第39話 家族モデル④

 よく冷えたガラス製のグラスに盛りつけられた、三点盛りジェラート。


「おおおぉおお!」


 スプーンを持って待機していたあおいが、うなった。

 全部は多いよ、と声をかけそうになったけれど、きらっきらなあおいの目を見ると言い出せなかった。


 類とさくらの前には、アイスティーが置かれている。


「いただきます、してね」

「いただきまーっしゅ」


 グラスに向かって手を合わせ、頭を下げて、あおいはそっとあいすにスプーンを通した。


「お・い・し・いーーーー」


 ほっぺを手でおさえてよろこぶ。無邪気でかわいい。カメラが動いていることも忘れてさくらは和んだ。類もあおいの様子を見守っている。すっかり、ぱぱの顔で。


 三人は、シバサキ製のソファセットと観葉植物に囲まれている。

 今日は、朝が早かったけれど、家族で同じ時間をたくさん過ごせた。撮影はいやだったのに。


 でも、今日撮った写真のどれかが世間に出回るんだろうなあ、と思うと気が重い。雑誌・新聞の広告、テレビにCMを流すかもしれない。


 あおいがあいすをがっついているシーンはないと思うけれど、緑いっぱいでこんないい感じのカフェが近所にあったら通ってしまいそう。あおいはあいすを食べ終わったら、お砂場で遊びたいと豪語している。


 そんなさくらの憂いが類に届いてしまったのか、あおいを挟んで向こうに座っていた類が、さくらにほほ笑みかけてきてくれた。


「ほんとうに、今日はありがとう。さくらがこういうの、苦手だって知っているけれど、協力してくれて助かったよ」


 類はいつだって、さくらの気持ちを読んでしまう。


「ううん、私こそ。わがまま言ってごめんね。類くん、やっぱりかっこよかった。いいぱぱだった」

「惚れ直した?」

「うん。いつでも、何度でも、私は類くんに恋をする」


 少し、照れたように類は頭を掻いた。


「ぼくもだよ。そんなさくらがかわいくて仕方ない。今日のさくらも明日のさくらも、だいすき」


 見つめ合う。ああ、すきなんだ。手を重ね合う。


「ぱぱまま、なかよし! ちゅーっ!」


 強引に、あおいがふたりの頭を押して近づけてしまった。


 どさくさまぎれに重なる唇。恥ずかしいと思いながらも、類の感謝の気持ちが流れてくるので離れられない。


 いつも、いつまでも、そばにいたい。

 出逢えて、よかった。類と!


***


「あきれた。あんなにいやがっていたのに、人前でもらぶらぶじゃない。今どきの若い子って、羞恥がないのかしら」

「類とさくらちゃんは特別なのよ。最初から撮影を見たかったな」

「らぶ♡いちゃしていただけですよ、たぶん。見ていないけれど」

「……それは言い過ぎです」


 聡子社長を車で連れてきた叶恵に、ちくりとぐさりと厭味を言われてしまった。聡子は午前中、片倉の産婦人科で診察があった。涼一は休日出勤だった。


 武蔵は、聡子が来ると聞いてそそくさと帰ってしまった。会いたくないらしい。


「おばーちゃん、かなえーちゃ! きょう、とってもたのしかった」

「私も楽しかったです」

「これでさくらさんもシバサキの立派な広告塔ね。スキャンダルは厳禁で」

「第二子、第二子!」


 叶恵&聡子の最強コンビは言いたい放題である。つらい。


 いい家族写真がたくさん撮れたと、類は大興奮でお店の仕事に戻った。次は聡子社長一家も含めた一族写真を撮ると意気込んでいる。


「一家か。あ、あおいちゃんの七五三なんて、いいんじゃないの?」

「あおいの七五三」

「しちごちゃん?」

「七五三。あおいちゃんの成長のお祝いをみんなでするの。お着物も似合いそう、楽しみ。きっと、玲さんも来るわね」


 すっかり参加する気、満々の叶恵である。(一応)まだ、部外者なのに。しかし、こうして聡子の送迎を手伝ってもらっているあたり、拒否もできない。


「れーい、だあぁいすき! こんど、れいといっしょにたいそうするの」

「「呼び捨て。」」


 そりゃあ、はじめて聞いたら驚くだろう。自分も、ふたりの親密度の高さに驚いた。

 しかし、今は七五三だ。忘れていた、というかノーマークだった。『七五三!』と、類にメールしておく。

 仕事中なので、どうするかは今夜から考えよう。

 着付け→お写真→お参り→着替えて会食、だろうか。着させられるかな、誰かに頼んだほうがいいかな、特に髪は。


「一人前に、母親の顔している人がいるぅ」

「冷やかさないでください、叶恵さん。これでも母です、母親です」

「さくらさんは病気ね。『ルイさん病』」


 うう、言い返せない。でも、それはほんとうかも。

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