第45話 怒涛の金曜日! 交錯する思惑

 嵐のような真冬は去った。


「なに……あれ……! 暴風雪警報?」


 類は怒っていた。


「落ち着いて、類くん。私たちがしっかりしていれば、真冬さんの言うことなんで虚妄でしかないよ」

「でも、寝取るとか……いや、そもそもさくらを玲から寝取ったのは自分だけど、取り引き? 快楽のための? ぼくは許せない。さくら、まふゆんに関わったらだめだよ、絶対に!」

「うん、そうしたい。できれば。でも、真冬さんは」


 叶恵に聞いた『別れさせ屋』の話を聞かせた。


「まふゆんが、シバサキ社内の。うーん。ありそうだけど。でも、ゆるゆるのさくらは危険! ミイラ取りがミイラになる可能性大。『別れさせ屋』の件は、ぼくが担当するから、さくらは気にしなくていいよ。叶恵さんを卒業させただけでもう、感謝しかない。壮馬さんとくっついたなんて朗報だし」

「なんでゆるゆる認定かな」


「だって、『同じ鍵』開始以来、何人たぶらかした?」

「類くんほどじゃないし! 類くんは、物語スタート以前からアイドルモデルで、超モテだったんでしょ」


「あー、やっぱり気にしてんの。いいよ、教えてあげる。初体験はじゅうさ……」

「いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい、いい! 聞きたくない!」

「経験人数は数えたことないけど、たぶんポ〇モンの数ぐらい?」

「わけわからん譬えに走らないで。てか、ポケ〇ンの数って大変なんだけど」


「恋愛は数じゃない。さくらが教えてくれた。こんなにぴったりする心と身体、ほかにないし」

「類くん……んんnnnっ」


 夫婦は抱き合った。とろけるような深いキスのあと、さくらは壁際に追い込まれた。力は抜けてしまい、立っていられない。


「がまん……できないよ。さくら、すぐにほしい」

「だ、だめだよ。ここ、親の家の廊下」

「ちょっとだけ、ここでつながろう?」

「だめえ」


「声もかわいいし、ますます感じちゃうんだけど」

「やめて、るいくんっ」

「『やめて』じゃないでしょ」


 類はさくらのスカートの中に手を入れた。待って。やだ、キスだけですごく濡れて開いちゃったなんて、知られたら……ゆるゆる確定!


「そーこーの、破廉恥エロ夫婦! 盛り上がっているところ、申し訳ないが! 父さまがトイレだ、そこをどきなさい!」


 涼一の登場だった。きつく、類を睨む。いまだに、類に対して嫉妬の炎を焦がしている。


「もー。いいところだったのにー」


 しぶしぶ、類はさくらを解放した。さくらは助かった、と内心ほっとした。


「自宅に帰って続きをしておくれ。まったく、類くんは万年発情期の看板を、まだまだ下ろしそうにないね」

「残念ですが、ぼくはさくらを一生、いや来世でも愛して抜きまくります、じゃなかった。愛し抜きます」

「大切にしてくれよ。私の宝物なんだ。しかし類くんは、さくらを、あおいに置き換えて考えてみるがいい。あおいが、いつかどこかの男に奪われる日のことを」


 いつになく、父は意地悪だった。

 あおいの名前を出されて、類は本気で考え込んだ。


「ぼくのあおいが……男に……いや、そんなわけないし……でもさっき、まふゆんに自分からちゅうしていたし……」

「父さま、真冬さんをこの家に出入りさせないほうがいいよ。いくら部下とはいえ、若い男性だし」

「その点はご心配なく。父さまが彼に会ったのは二回だ。引っ越しのあいさつに来てくれたのが一度目で、今日が二度目。新居の、だいたいの目星はついているそうだ」


 な、なんだ。心配して損した。しばらくは吉祥寺店が通勤先だから、吉祥寺か荻窪あたりに住めばいいのに。真正面から誘惑してくる人がご近所さんなんて無理。


 でも、うれしい。父が、まだ『宝物』だって。子持ちなのに。類にも意見できる人なんて、そうそういないし。聡子は類に激甘だし。


「あ……」


 さくらには、ひとつの考えが浮かんだ。


***


「オトーサンを、円卓の騎士に誘ったらどうかって?」


 深夜。

 さくらと類はいつもより、いっそう濃密に絡み合っていた。今日で一応の課題が片づいたので、開放感があった。


「シバサキの人じゃなくてもいいんでしょ。だったら」

「んー。ああ見えてしっかりしているし、社会人の大先輩だし、相談役としてはいいけれど、ほかの会社の人はなあ」


 類はことばを切った。


「聞いたことある? 母さんにシバサキ入社を迫られている話」

「以前には。役員待遇で、って。でもずっと断っていたよね、北野リゾートに恩義があるって」


「今回、母さんが社長を引退する、その代わりじゃないけれど、今まさにオトーサンが母さんから強力に口説かれている。シバサキに入社して、ぼくやさくら、家族を支えてって。それに、オトーサンが持っているレジャー関係の知識と人脈は、シバサキでも使えるからね。将来、シバサキホテルを作る計画があるし」

「じゃあ、なおさら円卓の騎士に適任」

「んー。なかなかいい案だけど、身内で固めたくないんだ」


「でも、身内って、まだひとりもいないし。私は別格なんでしょ」

「玲を入れるつもり」


 一瞬、聞き間違えたのかと思った。さくらは、類の目を覗き込んだ。


「玲を、円卓の騎士に誘う」


 さくらの驚く様子を見たせいか、類はもう一度言ってくれた。聞き間違いではなかった。


「れいを? 騎士に?」

「シバサキに入れて、染色だけじゃなくて、さくらと一緒に子ども服……服飾分野もやってもらう。玲なら、仕事しやすいでしょ、さくら」

「それは、そうだけど……玲が、私の仕事のパートナーでいいの?」

「ほんとうはぼくがしたいけれど、全部は無理だから。玲にだったら、任せられる。あおいのマネジメントも」


 類が、玲を公認してくれるとは思わなかった。うれしい。


「あ。にやついてる。やっぱり玲が……ちっ」

「そんなこと、ないよ。うれしいけど」

「でも、条件を出されたんだ。見てくれる?」


 すでに、円卓の騎士にお誘い済らしい。携帯電話を、そっと開いた。さくらは、隣で寝ているあおいには画面の明かりが届かない場所まで、移動する。


「なに、これ……『あおいを俺にくれないか』? 冗談を言うような人じゃないし、まさか本気であおいを」

「養女に迎えたいって。今すぐじゃなくていいらしいんだけど」

「あおいはあげられない。いくら玲でも。玲と結婚するって言っているけれど、子どもの言うことだもん。そんなに、あおいが好きなの?」

「らしいね。困ったね」


「断ったよね?」

「まだ」

「どうして」

「玲を、こっちに引き込むチャンスだもん」


「娘を取り引きに使うつもり? ひどい。いつからそんなふうになったの、類くん」

「取り引きって……ことばを選んで使ってよ」

「だって、そういうことでしょ」


「ぼくたちには、これからも何人も生まれる。さくらは渡せない。でも、玲は結婚するつもりもないらしいし」

「今はしなくても、将来はするかもよ」

「だよね……そうなんだけど」


「類くんが断りづらいなら、私から言うよ」

「んー。ぼくはね、さくらを奪っちゃったし、玲にあげられるものならあげたいって思っているんだ」


「そこで罪の意識? あおいは私たちの子どもだよ、ものじゃないよ」

「あおいはいずれ、巣立つんだ。二十年早くなったと思えば」


「いやだよ。どんなことがあっても、あおいは渡せない。私が苦しんで生んだ子だもん」

「じゅうぶん、分かっているつもり。だけど、玲も逃したくない。玲は器用だし、使える」

「お兄さんのことを、『使える』なんて表現しないで」


「嫉妬しちゃうよ。玲とは仕事するだけ。心は玲のほうに傾かないで、さくら」


 傾いてなんかいない、反論しようとしたけれど、類に乱されてしまって続きがことばにならなかった。

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