第40話 そして、なにもかもが、動き出してゆく
あおいの二回目の体操収録があった。
前回初参加の放映日は、ひと月後に決定。くしくも、来月のボーナス支給日と重なった。
約束通り、玲が上京してきてあおいのお世話をしてくれる。
「うちのために、便利に使ってごめん。助かるけれど、ほんとごめん」
「前にも言っただろ。俺があおいと過ごしたいんだ。あいつといるの、楽しい。笑顔をたくさん見たい」
「すきなの?」
「もちろん。世界でいちばん大切だ」
はっきり言ってのけてくれた。
「なんか妬けるなー」
「お前が言えた立場か。一度は、シバサキから逃げおおせた気持ちになったが、無理みたいだ」
ぐぬぬ。確かに。
でも、そうしたら、叶恵との仲は、『ない』ってことになるのか……聞きたいけれど、聞けないさくらだった。
せっかくなのでこのさい、玲の予定に合わせてあおいの七五三もやってしまおうという流れになった。
金曜が番組収録で、土曜午前に七五三兼家族写真撮影である。写真を撮ったら類は仕事へ、そのほかのシバサキメンバーはお参り+ごはん、という予定になっていた。
誰が誘ったのかよく分からないけれど、お参り以降は叶恵が合流するらしい。半分家族状態。
いくら玲があおいをかわいがってくれていても、それは姪として。パートナーは誰かを選ぶに決まっている、普通に。
『ない』と思いたいけれど、やっぱり、玲のお相手は叶恵なのだろうか。
美人だし、仕事もできるし、苦労しているぶん、厳しくてはっきりしている。さくらにないものをたくさん持っている。
しかし、心の中では納得できない。玲が叶恵といちゃらぶするところを想像したくない。自分が狭量なのかなと、さくらは悩んだ。
***
金曜日。いったん出社して、お昼に玲がお迎え→あおいとスタジオへ。夜はイップク宅泊。
収録は無事に終了。『あおいのかわいさは目立っていた』(玲・談)。
さくらの自宅に類がイップクを連れてきて、にぎやかごはん。
食べ終わると、まさかの展開で、あおいもイップク宅へ泊まることになってしまった。玲と離れたくない、と。
あおいは玲にだっこされ、あおいの寝具一式をまとめた類が追いかけて届けた。
「久々に、ふたりだけの夜……クックック! 今夜は派手に声を出してもいいよ、さくら!」
あおいが玲とべったりで悲しんでいるかと思いきや、案外、現状をよろこんでいる類。
「やだ、類くんってば。明日、早いんだよ。あおい、心配だし」
「さくら独占! ぐふふ!」
「もう、類くんってば」
「そうそう、広告で使うメインの写真、決めたんだよ。母さんも絶賛。すごいよ、いいよ」
「どんなの? 見たいな」
「まだ教えなーい。解禁日はボーナス支給日! 来週からは、さくらたちと一緒に出社できるし、いいことづくし」
そう。類はとうとう、吉祥寺店を卒業することになった。明日、あさってで真冬に引き継ぎをするという。
「でも、勘づく人もいるかもね。社長の第一線引退、類くんの社長就任」
「まだ秘密ね」
「ん、もちろん。でも、真冬さんは気がついていそう。ご近所さんだし」
先日、聡子の様子を見に行って驚いた。
両親が住んでいるマンションのエントランスで、大きな荷物をかかえている真冬と会ったのだ。
函館店の店長だった真冬の異動は急だったこともあり、東京での住まいの準備が間に合わなかったらしい。
通勤圏内のシバサキ社員寮も満室で、真冬はとりあえず夏までさくらたちが使っていた部屋に、仮住まいすることになってしまった。涼一・聡子夫婦のマンションである。
柴崎家の問題にもかかわるので緊急措置だということだが、特例つまり贔屓である。聡子は贔屓が過ぎる。叶恵といい、聡子体制は専横である。
「まふゆんにはね、ぼくから話しておく。今後、シバサキ側にもっと巻き込むだろうし。ま、この話はおいといて。今はさくらを堪能したい」
***
ほぼ同じ時間。
1DKのイップク自宅。
これまた、シバサキの家具で固められた室内。わりと片付いていた。
幼いあおいを連れてきたが、足の踏み場もないほど荒れていたら、どうしようかと考えていた。
あおいは、すでにおねむの様子でしきりに目を手でこすっている。昼間、番組の収録でがんばったせいだろう。
「男のひとり住まいにしては、きれいに使っているな」
実は、以前泊まったときは、それなりにひどかった。
「反省したんだ。誰も呼べない部屋って、まずいなって。オレだって若い男だし、いつなにが起きるか分からないし!」
「身近に、お持ち帰りしたい女でもいるのか?」
「おおおおおおおおおおおおぉおおお」
「いるんだな。でも、さくらはだめだ」
「さ、さくら? ななんああんななな、なんで、さくら? そんなん、ひとことも言ってねえし。そもそも、あいつは破廉恥夫婦だし」
「多忙な類の隙を突いて一度ぐらいなら、って思っているだろ」
「だ、だって。あの類が、いつも『さくらの身体はすごい』って言うし。男なら、すごい身体とやってみたいです」
「さくらの身体は類が開発し、調教した。俺たちには手が届かない」
「えー。玲さん、さくらと付き合っていたんですよね。当時、なんにもなかったんですか」
「なんにもなかったどころか、ふたりで同居していたし、寸止めもある」
「うっわw残酷」
「でも、越えなかった。結ばれる運命じゃなかったんだ」
「……だから、玲さんはあおいちゃんに……」
「あおいとあいつらは関係ない。あおいはかわいいだけだ」
「でも幼女だし。実の姪っ子だし。玲さんには一生、圏外ですよ。そうやって寄り添っていると、親子にしか見えないし。やっぱりさくら狙いで」
「さくらが浮気なんかするもんか。それに、よく見ろ。あおいは、類そっくりだって」
「あ。そういえば、柴崎兄弟って、あんまり似ていないですね。類はめちゃくちゃ社長似だけど」
「俺は亡き父親似らしい。もう、この話題はいいだろ。あおい、ほとんど寝ているが耳に入れたくない」
「じゃあ最後にもうひとつだけ。玲さん、工房をたたんで、東京へ戻ってくるんですか? シバサキに入社しますか?」
玲は、笑った。
「ひとつって言っておいて、ふたつ聞くなよ。どっちも考え中」
***
あおいの七五三が終わった。
家族写真もなんとか撮れた。さくらよりも、涼一が緊張して大変だった。玲が意外と冷静だった。
でも、できあがった家族のポートレートは、素敵な仕上がりだった。類が真ん中で、横一列に、一家がずらり。初めての家族写真。記念にもなった。
……シバサキの宣伝に使われることを考えなければ、もっと笑顔になれたかもしれない。さくらは、ふと苦い思いを噛み締めた。
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