第24話 時計の針をちょっとだけ巻き戻して。

 さあ、一方の、プレゼン会場。


 メインは類。助手に美咲と玲。それと、企画を盛り上げてくれるかわいい女の子たち、あおいを含めて四名+保育園のまみこ先生。


「今日は集まってくれてありがとうございます。打ち合わせ通りによろしくお願いします。みなさんの反応を、楽しんじゃいましょう」


 楽しむゆとりがあるのはお前だけだよと、玲は思った。しかし、類の指先がかすかに震えているのを見逃せなかった。


「ネクタイ、曲がっている。直させろ」


 玲は、あおいの恋人つなぎをそっとほどき、類に向き合った。

 今日、類がつけているのは、以前に玲がプレゼントした西陣織のネクタイだった。『北澤ルイ』の復帰番組で使ったような記憶がある。


「さくらにも言ったが、『ひとりで背負うな』」

「ありがとう、お兄さん」

「今さら薄気味悪いこと、言うな。寒気がする」


「電話一本で京都から駆けつけてくれるんだから、玲ってほんときょうだい思いだよね」

「シバサキがうまくいかないと、俺も困る。あとで、交通費寄越せよ。よし、こんな感じでいいだろう」


 そう言うと、玲は指で類の額をピンっと撥ねた。


「うわあ。痛いなあ、もう」

「気合いだ、気・合・い」


「れいおじちゃー、あおいにも『ぴん』って、して。きあい、ほしー」

「かわいいあおいには、頭をなでなでだよ。よしよし、いいこ」

「かわいい? あおい、いいこ? うふふ」


 ああ、その反応。調子に乗っているときの類にそっくりだったので、玲は心の中で愕然とした。



 プレゼン相手は聡子がメインだが、仕事のことになると容赦がない。当然だが。

 会社幹部の古株も、攻略は困難。なんたって、頭が固い。

『社長の息子が新規ブランド?』『今年の新卒採用のくせに』『しかも、子ども服? 家具屋だぞ、シバサキは』みたいな圧倒的アウェイな雰囲気である。


 類はひとつ、大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。


 玲に励まされるなんて、屈辱だった。さくらを連れてこなくて、ほんとうによかった。情けない姿は見られたくない。いつまでも、『精力絶倫で万年発情期な類くん』でいたい。


 三分前。類以下、ミーティングルームのドアをノックして入室。無人。部屋の電気をつける。

 すでに、セッティングは万全。各人、所定の位置につく。


 一分前。聡子社長以下、シバサキ幹部が着席。

 類たちが立っているプレゼンの場所は、一段高くなって舞台みたいになっている。座っている人たちからも、全身がよく見えるように。全員が、一列に並んで登壇。幹部たちに向かい合う。類たちの背後には、巨大モニターが置いてある。



 一時、ちょうど。


「みなさん、こんにちは。吉祥寺店店長の柴崎類です。今日は新企画を持ってまいりました、よろしくお願いします」


 類がワイヤレスマイクで話をはじめた。時間は、聡子社長の都合で二十分しかないけれど、類はじゅうぶんだと思っている。


「お手もとに配りました資料をご覧になりつつ、まずはとても動きやすくて愛らしい子ども服にご注目ください」


 あいさつなんて短くていい。そして、流れる音楽とともに動き出す。


 はじまったのは、ピピクポテプ体操だった。


 あおいををはじめ、四人の子どもたち&保育園の先生は完璧に近い出来映え、類も完コピ。二歳児ふたごのママである、美咲も及第点。玲には昨日動画を送りつけ、短期間で猛特訓してもらった。


 さくらを会場に連れてこなかった理由はここにもある。さくらは体操があまりうまくない。子ども四人、オトナも男女各二の四人で、計八名。数のバランスもよい。

 スーツでは動きづらい。肩が、脚が窮屈だ。革靴もしんどい。


 しかし、子どもたちはどうだろうか。

 居並ぶおばさんとおっさんの目の前でも、実に楽しそうに踊るように動いている。

 ひらひらと揺れるスカート。きらきらと光るビーズ。ふわっとゆるっと、女の子の憧れがぎゅっと詰まっている。


 聡子が手拍子をはじめると、おっさん幹部もそれに従った。


 正しいプレゼンとか、無難なプレゼンは選ばない。自分が取り組んで楽しい、おもしろいプレゼンをしようと決めた。


 メール事件で立場を失った美咲の挽回でもある。

 ずっと日陰にいた、兄・玲のお披露目でもある。


 体操の間奏時に、類は『今日の体操仲間』を紹介する。


 まずは子どもたち。保育園の先生。

「娘のあおいと、おともだち。それから、まみこ先生です」


 玲にマイクを向ける。

「子ども服見本の製作担当、柴崎玲です。社外の人間ですが、今回は類……類さんに、特に乞われて、総務部のさくらさんと協力して、試作品を仕上げました」


 残るひとり、美咲にも。

「今回の発案者、建築事業部の美咲です。広い世代に好まれるブランドづくりの強化、という観点で、子ども服の製作・販売してみてはいかがしょうか。……それと、先日はメールの件でお騒がせしましたこと、大変申し訳ありませんでした。二度とあのようなことが起きないよう、つとめます」


 あおいと玲を紹介したところで、幹部の一部に緊張が走った。

 社長の孫のあおいの愛らしさに加え、特に玲は、シバサキと一線を画してきたので、初見の人がほとんどだろう。玲が参加することは言っていなかったので、聡子ですら驚いていた。



 体操が終わった。あおいたち園児は手を振りながら、引率の先生と退場。


「おじちゃたちも、こんどはいっしょにたいそうしようね!」


 あおい……天然でかわいい。おっさんどもにまで笑顔をふりまいてしまうなんて、罪深いぐらいにかわいい。


「……いかがでしたでしょうか。コンセプトは、『かわいくて着やすい』です」


 プレゼン会場はざわついている。

 やがて、幹部のひとりが立ち上がった。ばんばんと机をたたいている。


「なんだ、このパフォーマンスは。芸能人のステージかコンサートか? 社長の息子でも、これはお粗末。だいたい、あの服をいくつ作っていくらで売るのか、どこにも書いていないじゃないか! マーケティング不足のまま、プレゼンに臨むなど、若い人は何を考えているんだか。勉強不足にもほどがある。茶番だ」

「会社は遊びではない」

「シバサキは家具屋だ」


 当然の質問が飛んできた。

 だって、それ。わざとだもん。おっさんたちの突っ込みどころも、用意しておかないとねwどこの誰が類の次期社長に反対なのか、あぶりだすためにも。


 類は反論しようとしたが、意外にも、先に口を開いたのは、まさかの玲だった。


「全手作業の、試作品と同等レベルで再現した品の量産はきびしいと思いますが、刺繍は一部プリント化するなど装飾を簡素化し、最初は販売店舗限定で、こういう数字でこんな売り上げを見込めます。超クオリティを望む顧客に対しては、試作担当のさくらさんが実演で手芸講習会をすればよいと思います。彼女は類さんの妻で家事万能ですし、話題性抜群です。講習会も有料にして、これこれこんな数字です」


 まじめな玲が、まじめに電卓をたたきながら答えた。


「ルイさんのブランドとなれば、人気が出るのは確実です! モニターをご覧ください。『北澤ルイ』は、好きなモデルランキングで七年間、不動の首位を独走し続けました。入社と同時にこの春、惜しまれつつ引退しましたが、人気はまったく衰えていません。お手元の資料で、ラスト写真集の販売数とともにご確認ください」


 美咲も負けていない。モニターに映っている北澤ルイ人気の高さを訴えた。

 類が言おうとしていたことを、玲と美咲が先に披露してしまう。


「はーい、そこまでね」


 ぽんぽんっと、聡子が手をたたいた。時間切れである。


「おもしろかった。類さんのプレゼン、受け止めました。役員会にかけて後日、最終決断をするけれど、いずれは男の子服もほしいわね。美咲さん、お子さんおだいじに。復帰、待っているわよ」


 ほとんど、答えだった。

『男の子服』つまり、皆の服も作ってほしいという意味だろう。

 聡子は、類に向かって軽く手を振り、部屋を出て行った。

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