第32話 吉祥寺店店長さま➂

 あらためて、お店の入口に立つ。


「本日はご来店誠にありがとうございます、柴崎さくらさま。これより案内させていただきます、店長の柴崎類と申します。よろしくお願いいたします」

「ちょっと、やだ。類くん?」


 かっこいい。まじ、すてき。鼻血出そう。悶絶。お辞儀もきれい。


「あまりお時間がないとのことですので、私がおすすめの売り場と家具のみ、紹介させていただきます。よろしいでしょうか、お客さま?」

「はい、よろしい、でございます。というか、恥ずかしいからやめて」


「えー。もう、おしまい? サラリーマンごっこ、前はよろこんでいたのに」

「だって、前は家の中だったし」


 しかも、狙いすぎてホストみたいだよ。


「さくらは免疫ないなあ、もう。じゃあ、普通の類くんバージョンで」


 さすがに、いちゃいちゃはできない。一応、職場。


「入ってすぐの場所には、モデルルームを何タイプか用意してあるよ。展示はこまめに替える。最低でも月一回。お客さんはフレッシュなのが好きだからね。新商品。季節限定。今は三パターン。ファミリー向けな、秋冬に向けた暖色系の部屋。季節もので、ハロウィン仕様の部屋。モノトーンで統一されたひとり暮らし部屋」


「全部、吉祥寺店のスタッフさんが企画?」

「そう。社員も担当するし、キャリアアップのためにアルバイトさんもね。モノトーン部屋はイップクが作った」

「このお部屋、イップクさんのアイディアなの?」


 あの、うるさい……いや、にぎやかなイップクからは想像つかないような、落ち着いた部屋に仕上がっている。


「ぼくからしてみると、少しベタっていうか、陳腐さも感じるんだけど。若いひとり暮らしって、そういう無機質な生活に憧れるんだって。あいつの部屋、かなりの汚部屋のくせに。ハロウィン部屋は今月末で解体。次はクリスマスだね」


 家具を売るだけではない、ライフスタイルの提案もするという。


「子どもが小さいとき。きょうだいがいる家、いない家。ひとり暮らしにも、若いのかお歳を召されているのか。そのときによって使いやすい大きさや配置がある。よく見ておいて。モデルルームタイプの展示は、ほかにも店内にたくさんあるから注目してね」

「はい!」

「返事がよろしいことで。来週の家族写真は、このお店で撮るつもり」


「ここの店内で?」

「シバサキの広告だからね。家具の並んでいる場所で撮らないと。あおいは初めての場所でも適応力があるけれど、さくらは下見に来てくれてよかったよ」


 撮影場所、と聞くと緊張してしまう。


「さて、さくらに紹介したいのは、新作のベッドなんだ。ぼくたちが毎晩使っているのも、もちろんシバサキ製だけど」

「う、うん」

「リニュアールしたんだ。寝てみて、はい」


 さくらは、類に押し倒されてしまった。ちょ、ここ職場なのに! しかも土曜の昼下がり!

 ん、あれ? 身体がベッドに沈んでいるのに、沈みこまない。


「前のベッドに、似ている」

「そうなんだよね! ぼくたちが、新婚時代の愛の巣で使っていた、ベッドの使用感に似ているんだ。あのベッド、大きすぎて今の部屋には入らないから、両親が用意してくれたマンションに置きっぱなしだけど、あの質感に近いよね。さすがさくら! 類くんに押し倒された経験豊富なだけあるね」


 褒められているのか、けなされているのか。


「音や声、振動も、吸収力アップで、夜のみだらなさくらにはとってもいいベッドだよ」

「わ、分かりました……じゅうぶん理解しました。だから類くん、私の身体から早く下りてえぇぇっぇぇぇぇえええ!」


「ベッドの使い心地をふたりで実演しようと思ったのに。さくらはほんと生真面目っていうか、ちぇっ」


「てんないでじつえんするてんちょうがどこにいますか!」

「あーあ。怒られちゃった。じゃあ今夜ね、う・ち・で。さくらの深ーいところまで攻めちゃう」

「いつも、深いし。すごく、深いし!」

「今のエロ顔最高。想像したでしょ、ぷっ。『お客さま、そんなに発情していただいては困ります』」


 やばいーむらむらしてきちゃったー、と言いながら、ようやく類はさくらの身体を解放した。


「ああ、もう! 一発したい。さくらの中に、ずきゅんって今すぐ!」

「ここ、職場」

「つべこべ言わないで。かわいいさくらがいけないの。ぼく、まだ休憩中だし! 休憩室? この時間なら、ロッカールームのほうがいいかな、うふふっ」


 うわあ、まじで? 類、本気だった。断れないさくらもさくらだった。

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