第23話 救う神・拾う神
「と、見せかけてひとりじゃないって、さくらさん?」
不意に肩をたたかれて、さくらは驚いて振り返った。ぽつん、じゃなかった!
「壮馬さん、叶恵さん!」
「特命、おつかれさまでした、さくらさん。実は、我々もこれからランチなのですが、ご一緒しませんか」
「私も、電話当番だったから遅めの休憩」
たぶん、こじつけだと思う。さくらが解放されるのを待っていてくれた(のだと思う。全力で)。
「ねえ、壮馬くんのおごり! 私、焼き肉がいい!」
「就業中のランチに焼き肉とは。まったく、奔放で豪快ですね」
「たまにはいいじゃない、ねえさくらさん……っておいおい、泣いているし?」
「ううっ、ごめ……んなさい……叶恵さん、玲に私を手伝ってって、連絡してくださったんですね。ありがとうございました。ほんとうに助かりました。うわぁーーん」
「しらない。そんなの、知らなーい」
叶恵は否定した。
「でも、玲は、『叶恵さんに頼まれて』って、はっきりと」
「だから、しらないって。しつこいわね。おおかた、きょうだいの間で取り決めたんでしょ。私の名前を、勝手に利用して」
ならば、類が……玲に、さくらを手伝ってくれと依頼した? あの類が、玲に? そう思うと、また泣けてきた。
「るいくん、るいくん……れい」
ありがとう、類くん。ごめん感謝、玲。悲しいけれど、うれしい。
さくらは心の中でつぶやいた。
いくらなんでも、焼き肉はランチには厳しい。
近々、叶恵の歓迎会兼飲み会でも開きましょうということになり、三人は壮馬おすすめの定食屋さんへと向かった。
西新宿の、中層ビルに囲まれた一角。
見た目は古くて狭そうで、女子ひとりでは入れなさそうな面構え。でも、入店する前から、いい香りがする。おいしい予感しかしない。
「なんか、焼いている!」
「さくらさんは初めて?」
「はい」
「定食屋というよりも、『めしや』という表現がふさわしいんですが」
「『膳屋』ね。さくらさんはどうする? ここ、お会計前金なの。おすすめは大山地鶏焼き」
「鮭のハラス焼きも美味です。とりあえず、なんでもおいしいです」
さくらは、入口に掲示してあるメニューを凝視した。肉、魚両方ともある。
「じゃあ、叶恵さんおすすめの大山地鶏にします」
「壮馬くん、私も鶏で。よろしくね」
「たかり屋ですか」
「別れさせ屋は廃業なっちゃったし」
壮馬がお会計を済ませ、着席。テーブルが五卓ほどと、カウンター席。店内は狭いが、午後一時をやや過ぎているとあってか、半分ほどの入りだった。番号札が花札である。
叶恵がお茶を淹れて配ってくれた。
プレゼンは順調に進んでいるだろうか。あおいの出番は冒頭だけらしいので、もう退場したころか。
母……聡子社長に、シバサキの幹部が居並ぶ中、類はどのように進めているのだろうか。気になって仕方がない。
「さくらさん、悩まない。ルイさんはうまくやるって。今夜、どうやって身体の負担を軽くするかを考えたほうが、あなたの身のためよ。それとも、ぐいぐいいっちゃうの?」
「か……叶恵。夜の話はたいがいに」
「いいじゃない。あー、いいなあ。私も、恋人がほしい」
「玲さんがいるだろうに」
「おっと、それはいろんな意味で地雷。玲さん、上京するなんて、ひとことも連絡くれなかった。さくらさんのことになると、目の色が変わるんだもん。やっぱり、シバサキに入社して幹部になって、今後のルイさんとさくらさんをサポートするつもりなのかしら」
サポート……えんたくのきし……? 類は、玲を円卓の騎士にするつもりなのだろうか。まさかね。
「玲は、柴崎家を出ていきました。糸染め工場を継ぐと。夢だって。ずっと、言っていました」
「知らなかったの? あの工場……高幡さんの工場、新しいお弟子さんが入ったのよ」
「お弟子さんが?」
「ひと月ほど前だったかしら。工場の娘さんが急に帰省して、『結婚する』って男の人を連れてきたって」
「しょ、祥子さんが結婚?」
久しぶりに聞いた、祥子のその後。確か、北海道の大学で教職を得ていたはず。
「玲さんも、郊外に実験工房を建てたり、長期の海外修行に出るし、工場のお師匠さんも玲さんを後継者にするのは、諦めはじめていたみたい。新しいお弟子さん、若いらしいわよ」
さくらの中で、いろいろと渦巻いている。
「話は長そうですが、食事が来ましたよ。さあ、いただきましょう」
胸の内がもやもやしているのに、ごはんなんて食べられるのかと思ったけれど、いざ目の前に出てきただけで、自然と気分が上がった。
「いただきまーす!」
小さめのテーブルぎりぎりに並べられたプレート。焼きたての大山鶏。ごはんとお味噌汁につけもの。薬味は大根おろしに、わさび、柚子胡椒。
「ハサミで切って食べるんですよ、こうやって」
壮馬がお手本を見せてくれる。外はカリカリに焼けているのに、中はしっとりしている。
「ミディアム……!」
そう、焼いているけれど、鶏わさ風なのだ。鮮度のよさが感じられる。さくらもハサミを使い、ぱちんぱちんとお肉を切ってお箸で口に運ぶ。
「うっ。お、おいしい」
これは、家庭では再現不可能。さすが、お店。
「正直、内装はアレだけど、風情があるって言えば聞こえがいいし、通いたくなるわよね。私、たまにひとりでも来るもん」
「味と値段で勝負です。この界隈、雑然としていますが、いいお店がたくさんあるんですよ」
「確かに、何軒も飲食店の前を通り過ぎました」
「競争も必要です」
「その点、シバサキはルイさんを迎えて無敵よね。いい話題しかない」
「けれど、慢心は禁物。私たちも、社員のサポートに全力を尽くしましょう」
壮馬がいい感じにまとめている間も、さくらは相槌を打ちながら、がつがつと全力で食べ進んでいた。
どうしよう、白ごはんが足りないかも~。
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