半年。何か意図的なものを感じないか?』
自信満々に見せたが、風麗は眉間にシワを寄せて、難しい表情を作っていた。
『確かに。ですが
『妙?』
『事故の場所が
『それの何が妙なんだ?』
『霊には大きく分けて二種類が存在します。一つは地縛霊。
『どうして?』
『肉体と霊力の関係を覚えていますか?』
『ああ。肉体は器。霊は水だったか?』
『はい。地縛霊は肉体を持ちませんが、代わりに自らを
ここまで聞いて風麗の言わんとしていることがようやく理解できた。事故の起こっている場所は町中に拡散している。これが意味することは、
『浮遊霊じゃすぐに消えてしまう。かといって地縛霊じゃここまで広範囲には動けない』
どちらにしても矛盾が発生してしまう。閃きは所詮閃きでしか無かったのかと落胆しかけたその時、
『そういう事です。ですが着眼点は素晴らしい。恐らく、
『本当か!』
『私が居場所を突き止められない事から考えて、相手は私の常識が一切通用しないとみるべきです。先程の問題もきっと何か
凛として風麗は断言した。思わず俺の胸が熱くなる。自分の考えが認められたこと、そして感謝されたことがこの上なく嬉しかったんだ。
解決の糸口は見つかった。なら、やるべきことは一つだ。
『事故の起きた場所をしらみ潰しに探ってみよう。もしかしたら、何かが掴めるかもしれない』
『はい!』
地図をしまい込み、やる気も新たに俺達は図書館を後にした。
◇
見晴らしのいい交差点。車の通りも多くなく、余程の不注意でないと交通事故は起きそうにない場所だ。ここで八年前に事故があった。歩行者がふらっと飛び出し、車にはねられたらしい。目撃者の情報と遺書がないことから、事故と断定された。
「ふう、ここで五件目か」
一つ前は住宅街のマンションから転落。その前は川での溺死。何か共通点が見つかるかと思ったが、まるで狙っているかのように何もかもがばらばらで何も見えてこない。敵の尻尾が掴めるなんて、考えが甘かったんだろうか。
「おっとと」
自転車から降りようとして、ぐらりと足元がぐらついた。ずっと全力でこいでいたので、かなり足にきているようだ。
『零次、少し日陰で休みませんか? 凄い汗です』
『そう、だな。悪い、ちょっと限界みたいだ』
本当は一つでも早く回りたかったが、暑さと疲れのせいでどうにも体が言うことを聞かない。そばにあった自販機でスポーツ飲料を買い、木陰に座って体を休める。
『風麗、回った場所についてどう思う?』
『申し訳無いのですが、何も分かりませんでした。必ず何か見つかると思っていたのですが……』
『気にすんな。俺だって同じなんだ』
丸のついた場所はまだまだ残っている。ぐったりしながら遠い目で俺は地図を見つめていた。すると、あることに気付く。
「……ん?」
『
『これさ、起きた場所が円を描いてないか?』
今までは起きた場所にばかり目がいっていた。けど、さっきのように先入観を持たずに全体を俯瞰して見てみると、見えないものが見えてきたのだ。正確な円を描いているわけじゃない。でも今ならはっきりとそれが見える。
『確かに……。
『ああ、見栗山だ』
ぽっかりと開いたスペースの中心は、風麗が
『風麗。お前が張っていた結界って、山の周辺しか覆えないぐらいの範囲なのか?』
『そんな
となると、結界のせいで入れなかったというわけじゃなさそうだ。つまり、見栗山には重要な何かが隠されている可能性が高い!
『灯台もと暗しってやつだ。行くぞ!』
『はい!』
自転車に飛び乗り、俺はがむしゃらにペダルを漕いで見栗山に急ぐ。うっかり赤信号の交差点に突っ込みかけてドライバーにクラクションを盛大に鳴らされたが、目もくれずに走り続けた。
その時、何かがぶつかるような音が響き渡った。直後、何人かの悲鳴が聞こえ、辺りは騒然となる。
『な、なんだ!』
『零次、あれです!』
風麗が振り返って指を指す。人波の間から見えるそれは、白煙を上げる白のセダンだった。だが、すぐにその周りに人だかりができ、見えなくなってしまった。
俺はすぐに自転車をその場に乗り捨てて人ごみを掻き分け、なんとか見える場所まで辿り着く。それは凄惨な光景だった。
『ひでえ。車全体がぐちゃぐちゃだ……』
俺は耐え切れずに眉をしかめた。おそらく、電柱に正面衝突した後、勢いを殺しきれずに何度か横転したんだろう。全体が満遍なく潰れてて、クラクションが虚しく鳴り響いている。あれじゃ、道具を使わないとドアが開きそうにない。薄情かもしれないが、素人がどうこうできる状況じゃなさそうだ。周りに怪我人がいなさそうなのが不幸中の幸いといったところか。
『……零次、どうやら現れたようです。私が零次の中に居れば、朧気ながら見る事が出来る筈です』
「何だって!」
驚きでつい言葉に出してしまい、周りの人達の注目を集めてしまう。俺は愛想笑いをしてなんでもない体を装いながら、壊れた自動車を一瞬も目を離すまいと凝視した。
それはすぐに現れた。水のように車内からしみ出したかと思うと、全てが外に出ると歪んだ球体へと姿を変えた。色は半透明の鼠色。そして、表面には無数の顔らしきものが浮かび上がっていた。その醜悪な容貌に、今までにない強い嫌悪感が胸を焼いた。
『なんだ……あれ』
『
『その喰われた魂ってのはどうなっちまうんだ?』
『
球体はそのままゆっくりとその場を立ち去っていく。だが、一瞬だけ動きが止まると、一つの顔がこちらに向かって、にっと笑いかけた気がした。その瞬間、蛇睨みにあったかのように全身がしびれて動かず鳥肌が総毛立つ。そうしてそれはその場から姿を消した。
……指先一つ動かせなかった。むしろ、あれが行ってしまったことに安堵している自分がいる。脳の奥底が叫んでいた。あれに、関わるなと。
『……風麗、悪い』
『え?』
こんな事、言いたくは無かった。けど湧き上がる恐怖が全身を支配し、脳内をじわじわと侵食していく。思考は完全に麻痺していた。ただ逃げたい。その一心からついに、その言葉を言ってしまった。
『俺は……戦えない!』
『零次』
「駄目なんだ! どうしようもなく怖いんだよ!」
絞るような声を吐き出し、俺はその場に膝をついた。また周りに不審な目で見られるが、そんな事を気にする余裕はなかった。
認めてしまえばもう震えは止まらない。真夏だというのに寒気が走り、全身から冷や汗が吹き出す。全身を抱え込み、俺はその場に座り込んでしまった。
風麗はしばらく無言で立ち尽くしていた。しかしふっと俺の体から抜け出すと、どこかへ飛んでいってしまった。
「君、大丈夫か?」
心配して手を差し出してくれた人がいたが、俺はその手を取らずに立ち上がると、自転車を押してふらふらと当てもなく歩き出した。
恐怖に負けた敗北感と危険から逃げた安堵感が交錯し、もう何も考える余裕は無かった。ただ、そうただふらふらと。
◇
(矢張り、零次を怖い目に合わせてしまった……)
分かっていたのに。私はつい零次の優しさに甘えてしまった。巻き込むべきでは無かったのに。後悔で胸が一杯に成るが、今は
一度感じ取って仕舞えば、もう逃したりなどしない。確かな気配を辿り、私はびるの間を滑空する。
(
自らの愚かさを悔やんでいると、急に気配が消えた。改めて探ってみるが、矢張り気配は跡形も無く消え去っていた。
『そんな、
仕方無く、私は気配が最後に感じ取れた場所に行ってみる事にした。びるの森を抜けて大きな広場を超えると、見栗山が姿を現す。
気配が消えた場所は、人気の無い竹林が広がっていた。しかし、私は
『そんな、
私の考えている事が間違っていなければ、
『私は、
運命は私に苦渋の決断を迫っている。町を守るには選ぶしか無いのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます