第38話 家族モデル➂
徐々に、撮影スタッフや機材が集まってくる。
いちいちあいさつをしていたらきりがないというので、類に呼ばれたときのみ、さくらは対応した。
それ以外は仮想リビングであおいと遊ぶ。
お絵描き、積み木、ねんど、輪なげに折り紙、絵本。我が家以上に充実している。時間が空いているときは、類も一緒に遊ぶ。
思えば、こんなにゆっくり座って三人であおいと遊べるのも、久しぶりだった。ライトがついていて少しまぶしく、暑いけれど。
「まいにち、さつえいでもいい」
ぱぱままと遊べるので、あおいもよろこんでいる。
「さくら。ぼくのほう、見て」
あおいをだっこして絵本を読んでいた類が、ふと声をかけてきた。
じっと、見つめ合う。ああ、いいなあ。類の、やわらかな笑顔。天使のほほ笑みもすきだったけれど、今は包み込むようにして笑ってくれる。
ずっと、こうして三人でいたい。いつも、近くで家族を感じたい。
「はい、おつかれさまでしたー! ちょっと休憩しましょうー!」
スタッフの掛け声が響いた。
さくらは、気がついていなかった。
「撮影が、すでにはじまっていた?」
それを聞いた類が大笑いした。
「やっぱり気がついてなかったんだ。さくらって、天然」
「いや、だって。あおいと類くんと遊ぶのに夢中で」
「よかったよ。いつものさくららしくて。次は、お散歩シーンを撮るよ。晴れているし、ちょうどいいねってことになって。井の頭公園まで歩こう」
「おさんぽー」
「カメラはぼくたちの後ろからついてくる。意識しなくていい」
お水を飲んで、しばし休憩。だまされた気分だが、さくらが気がつかないうちに、撮影は半分終わったという。
あおいの様子を確認する。引き続きとても元気で、早くお散歩に出たがっている。朝が早かったので、午後は昼寝をさせたい。
さくらとあおいがゆっくりしている間にも、類はスタッフと打ち合わせたり画像を確認したり、忙しく動いている。
メイク道具を持って、ミノルがやってきた。
「かわいいおふたりさん、メイクを直させてね。あら、さくらちゃんはやっぱりお肌のつやがよくないわね。生理中?」
「お肌の調子まで分かってしまうんですか!」
「もちろんよ。あたし、プロのメイクだもん」
実は、ミノルの指摘通りだった。数日前からおなかが痛いし頭痛もあったので、どうしたことかと思っていたが、そういうことだった。
弟の皆への卒乳後、初めてである。いつでも妊娠していい身体になったのはうれしいけれど、不安でもある。
類にはまだ言っていないけれど、言わなければ。よろこぶけれど、がっかりもするだろう(今晩はおあずけ)(明日も)(たぶんあさっても)(その次の日も厳しそう)。
「まま、にこってしてね?」
「うん、あおい。ありがとう」
自分がおびえた顔をしていると、あおいに伝わってしまう。笑顔笑顔。さくらは背を正した。
髪の毛先を巻いてもらい、心機一転。さくらが動くと、髪が揺れる。歩くと、ふわふわゆらゆら、髪が遊ぶ。
「かわいいね、さくら。きゅんってなっちゃう」
類も軽くメイクを直してもらい、お店の外に出ると、イップクが立っていた。棒立ちである。さすが、モブキャラ出身。
まだ、受付をやらされているらしい、不憫な。部外者が入らないように、見張りもかねて。
「さくらとあおいは、呼ぶまでここで待っていて」
これからの動きを把握するために、類はひと足さきにスタッフと駐車場に向かって行った。
「おつかれさま、イップクさん」
「さ、さくら。そうやっていると、すごくきれいだ。いつものさくらじゃない。お前まで、あっち側の人間になったみたいに見える」
「メイクをしてもらっているだけで、いつもと変わらないよ。そのメイクだって、かなり薄め」
「いや、なんつーか、内面からにじみ出ているしあわせオーラが半端じゃない」
「オーラ? まあ、類くんとあおいと一緒でうれしいけれど」
「普通の人だったのに、類の魔法かも。このあとも撮影、がんばれよ」
「ありがとう。イップクさんも、門番よろしくね」
「よろしくでっしゅ。あー、ぱぱきたー」
親子三人で手をつなぐ。真ん中にあおい。左右に類とさくら、定位置。
ふらっと井の頭公園の入り口まで歩いて戻ってくる、そんなコースだった。
「適当に会話したり動いてって指示」
「あおい、かたぐるましてほしー!」
「おお、それいいね」
類の肩に乗ると、あおいは街路樹に手が届くようになり、はしゃいでいる。
「はっぱさん、はっぱ! とどいた」
「引っ張ったらかわいそうだからね」
「次はさくらをお姫さまだっこかな」
「むり! 無理です」
「確かにそうだね、そのまま、ベッドに運んじゃいそうだもんね」
「ええと、そのことだけど……」
背後を振り返ってスタッフとの距離を確認したあと、さくらは、そっと類に耳打ちをした。生理が再開したこと。
「まじで! じゃあ、さくらは本格解禁! がっちり種付け活動……でも、今夜は無理かー、くーっ!」
「しばらくは、厳しいです」
「うーん、そっか。そうだよね……うれしけれど、ざんねん。さくらに種付けしたかった。濃いやつ。一発で孕んじゃうようなやつ、って一回でできちゃったら楽しめないか!」
た、たのしむ。まあ、そのときは自分も夢中だけど。いやいや、今は仕事中! 撮影中。
あおいと軽く手をつないで公園前まで歩いた。
紅葉がはじまりつつある土曜日の午前中だけあってか、人が多い。特に家族連れ。
『あっち見て、なにか撮影してる!』
『ん、もしかしてルイくんじゃない?』
『ほんとだ、北澤ルイくん。きゃあ、かっこいい』
『連れているの、娘さん? そっくりなんだけど』
『かわいい。美少女過ぎて、泣きそう』
『じゃあ一緒にいる人が、ルイくんの奥さん?』
『『『『『普通。』』』』』
ざわざわと、そんな会話が耳に届いてくるけれど。かんばる。気にしない。
人が集まってきてもさすがに、類はまったく動じない。あおいも図太い。笑顔ではしゃいでいる。
「あおいもあいすたべたーい!」
いきなりなにかと思ってあおいの視線の先を確認すると、アイスを持って歩いている人がいた。
あおいの大声に、そそくさと立ち去ってしまった。申し訳ないことをしてしまったかもしれない。
「そうだね、そろそろいいかもね。お店併設のカフェでアイスを食べよう。ちょうど、そのシーンが最後の撮影なんだ」
「やったー! あおい、ちょこあじ! めろんと、ばにらー」
ばたばたと暴れ出し、類の肩車を下り、早くお店に帰ろうとぱぱままを促すあおい。
スタッフのオッケーも出たので、三人は小走りでお店に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます