第46話 いつも そばにいたい
翌日、父と母の気持ちも知らないまま、あおいは家族のおでかけを楽しめることになった。
「おさかなさん、いっぱい! あおいがおしえたげる!」
さくらが諦めたくなかった、念願のおでかけでもある。なのに、心が浮かない。
「あおい、もっとゆっくり歩いて。迷子になっちゃうよ」
さくらは娘を追いかける。類は、いとしい我が子の写真を撮るのに忙しい。
「うーん、かわいい。全世界がひれ伏しそうなほどに!」
娘溺愛の類が、玲にあおいを譲るわけがない。信じているけれど。
「いっかい、れいと、きたの。れいがね、れいがね」
今はその名前を聞きたくないのに、あおいは何度も玲を連呼する。
「あおいはほんとうに玲が好きなんだね」
「うん! やさしいし、いつもにこにこ」
「じゃあ、玲のおうちの子どもになる?」
「こどもは、や。けっこんするの」
「玲はあおいのおじさんだから、結婚はできないんだよ。でも、子どもになら、なれる。玲を『ぱぱ』って呼ぶの」
あおいは、ぽかんとした表情を顔に浮かべた。
「ちょっと類くん、こんなときになにを言い出すの」
「あおいのぱぱは、ぱぱ! しばさきるい」
「それが、しばさきれいになるんだよ、どう?」
類を止めようとした、けれどさくらは間に合わなかった。
「いやあああああああああああああああああああ!」
混乱してしまったあおいは、大声で泣き出した。
「ぱぱはぱぱだよう、ちゃらりーまんのしばさきるいだよう」
「え……ごめん……あおい、急に」
「ままは、しばさきさくら!」
泣き叫ぶ我が子を、類は慌てて抱き上げた。あおいは、類の頭やら身体をぽんぽんと叩きまくって拒否する。
「ごめん、ごめんね。あおいの気持ちを考えていなかった。冗談だよ」
「ぐすっ……いや、いやあ。ぱぱのいじわる」
大騒ぎになってしまい、注目を集めてしまう。
『あれ、ルイくんじゃない?』
『ほんとだ、北澤ルイ。家族?』
『あ、CMで見たまんま』
『お子さんも体操番組に出ていたんだって』
『大泣きしているけど』
まずい。円満らぶらぶ家族を演じているのに、子どもが泣きじゃくりなんて。
三人は場所を移動した。
「あいすぅ」
食べ物で釣るのはよくないけれど、あおいに即効性があるのは、やっぱりあいすだった。にこにこでご機嫌のあおいに戻った。
「おいしい、あいすおいしい。ここで、れいとたべた」
「……また玲かよ……」
「類くん、いじけない。今すぐは渡せないけれど、このままあおいが玲大好きで成長したら、そのときは預けてもいいんじゃないかな」
「あおいと玲は血縁なんだ。それはまずいよ」
「変な意味で解釈しないでね。結婚はできないけれど、限りなく家族に近い親戚ってことで」
「玲は、今すぐあおいと一緒に暮らしたいって、言っている」
「じゃあ、うちの近くに住んでもらって、ごはんを一緒に食べたり」
「それだと、さくらにも近くなる。ぼくはこのあと、どんどん忙しくなるのに……見張れないんだから」
「心変わりなんてしないよ、類くん」
やっぱり、信用ないらしい。
「でも、迫られたら断れないでしょ。胤違いのきょうだいができたらどうしよ。ああ、でも生物学上、ぼくと玲はほとんど一緒だし」
類は頭をかかえてうなだれた。
「ぱぱー、あいすたべないの?」
溶けはじめている類のあいすを心配したあおいが声をかけた。
「そうだ! さくら、今すぐ孕んで。ぼくの子どもで子宮を閉じておけば、玲の入り込む余地がない!」
「や、やだ。まだ明るいのに、子宮とか直接的過ぎて生々しいよ。それに、浮気前提で話を進めるのはやめてって」
***
年末。
ふたごちゃんのママ・美咲が退職し、引っ越しした。
奇遇にも、さくらの母の眠っているお寺に近い場所だった。必ず会いに行くと、さくらは約束した。
シバサキの新しい広告は大評判を取り、年末商戦に大勝利。
中でも、広告撮影の舞台になった吉祥寺店は、大変な混雑となった。
新店長・真冬の一計が、さらにお客さんを呼び込んだ。
まず、柴崎類家のリビングをイメージした家具セットを再び、同じ場所に作った。柴崎類家の家具全部買いをするお客さんが、続々と出現。特に、三人が並んで座っていたソファは現在、生産が間に合わずに三ヶ月待ち状態だという。
撮影で使われたカフェも聖地化した。
はじめは誰でも利用できるようにしていたが、『あの席がいい』『あの席じゃないとだめ』という人が後を絶たず、混乱しかけた。
真冬は、撮影で使った一画を、飲食禁止の撮影専用コーナーにした。
聖地の見学が終わったお客さんは、カフェで一オーダーしてもらうことにし、行列を回避。カフェも『ルイくんが作った』アピールを前面に押し出し、大盛況。
いったんは芸能界を引退した『北澤ルイ』だが、人気はまだまだ続いているらしい。
体操番組。
あおいの登場する回だけ、ものすごく視聴率がいいらしい。おそろしい。
それでも、当初の約束通り、体操には三歳いっぱいでおしまい、である。武蔵社長があおいに寄せられた仕事を多数、類に紹介しているらしいが、類はどれも承知しなかった。あおいも、体操しかしたくないようだった。
あおいが、芸能活動をできない理由がもうひとつ、あった。
そう、柴崎家・家族の事情である。
***
「はあああああああああああああああああああああああー」
そして、翌年の三月末。
さくらは新幹線の中にいた。
先週、誕生日を迎えて二十四になったばかり。自分で言うのもアレだが、ちょっとはおとならしくなったと思う。社会人として、妻として、母として。
けれど、かかえている問題は、増えている。
「あと五分で京都に着く。母さんを起こせ」
「うん」
となりに座っている玲に指摘されたさくらは、だっこしていた皆を玲に預け、窓側席の聡子に声をかけた。
「お母さん、そろそろ到着です。起きてください」
大きな大きなおなかの聡子は、ぐっすり眠っていた。肩を強めに揺らすと、ようやく覚醒した。
「……ん。もう、きょうと?」
「はい。着きます、京都に」
さくらは、聡子の出産の付き添いで、春の二か月間、京都に滞在することになった。
柴崎家、しばらく変則別居である。いつも、そばにいたいのに。
さあ、どうなる?
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