第41話 怒涛の金曜日! 起床~出社

 十二月。

 あおい出場の体操番組初・放映日。そして、ボーナス支給日。そしてそして、聡子社長の重大事項発表日。


 いつもより、三十分、早く起きた。出社準備、よし。録画準備、よし。

 今日は、あおいの体操番組の放映日。

 柴崎家のテレビ前、あおいが最前列、その後ろに類とさくらが正座で並んだ。全力で待機。


 どきどきしてしまう。そわそわしてしまう。


「「「「はじまった!」」」


 一般出場者枠にもかかわらず、あおいは何度も映った。アップで。


「「「かわいい」」」


 な、なんだ? こんな美少女、見たことないぞ?? 鳥肌が立った。体操がうまいし、笑顔もすごくいい。ちょっとしたしぐさも愛らしい。きゅんきゅんくる。


「え、やだ。類くん、泣いているの」


 きれいな頬を、涙で濡らしている。涙もきれい。


「だって……あおい……もう、見ていられない……天使過ぎ。嫁に出せないよ」


 うんうん、分かる。柴崎家の宝。まさに、天使ちゃん! あおいの背中に羽が見えるよ。

 類は号泣したまま、洗面台へ消えた。ぱぱ、朝からおつかれさま。


 両親がそんなことになっているとも知らずに、あおいはノリノリで体操をしている。


「あおい、てれびにいる」

「いるね。すごくかわいいよ」

「もっとたいそうしたい!」


 きゃあきゃあと、大騒ぎの三十分だった。



 感動で泣いていたのは事実だが、類は、洗面台の鏡の前で携帯を取り出し、インターネットで番組の反響を調べた。某掲示板まで覗いた。


『今朝は超絶美少女降臨』

『神レベル』『天使』

『パッチワーク衣装のあの子、子役?』

『見たことないけど』

『ただの一般枠なら惜し過ぎる』

『録画したからも一回観るわ』


 絶賛の嵐である。類は満足そうに頷いた。これぐらいの破壊力、世間に与えて当然。ぐふふ。


***


「今日は会社でおかあ……社長から重大発表があるんだけど、朝から感激で動揺」


 いいものを見たのか、それとも目に毒だったのか。あおいのテレビ初出演は強烈だった。

 上機嫌でキッチンの片づけをしていると、あおいが叫んだ。


「ぱっぱ! かみのけ、ない!」

「ええ? どういう、こ、と……」


 類、目はまだ赤いけれど、仕切り直して髪をセットしてきた。なんと、オールバック。


「初めて見た。類くんの、でこ出し」


 見慣れないので違和感があるけれど、これはこれで垂涎。

 きれいな形の白い額に、整えられた眉。大きな濡羽色の双眼は、左右対称で美術品のようだ。きゅんきゅんくる。

 今朝は、きゅんきゅんで忙しい。二十三にもなって、あほか?


「母さんの指示。今日だけはきっちりしてこいって」

「ぱぱ、かみのけない!」

「あるって。あおい、髪を引っ張ったら崩れるよ」


 あおいにじゃれつかれながら、三人は出社した。



 今日だけは、会社から車が迎えに来てくれる予定だった。聡子社長のついで、だけれども。

 黒塗りのワンボックスカーが自宅マンション前で待機していた。さくらたちが乗ると、すぐに聡子のマンションへ。そのあと、シバサキ本社へ向かう。


 聡子は皆をだっこしている。現在、妊娠五か月。そろそろふっくらしてくる時期でもあるけれど、そんな気配はまだなかった。細くてきれいな女社長である。


「おばーちゃ、かいくん! おは」

「おはようあおいちゃん。見たわよ、体操。かわいかった」

「でしょでしょ! ぼく、悶絶」


 親ばか、孫ばか。でも、納得。


 会社までは車で五分とかからない。本社のビルがすぐに見えてきた。

 最初に異変に気がついたのは、目ざといあおいだった。


「かわってる。かべ、かわってる! あ、あおいとぱぱまま!」


 本社の正面入り口上部には、大きな広告を出している。その広告画が変わったと、あおいが指摘した。


「あおい? ぱぱまま?? え???」


 さくらは目を疑った。

 そこには、吉祥寺店のカフェをリビングに見立て、くつろいでいるさくら一家三人の姿があった。

 くつろいでいるだけなら、まだいい。しかし。


「ひぎゃあ、キス写真……!」


 類直筆の拡大と思われるキャッチコピー『リビングでキスしよう』とともに、夫婦のキスを愛らしく見守っている幼い娘。


「り、りりりいりりっりりいっりリビングでええええええええええええええ?」


「さくら、思った通りの反応。かわいい」

「い、いやいや、あれだめだよ! 会社の人どころか、日本中の人が見るよ? リビングでって、ちょっと待って」

「もう遅い。今朝の新聞全国紙にも広告掲載したし。すでに、TVCMも流れている」


 今朝、さくらの家では体操番組しか見なかった。


「るいくん、だました! モデルするって言ったけど、あんな使われ方なんて!」

「インパクトあっていいと思う。『北澤ルイ』第二の人生ってああいう感じなんだ~、おっしゃれーな家具とかわいい家族に囲まれていーなー、私も結婚しようかなーみたいな」


 あっけにとられてしまい、ことばが出てこない。そんな単純じゃないし、そもそも恥ずかしいし、嫉妬とか、類は考えたことがないのだろうか。


「ぱぱまま、ちゅってしてる。おうちにいるときといっしょ」

「素敵な家族像じゃない。いいなー、うらやましいぃ」

「お、おおおお母さんも、類くんの暴走は止めてくださいよ。あれじゃあ、晒しものです」


「私もお気に入りの広告。会心の一撃」

「さくら、言うだけ無駄。かわいそうだけど」


 お、おやこ……この、親子!


 本社前。新広告の真下。車が止まった。


「今朝の時点で、全社員には新広告の件はすでに一斉メールしてあります。あおいちゃんは類が園に届けるから、さくらちゃん……さくらさんは総務部に出勤。メールを確認しなさい」

「またあとでね。お昼、一緒に食べられるようなら連絡する」


 聡子が皆を、類があおいをかかえて車を降りると、通りすがりの社員の間から歓声が上がった。


『おはようございます、社長』

『ルイさん、おはようございます』

『新しい広告は斬新ですね!』

『注目度高いですよ』

『トレンドに入っています』


 こ、この会社……おかしい……社長の息子夫婦のキス写真が広告塔なんて……恥ずかしい。さくらはうつむいて歩いた。

 社員と相乗りのエレベーターを使う勇気がなくて、総務部のフロアまで、こそこそと階段を上った。ビルの二十階に位置する、総務部まで!



(あと5話ほどで完結します)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る